NEMESIS














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崩壊の章
第百六十八話「盟約と審判」

 培養液が取り除かれ、すぐさま転移したミュウツーが向かった先は強化外骨格の製造工場だった。所定の位置につき、ミュウツーの身体へと無骨な灰色の装甲が装着される。最後にヘルメットが被らされ、後頭部で固定された。

『強化外骨格、プロダクションタイプ装着完了。後の判断をミュウツーへと委譲する』

 ミュウツーは転移し、再び現れたのは自分達の眼前だった。モニターで眺めていたユキナリは瞠目する。

「これが、ミュウツー……」

「最初に俺に会った時、こいつは既に君の事を観察していたよ」

 カツラにそう言われてもまるで実感が湧かない。すると思考に直接声が切り込んできた。

(特異点、オーキド・ユキナリか)

 その声にユキナリは狼狽する。

「今の、は……」

「テレパシーだ。ミュウツーは人語を解する。造られたポケモンの、それが普通のポケモンとの隔絶かな」

 カツラが説明するがユキナリには怖気が走っていた。自分の考えが丸裸にされたようで落ち着かない。

「大丈夫だよ」と口にしたのはフジだった。

「ミュウツーは明け透けになった人の考えを読むような下種には育てていない。彼だってプライバシーを尊重する考えはある」

 ユキナリが不安げにフジへと目線を向ける。ミュウツーは、(私を信じられなくとも無理はない)と言った。

「だからボクを信じて欲しい」

 続けたフジの言葉に幾分か緊張が和らげられる。ユキナリは頷き、ミュウツーを操ろうと思惟を飛ばす。

「さぁ、行こうか。ユキナリ君」

 カツラの先導でユキナリはミュウツーへと思考をダイブさせた。オノノクスを操る要領とさして変わらないと聞いたがミュウツーの内部はがらんどうで、オノノクスのような自我はさほどない。

 ――気を遣っているのさ。

 思考の声ですぐ傍のフジが察する。

「それは、あの、彼なりに?」

「ああ。ミュウツーはわざと自分の中を空っぽにしている。それくらいは出来るようになったわけだ。成長したね、ミュウツー」

(こうしろと命じたのはお前だろう。私は何も考えなくていい分、楽ではある。だが咄嗟の判断は鈍るだろう。その時には)

「分かっているよ。ユキナリ君はトレーナーとして、今までの経験の蓄積通りにミュウツーを操ってくれ」

「ああ、うん。それはいいけれど」

 ミュウツーの思念でふわりと浮き上がった身体の浮遊感をそのままにユキナリは振り仰ぐ。頭上にはムウマージを従えたキクコが影に入って自分達を監視している。

「キクコの事かい? 彼女はお目付け役さ。何が起こるのかまるで分からないからね。この先、グレンタウンの地下に広がる広大な回廊は伝説の三体の力を封じ込める結界の意味もある。ロケット団やヘキサを退けるためのね」

 ミュウツーが降下し、その足先が隔壁に触れる度、自動的に重々しい隔壁が開いていく。まるでミュウツーという主人を通そうとしているかのようだった。

「ロケット団に勘付かれても駄目なの?」

「ロケット団本隊はこの三体をどうしてだから狙っている。そりゃ、最大の戦力になるからだろう。ヘキサは言わずもがなさ」

 ユキナリはムウマージを仰ぎ見て呟く。

「キクコじゃないのに……」

 自分を見つめているのはキクコではない。キクコの似姿だ。旅をした記憶もなければ、蓄積したものもない。ただポケモンと同調するセンスだけはあるらしい。フジから聞いた話では同調の度合いを一瞬にしてゼロから百まで切り替えられるという。

「ポケモンに近いからだろうね」とフジは評した。そのようになってしまったキクコを、もう好きにはなれそうにない。

「伝説の三体はそれぞれが強い力を発する個体だ。それはボールに入っていても同じ事。トレーナーという楔を離れれば、それぞれの発する結界が相互作用をもたらし、眼下のような様相を呈す」

