第百七十五話「交渉手段」
ユキナリは机に集まったディスプレイを眺める。どうやら対面と言っても向こうは直接顔合わせする気はないらしい。
『オーキド・ユキナリとレプリカント、キクコの捕獲。大義であった』
その言葉に眉をひそめる前にゲンジは頭を垂れた。
「勿体無きお言葉」
ゲンジらしからぬ行動だったが七賢人とやらがヘキサの動向に対して発言力を持っている証明とも言えた。ヤナギは無言のまま、机を見下ろしている。
『オーキド・ユキナリ。いや、三体のポケモンから情報だけをサルベージされた再現体、と呼ぶべきか』
「我々ではRC1と呼称しています」
ゲンジの言葉に七賢人達は、『だが、その力はまだ健在、である事がはっきりと窺えた』と告げる。
『ミュウツーとの同調、それによる破滅の誘発。最早、猶予を与えるまでもない。オーキド・ユキナリの抹殺を提言する』
その言葉に肌が粟立つ。目の前で突きつけられた死刑宣告に、「お待ちください」とゲンジが声を差し挟む。
「急いては事を仕損じます。もっと慎重を期すべきなのでは?」
『慎重を期した結果がこの三ヶ月だよ』
『我々はフジに時間を与え過ぎた。航空母艦ヘキサとキュレムの所有権はただ預けているわけではない。ポリゴンシリーズの殲滅にこそ、意味があった』
「ですから、それは達成したわけです」
『それが無為であったとは言わない。だが、本来の脅威であるミュウツーとレプリカント、キクコの発見の遅延。及び、破滅を誘発させた事は罪深い』
『本来ならば君達の即時解体を打診しても何ら不思議ではない状況。その責任が問い詰められないだけありがたいと思いたまえ』
七賢人の言葉にゲンジは言い返す様子もない。この場において発言力が低いのだろう。元ロケット団というのも影響しているのかもしれない。
「ですが、我々の働きがなければ、オーキド・ユキナリのサルベージですら実行されませんでした。その事に関してどうお考えで?」
『サルベージはいずれしていたよ』
『それが君達ではないだけの話だ。我らにも技術者がついているのでね。ご自慢のソネザキ・マサキだったか? 彼に勝るとも劣らない』
七賢人の言葉は真実だろうか。それを探る術を持たないのはゲンジも同じようだった。
「マサキはよくやってくれています。我々に協力を惜しまないと言ってくれている」
『だが今まで都合よく組織を鞍替えしてきた人物だよ』
『今回もそうではないという保障はない。そもそも、ヘキサを離反し、ロケット団に所属、ネメシスで真実を知った過程も評価されるべきではないね。これは裏切り者の烙印が押されても不思議ではない』
暗に自分達だから生かしているのだ、という傲慢さが見て取れた。七賢人達はそれを隠そうともしない。
『忠誠を誓え、とまでは言わないが、これまでの経歴から鑑みてマサキを重要ポジションに置く事に異議を唱えざるを得ない』
「それは、ヘキサからマサキを外す、という事でしょうか?」
『飼い殺しにしておいても、奴は反旗の芽を着々と育む事だろう』
『我らが真に危惧しているのはマサキがヘキサを離反する事ではない。ヘキサに匹敵する組織を作り上げる事だ。奴にはそれほどの力と権限がある』
『だが力と権限を奪ったところで同じ事。我らはマサキという人材を高く買い過ぎた気がある』
『左様。マサキの言う通りに進めてきた計画の変更もやむなし、とせねば』
七賢人の言い分は身勝手だ。ユキナリでもそれは分かる。今までマサキやゲンジ達を体よく利用して生き延びたものの、いざとなれば切り捨てる。叫び出したかったが、自分はこの場において裁かれる罪人。当然の事ながら、裁量の余地は向こう側の感情次第。自分に差し挟む口などない。
『ヘキサは未来に滅亡が起こる事をよしとしていない。その要因は取り除くべきだと考えている』
「では、お考えは変わらないのですか」
ゲンジの声に、『無論だ』と七賢人は返す。
『特異点の封印、あるいは抹殺。これは譲れんよ』
『だがレプリカント、キクコ。こちらは駒としては優秀そのもの。遺伝子レベルでは九割がポケモンなのだろう? だとすれば、ポケモンと同列の扱いで構わないだろう』
