第百九十二話「BLAZE Y」
完全同調が仇となった。
これでは反撃に出る事も出来ない。オノノクスが動きを止めたのを見てサカキは、「さて」と腕を上げる。ニドキングが角ドリルを発動させ、ゆっくりとオノノクスに歩み寄ろうとした。
「生き永らえても無様だろう。俺の手でせめて引導を渡してやる」
ニドキングが動けないオノノクスへと角を突き出して突進の構えを取る。このままでは、とユキナリは歯噛みした、その時だった。
「電光石火!」
声が響き渡り、洞窟を蹴りつけて何かが高速でニドキングへと肉迫する。ニドキングは攻撃の気配を感じ取ったのか角ドリルを仕舞い、飛び退った。先ほどまでニドキングの頭部があった場所へと鋼の一撃が打ち下ろされる。
「メガハッサム……。と、いう事は」
「ユキナリ!」
振り返ると、ナツキとアデクが駆け寄ってきた。アデクはウルガモスへと指示を出す。
「ウルガモス! 最大火力で行くぞ! フレアドライブ!」
ウルガモスが白い体毛を赤く染め、炎の鱗粉を放ちながらニドキングへと突撃する。ニドキングは腕で払ってウルガモスを押さえ込もうとするがウルガモスのパワーが勝った。
「俺のニドキングと同じだけの膂力を……!」
「嘗めるな!」
アデクの声が飛び、ウルガモスがニドキングを突き飛ばす。ニドキングは一瞬だけ姿勢を崩しかけたが、「大地の力で立て直せ」とサカキが命じた事で瞬時に戦闘姿勢へと戻る。ウルガモスで深追いはせず、ユキナリの前にアデクとナツキが歩み出た。
「どうして……」
「毒状態ね。これを」
人間用の毒薬をアデクへとナツキは手渡す。既にその左目は紫色のオーラが噴出しており、メガシンカであるメガハッサムを操っていた。
「こいつが、サカキか」
アデクの声にナツキは目線で問いかける。
「会った事は……」
「ない。こいつだけは優勝候補でも顔出しが少ない奴じゃったからな。当然、一緒に写った事もない」
アデクとナツキは警戒を解かずにサカキを睨み据えている。毒消しの注射を打ち込みながらユキナリは舌足らずな声を発する。
「……気を、つけ、て。そい、つ……」
「ユキナリ、あまり喋るな」
「言われなくっても気をつけるわよ。優勝候補だからね」
それだけではないのだ。ユキナリは伝える手段が今ない事に歯噛みする。このサカキは普通ではない。
「誰かと思えば、カイヘンの王とイッシュの王か」
サカキの言葉に二人して眉根を寄せる。
「カイヘン……、確か辺境の地方よね? 何で、あたしがその地方の王なのよ」
「オレもイッシュの出じゃが、まだ王にはなっとらんが」
サカキは二人を観察してからフッと口元に笑みを浮かべた。
「そうか。この次元ではまだなのだったな」
それに、とサカキは付け加えて二人のポケモンを見やる。
「カイヘンのほうは手持ちが違うな。イッシュのほうは、ウルガモスか」
サカキの一瞬にして全てを把握したような声音に二人とも緊張したのが伝わった。
「……何者なんじゃ。ウルガモスは希少なポケモン。そう易々と情報を知る事は出来ないはず」
「ロケット団の情報かもしれないですね。どちらにせよ、徹底抗戦に出ましょう。ここで押さえなければ、ヘキサツールが」
その段階でようやく思い出したように、「そうだ、そうだった」とサカキは口にした。
「オーキドを殺すのが手っ取り早いと思って忘れていたな。ヘキサツール。この次元での歴史の大元を完成させねば」
「させない。そのために、あたし達は来た」
「おうよ! お前さんなんぞに、ヘキサツールを完成させるものか! ウルガモス!」
アデクの声に反応してウルガモスが三対の翅を震わせる。放たれた鱗粉が火の粉となって降り注いだ。
「何だ? この程度の火力でニドキングを止められるとでも」
「止めるのが目的じゃないわ!」
ナツキのメガハッサムが空間を駆け抜け、鍾乳洞を利用しニドキングへと接近する。蹴りつけられた一撃を受けてニドキングがよろめく。すぐさま角度を変えて頭部へとハサミによる一撃が加えられた。食い込んだハサミが開き、内部から必殺の勢いを漂わせる。
「まずいな」
「バレットパンチ!」
鋼の砲弾が撃ち出されニドキングが危うい足取りになった。姿勢を崩したニドキングの腹腔へと突っ込んだのはウルガモスだった。「フレアドライブ」によって発生した炎の鎧を纏い、ニドキングを突き飛ばす。ニドキングが大地の力で踏ん張って必死に制動をかけようとするが、その背後を既にメガハッサムが取っていた。