 フジがそう示したのは視界いっぱいに広がる青白い天蓋だろう。半球体のそれが空間を満たしている。電磁が走り、一切を拒んでいるのが分かった。

「これが三体の結界だ」

「どうするの?」

「それを破るためのプロダクションタイプだよ。ここはボクに任せて」

 フジはポケギアにしか見えない端末を駆使しプロダクションタイプと呼んだ強化外骨格を操作した。すると、肩の部分が張り上がり、広がったアンテナのような物体から思念の波紋が放たれる。青い波紋が結界と同期し、同じ波長を通い合わせたかと思うと、結界がガラガラと崩れ始めた。

「やった……!」

 ユキナリがフジへと視線を振り向ける。フジが微笑んだ、その直後だった。

 肌を刺すプレッシャーの嵐にユキナリは習い性の身体を動かす。

「後ろだ!」

 ミュウツーが同期して振り返り様に腕を突き出した。黒い球体を一瞬で練って放射線状に撃ち出す。相手は奇襲を狙っていたようだが失敗して壁を蹴った。結界の縁に着地したその姿にフジが声を上げる。

「へぇ、君が来るんだ」

 意外そうな声に水色の表皮を持つポケモンの主は、「出来れば、単体で出会いたくはなかったが」と口にする。従えているポケモンが大口を開けて咆哮した。

「ユキナリ君。あれが、サカキだ」

 フジの言葉にユキナリは戸惑った。結界の縁で水色のポケモンと涼しい目元の少年が自分達を睨み据える。

「あれが……」

「オーキド・ユキナリか」

 忌々しげに放たれた声音にユキナリは嫌悪感を示した。自分と同じ特異点と呼ばれる存在。同じでありながらも、決して存在を許してはならない。直感としてそれがある。

「フジ君。僕が、倒してしまってもいいんだよね?」

 ミュウツーならばそれが出来る。その確信にユキナリは敵を見る目をサカキへと向けた。

「相性上は、ミュウツーのほうが上だ。サカキのあれはニドクイン。毒・地面タイプ。だが、並大抵の強さじゃない。ユキナリ君、ここは退いても――」

「諦めてくれるような相手じゃないよ」

 遮ってユキナリはミュウツーへと攻撃動作を促す。ミュウツーの身体が空中で跳ね上がり、黒い瘴気を右手に纏い付かせてニドクインへと突っ込んだ。

「来るか。だが俺のニドクインを嘗めるな」

 ニドクインが腕を突き出す。すぐさま放たれた水色の光条にユキナリの目が眩む。凍り付いたのはニドクインの眼前だった。「れいとうビーム」を攻撃にではなく、目くらましに使った。攻撃時の発光現象を逆手に取った戦法にユキナリが瞠目する前にニドクインがその巨躯に似合わない挙動で跳躍した。一瞬にして距離を詰め、ニドクインの拳がミュウツーの胴体へと叩き込まれる。ユキナリは自分自身が殴られたような錯覚に陥った。

「いけない。同調が過ぎるんだ。ユキナリ君、サカキと戦うのは得策じゃない。サカキは同調であの強さを得ているわけじゃないんだ。サカキの強さは天性のもの。ポケモンを操るセンスがずば抜けている。ボクだって相対しなければ気づかなかっただろう。あのキシベがあれほどまでに虎の子として扱っていたのがよく分かったよ。彼は、強い」

 ニドクインが腕を薙ぎ払う。ミュウツーが吹き飛ばされ、壁へと背中をぶつけた。強化外骨格が軋み、ミュウツー自身への負荷へと繋がる。ユキナリは口元を拭い、雄叫びを上げた。ミュウツーが両腕の間に電子を行き交わせ、黒い散弾を放射する。幾何学に襲いかかったそれらの攻撃をサカキもニドクインも難なく回避し、次の攻撃の足場を探すために着地した。