その言葉にユキナリは思わず口を開いていた。
「キクコを、実験動物扱いする気ですか……」
ユキナリの声に七賢人が、『黙っている、という事すら出来んのかね? 彼は』と侮蔑の声を投げる。
『我々が決定する事はヘキサの意思。それは即ち、世界の声だ。世界が滅びる事を君はよしとするかね』
『さすがは特異点、と言いたいところだが、君に差し挟む口などないのだよ』
『歴史は我らが回す。一部の特権層が勝手に創造し、破壊していい代物ではないのだ』
それは七賢人のやり口そのものに言える話ではないのか。だが彼らは自分達を度外視して話を進めている。その光景に奇妙ささえ浮かんでいた。
「レプリカントの処遇に関しては反対です。俺も、そのような扱いは人道的とは思えない」
ゲンジの助け舟が入ったが七賢人達は、『何を言う』と嘲る。
『航空母艦に風穴を開けられておいていざ姿が見えれば容認かね? 姿形に惑わされてはいけない。指導者たるもの、常に冷静な判断を、だよ』
『特異点に関しては封印措置、あるいは抹殺。これでも譲歩しているのが分からないのか。レプリカントを生かしておく、という温情だよ』
温情であるものか、とユキナリは反発しようとするが当然、七賢人は聞く耳を持たないだろう。自分達以外はどうなってもいいと考えている連中だった。
『オーキド・ユキナリを封印し、レプリカントは経過観察。これが現時点での決定だよ』
『人類が常に規範の道を選ぶための、必要な犠牲なのだ』
ユキナリは歯噛みした。この連中の言い分はある意味では正しい。大勢を生かすために少数を見殺す。どの時代でも当たり前に行われてきた事だ。今回の場合、自分一人の命とキクコの自由。それが消滅すればこの世は安泰なのだからそれを選択するのは当然だろう。拳を握り締め、無力感に苛まれていると不意によく通る声が響いた。
「それは違う」
全員が声の主を確かめる。二階層で今まで無言を貫いてきたヤナギが静かに口を開いた。
「七賢人、あんたらはただ自分達の生き死にが恐ろしいだけで、早計な判断を下そうとしている。後悔の道を選びたくなければ、もう少し熟考する事だな」
ヤナギのへりくだった様子もまるでない声音に七賢人が反発する。
『貴様! 何だ、その言い草は!』
『キュレムを与えてやっている恩、忘れたとは言わせんぞ!』
投げかけられる罵声にヤナギは静かに応ずる。
「ただ当たり前の感想を述べているだけだ。それとも、議論とは片一方の感情論だけで語られるものだったか? 俺にはそのように教育させられた覚えはないし、あんた達は言わずもがなだと思うが」
『侮辱だ!』と七賢人が今にも飛びかかってきそうな勢いで声にする。ヤナギは風と受け流し、「侮辱でも何でも」と口にする。
「俺に対して抗弁を開くという事は王に対して、と心得ろ。それが王への言葉か?」
『カンザキ・ヤナギ。キュレムの力を持って傲慢に成り果てたか?』
怒りを押し殺した声に、「傲慢?」とヤナギは笑った。
「元々の性根だ。それに、キュレムをあんた達に与えられた覚えはない。俺は勝ち取っただけだ。キュレムが俺を選んだ。だからこうして立っている」
ヤナギの言葉には迷いがない。七賢人の権力などどこ吹く風だ。自分達を侮辱されたと感じた七賢人はこぞってヤナギへと攻撃の口を開く。
『王だと? 貴様如きが王を名乗るなど片腹痛いわ!』
『まだ一トレーナーに過ぎない人間が何を。特異点でもない、何者でもない俗物が』
「ではどうしてあんたらはその言うところの特別である特異点を排斥しようとする。自らの身が可愛さに大多数で少数を黙殺しようと言う魂胆が丸見えだが」
ヤナギの売り言葉に買い言葉の体にゲンジが、「ヤナギ!」と声を張り上げた。
「ここで事を大きくすれば!」
何が待っているのか、ゲンジには分かっているのだろう。だがヤナギは論調を緩める事はない。
「俺を糾弾するか? それとも裁判にかけるか? 好きにするといい。だがその場合、あんたらの重要な拠点である航空母艦一つが犠牲になるし、俺を信奉している何人かの実力者は散り散りになる。そのリスクを背負ってまで、俺を追放したいのならばやってみろ。俺は逃げも隠れもしない」
