NEMESIS














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相克の章
第百八十五話「魔神」

 爆心地へと降り立つとゲンジは身が竦み上がるのを感じた。

 研究所跡地に生きているものの気配はない。ゲンジは息を詰め、手持ちのタツベイに周辺を警戒させていた。握り締めた懐中電灯を震わせ、「この階層が、いわゆる最深部か」と奈落へと続く穴を窺った。全ての光を吸い込むかのように広大な穴が広がっている。ゲンジはタツベイへと命ずる。すぐさまコモルーを経てボーマンダへと進化した背中に跨って、最深部へと降下を始めた。

「フジは、ユキナリをそそのかし、何かをさせようとしていたはずだ。ならば、この最深部こそ鍵になる。何が眠っているのか。前情報では三体の伝説級のはずだったが」

 ナツキとナタネの情報をすり合わせると、スペックXのボールに入っていたのだという。台座に安置されていたが、予め仕組まれていたようにメガストーンがミュウツーに作用し強制的にメガシンカさせた。

 その後の顛末は艦長である自分も知っていたが、ミュウツーは破壊された。フジも死亡し、誰がこのような場所を利用するというのだ。通常の考えならばあり得ない。だがゲンジには懸念事項があったのだ。

 もし、キシベが生きているとすれば。生きて、何らかの策を講じているのならば、この最深部でこそ行われているはずだと。闇の中で何かが身じろぎしている。懐中電灯を振り向けると、痩身が露になった。馴染みのある黒いスーツ姿の男にゲンジは目を瞠る。

「キシベ……!」

 キシベはゲンジへと振り返り、「来ましたか」と口にした。ゲンジは着地すると同時に、「何をしている!」と声を張り上げた。

「こんな場所で、お前の目的は何だ?」

「私の目的は、ロケット団で当に話したと思いますが」

 全く動ずる様子のないキシベへとゲンジは警戒心を向ける。何故、キシベがここにいるのか。その目的は推し量れた。

「三体の伝説の鳥ポケモンの確保か」

 キシベは指を鳴らし、「正解」と答える。

「ですが、フジ博士は最後の最後に妙な細工をしてしまったので、開封は今の技術では困難でしょう」

「キシベ。やはり無理だ。このボールは、向こうの次元でも規格外だった」

 暗闇から聞こえてきた声に、「誰だ?」とゲンジは身構える。

「カツラでも、フジ博士でもないな。そこにいるのは誰だ?」

 懐中電灯の光を向けると、振り返った人物が視界に入った。この場に似つかわしくないような中年の紳士が仕立てのいいスーツを着込んで佇んでいる。ゲンジはうろたえた。キシベと行動を共にする相手は大体絞れているつもりだったが、その紳士は見覚えがない。

「誰なんだ? キシベと関わっているという事はロケット団か?」

「これは、これは。ゲンジ殿でも分からないか」

 キシベは口角を吊り上げる。ゲンジが怪訝そうな目を向けていると、「無理もない」と紳士は応じた。

「三十年前の姿だ。さすがに背格好が違うだろう」

 紳士が目を細める。その鋭い眼光には見覚えがあった。だがどうしても思い出せない。キシベと年齢の違わない幹部などいたか?

「ミュウツーボールは」

「生態認証型だ。フジの生態認証でロックされている。この場にフジの指先の一片でもあれば別だが」

「無理でしょうね。フジ博士はその点では最も適した方法で死んでいった」

 おぞましき会話に肌が粟立つ。この二人は何を話しているのか。

「では三体の伝説は諦めるほかないな。なに、ヘキサツールとやらのためにバッジを集めればいいのだろう? リーグ戦の時にでも総取りすればいい。話ではカンザキ・ヤナギが半分保持しているのだったか」

「ええ。こちらの戦力として三体の伝説があれば心強いとだけの話。ロケット団の過度な力の誇示もあなたが王になれば必要ありません。王という説得力が何よりの戦力となるはずです」

 キシベは紳士を王に祀り上げるつもりなのか。だが、紳士の井出達ではポケモントレーナーという感じは全く見受けられない。さしずめ、歳若い企業の社長ポジションだろう。

「キシベ。何を企んでいる? ヘキサツールを完成させたらどうなるのか、お前が一番分かっているはずだろう」

「ええ、ヘキサツールの完成はつまりカントーという土地の支配が磐石になった事を示す。私がやりたいのは、破滅の回避。それは揺るぎようのない」

「だが、その代わりに他の地方で誰かが死ぬ。カントーは破滅を免れられても、誰かが滅びをおっ被る事には変わりないんだ」

「解せませんね。何故、他人を気にする必要があるのか」

「何だと?」

 キシベの発言にゲンジが食ってかかる。キシベはゲンジの気迫を風と受け流した。

「他地方が滅びても、何の問題もないじゃありませんか。私の目的はロケット団の存続。そのために、この方に王になってもらう」

 紳士が歩み出て、「不服か?」と高圧的に告げる。ゲンジは歯軋りを漏らす。

「狂ったか、キシベ。今までの計画にない、どこの馬の骨とも知れない人間が玉座にいきなりつくなど不可能だ」

「あなたは知り得ていなかっただけ。彼の存在は、しかし開示していたはずですが。大っぴらにね」

「そのような男の存在は知らん。俺は、キシベ、お前を止める。ヘキサツールの完成は、確かに滅びを免れる一手段かもしれない。だが、王になってロケット団を存続させるなど驕りだ。そのような考えは死を招くぞ」

