第十二話「開幕」
カンザキは記者団と出資者達を連れ立って、トキワシティから別ルートを辿る列車に呼び寄せていた。トキワシティからニビシティまでにはトキワの森と呼ばれる森林地帯がある。その場所を何の武装もしていない彼らが渡るのには危険過ぎる。街と街の間に特別に設えられた列車が行き交うのだ。
「さぁ、皆様方。どうぞ列車にて特別席をご用意しております。今回のポケモンリーグ、快適な旅をお約束いたします」
列車に乗り込んでいく記者の中にカンザキはヤグルマの姿を見つけたがあえて声をかける事はなかった。向こうも心得ているのか、特別な視線を送る事もない。
カンザキが乗り込むと同時にスタートの花火が上がった。黒い波のような人々のうねりがトキワシティから一本の道へと雪崩れ込んでいく。見た事のない、まさしく前人未踏の光景に記者達は息を呑んだ。
「ここで記者の方々にポケモンリーグのルール確認を行わせていただきます」
カンザキの声に記者達は素早くメモ帳を構えた。
「このポケモンリーグは加算ポイント制。チェックポイントを通過する事によって得られるポイントと基本ポイント3000点、それにバッジを得る事によるボーナスポイント、それらの集計によってセキエイ高原に帰ってきた時の優劣が決定いたします」
これはテレビで何度も口にした内容だったが、改めて説明する必要があるだろうと感じていた。何故ならばいくら言葉を重ねようとも、実際にやってみるまでは全くの謎だからだ。
「ポイントの交換、及び譲渡は参加者が持つポケギアで行われます。ポケギアを必須の道具としたのはこれが理由です。また各種施設の利用にはトレーナーカードと事前に申請した個体識別番号が必要になります。ポケモン識別番号はデボン社の技術ですが、今回は公用として全ポケモンに適応しました。今大会でポケモンの交換は可能ですが、それは所持ポケモン同士の交換のみ。つまり、新しくポケモンを捕まえたり、識別番号外のポケモンを使ったりする事は不可能です。ただし例外としてポケモンが深刻な戦闘不能に陥った場合、トレーナーが無事ならば捕獲あるいは譲渡によって復帰が認められます」
もっとも、そのような状況に陥ればまずポイントを奪われ、一文無しになる事は確実だったが。
記者の一人が手を挙げた。秘書が、「どうぞ」と促す。
「そうなってくると、初期値の弱いポケモンは不利ですよね。必然的に高個体値が生き残る事になる」
「必ずしもそうはならない。たとえば、あえて戦わせずチェックポイントの通過のみを狙う選手だって出てくるだろう。あるいは戦わせて研磨させ、弱いポケモンでもそれなりに強く育て上げる事が可能だ。私は弱いポケモンを使っているからと言って、最終的にそれが優劣に繋がるとは考えていない」
カンザキの言葉に、「ポイント制ですが」と質問が飛んだ。
「チェックポイント通過、及びジムバッジの所得は何ポイントですか?」
「いい質問だ。チェックポイントの通過は加算1000ポイント。ジムバッジ取得はバッジの種類によるが最初のジム、ニビジムでも3000ポイントである」
「それはつまり」
「そう、圧倒的にチェックポイントとジムバッジは取ったほうが有利に働く。二ヶ月前にただセキエイを目指すだけで得られるものはないと言った意味が分かったかな」
「トレーナー同士の戦闘におけるポイントの譲渡や交換はあるのですか」
「ああ、認めたよ。基本的にはポケモン勝負で勝った者に支払うのは持ちポイントの四分の一。ポケモン勝負で地道にポイントを稼ぐのもありだが、どちらにせよ、ポケモンは育てなければならないな」
つまりこの勝負、最初から逃げ腰の人間には不向きだという事が伝わっただろう。記者は、「ジムトレーナー、ジムリーダーにも同等の権利があるとの事でしたよね」と確認する。
「そうなってくると、彼らは遠くの街であるほどに最初の街から出発した者とのポイント格差が生まれるのでは?」
「いいや、そうならないために彼らの持ち点は多くしてある。それに彼らはいわばシンボルエンカウント。挑戦者に敗北しなければ動けないシステムなのだから何も贔屓は発生しないだろう」
「ジムバッジは一人一つですよね? だとすればジムバッジの争奪戦が起こる可能性は?」
「視野に入れている。だが、そんな事をしている間に、次のジムバッジを取るために動くのが賢明に感じるが違うかな?」
どのように優先順位を置くかは参加者の自由。つまりこの大会は何が起こっても不思議ではない。
何に重要度を置くかは人次第。この大会で弱者を潰す事に快感を覚える人間もいるだろうし、強者へと立ち向かう事こそが美徳だと考える者もいるだろう。それらの考えを抑圧する事は出来ない。ただ出来るだけ前に進む原動力としてポイント制を導入しただけだ。
『おおっと! トキワの森へと向かう一本道を他にはない速度で突っ切っていく人影がある!』
アナウンスの声に記者とカンザキは同時に目を向けた。双眼鏡を構える彼らの視界に映ったのはポケモンに騎乗する人々だ。その中でも炎の馬に乗った人間が飛び抜けていた。
『ギャロップに跨った影が前に出る。圧倒的速度で後続集団との差を伸ばしていきます!』
ギャロップは地上を走る速度では比肩する者のないポケモン。逃げ切るか、とカンザキが考えているとギャロップへと向けて水の砲弾が放たれた。その砲弾が土を穿ち、ギャロップがよれる。後続集団の中の水タイプ使いがギャロップへと正確無比な射撃を加えた。ギャロップは一撃目の回避には成功したが二つ、三つと重なる水の砲弾を避ける事は叶わなかった。ギャロップに乗っていたトレーナーが転倒する。早速のリタイヤだ。
『波乱を帯びてきました! これこそが競技なのです! ポケモンを扱う競技となれば技の使用も視野に入れるべきだ!』
「トキワの森に入る前から負傷者が出るとは……」
記者の言葉に、「これからトキワの森に入れば余計に分からなくなる」とカンザキは返した。
「トキワの森に関しては空中からの観察気球の情報以外は不明だからな。トキワの森で、最初の潰し合いが行われる事だろう」
それは間違いようのない事実だった。ニビシティに辿り着く頃には二百人はいる参加者は何人になっているだろうか。この大会そのものの根幹を揺るがしかねない事実にカンザキはただ、唾を飲み下した。