第百九十七話「征く者達」
『――第一回ポケモンリーグは熱狂のうちに終了しました。ちょうど半年前の事です。ええ、私も参加しました』
テレビからインタビューの声が聞こえてくる。目を向けると水色の髪を結った女性が質問に答えていた。
『イブキさん。あなたは最終的に第六位着。完走者二十名の中で一桁に食い込んだのは素晴らしい結果というほかないわけですが、何か旅において学んだ事はありますか?』
『そうですね。私は、常に自分が出来る最善を尽くしてきました。何が正しくて何が駄目なのか。何が邪魔なのか、ではなく、駄目なのか、です。邪魔なものは、要らないものなんて何一つないんです。私は当初の目的通り故郷を盛り立てる事が出来ました。それだけでも充分に嬉しいのです』
『フスベタウンは自治権を拡大し、フスベシティを名乗る事が二ヶ月前に可決されたばかりですからね』
『私はこれから、竜の里、フスベシティを誇りに思って生きたいと思います。私だけではないはずです。皆、故郷のために、あるいは自分の誇りを胸に戦ったのだと思います。この大会は各々の誇りをかけた戦いであったのだと、改めて感じる次第です』
『なるほど。それではお時間も参りました。本日のお客様は第一回ポケモンリーグにおいて栄えあるベストシックスに輝いたイブキ女史のインタビューをお送りしました。では、またこの時間にお会いしましょう。お相手はカントー放送局のサヤマがお送りいたしました』
人々は無関心のうちに電気街で流れるそのインタビューを流し見していた。同時刻、イブキのインタビューを端末で眺めていた自分くらいだろう。彼女の言葉の節々に浮かぶ苦渋を感じ取れたのは。
『直通便は間もなくクチバ港を出て、イッシュへと向かいます。お急ぎのお客様は三番港をご利用ください』
端末をデータベースへと繋ぎインタビュー記事へと目を走らせる。そこには「第一回ポケモンリーグ最終結果」と書かれていた。
「結局、一位通過したサカキは本人不在のために失格。二位以下が繰り上げられ、ツワブキ・ダイゴがカントーのチャンピオンとなった、か。皮肉な事に殿堂入りを果たしていなかった事でこれがスムーズに行われたとはな」
自嘲気味に口にすると、「でもさ。だからこそ揉めなくて済んだんじゃない?」と声がかけられた。髪の毛を金髪に染め上げた女性が傍に立っている。人目を引くその姿にひらひらと手を振った。
「カミツレなぁ、もうちょっと地味な格好ってもんは選べんの? お陰で注目の的やで」
苦言に対してカミツレは腕を組んで、「心外ね」と返す。
「私はファッションスターよ。どこにいてもそれなりの格好が求められる。逆に落ちぶれた姿みたいなのは見せられないわ」
「ギンギンにどぎつい金髪にそのファッションじゃ、落ちぶれるのも随分と先の話に思えるな」
その言葉にカミツレはため息をつき、「ねぇ、マサキ」と自分を呼んだ。
「何や?」
「結局、何が正しかったのかしら? だってキシベが先王であった証拠は残っていない。サカキも、後からの証言を繋ぎ合せれば別次元からの来訪者だったらしいけれど、それも証明出来ない。このポケモンリーグ、一番に得をしたのは誰?」
キシベに関しては黙り込むしかないが、サカキは対峙したユキナリからの情報だった。しきりに「こちらの次元」という言葉を使っていた事、手持ちが違っていた事から別次元のサカキであった事を推理したが、これは推論であって決定打ではない。サカキもキシベも、何を思ってロケット団をこの時代に作ろうとしたのか、結局のところ分かっていないのだ。
「きっと変えたかったんやろうな」
「歴史を?」
「それもやけれど、多分、運命って奴を」
らしくない感傷の言葉にカミツレが笑みを浮かべていじる。
「研究者でもそういう事って思うんだ?」
「ああ、ええよ。今のは忘れてくれ。ワイは研究者やし、運命も神様も信じとらへん。これでええんやろ?」
カミツレはくすりと笑う。その時、声がかけられた。
「ヘイ彼女。長旅? 俺らもイッシュに行くんだけれど」
驚いた。相手がカミツレだと知ってナンパしているのか? あるいはただの馬鹿かのどちらかだったが、カミツレは袖にする。
「生憎だけれど彼氏がいるの」
その言葉にナンパ相手と自分は同時に目を見開いた。長身で身支度も最小限な彼女と自分とではまるで釣り合わない組み合わせだったが相手は一応納得したらしい。「ああ、そう」と曖昧な笑みでどこかへと走り去っていく。
「意外やな。ナンパされるんや?」
「……あんた、私の事嘗めてない?」
「嘗めてへんよ。イッシュではファッションリーダーなんやろ?」
マサキは頬杖をついて端末の記事に視線を落とす。ポケモンリーグの結果は優勝したのがツワブキ・ダイゴ。二位入選がドラセナ。三位がカンザキ・ヤナギとなっていた。
「これも皮肉な事よね。爪を研いでいた私達の仲間の中で、三位圏内に入ったのはヤナギだけだったなんて」
「しゃあない事や。ユキナリは執行官の手を借りた事で失格。ナツキとアデクはチャンピオンロードで戦闘不能になっとった。姐さんが遅れて二人を連れてゴールしたのは六位。総ポイント数ではナツキとアデクは一応、特別賞に入ったわけやし。ただ、報われんな、と思ったのはユキナリやな」
「実績は買われたんでしょう?」
