NEMESIS














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相克の章
第百七十三話「パラドクス」

『ヤナギ。レプリカント、キクコの生存を確認。オーキド・ユキナリも生存。この一時間後、上層部との直接対談による二人の処遇を決める議会がある』

 マサキの連絡にヤナギは、「ああ」と応じてキュレムを見やる。キュレムは口の端から吐息を棚引かせて静かに航空母艦を制御している。

『ヤナギ、聞いとるんか? 一時間後やぞ。全く、お歴々は。現場の苦労ってもんを分かっとらんもんやの。どこの組織に行っても』

 数々の組織を渡り歩いてきたマサキの口から出れば性質の悪い冗談に他ならない。ヤナギは、「それだけ連中も必死なのさ」と答える。

「オーキド・ユキナリの身柄、及びキクコとなれば一歩間違えれば破滅のトリガーだ。内心は戦々恐々だろうさ」

 しかし、ヤナギの胸のうちにはもう一つの感情が宿っていた。

 ――生きていてくれた。

 キクコとユキナリ、両方に言える感情だった。そのベクトルは違えど、この二人の生存はこれからの自分の身に振り方に影響する。

『そんなかわいいもんやろうかな……。すぐに封印措置取られれば、こっちでデータを取る暇も与えられん。全く、難儀な事やで』

 マサキはエンジニアとしてユキナリとキクコ生存を観測したいのだろう。だがヤナギは、「これからが大詰めだ」と明かした。

「議会で優位を取れなければ俺達の言葉など無視して封印措置を取る事が出来る」

『現場で今まで勝手してきたツケみたいなもんやな。連中はそれを盾にして、否が応でもお前にうんと言わせたがってるで』

「キクコの封印措置か?」

『アホ。オーキド・ユキナリ最優先やろが。ヤナギ、間違うなよ。感情論で動いとったら意外なところで足元すくわれるぞ』

 忠告を受け止めてヤナギは、「航空母艦の事はどうなる?」と訊いた。

『それも議会で、とちゃうん?』

「航空母艦ヘキサが挙げてきた戦歴を無下には出来まい。ポリゴンシリーズの撃破とミュウツーによる破滅の誘発の抑止。この二例だけでも恩を売る事ぐらいは出来るだろう」

『相変わらず、せっこい奴やなぁ』

 マサキの感嘆したような声音にもヤナギは平静と同じように答える。

「せこくても事実は事実だ。航空母艦ヘキサがなければ今頃破滅の後の惨状が広がっていた事だろう」

 いや、破滅が起こったのならば誰も観測出来ないか。惨状を目にするまでもなく、全員が破滅の向こう側行きだ。

『まぁポリゴンシリーズの破壊と、ロケット団の事実上の解散ぐらいは大目に見てくれるんと違う?』

「事実上の解散、か」

 本部基地と思しきグレンタウンの研究所は跡形も残さず破壊された。フジも生きてはいまい。この状況で自分達に歯向かう存在などあり得ない。そう思う反面、まだ何も終わっていないのではないかという予感があった。ロケット団は解散どころかより厄介な存在になった、と考えたほうがまだしっくり来る。