 ボーマンダが内部骨格を赤く輝かせ、いつでも強襲がかけられるように咆哮する。キシベは、「やれやれだ」と首を振った。

「あなたには理想が分からないでしょうね。この崇高な理念。カントーという土地が平和に包まれるんですよ? ロケット団の支配下、ではありますがね」

「黙れ! ロケット団の支配などカントーの民草が喜ぶものか!」

 ゲンジの怒気に紳士が、「私がかたをつけよう」とネクタイを緩めた。

「いいのですか?」

「いい。こういう手合いには勝ち負けという結果が一番分かりやすい。ゲンジ、だったか?」

 紳士の言葉に、「俺を嘗めないでもらおう」とゲンジは声にする。

「ボーマンダは今のところただ一度の敗北しか知らない。それ以外は全て白星だ」

「ならば知る事になるな。二度目の敗北を」

 紳士の強気な発言にゲンジは息を詰めた。

「……後悔するぞ。逆鱗!」

 ボーマンダへと攻撃を促す。赤い燐光を滾らせてボーマンダが無防備な紳士へと突っ込むかに思われた。

 その刹那、紳士の姿が掻き消える。どこへ、と首を巡らせようとした瞬間、ボーマンダが仰け反った。堅牢なドラゴンの表皮が破られ、血飛沫が舞い散る。何が、と状況を確認する前にゲンジの身体を衝撃が嬲った。視界に広がったのは身体を引き裂いた真っ赤な血潮だった。






















「美しいな」

 その光景を眺め、感想を述べる。

「戦場で散っていく、というのは。トレーナーであった頃の血が騒ぐ」

 ゲンジが膝をつき、倒れ伏した。手持ちであるボーマンダも力なく横たわっている。キシベが歩み寄り、「さすが」と拍手を送った。だがそれが表面上のものであることは何よりも理解している。

「ゲンジ。惜しい事をしたな。俺のいた次元では、生き永らえればホウエンの四天王になれたものを」

 キシベが恭しく頭を垂れ、「あなたの玉座の前には必要ないでしょう」と口にした。

「サカキ様」

 名を呼ばれサカキは鼻を鳴らす。

「この次元では、俺がいた時代とは異なるか。そもそも、俺は生まれてすらいないはずだが?」

「時空の歪みによるものでしょう。ヘキサツールがあなたという器をこの時代に招いた。ちょうど、次元の扉であなたがこちら側に招かれたように」

 サカキはキシベより聞かされた自分の依り代となるために擁立された少年の事を思い出す。皮肉にも同じサカキの名を冠していたのだという。サカキは天上を仰いで口を開く。

「キシベ。夢は見るか?」

「夢ですか。私はてんで」

「だろうな。お前ほどのリアリストも珍しかった。俺は、あちら側にいた時、何度か見た事がある。全てを失い、ロケット団も解散した後の話だが、眠る度に同じ夢を見た。名も知らぬ少年となって、赤子からやり直す夢だ。今にして思えば、願望が出ていたのかもしれないな」

 自分には似つかわしくない感傷に浸っているとキシベは懐から、「その夢が現実になります」と箱を取り出す。サカキは受け取り、蓋を開いた。

「フジ博士の遺したもの、か。向こうでもフジ博士は重要参考人だった。ミュウの実験のための」

 箱の中には注射が入っていた。針のケースを抜き取り、サカキは自らの腕を捲り上げる。

「ミュウツー細胞。それがもたらすものは俺にやり直しの機会を与えてくれるわけか。よかろう。俺は、この次元で再び天下を取る」

 針を突き立てる。ピストンを押し込むと身体の内側で脈動が感じられた。鼓動が早まってゆき、意識が朦朧とする。だが、その症状はすぐに治まった。次に感じられたのは明瞭化する視界と思考だった。研ぎ澄まされた思考は全盛期そのものだった。

「これが……」

「サカキ様。これを」

 キシベが襟元につけたバッジを取り外し、サカキへと献上する。サカキはそれを手に取った。

「始まりと終わりは同じ、か。これがこちら側の、オリジナルグリーンバッジ」

 手にあるのは緑色の葉っぱの形状をしたバッジだった。サカキはそのバッジを胸元に留め、宣言する。

「俺が王になる。そしてロケット団の再建、約束しよう。真実の未来を」







第十一章 了


オンドゥル大使 ( 2015/10/09(金) 20:43 )