「これで!」
メガハッサムの蹴りがニドキングの頭部を打ち据える。ニドキングは後ずさりながら咄嗟に庇った頭部を手で押さえた。腕の表皮に亀裂が走っている。
「いける」とナツキは口にしていた。
「勝てるわ、この戦い。あたし達なら」
サカキは動じる様子もなく、淡々と戦いを見守っていた。顎に手を添え、「なるほどな」と呟く。
「メガシンカ。どうやらその産物らしいハッサムの進化系。条件は恐らく、トレーナーとの過度の同調」
サカキは自分のポケモンがなぶられているのに気にする事はなく自体を俯瞰しているようだった。ナツキが、「気に入らないわね」と口走る。
「と、言うと?」
「あたし達が束になっても、まるで意味がない、みたいな態度が」
「俺はそのような態度をしていたか」
今まさに気がついたとでもいうようにサカキは哄笑を上げた。ナツキは顔を強張らせる。アデクでさえも、「狂っている」と呟いていた。
「そうだな、二対一。普通ならば焦るか、そうでなくとも命令精度が落ちるだろう。勝負を急いても仕方がない。全ては、俺の目論見通りに事が進む。キシベはそう言っていた。それこそが俺の特異点たる所以だと」
毒による痺れは随分と取れてきた。ユキナリはようやく口にする。
「気をつけて。このサカキという奴、普通じゃない」
「普通じゃないのは見ても分かるわよ」
「しかし、お前さんが復活すれば三対一。数の有利はこちらにあるのう」
アデクの言葉にサカキは、「果たしてそうであろうか?」と疑問形で返す。アデクは睨みを利かせて、「馬鹿か、お前さん」と吐き捨てた。
「ポケモンの状態も分からんで、何が特異点じゃ。今のオレ達の猛攻で、そのポケモンは疲弊し切っておる」
アデクの指摘に、「これはまた参ったな」とサカキは読めない笑みを浮かべる。
「ニドキング、戦闘続行不可能か?」
主の問いかけにニドキングは額を押さえてよろめいた。その隙を逃さない。
「メガハッサム!」
ナツキの声が飛び、メガハッサムが掻き消えた。電光石火で一気に決めるつもりだろう。だが、ユキナリはその瞬間、サカキが口元を緩めるのを目にしていた。
「駄目だ! ナツキ、接近戦は――」
「もう遅い。角ドリル」
ニドキングの角を高周波が包み込む。高速振動する角をメガハッサムが現れる地点を予測したかのように振るう。ナツキが呻く。手に蚯蚓腫れが発生していた。
「メガハッサムの、攻撃を予測して……」
「電光石火によって急速接近。さらに、そこから連続攻撃に繋げる。まさしく、見事、としか言いようのない連携。恐らくは相当鍛錬を重ねたのだろう。だが、同時にこうは思わなかったか? これ以外の戦法を取れば負けるのではないのか。磐石の戦法は同時にワンパターンという穴を開ける。メガハッサムの出現地点、一度見れば、見極めるのは難しい話ではなかった」
「ナツキ、メガハッサムを戻すんだ!」
ユキナリはオノノクスと完全同調し牙を振るう。するとニドキングはこちらに反応して角ドリルで応戦してきた。黒い顎と角ドリルが相殺し、どちらも一歩後ずさる結果になる。その代わり、ナツキは離脱していた。だがメガハッサムの片腕のハサミが今にも破砕されそうな状態になっている。今までの動きで戦闘続行は難しそうだった。
「ハサミギロチンを使ってまで守るとは、オーキド、お前にとってそれほど大事なのか?」
ユキナリは歩み出て、「ナツキ、退いて」と口にしていた。ナツキは腕を押さえながら、「まだ」と立ち上がろうとする。
「いいから退くんだ!」
怒鳴ったユキナリにナツキは瞠目する。これ以上、ナツキを傷つけるわけにはいかなかった。アデクは、「しかしのう」とユキナリと肩を並べる。
「オレ達は加勢に来たんじゃ。お前さんばかりに戦わせられん」
アデクの言葉に、「だとしても、サカキへと不用意に攻撃するのは危険です」と忠告する。
「ニドキングは一度見た攻撃ならば、ほぼ間違いなく防ぐ手立てを持っている。そう考えて間違いない」
「そのような、化け物じみたポケモンとトレーナーなんぞおるのか?」
「現に今」
ユキナリは顎をしゃくる。サカキは超えようのない現実として屹立している。アデクは唾を飲み下した。
「そのようなトレーナーなど……」
「あるわけない、と断じるのはお前らの勝手だ」
