第三十四話「ライバル」
ハナダシティの街並みはお祭り騒ぎに近い。
トキワシティを思い起こさせたが、その場所よりもずっと喧騒が支配していた。ナツキは肩を揺らして歩いていた。ユキナリが間違っていないのは分かっている。それでも、自分の弱さと向き合うのが何よりも怖い。
ニビシティでの敗北とそれに立て続けのオツキミ山での恐怖がそれを際立たせている。
――二度も守られた。
一緒の土台に立っているつもりだったユキナリに二度も。それはナツキの自身を喪失させるのには充分だった。ハナダシティの北側は開けており「ゴールデンボールブリッジ」と刻まれた橋がかかっている。その袂でナツキは座り込んだ。街の中心から少し離れると自分一人の空間に取り残された感覚だ。ポケモンリーグも何も関係ない。自分という弱者を持て余す。
「……ユキナリより、強いつもりだったのに」
勉強もした。トレーナーとしての修行も積んだ。それなのに、どうして後からやってきたユキナリのほうが強いのだろう。オツキミ山とニビシティでの戦闘でユキナリは精神面でも成長しているのが分かった。もう、うじうじしていたマサラタウンのユキナリではない。一人の旅する少年だった。
「馬鹿だ、あたし……」
両腕に顔を埋めていると、「馬鹿じゃないよ」と声がかかった。「ユキナリ?」と顔を上げると立っていたのは意外な人物だった。
「何の用、キクコちゃん」
ついつい邪険に扱ってしまう。キクコは気に留めた様子もなく、「隣、いい?」と尋ねた。
「勝手にすれば」
顔を背けるとキクコも座り込んだ。
「ユキナリに言われて来たの?」
キクコは素直に頷く。恐らく嘘をつく事の出来ない性格なのだろう。
「あたしはついにあいつに心配させられる身分ってわけ」
自嘲気味に呟くとキクコは、「ユキナリ君はね」と口を開いた。きっとユキナリがいかに自分を心配しているかが吐かれるのだろうと考えていたナツキの耳朶を打ったのは意外な言葉だった。
「ナツキさんにハナダジムを攻略して欲しいと思っている」
ナツキはキクコへと顔を向けた。キクコは赤い瞳でナツキを見つめている。
「何を言って……」
「ユキナリ君はナツキさんとも競いたい。そう言っていたよ」
他の人達と同じように、とキクコは付け加える。ユキナリが言う他の人達とはアデクやイブキなのだろう。ナツキは顔を伏せた。
「……そんな優勝候補の奴らと同じ目線で戦えって言われても」
「でも、戦い方を教えてくれたのはナツキさんだって、ユキナリ君は言ってた。ナツキさんがいなくっちゃ今の自分はいないって」
ナツキは正直、戸惑っていた。ユキナリが自分を見下して憐れみをかけるでもなく、戦いたい競いたいと言ってくるとは。それはまだ自分にその資格があると言ってくれているのか。
「あたしは、まだユキナリのライバルでいいってわけ?」
キクコは、「まだも何も」と少しだけ微笑んだ。
「後にも先にも絶対に負けられないライバルはナツキさんだって言っていたよ」
その言葉にナツキは胸を打たれた気分だった。勝手に感傷に浸って、勝手に線引きをしていたのは自分のほうだった。ユキナリはまだ対等な相手として自分を扱ってくれている。それは戦うための原動力に思えた。
フッと口元を緩め、「……嘗めた事言ってくれるじゃない」とナツキは立ち上がる。
「ハナダジム攻略なんて、あんたから言われなくってもやってやるわよ」
うじうじしても仕方がない。ぶつかるのならば真正面からだ。ナツキの決意にキクコは、「よかった」と呟いた。
「よかったって?」
「ナツキさんは本当にユキナリ君が好きなんだね」
その言葉に覚えず頬が紅潮した。ナツキは目線を逸らして、「そんな事……!」と否定しようとしたがキクコに一つだけ尋ねた。
「ねぇ、あんたはどうなの?」
キクコは意味が分かっていないのか小首を傾げる。どうやらこちらの勝負はまだ対等ではないらしい、とナツキは息をついた。