「それでも、一番に勝利に飢えていた奴が、何の功績も与えられんってのは」
自分の事のように悔しい。それだけユキナリに肩入れしていたのだろう。カミツレは記事を覗き見て呟く。
「今次ポケモンリーグの成果を他地方も鑑みて、ジムバッジ制度とジムリーダー制度を取り入れる事にしたんじゃない。私も祖国でジムリーダーを続けられるのなら、それに越した事はないわ」
政府の役人達は今回のポケモンリーグで得た成果を他地方にももたらした。ジムリーダー制度、ジムバッジ制度は広く普及されるだろう、との見方だ。
「それだけやないやん。いちいちポケモンリーグ規模の事やっていたらいくら資金があっても足りんっていうんで、確か政府直営部隊の新設もあるみたいやし」
「四天王制度か。そう言えばヤナギも三位に入ったんだし、四天王にお呼ばれされたんじゃない?」
「いや、ヤナギはジムリーダーの身で落ち着くらしい。昨日連絡が来てな。故郷でジムリーダーをやるんやと。政府役人も必死に説得したが、ヤナギの決意を曲げる事は出来んかったみたいやな」
今回のポケモンリーグがもたらした経済効果は莫大なものだ。執行官はこの競技に対して非人道的な殺人競技との批判を受けたが、全ての利益を寄付する、と宣言した事で丸く収まった。それ以上に、今回のポケモンリーグ制度で学ぶ部分が多かったのだろう。批判よりも賛美が飛んだ。
「まぁ、トレーナーの受け皿、という点ではジムリーダー制度は渡りに船みたいなもんやさかい、広まるやろうな」
むしろどうして今まで存在しなかったのか不思議なくらいだったが、これもネメシスの連中の介入があったのかもしれない。
「四天王は政府直属の護衛部隊の任も兼ねているみたいだし、誰がなるのかしらね」
「もうメンバーの選定は始まっているみたいやけれど」
マサキは先んじて入手した構成員の中にキクコの名前がある事をあえて伏せた。キクコは恐らく、ネメシスによる差し金だろう。あるいはニシノモリ博士が推薦したか。どちらにせよ、キクコの人間性から考えて戦う事だけに特化すればいい、という四天王は打ってつけかもしれない。
「チアキさんも来ればよかったのに」
「チアキは来ないやろ。ジムで師匠であるカラテ大王の帰りを待つって言っていたし」
それぞれが散り散りになってしまった。アデクはイッシュ地方に今回の成果を見込まれて歓迎されるという。恐らくはチャンピオン相当の地位を約束されるだろう。これもハッキングで得た情報だが、カラシナは全ての経歴を抹消し、シンオウへと帰ったという。故郷、カンナギタウンで長老を勤めるらしい。そのお腹の中には新たな命があるのも、マサキしか知らない。ただすれ違うカラシナとヤナギの関係が少しだけ悲しかった。
「……この戦いで失われたもののほうが大きいのに、結果的に人々は満足した。王の誕生と、カントーの統治、それが成されたわけやからな。イッシュとの関係も穏やかになりつつある。なぁ、カミツレ。これ、ほんまにワイらが掴み取った未来なんかな」
ふとした疑問に突き当たる。カミツレは、「えっ」とマサキに向き直った。
「ヘキサツールは破壊された。ネメシスも解散。ヘキサもなくなったし、ロケット団も跡形もない。でも、これら全てがヘキサツールに刻まれてへんって誰が言うた? もしかすると、ワイらが抗う事でさえも、ヘキサツールは予言していたのかもしれん。そう思うとな、怖い時があるねん」
マサキの告白をカミツレは黙って聞いていた。カミツレ自身も思うところがあるのだろう。
「歴史は結局、変えられんかった。全てが丸く収まる事でさえも、予言のうちやったら? 誰も分からん。解読出来たのはキシベだけやし、そのキシベだって、正しく解読したのかは最後まで隠し通したからな」
ヘキサツールに何が刻まれていたのかは、誰にも分からない。全ては闇の中だ。だが未来とはそういうものなのだろう。闇の中を必死にもがき、光を見つけ出そうとする。それが人生なのだ。
「……私はどちらでもいいんじゃないかって思ってる」
カミツレの言葉にマサキは目を向けた。
「と、言うのは?」
「だって私達は生きているんですもの。それだけで、きっと素晴らしい事なんだわ」
短い言葉だったがあらゆるものが詰まっていた。生きていればこの先に機会があるかもしれない。全ての真実が明らかになる事も何十年か先にあるかもしれない。
「やな。ワイも、今日を無事に生きられる事に感謝するしかないな」
マサキは太陽に手を翳す。血潮が透けて見えた。
「ゲンジさんも、生きていたもの」
キシベを倒した後、グレンタウン最深部でゲンジが見つかった。その時にはコモルーが必死に体表の殻でゲンジの出血を止めており、そのお陰で一命を取りとめた形となった。後遺症もなく、ゲンジはホウエンに帰ったのだという。
「どうするのかしらね」
「ゲンジほどの実力なら四天王クラスやろ。まぁ、後は自分の心配やな」
マサキの不安を他所に船は出発しようとしていた。汽笛が低く鳴り響く。
「そういやイッシュに技術支援に行くんだって?」
「せや。アララギ、言う研究者がワイに興味を持ってくれてな。全世界を覆うグローバルテクノロジーの実用化に手伝ってくれるかもしれん」
「叶うといいわね」
カミツレは微笑んだ。マサキは天然パーマの頭を掻きながら、「まぁな」と応じた。