第百九十一話「BLAZE X」
サカキは手を払いニドキングに命じる。
「ニドキング、もう一度懐に飛び込んで押さえ込む。今度は窒息死させるつもりでやれ。完全同調ならばオーキドも死ぬ」
ニドキングが重機のように地面を踏みしだきながらオノノクスへと接近する。オノノクスへとユキナリは指示していた。
「二度も接近させるか! オノノクス、ダブルチョップ!」
オノノクスが両腕を振るい上げ、衝撃波を放つ手刀をニドキングに向けて打ち込む。ニドキングはその一撃を横っ飛びで回避した。
「愚直な攻撃だな。真正面から来る敵に真正面から向かうなど」
「分かっているさ」
ユキナリが口元を緩める。サカキがその意味を解する前に下段から放たれた手刀がニドキングの脇腹に突き刺さった。
「だからこそ、正攻法じゃ戦っていないだろう?」
自分とオノノクスは完全同調状態。必要な事は喉を震わせる事もない。全て思惟で伝わらせている。
「思考で操っていたか。ニドキング、すぐに懐へと飛び込むんだ。脇腹の怪我は気にするほどじゃない」
ニドキングがオノノクスへと角を突き出して特攻する。オノノクスの間合いを熟知していなければ出来ない決断だった。
「オノノクスの牙は確かに驚異的な攻撃性能だ。だが、それは振るえれば、の話。超接近戦に持ち込めば、オノノクスの牙は当らない」
いわば台風の目だ。サカキは瞬時にそれを理解したのか、あるいはキシベに教えられていたのかは分からない。だが、ユキナリはすぐさま応戦する。
「脇腹の手刀を抜け!」
「押さえ込むつもりか? だが、ニドキングの腕力とオノノクスの腕力、牙で比べるならばまだしも単純に腕比べと言うのならば、勝つのはどちらか、迷うまでもあるまい」
ニドキングが二の腕を膨れ上がらせる。ユキナリは落ち着いて命ずる。
「ダブルチョップ!」
「だとしても、だ。俺のニドキングには命中しないし、命中しても首根っこを押さえ込んで殺す」
サカキの言葉にユキナリはオノノクスと同期させた腕を振るい落とす。その手刀はニドキングを捉えるかに見えたが、空を裂いただけだった。
「命中しない? この距離で?」
疑問を発したのはユキナリではなくサカキだった。この距離で完全同調ならば二発ともならばまだしも一発も命中しないのは不可解だと感じたのだろう。だが、それも全て予期された事だった。衝撃波が地面へと伝わる。サカキはハッとした。
「そうか! 衝撃波で」
地面が捲れ上がり砂塵が舞い散る。砂の波はサカキの視界を奪った。
「俺とニドキングの命令系統を阻害するために……!」
同調していないトレーナーならば、見えていない範囲をカバーする事は不可能なはずだ。ユキナリはオノノクスに蹴りつけるように思惟を飛ばす。主の命令を失ったニドキングがたたらを踏む。
一瞬の隙。だがそれが好機に繋がる。姿勢を崩したニドキングへとオノノクスが牙を振り上げた。黒い瘴気が纏い付き、牙に集約される。ユキナリは腕を薙いで命令する。
「ハサミギロチン!」
牙を振るったオノノクスから発生した黒い断頭台がニドキングの首を捉える。ニドキングは動きを封じられ、首を掻くが断頭台が外れる事はない。
「命中した! これで一撃必殺!」
断頭台の刃が下ろされるかに見えたその時、サカキは取り乱す事もなく、「なるほど」と呟いていた。
「一撃必殺の技を放つのに、確かにこの射程は正解だ」
サカキの冷静さの理由が分からない。何故、今にも手持ちを潰されようとしているのに冷静さを装えるのか。その考えを見透かしたように、「俺は何も取り繕っていない」とサカキは答える。
「ただ、少しばかり骨のある奴だったのだと考えを改める必要がある、と感じたまでだ。ニドキング、首を封じられたか?」
ニドキングが呻いて答える。首を断頭台にかけられば最早逃れる術はない。
「そうだ! お前は僕の首を持っていくと宣言したが、持って行かれるのはお前のほうだ!」
断頭台が下ろされる瞬間、サカキは、「ならば」と指を鳴らす。
「やれ。角ドリル」
