NEMESIS














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開幕の章
第十九話「型破り」

「バトル、ですか……。でも、僕は居合わせただけで」

「それでも、俺が黙認していれば彼らはバッジを取る事も、俺という人間に挑戦する事も出来なかっただろう。俺は一人のトレーナーとして、君に、ポケモンバトルを申し込む」

 タケシの言葉にユキナリは戸惑ったが、「行ってくれ」と誰かが口にした。

「俺達は悔しいけれどジムトレーナーに負けた。でも、君は勝ったんだ。だったら、次はジムリーダーに挑戦、だろ?」

 彼らが望んでいる事が分かる。この場でユキナリに託したいのだ。たまたま居合わせてナツキだけを救ったつもりだったが、どうやらユキナリの行動は多くの人を勇気付けたらしい。

「ぜひ、戦ってくれ」、「俺達のためにも!」と声が続く。ユキナリがそれでも躊躇していると、「だったら、あたしの権利を使いなさい」とナツキが声をかけた。

「ナツキ……」

「真っ先にジムリーダーに挑む挑戦権。ここにいる全員分、ってのが重たいのならあたし一人分でもいいから」

 ナツキの言葉にユキナリは背中を押された気がした。アデクが続ける。

「オレもユキナリが最初に挑むのには賛成だな! どのように戦うのか、楽しみじゃわい!」

 快活に笑うアデクに先ほどまでの気持ちが吹き飛ばされるかのようだった。

「受けてくれるね?」というタケシの問いにユキナリは首肯する。

「喜んで」

「ではジム内で戦おう。そこの、アデク君だったかな。ジャッジを頼みたい」

「おう! 喜んで!」とアデクが胸板を叩く。ユキナリはタケシに続く形でジムに入った。

 投光機から様々な角度へと光が放射される。

 ニビジムは岩石がそこらかしこに配置されており、地形も奥に行くほどに傾斜が厳しくなるフィールドだった。全体像としては岩山の威容を誇る。挑戦者はまるで頂上のような位置に佇むタケシを下さねばならない。自然と全身が強張る対戦環境だった。

「使うポケモンは一対一。これはポケモンリーグで定められた通り」

 タケシの言葉にユキナリはキバゴを前に出す。キバゴは自然物ではない人工の岩に興味津々のようだった。

「ここらじゃ見かけないポケモンだが、何が来ようと俺が使うのはたった一体のエース。それに揺るぎはない」

 タケシはモンスターボールを突き出した。アデクが審判を務め、「バトルスタート!」の号令を発する。

「いけ! イワーク!」

 タケシがモンスターボールを投擲する。現れたのは岩を数珠繋ぎにしたようなポケモンだった。灰色の岩石で身体が構築されており、縦一列の配置は岩の龍を思わせた。頭部も威圧する眼差しに蛇のような口がついている。

「岩蛇ポケモン、イワーク。俺のエースだ」

 ユキナリはその巨大さにキバゴとの差を感じた。しかし、巨体がそのまま力の上下に繋がるわけではない事はこの二ヶ月の修行で理解したつもりだ。

「僕はキバゴで行きます」

 タケシはフッと口元を緩める。

「キバゴ、か。いい名だ。教えてやろう! チャレンジャー。俺のイワークの特性は頑丈。先ほどのイシツブテと同じだ」

 ユキナリは自分からポケモンの特性を説明するタケシに困惑していたが、それも一種のけじめなのだろうと感じ取った。

「だが、お前のキバゴはどうやら頑丈特性を無効化する力があるらしい。しかし!」

 イワークが鎌首をもたげ、キバゴを睨みつける。キバゴはその重圧を感じ取ったかのように萎縮した。イブキとの戦いでも強張らなかったキバゴが緊張しているのが分かる。

「キバゴ?」

「イワークの巨体と迫力に圧倒されているな。俺のイワークは弱点をつかれたとしてもやわじゃないぞ!」

 イワークが全身を揺すぶって岩の身体の境目同士を擦り合わせる。すると、にわかに景色が変わってきた。茶色い空気が刃の鋭さを伴ってユキナリの視界とキバゴの身体へと襲いかかる。

