第百六十九話「砕け散る世界」
強化外骨格の表面が赤く発光する。
アンテナのような形状の追加装甲が伸び、形状を変化させていく。ユキナリにはわけが分からなかった。何が起こっているのか。必死にミュウツーの意識を探ろうとするがミュウツーは意識を失っている。これはミュウツーの意思ではない。それが分かった時、ポケギアに声を吹き込んだ。
「カツラさん! 異常事態です! 何とかそちらで強化外骨格を止められませんか?」
しかし聞こえてくるのはノイズばかりだ。一体、カツラの身に何が起こったのか。それを察知する前に衛星のように自転するボールが開かれ、伝説の三体が姿を現した。
サンダー、ファイヤー、フリーザーである。今の主はミュウツーを通したユキナリのはずだ。だが三体はユキナリの意思を無視してそれぞれのエネルギーの膜を押し広げた。三体のエネルギーが一点に注がれる。それは先ほどまで安置されていた台座だった。台座は三つの属性の攻撃を受け、内部から拡張しパーツが外れた。露になったのはガラス玉ほどの小さな宝玉だった。ユキナリが呆然としている間に宝玉が浮き上がり、意思を持ったかのようにミュウツーの身体の中央へと突っ込んできた。体内へと潜り込んだ宝玉が発光し、ミュウツーの体組織を組み換えていく。
一瞬にして強化外骨格が取り払われ、出現したのは従来のミュウツーの半分ほどの矮躯だった。尻尾と頭部が繋がったような形状をしており、赤い眼が射る光を灯している。浮き上がった強化外骨格がミュウツーの周囲を回っているが、最早ミュウツーにはその拘束が意味を成さないようだった。ユキナリがコントロールしようとするがミュウツーは伝説の三体を引き連れ、上昇していく。あまりの速度に思考がついていかない。研究所を破壊し、ミュウツーがグレンタウンの中空へと躍り上がった。
小さな手でミュウツーが薙ぎ払う。その一動作と共に三体の伝説からオーラが立ち上った。
「これは……、何が……」
ユキナリが見渡している間に三体の伝説から放たれた光条が空を貫く。その直後、空間が歪み、蜃気楼のように位相を変えたかと思うと雲が吸い込まれ、紫色に染め上げられた。牢獄を思わせる光の鉄格子が形成されてゆき、霞むその向こう側の空間が視界に入る。
「――四十年後に訪れる破滅。その始まりの儀式さ」
答えたフジへと顔を振り向けて絶句する。フジのこめかみにつけられた機具が発動し、天使の輪の外観を持つ赤い光が広がっていた。
「フジ、君……」
「ゴメンね。ボクはここまでみたいだ」
フジは何でもない事のように微笑んで見せる。だがそれが発動したという事は死が免れないはずだ。ユキナリは取り乱して叫ぶ。
「い、嫌だ! フジ君!」
触れようと手を伸ばすが自分とフジの間には隔絶があり、ミュウツーをどうにかしない限りどうしようもない。
「ミュウツーは予めキシベによってそれが発動するように仕組まれていたんだろう。メガシンカした、メガミュウツーと呼ぶべきか。この形態になったら、ボクでも何が起こるのか分からない。だが、目的は一つのはずだ」
「フジ君。三位一体を使えば、正のエネルギーをぶつければ、やり直せるはずじゃ……」
「物事はそう簡単じゃなかったって事だね。三位一体を使って次元の扉が開いた。その代わり、メガシンカしたという事はボクとユキナリ君を触媒に同調を果たしたという事。どちらかが消えれば、メガシンカは止まるだろう。これは正しい事なんだ」
「何を……、フジ君。君が何を言っているのか、分からないよ」
フジは頭を振り、「ボクが責任を取ろう」と応じた。
「目的が何であれ、次元の扉はボクが閉じる。このままでは滅びが訪れてしまうからね」
「滅び、って……」
言葉にする間にミュウツーが空間を引っ掻いた。月を中心として扉が開き、その内側に闇が蠢く。
「キシベの目的は次元の扉を開く事。滅びはその副産物だろう。さすがは向こうの次元、ヘキサツールに刻まれた重要人物だ。王を自分の手で生み出す事こそが奴の真意」
「何の事――」
その言葉を発しようとした瞬間、次元の回廊へと一人の人間が吸い込まれていくのが目に入った。
「あれは、サカキ?」
サカキが風に煽られるように次元の扉の向こう側へと消えていく。抗おうとニドクインを出そうとしたが、それさえも無為になって扉の向こうへと消え行く。
「キシベがサカキを擁立していた意味がようやく分かった。あれは交換条件だったんだ。あの男を召喚するために」
フジが目を細める。フジの言っている事の半分も理解出来なかったが、ユキナリはフジがこのまま死ぬつもりである事だけは分かった。
「フジ君。嫌だよ……。せっかく、分かり合えたのに……」
嗚咽を漏らしながらユキナリは蹲る。フジは、「そんなものなのさ」と達観していた。
「分かり合えたと思ったら、もう次の機会はない。でも、君は違う。その先のステージに進む事が許されているんだ」
「僕には、何も!」
その言葉を激震が遮った。振り返ると氷の航空母艦が自分達に突っ込んできていた。感知野が声を拾い上げる。
――目標、ミュウツーメガシンカ形態! クロスサンダー、クロスフレイム同時発射!
ゲンジの声に二つの砲門から青い砲弾と赤い砲弾が同時に発射される。ミュウツーはしかし、腕を軽く払っただけでその二つを相殺させた。航空母艦へと薙ぎ払われたシャドーボールが突き刺さる。さらに追い討ちをかけたのはムウマージの放つ攻撃であった。航空母艦を沈ませようとムウマージが間断のない攻撃を仕掛ける。
「キクコ……」
「君の知っているキクコじゃない。あれの主はボクのつもりだったが、キシベが実際のところコントロールしていたんだろうね。航空母艦ヘキサを沈ませるつもりだ」
その言葉にユキナリは目を戦慄かせた。