これが、とユキナリは感じ取る。ナツキが語っていた、ヤナギについて行こうと決めた光。ヤナギの言葉は横暴だが、希望もある。それは絶望の淵に立っていた人間からしてみればまさしく先導する人間の言葉だろう。
『この議会そのものを侮辱する気か!』
『貴様について来る実力者だと? 驕るのも大概にしろ!』
『待て』
一人の七賢人が制止の声を出す。他の人々は、『しかし……』と言葉を彷徨わせた。
『カンザキ・ヤナギ。確かに我らヘキサからしてみれば実力者の離反は惜しい。その中には先の議論に上がったソネザキ・マサキもあろう。技術者の替えは利かない。それはこの場にいる誰もが理解しているところだ』
技術者のみならずトレーナーの能力も替えが利かない。それをヤナギは理解させようとでも言うのか、「技術者と限定するのはどうかと考える」と続けた。
「ジムリーダーであったカミツレ、それにチアキ、この二人がヘキサ側についている事による信頼は大きいだろう。もし、彼女らがあんた達に敵意を持った場合、多くの構成員が失われる。そうでなくとも士気の低下は否めない。それらを総括して考えていただきたいな」
今まで完全に上手に出ていた相手に対して牽制を浴びせかける。ヤナギの手法は容赦がない。七賢人達はすぐさま熟考の波に呑まれる事となった。
『確かに、ジムリーダーである二人による構成員の士気が上がったのは事実』
『ジムリーダー勢がついた事によってヘキサを正義の組織だと考えている構成員も多かろう』
言葉だけでヤナギはこの場を一転させてしまった。それはカリスマと呼ばれるものだろう。ヤナギには天性の指導者としての才覚がある事は認めざるを得なかった。
『だが、それだけでは特異点の封印とレプリカントの管理の議決を変更する条件ではない』
重々しく放たれた声が散らばろうとしていた意見を一括する。どうやらこの声の主が七賢人の中で最も権力を持っているらしい。
『レプリカント、キクコは管理せねばネメシスに奪われかねない。そうでなくとも奪還作戦が立ち上がっている可能性はあり得るのだ。この場合、ネメシスを敵に回す事の失策がどれほどのものなのか、傲慢に成り果てたとはいえ君にならば分かるだろう』
ヤナギは特に気に留めた様子もなく、「そうだな」と応ずる。
「ネメシスの戦力はほぼないと考えてもいいが、それは希望的観測だ。どちらにせよ、オーキド・ユキナリとキクコに関しては何かしらの策を講じなければならない。封印措置、抹殺、大いに結構だ」
先ほどまでとは正反対の言葉を発するヤナギにゲンジが戸惑いの声を出す。
「ヤナギ。何のつもりで――」
「ただし、封印措置、抹殺をするのならば俺からも条件を出させてもらう」
提示した声に七賢人からも戸惑いが漏れる。
『どういうつもりか』
『封印措置、抹殺を肯定するのか否定するのかはっきりしろ』
「オーキド・ユキナリを封印措置、または抹殺するのは肯定だ。だが、その全権を俺に委譲してもらいたい」
驚くべき言葉にゲンジが目を見開いた。七賢人も狼狽している。
『何を……』
「何を言っているんだ! ヤナギ!」
ゲンジの張り上げた声に、「言葉通りの意味だ」とヤナギは事もなさげに返す。
「封印措置や抹殺を施すのならば、俺がやる。七賢人、あんた達は俺のやる事に文句を挟まないでもらいたい。それだけの話」
『貴様に全権を委譲すれば、破滅を誘発する可能性もある』
反論に、「それはない」とヤナギは口元に笑みを浮かべる。
「破滅は俺も望むところではない。それは俺を頭目に祀り上げたあんた達が一番分かっていると思ったが」
ヤナギの言葉に七賢人達が返事に窮する。ヤナギの真意が何なのか、ユキナリも分かりかねた。
『……だが、貴様が封印措置を行うとは限らない。オーキド・ユキナリを利用して何を企んでいる?』
「企んでいるとは人聞きの悪いな。まぁ、このようなリスクを抱え込もうとしているんだ。伊達や酔狂ではない事ぐらいは察しがつくか」