「これは……」

「砂嵐だ。この技で断続的に地面や岩でないポケモンはダメージを受ける」

 キバゴの表皮に砂嵐の刃が切りかかった。驚くべき事に、砂嵐はじわじわとキバゴの体表を削り取っているようだ。

「ドラゴンの皮膚を、破る……」

「その通り。うかうかしているとやられるぞ」

 タケシの試すような口調にユキナリはここでは挑戦者なのだという事を自覚した。一歩も退けぬチャレンジャー。その資格が与えられたのならば報いなければならない。ユキナリは声を張り上げた。

「キバゴ! 接近してダブルチョップ!」

 キバゴが手足を駆使して駆け出す。目の前にイワークがいると狙って牙を突き出し、攻撃を繰り出そうとした。しかし、キバゴの一撃は空を穿った。

「どこを見ている?」

 タケシの声にユキナリは気づいて視線を巡らせた。イワークがなんとその体長を伸ばしてキバゴの背後へと首を回している。

「既に後ろに……!」

「砂嵐で視界を奪われたな。その小さな身体ではこのジムの全貌を把握する事も出来ないだろう」

 その時になってユキナリはこのニビジムに設置された数々の器具の意味を知った。幾何学的に配置された岩も、照明も、全てがイワークの動きを補助するための代物だった。

「イワークが這い進みやすいような地形を!」

「ジムリーダーは地の利を活かすくらい当然。油断したな、岩雪崩!」

 イワークの身体が分散し、それぞれの岩がキバゴを押し潰さんと落下する。ユキナリは即座に叫んだ。

「キバゴ、攻撃を手近な岩に叩き込め!」

 目標を喪失していたキバゴの攻撃を岩石へと命中させる。キバゴの片牙が岩へと食い込み、仮初めの足場を得た。

「岩を蹴って離脱!」

 キバゴが即座に岩を足場にしてその場から逃げおおせる。「いわなだれ」と呼ばれた技はイワークそのものを質量の武器とする攻撃だったらしい。分散したイワークの身体が磁力で引かれたように合体し、再びその眼に攻撃の意思が宿る。

「キバゴ、今ならイワークは動けないはずだ」

 その言葉にキバゴが駆け出す。イワークへと「ドラゴンクロー」を叩き込むのならば今だと判じたのだ。しかし、それを見越していない相手ではなかった。

「迂闊だな。イワークの配置を見ずに攻撃とは」

「配置?」

 ユキナリはイワークが落下した痕を見やる。ちょうど楕円を描いてイワークの頭部の反対側に岩の尻尾が控えていた。キバゴはイワークの頭部へと当然、攻撃を向けようとする。その背後で手ぐすねを引いている尻尾の一撃には気づいていない。

「まずい! 狙ってきている! キバゴ、離脱――」

「遅い! イワーク、アイアンテール!」

 遮って放たれた声と尻尾の一撃が飛ぶのは同時だった。尻尾の岩石がまるで砲弾のようにキバゴの背中に突き刺さったのだ。キバゴはそのまま吹き飛ばされる形となった。壁に身体を打ちつけ、予想外のダメージにうろたえる。

「そのキバゴとか言うポケモン。身軽さとそれに似合わぬ一撃の重さが自慢のようだが、俺のイワークはその先を行く! アイアンテールは鋼の物理技。まともに食らえばただでは済まない!」

 タケシは完全に自分達の先を行っている。それが言葉にされずとも分かった。今の一撃、砂嵐で視界が悪いとはいえ、キバゴに先行させ過ぎた。本来ならば手持ちの背後はトレーナーが見ているはずなのに。

「俺のイワークを超えられないのなら、この先の旅はお勧めしないぞ。これから先、強い奴はごろごろいる。俺なんて吐いて捨てるほどにな。それほどまでに、全員が、ポケモンリーグに賭けているんだ。チャレンジャー! お前は、俺を超えられるか?」

 暗に今までの覚悟では物足りないと言われているようなものだった。ユキナリは自分にその資格があるのか、と問いかける。様々な人々を押し退け、王者の証に至れるほどの覚悟が。