『何か言いたげやんけ』

「……いや、お歴々にはそう報告したほうが都合がいいだろう。無駄に心労をかけさせて死を待とうにもああいう連中ほど長生きする」

『ああ、違いない』とマサキは通話越しに笑い声を上げた。

「ゲンジはどうしている?」

 周囲にゲンジがいないからだろう。マサキはゲンジの張り詰めた空気が苦手である。だからか、彼の周りでは笑わない。

『艦長殿は、今艦橋におる』

「オーキド・ユキナリの出迎えか」

『まぁ、戦った因縁の相手とようやくまともに話し合えるんや。当然と言えば当然やな』

 因縁ならば自分にもあるが、ヤナギは持ち出す気はなかった。マサキに愚痴っても仕方がない、というのを理解していたのもある。

「ナツキはうまくやったようだ。オーキド・ユキナリの生存は優位に働く」

『ミュウツーが脅威となっているあの状況じゃ、呪いを仕込む他なかったもんなぁ。ロケット団こそが明確な敵やったし。ただ今の状況、どこが得をしてもおかしくはない』

 マサキの分析を聞きだす事にした。

「と、言うと?」

『ネメシス側からしてもレプリカント、キクコの生存は寝耳に水やろう。キクコ奪還作戦が取られても不思議はない』

「渡す気はないが」

『お前が渡す気がなくっても、向こうはいるっちゅうねん』

 強情なヤナギの言葉をマサキは軽く突っ込んでいなす。

「となるとキクコの守りを固めるべきか」

『いや、必ずしもそうなるっていう確信はないで。それどころかユキナリの生存もまずいっちゃまずいんやなー。ネメシスは特異点を殺す気はないから、ワイらから守ろうとユキナリを奪取する可能性もある。だからと言って、ユキナリに守りを固めるとキクコの守りが手薄になる。二人を同時に守ろうとすれば、航空母艦ヘキサへと直接攻撃がくわえられる』

「ジレンマだな」

『ほんまやで』とマサキはため息をつく。

『キュレムの所持かて黙認や。あくまでもな。ネメシスは過ぎた力は毒やと思っとるし、ワイらの戦力増強、一番快く思ってないのはお歴々よりもネメシスやろうなぁ。向こうはワイと姐さんの戦力が減って動かせる駒が限られとるし』

「お前を戦力として数えていないのかもしれない」

 ヤナギの言葉に、『手厳しいな』とマサキは喉の奥でくっくっと笑う。

『でも姐さんは充分に戦力やったはずやで。ドラゴン使いのイブキ。その実力は錆び付いてないやろうし。向こうで動けるんは先生、いや、キクノと言い換えたほうがええか。キクノは出来るだけ歴史への介入は行うべきやないとまだ考えとるか知らんけれど、ネメシスの方針をそうそう曲げるとは思えん』

 キクノ。マサキより聞かされたネメシスの頭目。自分が今まで出会ってきた先生と呼ばれる存在。それが遺伝子レベルではキクコと同一であったという事実は衝撃に値した。だが、だからと言って同一人物と言うわけではない。ヤナギはもしもという時には殺害も充分に視野に入れていた。だからこそ、奇妙ではあったのだ。ユキナリと共に消えてしまったキクコを追わず、あまつさえ仲間が二人減るような事態になっても、三ヶ月間沈黙を守り続けたネメシスの意思はどうなのか。

「ロケット団を解散に追い込めたからよしとするか。いや、そういえばお前らがネメシスと接触したのはシルフビル壊滅後だったな」

『せやけど、何か引っかかるん?』

「ロケット団を壊滅したかったのならば、いや、表向きに壊滅したのはあの時だ。それが目的だったのならばお前らの懐柔に意味はない。それどころか泳がせたほうがよりロケット団の情報を仕入れられただろう」

『やっぱ、ワイの力が不可欠やと思ったんかな?』

 マサキの冗談は無視してヤナギは考察を続ける。顎に手を添え、そもそもネメシスの最終目的とは何か、という原点に立ち帰った。ネメシスは何のためにキクコにジムリーダー殺しをさせようと企んでいた。全ては王の選定のためだ。しかも、自分達に都合のいい王の選定。

 つまり、ヘキサツールの歴史を乱さない人間を祀り上げる事だった。そのためには意想外の人間が王になってはならない。だと言うのに、何故純血を乱すような勅命を下したのか。他地方を招き入れたのは何も冷戦状態を回避するだけではあるまい。政府の高官達がいくら渋面をつき合わせても最終決定はネメシスの手で行われる。何のためのポケモンリーグか。ヤナギは基本をなぞるようにその思考に至った。キュレムと壁一枚で隔たっている氷の向こう側を眺め、「何故、ポケモンリーグを行わねばならなかったのか」と自問する。

『そりゃ、お前、優秀な人材を集めるためやろ』

 割って入ってきたマサキの声に顔をしかめる前に疑問が湧き起こる。

「だが、特異点は既に定まっていた。何もしなくとも、特異点は然るべき発見、あるいは行動に移すのではないのか?」

 その質問にマサキは、『うーん』と考え込む。

『特異点が何もせんでも勝手に事を起こすかどうかっつうのは、結構ギャンブルやと思うで。特異点、っていうのは歴史の分岐においてそう定められている重要人物。歴史を変えるとされている人物や。それが拡大解釈されて、破滅を誘発する恐れのある人物ってヘキサもロケット団も考えとるんやけれど、ネメシスはそこまで深刻には考えてないのかもしれん』

