第百八十八話「BLAZE U」
『たった今、情報が入りました。最終ステージ、首位争いをまず繰り広げるのはポイント総数一位、オーキド・ユキナリ選手と優勝候補サカキ選手だー!』
実況の声に聞き間違いか、とナツキは顔を振り向けた。だが訂正される様子もない。それどころか実況は続けられる。
『サカキ選手は歴史あるチャンピオンロードの入り口から入らず、あえて横穴から入ったー! これはルール上、セーフです! 先行する相手の行動を予見し、予想外の行動に出るのはトレーナーならば当たり前だー!』
「今、何ですって? サカキ?」
それはあり得ないはずだった。ユキナリの報告を聞き及んでいる。信じるならばサカキは次元の扉の向こう側へと飲み込まれた。こちら側の次元には、もう存在しないはずなのに。
『スタート一分前です』
ナツキの順番が回ってくる。事の真相は追いついて確認するしかないのか。ナツキはポケギアのカウントに従い駆け出した。
「行け、ハッサム!」
あえてメガシンカはまださせず、ハッサムを追従させる。すると、すぐに追いついてきたヤナギが目配せした。駆け寄って、「今の」と問い質す。
「サカキ、って……」
「ああ。俺も信じられないが、生きていたと考えるほかない。他人がサカキの名を名乗ってリーグ戦に出るとしても不利益だ」
「何で、サカキなの? だって、ユキナリの言葉通りなら、もういないんじゃ……」
「その通りではなかったのか。あるいは、サカキは別の手を打っていたか。アデク」
ヤナギはウルガモスを繰り出しているアデクへと声を振りかけた。アデクは、「何じゃ」と駆け寄ってくる。
「俺達三人でユキナリの優勝を阻む奴らを食い止めようかと思ったが、サカキが本当にいるのかどうかを確かめねばならない。場合によってはユキナリかサカキを排除する」
断じた声音にナツキは身体を震わせた。
「そんな……。あんた達、分かり合ったんじゃ」
「そのつもりだったが、特異点が二人、まだ残っているとなれば話は別だ。特異点二人とヘキサツールの接触は破滅を誘発しかねない。こんな人の多い場所で、破滅が起こってみろ。セキチクの比ではないぞ」
ヤナギの言葉は正しい。多くの人を巻き込んでユキナリが破滅を引き起こせば今度こそ無事では済まない。
「キュレムがいればな。だが、悔やんでいる暇はない」
ヤナギは即座に反転し、「先を行け」と命じた。
「何を。あんた何のつもりで」
「俺が行けば、ユキナリを殺すのかもしれない、と勘繰っているのだろう?」
心の中を読まれ、ナツキは声を詰まらせる。ヤナギは首を横に振り、「その心配はいらない」と口にする。
「俺は連中を足止めする。サカキについてはお前らで対処しろ。メガハッサムならば出来ない話でもないはずだ」
意想外と言うほかない言葉にナツキは戸惑う。アデクも同じ調子だった。
「お前さんはどうするんじゃ! 優勝をみすみす逃すつもりか?」
「そのつもりもない。幸い、ポケギアの通話は生きている。まだマサキが中継点になってくれているお陰で盗聴の心配もない。俺達は連絡を取り合ってサカキを止める。それとユキナリの使命を助ける。その他ない」
ポケギアを掲げ、ヤナギは目線を向ける。自分達が先を行き、ユキナリの助けをしろ、という事なのだろう。だが、それならばヤナギでも適任のはずだ。ナツキは思わず口にしていた。
「でも、あんたでもその資格は……」
「向かってくるのは強豪揃い。誰もここまで来た連中を過小評価していない。ウルガモスとハッサムは一対一にこそ真価を発揮する。多数を相手取るのならば、俺のポケモンがちょうどいい」
ヤナギはモンスターボールを掲げる。新型ではない、旧式のボールがその手にはあった。
「だがヤナギ! お前さん一人で!」
「何度も言わせるな、アデク。適材適所だ。メガハッサムとウルガモスならばお互いの短所を補える。合理的に考えれば答えは出るだろう。それとも、お前はそれほどまでに頭が回らない人間だったか?」
ヤナギの言葉にアデクは歯噛みする。頭では分かっている。だが心の底では理解出来ない。
「あたし達だって、平等に戦いたい! そのためにここまで来たのに!」
「平等、か。だが、サカキの存在がその平等の基盤を揺るがそうとしている。サカキが王になれば、今まで俺達のやってきた事そのものが無為となる。それだけは絶対に避けなければならない」
ヤナギの言葉にアデクが肩に手を置いた。これ以上の説得は無意味だと首を振る。
「でも! あんただって、王に!」
そのための野心は持っているはずなのに。ナツキはヤナギが自分の夢を諦めてまで使命に生きる事が許せなかった。それはあまりに寂しい。
「ナツキ」とアデクが制そうとするがそれを振り払って声にした。
「ヤナギ! 諦めていないから」
その言葉に自分の思いが集約されていた。ヤナギは背中を向け、「重々承知だ」と返す。
「俺とて諦観の中にいるわけではない。今だけは足止めする。長くは持たないし、全員を止められるとも思っていない。行け、ナツキ」
その声にナツキは駆け出していた。チャンピオンロードの洞窟が口を開けている。その薄闇の中へとナツキとアデクは続いて入っていった。