「この!」

 ユキナリの攻撃の意思がミュウツーを通じ、砲弾として放たれる。「シャドーボール」の砲弾がニドクインを叩きのめそうとするがニドクインは後ろへと飛び退った。まるで攻撃の網が最初から読まれているかのようだ。

「オーキド・ユキナリ。どれほどのものかとずっと、ずっとキシベに聞かされてきたのだが。――その程度か」

 その声に肌が粟立つ。本能的に刻まれた危険信号がユキナリの脳天に伝わってくる。ニドクインが跳ね上がり、ミュウツーの頭部を殴り据えた。バイザーに亀裂が走る。

「いけない! このままじゃ、ミュウツーの生命維持に支障を来たす。ユキナリ君! もうサカキは相手にしないほうがいい! ボクらの目的を先にするんだ!」

 ミュウツーのシステム維持を最優先にするフジの警告にユキナリは、「いいや」と頭を振った。

「ここでサカキを倒さなくっちゃ、どっちにしろ、未来なんて……!」

 ミュウツーが思念の推進剤を焚いてニドクインへと突っ込んだ。蹴りを見舞おうとするがニドクインの反応速度のほうが上だ。手で払われ、逆に尻尾による追撃を許す。首根っこが締め付けられ、持ち上げられた。

「俺に勝とうというのが間違っている。オーキド・ユキナリ。特異点ならばそれなりに強いだろうと期待はしていたが、やはりお前は、俺の知る通りもうろくした老いぼれだったという事だ」

「ふざ、けるな!」

 ユキナリの思惟にミュウツーが尻尾を振るい上げニドクインへと牽制する。ニドクインは尻尾を離す代わりにミュウツーを放り投げた。ミュウツーは思念で急制動をかけるがそれでもダメージが色濃く残っている。

「僕は、まだ十五だ」

 ユキナリは荒い息をつきながら返す。サカキはフッと口元を緩めた。

「こちらの次元では、そうだったな。だから誰にも理解されないんだ。……オーキド・ユキナリ、夢は見るか?」

 唐突な問いかけにユキナリは狼狽する。一体、この命を賭した戦闘で何をのたまっているのだ。

「何だと……」

「夢を見るか? と訊いている。俺は毎日見る。どれだけ疲労が濃かろうが、睡眠薬を使おうが関係がない。ずっと小さな頃から、毎日だ」

「何を言って」

「ユキナリ君! サカキはボクらを惑わそうとしているだけだ! 口車に乗っちゃいけない!」

 フジの警告が耳に入るがサカキから視線を外す事がどうしてだか出来なくなっていた。サカキへとミュウツーを飛ばすが、ミュウツーはニドクインの太い腕で阻まれる。青い光を纏い付かせた拳を放つものの、ニドクインは爪の先端を氷結化させ直撃を防ぎながら的確にさばく。

「俺は、この現象が理解出来なかった。だが、キシベだけは違っていた。あれは俺の夢の理由が分かると言っていた。俺からしてみれば奴の企みなどどうでもいい。ただ、この体質をどうにかしたかった。それだけだ」

 静かな告白とは裏腹にニドクインの攻撃は鋭い。少しでも意識の網を緩めれば必殺の一撃を食らってしまう。

「お前は、意識圏で操っているんじゃないのか?」

 ユキナリの問いにサカキは、「どうしてだかな」と首を振った。

「意識圏も、認識も、同調現象も必要ない。俺には、俺という肉体があればそれでいい。どうしてだかどのようなポケモンでも俺に従う。何も持たなかった俺が、何故、今まで生きてこられたのか分かるか?」

 ユキナリはサカキの言葉が理解出来ない。ただ、その声音には怨嗟の響きがある事だけは理解出来た。

「答えは明白だ。――お前より俺のほうが、世界が憎いからさ」

 ニドクインの爪がミュウツーの胸部に突き刺さる。あわや、死を免れない位置へと受け止められた爪は強化外骨格によって阻まれた。ユキナリはその期を逃さずニドクインの腕を引っ掴む。ニドクインの頭部へと青い思念を帯びた拳が放たれた。その頭部を打ち砕くかに思われたが、ミュウツーは動きを止める。