「本来のオーキド・ユキナリは破滅と関連付けられる人物ではない?」

 ヤナギの推論に、『言ってしまえば』とマサキは肯定した。

『ヘキサツールが解読不能な今、本当のところってもんは誰も分からんけれど、ユキナリは破滅を生む、そやな……遠因、と言えばええんかな。つまり間接的に関わっているだけで、直接破滅を生むような人物やなかった』

「だが、実際、オーキド・ユキナリをトリガーに破滅が起きた」

 この矛盾をどう説明するのか。マサキは、『それなんやなー』と悩む声を上げる。

『結果として、ユキナリは破滅のトリガーやったし、オノノクスとレプリカント、キクコ、メガシンカエネルギーと条件が重なってしもうた。でも、キクノは、それは全くの想定外であったかのように言っとったな』

「想定外……。破滅は、起こるべくして起こる。だが今はその時ではない」

『せや』とマサキはヤナギの意見を補強する。

『本来は四十年後らしい。でも、この次元のおかしいのはそれだけやないんやと』

「……何だと?」

 それは初耳だった。ヤナギはポケギアに声を吹き込む。

「この次元の、何がおかしい?」

 マサキは、『笑うなよ』と前置きする。

「この真剣な局面で誰が笑う」

 咳払いをし、マサキは言葉を継いだ。

『まずワイという存在や』

 ポケギアの通話を切ろうとするとマサキは、『待て! 待てや!』とその行動を見ているかのように制止する。

『何も冗談や酔狂やあらへん』

「何がだ。自分の存在が次元の異常だなんて言う人間のたわ言を信じろと?」

『たわ言かどうかは、ワイの説明を聞けば分かる。ええか? まずワイらが当たり前に喋っているこのポケギア。これは三十年後の発明のはずやった』

 その言葉にはヤナギも声を詰まらせた。当たり前のように使っているものがまさか三十年後の技術だと言うのか。

「あり得ない」

『それがあり得るからこの次元は変なんやって。パソコンと転送の技術も、実はもうちょっと時代が下ってから。それを発明するのは何でもない日常から始まるものやった。発見が、発明を誘発し、それに触発された技術者がこぞってポケモン関連の技術を提供した。それが三十年後。最も法整備が成され、最も技術に恵まれた子供達が旅立つ頃や。その時代に皮肉にも破滅は起こってしまうわけやが』

 マサキの話を妄言と切り捨ててもいい。だが、この状況で冗談を言ったところで誰も得をしない。マサキは真実を話している。その前提で話を進めるべきだろう。

「ではどうしてこの次元にはポケギアがあり、パソコン通信がある? まさか何者かにもたらされたとでも言うのか」

『そこなんや、ワイが言いたいのは』

 マサキの声に混じってキーを叩く音が聞こえてくる。マサキは必死にデータを収集し、この次元の異常について説明しようとしていた。

『実はな、ポケモン関連の技術は全て、いや、全ては言い過ぎでも九割はシルフカンパニーのものになるはずやった。ほぼ独占状態。それが別の次元での当たり前の現実やったんや』

「だが、この次元のシルフカンパニーは」

 その言葉の先をマサキが引き継いだ。

『壊滅した。もう再建の余地はないやろ。この時点で歴史が分岐したと考える』

「待て。それこそ、ネメシスの嫌う歴史の強制力に従わない結果だろう?」

 ネメシスはシルフカンパニーを擁立すべきだった。その考えに至った瞬間、ヤナギの脳裏に閃いた。

「そうか……! ロケット団が先回りした」

『正解。ロケット団もヘキサも、同じようにヘキサツールがあり、ネメシスと大して情報量に差がなかったのが運のツキ。早いもん勝ちやったわけ。ネメシスはその時点でタッチの差で負けてたんやろうなぁ。だからこそ、ネメシスはワイらを引き連れて真実を話した。その事に意味を見出そうとした』

