第百七十一話「KINGS」
キシベが訪れた時、既に航空母艦ヘキサが反対側の沿岸に停泊していた。秘密裏に進めてきた潜水艦で反対側の陸地に一人だけで歩く。滅びが擬似的に再現されたグレンタウンはほとんど瓦礫の山だった。
「ミュウツーは死に、フジ、カツラ、並びにヤマキ達にも死んでもらった。ロケット団は事実上の解散を余儀なくされたわけだ」
自身の部下達の命を根こそぎ奪ってまでも手に入れなければならないものがあった。それはこのグレンタウンにもういるはずなのだ。崩壊した研究所で大口を開けている最深部への入り口の縁にその人物は佇んでいた。唐突な目覚めに狼狽しているようだったが、彼は瓦礫を眺め、この世界の事を少しでも理解しようとしているようだ。キシベは声をかけた。
「見覚えは?」
その言葉に人影は重々しく、「ないな」と答える。
「だが、遥か遠くにカントーの陸地が見える。ここは、グレンタウンか」
「ご明察」
キシベの送る乾いた拍手にその人物は鼻を鳴らす。
「わたしには何が起こったのかまるで分からない。人里離れた土地で自身を研鑽する日々を送っていたはずなのだが、どうしてだか今、このような場所にいる。少なくともカントーにいたつもりはないのだが」
「私が呼んだのです。特異点を犠牲にし、あなたをこの次元に呼ぶ事。それこそがロケット団がこの時代において生存する唯一の術だった」
「ロケット団、か」
人影が懐かしそうにその名前を紡ぐ。
「何もかも皆、懐かしい」
「あなたにとってはそうでしょう。昨日の出来事です。しかし、我々にとっては明日の出来事なのです」
人影が振り返る。帽子を目深に被り、黒いスーツに身を包んだ紳士だった。しかし、目元が射るように鋭く、その戦闘本能を隠し切れていない。
「面白い事を言うな。ロケット団は解散したはずだが」
「この時代では、まだロケット団は生まれてすらいない。だからあなたが立つのです。王として。――サカキ様」
サカキ、と呼ばれた紳士は口元に皮肉めいた笑みを浮かばせる。
「わたしに王の資格があるというのか。一度敗れ、最早悪の道には染まらないと誓ったこのわたしに」
キシベは跪き、「この時代はあなたのいた時代から三十年前の次元」と声にする。
「だからこそ、王になれる。あなたが王になれば、ロケット団はあなたのいた次元よりもなお強い支配を得る事が出来るでしょう。まさしく、ロケット団が世界を牛耳るのです」
サカキは自嘲めいた声音で、「わたしは、死んだのだ」と答える。
「トレーナーとしても、ロケット団のボスとしても。だから、もういなくてもいい存在のはずだ」
「それはあなたのいた次元での話でしょう。この次元ならばいくらでもやり直せます」
キシベの言葉にサカキは、「やれやれ、だな」と懐からモンスターボールを取り出した。
「隠居の道しかないと思っていたが、わたしの、いや、俺の中にまだ燻るものがあったとは」
サカキがモンスターボールを握り締め、キシベへと振り返る。
「名は?」
「キシベ・サトシと申します」
「キシベ……。こっちでもそうなのか」
「向こうの私とは違いますよ」
キシベは口元に笑みを浮かべる。
「妄執に取りつかれた人間ではありません。私は未来のために、あなたの力が必要だと感じているのです」
キシベの言葉にサカキは鼻を鳴らす。
「相変わらず考えの読めぬ男よ。だが、気に入った。キシベ。この世界の状況を俺に教えろ。王になれる、と言ったな?」
「は」とキシベは頭を垂れたまま応じる。
「なろうじゃないか。この世界の、王に」
その宣言にキシベは口角を吊り上げた。
第十章 了