「どうしたんだ? ユキナリ君? ここまで追い詰めたのならば――」

「聞きたい。サカキ。お前はどうして……」

 ここまで聞かされれば他人事とは思えなかった。同じ特異点。何か通じ合うものがあるのかもしれない。ユキナリはそれを問い質すために攻撃を止めた。しかし、いつでも撃てる間合いに入っている。サカキはそこまで馬鹿ではないだろう。

「俺を理解しようとするか。だが、オーキド・ユキナリ。俺の夢の中でお前はもうろくした科学者であったように、お前の夢の中では俺は何なのだろうな」

「何を言って……。サカキ。お前が何を言っているのか、僕には分からない」

「分からないだろうさ。この世界との不和など。しかしな」

 瞬間、ユキナリはハッとした。地面を伝って冷気が染み出している。噴き出した冷気が波になって襲いかかった。

「大地の力と冷凍ビームを連携させた。避け切れまい」

 亀裂の走った大地から冷凍ビームが掃射される。マシンガンのように間断のない攻撃にミュウツーの外骨格が震える。

「このままじゃ……!」

「ユキナリ君! 一時的に奴を退ける手段ならばある!」

 フジがポケギアを操作し、ミュウツーの強化外骨格の締め付けを強くした。一瞬、心臓が圧迫されるような感覚が全身を襲う。血流の急激な変動で意識が持っていかれそうだった。

「フジ、君……」

「耐えてくれ。ミュウツー、ユキナリ君。これならば!」

 ポケギアが操作されミュウツーが腕を振るい上げる。その手から黒い濁流のような闇の塊が放出された。光を吸い込み、空間を捩じ込ませて球体が成長する。

「これは……」

「食らえ、サイコブレイク!」

 フジへとコントロール権が委譲されたのだろう。ユキナリの意識は引っ張り込まれ、ミュウツーも強化外骨格で無理やりにその技を引き出された様子だった。闇の塊をニドクインが満身で受け止める。ニドクインとサカキはしかし、耐えた。必殺の勢いを持ったその一撃を。

「どうやら俺を止めるにはその技は無効だったようだな」

「それはどうかな」

「何を……」

 その時になってニドクインの様子がおかしい事に気づく。ニドクインの関節から闇の靄が滲み出し、その動きを鈍らせているのである。たちまち全身が拘束され、ニドクインは立つ事すら難しくなった。

「何をした……」

「サイコブレイクは相手の特殊防御力ではなく、防御力でダメージを計算する。ポケモンってのは大なり小なりエネルギーに対する耐性があるんだ。それを科学者は特殊防御と呼ぶんだが、この攻撃は特殊攻撃でありながら、そのエネルギーに減殺されない。つまり肉体へともろにダメージが行き届く。ポケモンの本能で決められている事だ。特殊攻撃には自身に無意識中に纏っている特殊防御で対すると。だが、これはその無意識の防御をすり抜ける技。肉体的な防御を全く行わなかった結果、全身の間接が擦り切れるレベルになっているはずだ。動けば動くほど、その攻撃は激しくなる」

 ニドクインが力なく膝をつく。呼吸が荒くなっているのが分かった。

「心肺機能に達している。賢いトレーナーならばボールに戻すね」

 フジの冷徹な言葉にサカキは舌打ちする。

「キシベの狸を出し抜こうというだけはある、か。だが、その特異点が役に立つか?」

「君を味方に引き入れるよりかはずっと安全だ」

 フジはユキナリへと近づき肩を揺すった。意識の閉じかけていたユキナリはそれでようやく目を覚ます。

「……フジ、君。僕は……」

「気絶寸前だった。サカキはもう追ってこない。ニドクインが駄目になったからね。行こう、ユキナリ君」

「ああ、うん」

 意識が判然としない。ミュウツーも急な変化に戸惑っている様子だった。ミュウツーへと意識のリズムを合わせ、ユキナリは呼吸を整える。肩越しにサカキを一瞥するとサカキはニドクインをボールに戻し、ずっとこちらを睨んでいた。その眼差しからは一種の憎悪すら読み取れたほどだ。