「だが実際には、都合の悪い事実を知ってしまった人間が増えてより厄介になった、というわけだ」

 嘆息を漏らすとマサキは、『ワイらが新しく組織を作らんかっただけでも御の字やと思うで?』と返す。

『新しい脅威があったら、真っ先に狙おうとしてくるやろうしなぁ』

「ヘキサがそれに値するとも思えるが」

『ヘキサの頭目がお前に変わったとはいっても、まだハンサムの残した偉業は数知れず。その代表格が評議会やな』

 評議会。これからヤナギが対面し、ユキナリとキクコの処遇を取引せねばならない相手である。ハンサムは自らの死を勘定に入れるほど賢しかったとは思えないが、組織としてのヘキサの存続には力を入れていたらしい。いくらヤナギが事実上の盟主になったとはいえ、上層部である評議会の決定は覆せない。

「航空母艦ヘキサも、キュレムの所持も全て評議会のお達しの通りだからな。特にキュレムの輸送に関しては、評議会の力がなければ不可能であった部分が大きい」

『カントーの高官からしてみれば皮肉やて。カントーを守る術を持つ組織の上層部が、ほとんど他地方の人間達なんやから』

 評議会のメンバーはイッシュ地方の人々で占められている。これはヘキサが元々地方行政を超えた超法規的機関として成り立った経緯があるからだが、カントーからしてみれば行政に口を出されるのは気分のいい話ではないだろう。

「別名、七賢人。賢人の名が相応しいかどうかは疑問だがな」

 ヤナギの言葉にマサキは、『ほんま、それ』と同調する。

『実際、七賢人のやった事ってヘキサ立ち上げと諸々の行政に口出す権限をカントーから引き出したくらいやさかい、あんまり政治家とやっとる事は変わらんな』

 だが七賢人は政治家よりもよっぽど力を持っている。その内情にはヘキサツールの知識という大きなアドバンテージがあるからだ。ヘキサツールの存在を知っているだけで、無知蒙昧なカントーの政治家よりかは地位が高いと考えたほうがいい。

「ポケモンリーグも大詰めだ。そろそろリーグ戦が開始されるか」

 ヤナギは話題を変えた。このまま七賢人の陰口を続けたところで仕方がない。

『せやな。ポイント数とリーグ戦で王が選定され、この地方の行政は磐石となる』

「なると思うか?」

 疑問を含んだ声に、『信じとらん、って感じやな』と返す。

「父上の名前が依然として出ない。何かあったのではないか」

 マサキは、『さぁなぁ』とその話題に触れようとしない。ヤナギは直感していた。マサキは自分の父親に関する何らかの情報を持っている。持っていながら隠しているのだと。だが、飄々としているようで口の堅いマサキから聞き出すのは至難の業だろう。ヤナギは今だけは考えない事だと思考に蓋をする。父親は生きている。その確信があればいい。

『ヤナギ、お前は王になる気はないんか?』

 その問いかけにヤナギはずっと持ち続けてきた言葉を返した。

「あるに決まっている。俺はポイント上でも上位に食い込む可能性のある人間だ。諦めちゃいない」

『だがヘキサの頭目となれば身動き取れんやろ。七賢人もそれが分かっていてお前みたいなのを野放しにしているんかもしれんし』

 力がある事を逆利用されているのかもしれない。その予感はヤナギにもあったが、「だとすれば、俺も利用するまで」と強気に出る。

『七賢人をか?』

「俺の手にある全ての事象を、だ。オーキド・ユキナリ、キクコ、ネメシス、ヘキサ、全てを利用して俺は王になる。それが胸に誓ったものだ」

 ヤナギは拳を握り締める。マサキは、『相変わらず強欲なこって』と口にした。

「望むのならば強欲でも、傲慢でもいいさ。どのような冠がつけられても俺は俺だ。やるべき事は最初から決まっている」

『七賢人の前でも揺るがん決意か』

「誰の前であっても、だ」

 たとえ神が敵となっても、ヤナギの決心を揺るがす事など出来ないだろう。時は熟した。あとは自分次第だ。

『そろそろ切るで。お前がどこまでやるんか、ワイも見せてもらうわ』

「せいぜい、見ておく事だな。王の戦いというものを」

 その言葉を潮にしてヤナギは通話を切った。


オンドゥル大使 ( 2015/09/25(金) 21:22 )