ヤナギの言葉の節々には七賢人を馬鹿にする声音があった。
『仮に君が封印措置を行うとして、ではどうすると言うのだ。我らの助力なしに、どうやって特異点を抹殺する?』
「何のための力だと思っている?」
ヤナギは試すような物言いを用いた。
「キュレムを使う」
その言葉に七賢人がざわめく。だが、一人だけ冷静な声音を保ったままの賢人は、『なるほどな』と納得した様子だ。
『キュレムほどのポケモンならば封印措置、あるいは抹殺は可能だろう。現にトリガーの一つであるオノノクスを三ヶ月もの間、永久氷壁の中に封じ込めている』
オノノクスがキュレムに封じられている、という話は耳にした。自分の事をおやと認識しないとも。
「キュレムの封印を一時的に解除。オノノクスをオーキド・ユキナリに使わせる」
意想外の言葉に七賢人も、ユキナリでさえ驚愕する。自分にオノノクスを使わせれば破滅を誘発する事くらいヤナギには分かっているだろうに。
『馬鹿な! わざと破滅しろと言うのか!』
『カンザキ・ヤナギ。貴様にキュレムの管理を任せたのはどうやら失敗だったようだな』
「俺を更迭したければするといい」
ヤナギは意に介さず鼻を鳴らす。
「ただ、キュレムは俺を選んでいる。他の人間に今のような働きが期待出来るとは思えないな」
『それが傲慢に成り果てたのだと言っているのだ!』
『キュレムのトレーナーのバックアップくらい、ないと思っているのかね?』
「そいつは何の意見も言わない従順なしもべか? だが、そいつの力量ではキュレムの意志の力を止められない。キュレムは、ただの伝説クラスではないのだからな」
『既にカンザキ・ヤナギという一個人を取り込み、その意志は君と同一、か』
達観したような声に、「分かっているじゃないか」とヤナギが返す。
「ならばこの状況、俺にしか動かせない事も分かっているな?」
『悔しいが致し方ない』
その言葉に、『だが、我らの総意ではない』と声が飛ぶ。ヤナギは、「あんた達の勝手だ」と告げた。
『ヘキサの総意としては、オーキド・ユキナリ抹殺のために、オノノクスと接触させるべきではないと感じる。破滅を導く気なのか?』
「だが今のままでは膠着状態が続く。オノノクスを封印している限り、キュレムは自由に動く事も出来ない。オノノクスとオーキド・ユキナリ、両方を抹殺すればいいだけの話だ」
『簡単に言うが、それが難しいからこそ、今までの手段を貫いてきたのだ』
『キュレムならばそれが出来ると言うが、キュレムは実戦経験の浅いポケモン。使えるかの判断材料に上るには疑問が残る』
「その点に関してはキュレムではなく、俺の実力を加味してもらえると助かるな。氷結のヤナギ、そのトレーナーとしての実力を」
ヤナギの声音は横柄だが、この場で最も説得力のある言葉ではあった。ユキナリが呆然としていると、『よかろう』と七賢人の声が響く。
『どちらにせよ、封印措置と抹殺のためには大仰な力が動く。伝説級を動かさざるを得ないだろう。その手間が一つでも省けるのならばそれに越した事はない』
『しかし、最悪の想定だが、キュレムが敗れたらどうする?』
その言葉に、「それはあり得ない」とヤナギはすかさず返した。
「負けるはずがない」
『万に一つの可能性だよ』
七賢人は慎重を期している。ヤナギの慢心だけを信じ込んで実行するわけにはいかないのだろう。
『その場合、カンザキ・ヤナギ。君の、今回のポケモンリーグ参加権の破棄と、ヘキサ首領としての権限の全面撤回を求める』
つまり、ヤナギにこのポケモンリーグを諦めろ、という要求だった。そのようなものを呑むはずがない、とユキナリは感じていたがヤナギは、「いいだろう」と首肯する。
「俺が負ければ、王になろうという野心は捨て、ただのトレーナーとして人生を終える」
分の悪い賭けにヤナギが乗った。その事実にユキナリはヤナギへと視線を振り向ける。ヤナギは、「勘違いをするな」と口にした。
「お前のためではない」
ユキナリはヤナギと視線を交わす。鋭い双眸が突き刺すようだった。七賢人が、『では議会を終える』と言葉を発した。