 翳りかけたその思考に、「負けるな! ボウズ!」と声が飛んだ。振り返ると先ほどまで外にいた人々がユキナリを観客席から応援していた。

「そうだ! ジムバッジをもぎ取れ!」、「俺達の思いも託したんだ!」

 めいめいに叫ぶ人々にタケシは、「熱いな」と感嘆の息を漏らす。

「戦いとは、こうも熱くなれるんだ。誰だっていつもより一歩先に行ける。チャレンジャー。ポケモンと一緒にどこまで行けるのか、試してみたくはないか?」

 その言葉は挑発でも何でもない。打算も何もなく、純粋にどこまで行けるのか、楽しみじゃないかと問いかけている。ユキナリは口元に笑みを浮かべた。

「楽しい、か。僕も、ここまでなるとは思っていなかった」

 キバゴへと視線を向ける。呼びかけるとキバゴはまだ気高い鳴き声を上げた。

「よし。戦えるな?」

 キバゴが手足を広げてイワークを睨み据える。何倍もある相手へと臆する事のない闘志を向けるキバゴへとイワークは吼えた。その咆哮で砂嵐が吹き飛ぶ。ユキナリは、「怯むな!」と叫んだ。

「むしろ好機だ! 砂嵐が、一瞬薄らいだ!」

 キバゴは片牙を携えて猛進する。イワークが首を持ち上げて、キバゴを見下ろした。

「だったらもう一度受けてみるか?」

 イワークの身体が分散する。「いわなだれ」が来るのだと判断したユキナリは、「突っ込め!」と命じていた。タケシが、「勝負を捨てたか!」と声にする。

「違う!」

 ユキナリの声にキバゴがイワークへと向けて地面を蹴った。片牙の一撃が今しがた雪崩れ込もうとしていた岩に突き刺さる。キバゴはそれを手がかりにしてイワークの一部である岩石を蹴り、さらに高空へと至った。タケシがハッとする。

「岩雪崩を利用して、あえて打たせる事で頭部への一撃を約束させるつもりか」

「岩雪崩の途中ではイワークは動けないはず!」

 ユキナリの読み通り、攻撃中のイワークの頭部の位置は固定されていた。真っ先に頭部と尻尾が落下し、その後を埋めるように岩の身体で押し潰そうと言うのだ。落下してくる岩を片牙でいなし、キバゴは躍り上がった。直下にはイワークの無防備な頭部がある。ユキナリはキバゴに命じた。

「ドラゴンクローで掻っ切れ!」

「接近させるな! 竜の息吹!」

 イワークの頭部が身じろぎし、口腔を開くとそこから青白い炎が吐き出された。キバゴへと真っ直ぐに直進する青い炎の威容にユキナリが怯む。

「竜の息吹はドラゴンタイプの技! まともに受ければ大ダメージだぞ!」

 タケシの声に、「なら!」とキバゴへとユキナリは指示を飛ばした。

「空牙を使え!」

 キバゴが反対側の空牙を突き出した。青白い炎が収束し、渦を巻いて牙の形状を取っていく。しかし、吸い込みきれない余波がキバゴの皮膚を焼いた。

「全て無力化出来ると思うな!」

 分かっている。イワークも渾身の技だ。空牙だけで無力化出来るほど容易くはないだろう。

「でも、キバゴ! お前には二つの牙がある!」

 キバゴはどちらかを突き出すのではなく、両方から翼のように青い光を噴出させた。キバゴの身体を像が結ぶ。一瞬だけ、青い光の向こう側に鎧を纏った龍の姿が映し出された。

「……何だ、今の」

 タケシがそれを確認する前に、翼のように展開した青い光が一本へと繋ぎ止められ、キバゴは身体を反転させる。イワークの巨躯をも超える長大な牙の一撃が振るい落とされる。イワークが受け止めようと身体を浮き上がらせる前に、青い剣閃が叩き込まれた。イワークの身体から砂煙が噴き出す。キバゴはたたらを踏んだが着地した。固唾を呑んで砂煙が晴れるのを見守る。