その言葉が発せられた途端、ニドキングの額から生えている一本の角から高周波が放たれる。角が震え、断頭台の刃と共鳴しているのか劈くような高い音を発生させた。ユキナリが思わず耳を塞ぐ。サカキは平然と事のなりを見つめている。すると、どうした事だろう。断頭台が薄らぎ、瞬く間に景色へと溶けていく。ユキナリが目を見開いているとサカキは、「一撃必殺は」と口にする。
「同じように一撃必殺の技でのみ相殺出来る。ハサミギロチン、と言っていたな。これは角ドリル。ニドキングの覚える一撃必殺の技だ」
サカキの説明に慄然とする。ニドキングも一撃必殺を隠し持っていたというのか。断頭台から逃れたニドキングがその重厚さに似合わぬ軽業で後ずさる。まだ角は震えていた。
「角ドリルはしかし、射程がかなり限られていてな。身体が重なり合うほどの至近距離でなければ使用しても仕方がない。だが、ハサミギロチンへの対抗策として押さえておくのはいいだろう」
ユキナリは覚えず後退する。それはつまり、ニドキングに「ハサミギロチン」は通用しないという事を意味していた。同時に懐に潜り込まれれば終わりだと言う事も。
「命中率の低いこの技は滅多に使わない。それに一撃必殺への対抗策など普通はいらないからな。だが、今のハサミギロチン、か? 何か、普通の一撃必殺ではない、恐怖を覚えたぞ」
まさか、その正体を看破されたか? 一瞬で見抜けるはずもない。ましてや技は実行されなかった。その射程を読む事も出来ないはずだ。
「射程距離までは不明だが、なるほど、不用意に近づく事もまた命を縮めるのだと、理解したよ」
ニドキングは身体を開く。胸部の中央に紫色の宝玉があった。それが光り輝きニドキングの四肢へと血脈を送り込む。何だ、と感じている間に、「ニドキングは」とサカキは口を開いた。
「近距離戦闘を得意とするポケモン。だが、その固定観念に囚われていては真価を発揮する事は出来ない。あまり技を使って戦うのは趣味じゃないんだが、仕方あるまい。ニドキング、体術だけで戦うのは限界が来た。技を併用していくぞ」
サカキの呼びかけにニドキングは咆哮する。その瞬間、地面へと波紋が送り込まれた。オノノクスの直下へと至った瞬間、地面から茶色の刃が出現する。
「大地の力」
ユキナリは、まずいとオノノクスへと思惟を走らせた。このコンボは――。
その思考を裂くように大地の力で出現した裂け目から水色の光が凝縮して放たれる。
「冷凍ビーム、掃射」
縫うように放たれた冷凍ビームの光条をオノノクスは紙一重で回避する。天井から生えている鍾乳洞が氷で固まった。サカキは、「これは避けるだろうな」と呟く。
「一度発した技のコンボを見抜けないほどの馬鹿だとは思っていない。だからこそ、もう一つを仕込んでおいた」
オノノクスに思惟を飛ばしているユキナリは疑問符を挟む。もう一つ、とは何なのか。視界を巡らせようとすると不意に身体が引っ張り込まれた。いつの間に接近していたのか、ニドキングがオノノクスの腕を引っ張って射程へと潜り込もうとする。その角を警戒し、ユキナリは牙での攻撃を選んだ。
「ドラゴンクロー拡散で距離を取れ!」
即座に展開され、包囲した短剣の群れにニドキングは臆する事もない。宝玉を中心としてエネルギーが凝縮し、直後拡散した紫色の奔流がオノノクスへと襲いかかった。根こそぎ短剣を打ち消し、濁流がオノノクスを飲み込む。オノノクスと同調していたユキナリは全身の毛穴に染み渡ってくる激痛を感じた。覚えずその場で膝をつく。オノノクスも表皮が赤らんでおり、今の攻撃を受けたのだと知れた。
「今のは……」
「ヘドロウェーブ。毒の霧だな。ニドキングの放つ技ではそう飛躍したものでもない、毒タイプの技だ。ただし、自分を中心に拡散するために命中率が高い。至近距離で受けたのならば、その毒の効力は」
その言葉の行きつく先を裏付けるようにユキナリは激痛と共に痺れが走るのを感じた。舌がもつれ呼吸が危うくなる。
「無論、最大値。毒に呑まれて死ぬといい、オーキド」