『オノノクスとオーキド・ユキナリの接触。それによる破滅が起こる前に、君達は戦い雌雄を決しろ。オーキド・ユキナリが勝利した場合、カンザキ・ヤナギの参加権を剥奪。カンザキ・ヤナギは勝利と同時に特異点の封印、あるいは抹殺を行うべし。カンザキ・ヤナギ。最終確認だが、この条件に異論はないな?』
「無論だ」
七賢人は何も言わない。ヤナギの自信に感服したのか、それとも返す言葉もないのか。
『では議会を閉廷。ただし期限は設けさせてもらう。明日だ』
急な話に、「待ってください!」とゲンジが声を張り上げる。
「そのような急に――」
「オーキド・ユキナリが力の使い方に慣れてからでは遅い。賢明な判断だ」
遮って否定したのはヤナギ本人だった。七賢人は、『ならば航空母艦ヘキサの権利も我らに委譲してもらわねば』と口にする。
『そうでなければ不公平だろう』
「構わない。俺が負ければあんたらの勝手だ。好きにしろ」
『ではカンザキ・ヤナギに最大限の健闘を祈ろう』
上っ面だけの言葉で議会は締めくくられた。パソコンのディスプレイから表示が消え、沈黙が降り立つ。ユキナリはヤナギを振り仰ぐ。
「どういうつもりなんだ……。僕が、お前と戦う?」
「言葉通りの意味だが? それとも、その理解さえ皆無な脳になってしまったのならば別だが」
ヤナギは言葉を改める様子もない。七賢人の前だから大見得を切った、というわけでもなさそうだ。ヤナギは本気だ。本気で、自分と戦い、その果てには殺そうと言うのだろう。
「……何でそんな。そんな酷い事が平然と出来る?」
「酷い事、か」
ヤナギが口にして天井に視線を据える。
「ならば特異点をトリガーとして尊厳などなしに命を奪われていった者達からしてみれば、お前の存在自体が酷い事、ではないのか」
ヤナギの言葉にユキナリは歯噛みする事しか出来ない。身を翻し、「明日、だ」と告げる。
「明日、俺とお前の戦いに決着がつく。オノノクスとは事前に仕込など出来ないよう、ギリギリまで秘匿させてもらう」
「そんなのって……。何も対等じゃない」
「対等だと? 対等な勝負を挑みたければもう少しマシな身分に生まれるのだったな」
ヤナギはそう言い捨てて部屋を出て行った。ユキナリは顔を伏せ、「何だって言うんだよ!」と怒りをぶちまける。
「あいつ、人の命を物みたいに交渉材料に使って」
「ああ。だがあいつなりにかなり譲歩した結果になった。お陰でお前は即座に封印措置を取られる心配も、抹殺される不安もなくなったわけだ」
ゲンジの言葉にユキナリは顔を上げる。ゲンジは顔を振り向けて、「ヤナギが喋っただけで大きく風向きが変わった」と続ける。
「まずレプリカント、キクコの管理が保留にされた。それは航空母艦ヘキサとキュレムの力、それにお前の覚醒と解放のリスクを考えれば差し迫った脅威に対して鈍感になったのだろう。七賢人はそれについては何も約束させなかった」
それは、とユキナリは言葉を飲み込む。ヤナギはそれが狙いだったのか。キクコから一時でも注意を逸らすために自分を利用した。
「それに、お前は対等ではないと言ったが、ヤナギは対等なステージにまでお前を引き上げたのだと思うぞ」
思わぬ言葉にユキナリは唖然とする。「どうして」と声にしていた。
「だって、急に実戦なんて。その如何で僕は殺されるんですよ?」
「だが本来ならば、議会での話し合いだけでお前の死は決定されるはずだった。それを引き伸ばしたのはヤナギの力だ。それに、お前も努力次第では生き残る術がある。ヤナギは己の王になる権利を賭けのレートに上げてまで、お前と決着をつけようとした。それほどまでにこだわりたいのだろう」
ゲンジの言葉にユキナリはヤナギの高圧的な態度を思い出す。全ては自分の手中にユキナリとキクコの命を置くため。そのために王になる権利をヤナギは賭けている。だが自分とて命を賭けているのだ。
「……僕だって、必死ですよ」
言い訳のように発した言葉に、「そのほうがいいだろう」とゲンジは返す。
「ヤナギは、きっと手加減なんて望んでいないだろうからな」
部屋を出て行く。それ以上の言葉はなかった。