サカキは超越者の佇まいでニドキングを引き連れる。ユキナリとアデクは決断を迫られていた。この状況、二対一でも相手の優位は揺るがない。ならば、と声を出したのはアデクが先だった。
「ユキナリ。お前さんはヘキサツールの下へと向かえ」
アデクの言葉にユキナリは、「でも」と返す。
「ここでアデクさんだけに任せるわけには」
「いいか? オレ達の目的は玉座以上にヘキサツールの破壊。ヤナギが自分から汚れ役を買って出たんじゃ。少しくらいは恩義に報いる義務がある」
ヤナギがアデクとナツキをここまで進ませたと言うのか。今までの行動からは考えられないが、それほどまでにヘキサツールの破壊に賭けているのだろう。
「でも、僕が離脱しようにも、ニドキングに隙はない。下手に行動すれば相手の術中にはまるだけです」
「ウルガモス、もう一発フレアドライブ、撃てるか?」
その問いかけにウルガモスが鋭く鳴いた。ユキナリは、「あまり使い過ぎれば」と忠告する。
「フレアドライブは自らの身体を焼いて相手へと突っ込む技。ウルガモスと言えども、そう何度も撃てないでしょう。ここは炎で相手を牽制して」
「それが通じる相手ではない事は、お前さんが一番分かってるじゃろう」
ユキナリは確信していた。生半可な攻撃ではニドキングを打ち破る事など出来ない。自分達も無駄な消耗戦を続けるだけだ。
「でも、ウルガモスに無理をさせれば……」
「遅れてきたんじゃ。少しくらいはカッコつけさせろ」
アデクはユキナリが止めるよりも先に、「ウルガモス!」と呼びつけた。ウルガモスが三対の翅を震わせて炎を作り出す。
「オーバーヒート!」
陽炎の向こう側にウルガモスの姿が出現する。ウルガモスに攻撃すれば、蜃気楼を追うが如くその攻撃はことごとく空を穿つはず。その隙を逃すな、というのだろう。ニドキングはしかし、ウルガモスへと直接攻撃の愚を犯すような真似はしなかった。
「オーバーヒートで炎の場を作る。だが、それをすぐに攻撃に転じてこないのは理由があるな。恐らくはカウンターを目的とした戦法か」
読まれている。その予感にもアデクは動じず、「だからどうした!」と声を張り上げる。
「動かないのならば丸焼きじゃ!」
炎の円はじりじりとニドキングとサカキを追い詰めていく。攻撃すればカウンターを食らい、攻撃しなければ無抵抗のまま焼き尽くされるという二者択一。だが、サカキはどちらでもない三つ目の選択肢を取った。
「ニドキング、大地の力」
ニドキングが足を踏み鳴らし広げた波紋から茶色の刃が出現する。ウルガモスを捉えようとしたその一撃を回避し、ウルガモスはニドキングの背後へと回り込んだ。
「もらった!」
ウルガモスがニドキングを射程範囲に捉える。だが、サカキは落ち着き払っている。
「地面の攻撃を避ける、という事は特性を絞る意味もあった。そのウルガモス、そう万能でもないらしい。それに背後を取られる事も計算内だ」
ニドキングの毒の背びれから霧が噴出する。アデクは咄嗟に、「退け!」と声を上げていた。
「遅い。ヘドロウェーブ」
毒の霧がウルガモスの身体を侵す。ウルガモスが痺れたが、その姿が掻き消えた。何だ、と思ったのはユキナリも、だ。そのウルガモスが本体ではない。アデクの言動からそれが本体だとばかり思っていたが、それさえもデコイなのだ。どこへ、とユキナリは首を巡らせる。
「今のウルガモスですら、蜃気楼の幻影だと……」
「残念じゃったな。本体は……」
ニドキングの直上から火の粉が舞い散る。サカキは振り仰いだ。その視線の先にウルガモスが翅を広げて炎を降り注がせている。白い体毛が赤く染まり、瞬く間にウルガモスを火球にした。
「フレアドライブ!」
ウルガモスは二つの幻影を操り、ニドキングの真上を狙っていたのだ。それに気づいた時には既に遅い。ウルガモスの翅が拡張し、炎の色が視界に色濃く残る。熾天使の威容を映し出したウルガモスの特攻がニドキングとサカキを燃焼させようとする。
「これで決まりじゃ!」
「決まり、か。そうならば、どれほどいいのか」
サカキはこの段になっても冷静だった。何故、そこまで冷静でいられるのか、ユキナリには分からないがアデクの行動を無駄には出来ない。ユキナリはオノノクスに騎乗して駆け出した。ヘキサツールの間に向かうのが自分の使命。そう割り切った行動だったが、決着だけが気になった。ウルガモスの攻撃は果たして、ニドキングへと命中した。ニドキングの身体があまりの熱量に溶解し、咆哮しながら消滅していく。それを目にしてユキナリは勝ったのだ、と感じ取る。だが、直後に感覚されたのは変わらぬプレッシャーだった。
