第八話「第一回ポケモンリーグ開催」
影が凝っている。
トキワシティの街の片隅で、彼らは一様に黒装束を纏って集まった。十数人、いるかいないかだが宵闇に紛れているせいで何十人にも感じられる。キシベは視線を巡らせた。人々は皆が鋭い双眸を湛えている。これは野心の光だ、と感じ取る。ここから躍進しようという人間のエネルギーは何よりも人の意思を爆発させる。
先ほどの少年とて例外ではない。名前を聞きそびれたがいずれ出会う事もあるだろう。彼には素質があった。ポケモンを操り、人間の心をも超越する何か。それは指導者に通ずるものだろう。今はまだ小さな芽だがやがて大きなうねりに関わる事になるのだと確信する。
「揃ったか」
ゆらり、と傾ぐ影達にキシベは声をかける。トキワシティの外れなので潜めたような声は聞きとがめられる事はない。
「――是」
空間を鳴動させるような肯定の声にキシベは満足そうに瞳を閉じた。これが次の世代へのうねりとなる。それが胸の中で感じ取れる。
「今はまだ、シルフの抱えている小さな組織だ。だが、これがやがて大きな、この国を次のステージへと移行させる力になると、私は期待している」
シルフカンパニーは今回のポケモンリーグの出資者の一つでもある。影の人々は左胸の前で拳を作って固めた。キシベも直立姿勢で左胸に拳を当てる。その下には「R」の赤いバッジがあった。
「我ら、ロケット団のために。その御身があらん事を」
『第一回、ポケモンリーグ。開催当日の朝の様子です。これは開催地、トキワシティの映像です』
レポーターの声と共にカメラが移動し、並び立つ人々を映し出す。その映像は所々に備え付けられた定点テレビにも映し出されていた。実用化されたばかりでまだ家庭には普及していないカラーテレビの映像に誰もが足を止める。そんな中、早足で向かう影があった。
「……全く、ぎりぎりまで特訓してるから」
人影のうち、少女のほうがぼやく。それを先導する少年の影が、「しょうがないだろ」と応じた。
「キバゴを万全の状態にしたい。そのために苦労を惜しまないって決めたのはナツキじゃないか」
ユキナリは早足で開場ブロックへと向かう。事前に申請しておいたポケモンの個体情報と個人識別のトレーナーカード。それを開場時刻である八時までに届け出なければならない。
「だからって、夜遅くまでの特訓は堪えるわ。まだ眠い……」
ナツキは目を擦りながら首を横に振る。ユキナリはナツキの手を引いて、「来いって」と言った。
「そんな足取りじゃよろけてしまう」
「分かってるってばぁ。でも、眠いんだって」
ナツキがだらしなく欠伸を漏らす。「ああ、もう!」とユキナリが焦れた声を出した。
「早くしないと開場する」
ユキナリは受付につくなり、トレーナーカードを差し出した。受付嬢は確認する。
「オーキド・ユキナリ様で間違いないですか?」
「あと、あたしも」
ナツキのトレーナーカードの確認も終え、今度はポケモンの個体識別に入った。モンスターボールを機械の窪みに入れると自動的に個体識別IDと呼ばれる番号を振られるらしい。番号の一致を確認してから受付嬢が微笑む。
「では、最大の健闘を」
ユキナリは周囲を見渡した。仮設テントや露店などでトキワシティは一ヶ月前から大賑わいを見せている。毎日が祭りのようなものなので特需が上がり、カントーの株価も上昇しているらしい。めいめいにモンスターボールを持った人々が目に入る。これから、何十人いるか分からない人々と戦うのだ。そう考えると足が竦むと同時に、血が沸き上がるのを感じた。自分の中で育ち上がった闘争の遺伝子が戦いを望んでいる。二ヶ月で仕立て上げた因子だが、ユキナリにはこれまでと世界が違って見えるようになったのは確かだ。
「ナツキ」
ユキナリの声にナツキは、「うん?」と応じる。
「二ヶ月間、僕に付き合ってくれてありがとう」
素直な感謝の気持ちに、「当たり前でしょ、幼馴染なんだから」とナツキは顔を背けた。少し照れているのかもしれない。
「でも、負けない。僕だって中途半端で終わる気はない」
ユキナリの戦意を感じ取ったようにナツキも微笑んだ。
「あたしだって。ユキナリなんかには遅れを取らない」
勝気な言葉にユキナリは拳を突き出す。ナツキも拳を差し出してコツンと押し当てた。この二ヶ月で幾度となく繰り返したお互いの闘志を確認する挨拶だ。
『間もなく、第一回ポケモンリーグが開催されます! 出場選手は登録番号のブロックへと移動をお願いします!』
第一章了