 イワークが鎌首をもたげて声を上げたが、すぐに伏せった。アデクが片手を挙げて宣言する。

「イワーク、戦闘不能! 勝者、ユキナリ!」

 その言葉がまだ染み渡らないうちに、「やったな、ボウズ!」と歓声が上がった。ユキナリが遅れて、「勝った……?」と確認する。

「ああ、最高の勝負じゃったわい!」

 アデクの言葉にようやく制したのだと言う実感が湧き上がる。その直後、ユキナリはぺたんとその場にへたり込んだ。「ちょっと! ユキナリ!」とナツキが駆け寄ってくる。アデクも審判台から歩み寄ってきた。

「大丈夫か!」

 ユキナリは二人の顔を見やって困惑する。

「腰が抜けたみたいだ」

 笑って口にすると、アデクとナツキは笑みを交わし合った。

「とてもいい戦いをさせてもらった」

 タケシが奥から近づいてくる。イワークをボールに戻し、「よく頑張ってくれた、相棒」と労った。ユキナリは立ち上がろうと努めたが、身体が上手く動いてくれない。アデクの補助を受けてようやくタケシに目線を合わせる。タケシは、「受け取るといい」と灰色の六角形のバッジを差し出す。

「これは……」

「グレーバッジ。俺を倒した証だ」

 ユキナリはグレーバッジを受け取る。神秘的な光を内に秘めた鈍い灰色だった。

「まさしく一進一退! 緊張感のあるバトルじゃった!」

 アデクの感想に、「ああ、そうとも」とタケシはユキナリへと手を差し出した。握手を求められているのだと分かり、ユキナリは手を重ねる。ぎゅっと握り締められた手にはバトルの熱がまだ篭っている。

「最後の技はドラゴンクローだな。頑丈特性を破ったという事は、特性は限られてくる」

 タケシはキバゴへと視線をやる。キバゴは所在なさげに周囲をきょろきょろしている。

「相手の特性を破る掟破りの特性、型破り、と名付けるのに相応しいか」

「型破り……」

 タケシの言葉にしばらく放心していると、「ポイントを渡さないとな」とタケシはポケギアを突き出した。ユキナリも慌ててポケギアをつき合わせる。ポイントが入ってきたがそれは驚くほどに大きなものだった。

「10000、って桁間違ってません?」

 ユキナリが戸惑うとタケシは微笑んだ。

「ジムバッジの固有ポイントが3000、俺に勝ったので5000。あとの2000はジムトレーナーの道を正してくれた礼だ。受け取ってくれ」

 自分には過ぎたポイントだと思っていると、「受け取ってくれ」とギャラリーからも声が上がった。

「俺達もあんたに賭けたい」

 ユキナリは自分のポケギアを掲げて、「ありがとうございます」と頭を下げた。タケシは、「ジムバッジは固有のシンボルポイント」と付け加える。

「強奪される事のないようにな。その場合、ポイントも相手に渡ってしまう」

 自然と身構えた。ジムリーダーからバッジを得るのが難しいのならば挑戦者を狙うという手も存在するのだ。

「もっとも、そんな輩はここにはおらんようだが!」

 アデクの明朗とした声に、「違いない」と彼らも同調する。ナツキは、「おめでとう」と讃えた。

「すごいじゃん。ユキナリ。二ヶ月の修行の成果があったよ」

「ナツキのお陰でもある。僕こそ礼が言いたい」

 飾らぬユキナリの言葉にナツキははにかんだ。

「お礼とか、そんな……」

「今はとりあえず休もうや!」

 アデクの声に二人は我に帰った。

「参加者用の宿泊施設はニビシティの北部にある。案内しようか?」

 タケシの温情に甘えそうになるが、「いえ、ここから先は、僕達の旅です」と返せた。タケシは、「それでこそ、トレーナーだ」と満足した様子で頷く。

「君の名前が玉座で輝く瞬間を見たいな、俺は」

 タケシの言葉にユキナリは、「そう遠くない話だと思います」と自分にしては強気な発言をする事が出来た。しかし、そこにナツキとアデクが食いかかる。

「ちょっと! 一個目のバッジを取ったからって、全部勝てるってわけじゃないのよ!」

「そうじゃ! 玉座はオレも欲しい! 譲る気はないのぉ!」

 ユキナリは望むところだと感じた。お互いを宿敵として認め合った視線を交わし、ユキナリはジムを後にした。



オンドゥル大使 ( 2014/12/05(金) 21:46 )