「何を……」
ユキナリへと真横から出現した影が突っ込む。それはニドキングだった。どうして、と疑問を発する間にアデクが、「なに?」と奇妙な手応えを覚えたのか口にする。
「そうだ。このニドキングは」
サカキが手を薙ぎ払う。「フレアドライブ」を受けて溶解したのはニドキングが氷で作った彫像だった。一瞬でニドキングは自らの身代わりを作り、その身代わりを攻撃させている間にユキナリへとニドキングを走らせていた。氷の彫像が溶けて内部から毒の霧が噴出する。どうやら彫像内部に毒の霧のカプセルでも埋め込んでいたらしい。ウルガモスは毒の洗礼を身体中に浴びる事となった。
「オレの戦略を、真似て……」
サカキはアデクがウルガモスによる陽炎戦法を取るのを見て、即座に模倣した。その審美眼に恐れるほかなかった。
「ウルガモスは、これで封じた。あとはオーキドだな」
ニドキングが二の腕を膨れ上がらせてオノノクスと組み合おうとする。ユキナリは降りようとしてバランスを崩した。ほとんど転げ落ちる形でユキナリは視界が回転するのを感じた。オノノクスの攻撃網を抜け、ニドキングがユキナリへと向かう。ユキナリは暗転しかけた視界の中で落ちた七つのバッジが地面に転がっているのを発見する。
「しまった……! バッジが」
拾おうとする前にニドキングの太い腕がバッジを根こそぎ持っていった。ユキナリは目の前でバッジを奪取された形となった。
「バッジを……!」
「これで目的は果たした。オーキド、お前を殺してバッジを奪うのが理想だったが、これでもいい。ヘキサツールは完成する」
ニドキングが主の下へと飛び退ろうとする。ユキナリは歯を噛み締め、「させない!」と手を払う。オノノクスと同調し、黒い瘴気が凝縮して光条を撃ち出した。しかし、ニドキングは容易くそれを弾き、サカキへとバッジを献上する。
「よくやった。これで」
サカキは懐へとバッジを仕舞い、まずはアデクとウルガモスに目を向けた。
「ゴミ掃除をして終わりだ」
アデクとウルガモスを襲ったのは地面を伝って出現した冷凍ビームの掃射だった。アデクへと水色の光条が突き刺さろうとする。
「アデクさん!」
ユキナリの叫びよりも光線のほうが早い。アデクが終わりに目を瞑ろうとしたその時、ウルガモスが身体を引きずってアデクへと向かう冷凍ビームの群れを受け止めた。炎タイプのウルガモスに氷の冷凍ビームはそれほどの効果がないはずだったが「フレアドライブ」の酷使で身体は限界に近づいていた。その身体へと無慈悲に突き刺さった氷の攻撃にウルガモスが呻き声を上げる。アデクは、「やめろ! ウルガモス!」と叫ぶ。
「お前が犠牲になる事は……」
その言葉が最後まで紡がれる前に、幾重もの冷凍ビームが鋭く突き刺さった。ウルガモスの腹腔を破り、翅をもいだ。地へとウルガモスは倒れ伏す。その身体にアデクは歩み寄って触れた。
「ウルガモス……、お前は……」
アデクの頬を涙が伝う。ウルガモスからは生きている者の感覚が失せていた。感知野を広げたユキナリにも分かる。ウルガモスは最後の最後に身を挺して主人を守ったのだと。
「何で……、何でじゃ! 何でオレの守りたいものは、こうも手を滑り落ちていく? ウルガモス! お前がいてくれれば、何も怖くないと思えたのに……」
「戦闘中に涙を見せるとは、片腹痛いな」
サカキの無慈悲な声がウルガモスを失ったアデクへと襲いかかる。ニドキングが腕を振るい上げた。アデクには最早抵抗の気力はない。ユキナリは瞬時にオノノクスと同調し、「させない!」と黒い瘴気を刃にして振るった。ニドキングがこちらへと注意を向ける。
「ウルガモス……。ウルガモスよぉ……」
アデクの慟哭は見ていられなかった。ユキナリは拳を固く握り締め、「何でだ」と呟く。
「何で、お前らはそう簡単に他人の大切なものを奪えるんだ!」
怒りを滲ませた牙の一撃がニドキングへと打ち下ろされる。ニドキングはそれを弾き様に手を薙いだ。払われた空間上へと水色の光が凝縮し、連鎖した冷凍ビームがオノノクスへと放たれる。オノノクスは脚部に力を込めて冷凍ビームを跨ぐように跳躍した。ニドキングへと足の爪で組み付き、「何でだよ!」とユキナリの怒声を引き継いだ咆哮を発する。
「お前らは何で……。何が目的なんだ!」