「サカキは……。何で、あんな事を言ったんだろう」

「戯れ言だよ。気にしないほうがいい」

「でも、この次元、って言っていた。サカキも、知っているの?」

「あいつの上司が知っているんだ。だから吹き込まれたんだろう。ここでボクらを止めれば、キシベの目的は達成されるからね」

「キシベ……」

 不思議と、聞いた事のある名前に思われた。だが、どうしても思い出せない。自分の深い部分に根ざしている名前であるはずなのに。その名前の意味するところに自分から手を伸ばせない。

「ユキナリ君。ここがグレンタウンの地下最深部。伝説の三体を封印した場所だ」

 その言葉にユキナリは目を向ける。台座に三つのボールがはまっていた。どれも紫色で上部に突起のついた「M」の文字が刻まれている。

「あれが、三体の入った……」

 しかし、その段になってフジは、「……何でだ」とミュウツーを促す思惟を止める。ユキナリはつんのめる形となった。

「ど、どうしたんだよ、フジ君。あの三体を使えば、やり直せるんでしょう?」

 ユキナリの声にフジは顎に手を添えて、「何かが奇妙なんだ」と呟く。

「何かって……」

「ボクは三体を確保後、一切手を触れていない。だから、あの三体のうち二体はミュウツーボールに入っていなければおかしい。結界は三体を確保した時、そのエネルギーの保有量に見合ったものが形成されたはずだ。だからボクは即座にこの地下空間に閉じ込める事を決定した。三体を物理的に近い位置で安置するのは限りなく危険な状態だと判断したからだ」

 ユキナリにはフジの言葉の意味が分からなかったが、伝説の三体が入っている事は間違いないのだろう。ならば、あれを持ち上げればいいだけのはずだ。

「フジ君、何を迷っているのさ。伝説があるって言うんなら」

「……でも、あのボールはスペックV、あちらの次元で言うマスターボールだ。いつすり替えが行われた? ボクの決定は絶対のはず。だって言うのに、どうしてマスターボールに入っている? マスターボールじゃ……」

「ボールなんてどうだっていいじゃないか。あそこに伝説がある事は確かなんだろう」

 フジは額に手をやって頭を振った。何か、重大な見落としに気づいたかのように。

「いや、そうか、それこそが手だったんだ。……そうか、そういう事か、キシベ。ボクの味方なんて最初からいなかったわけだ」

 自嘲気味に語るフジはユキナリには奇異に映った。先ほどまでの目的遂行のためならば何も厭わなかったフジの姿はない。今、彼の目にあるのは恐れだけだった。ユキナリは怪訝そうに口にする。

「フジ君が何を心配しているのか分からないけれど、あそこに行けばいいんだろう」

 ミュウツーへと思惟を飛ばす。ミュウツーがゆっくりと浮遊しようとしたその瞬間、眼前へと鋼の砲弾が着弾する。咄嗟にプレッシャーの網を感じて身を引いたユキナリは振り仰いだ。

「何だ?」

 その視界に大写しになったのはハッサムだった。瞬時に紫色の皮膜を身に纏い、その姿がじりじりと書き換えられていく。強靭な顎を思わせるハサミを有し、赤と黒を基調としたその姿はハッサムとは本質的に異なっている。

「メガハッサム、電光石火!」

 ナツキの声が弾け、メガハッサムと呼ばれたポケモンが掻き消える。その姿はミュウツーの真横にあった。対応したユキナリは腕を掲げ、メガハッサムの蹴りを受け止める。ただの「でんこうせっか」にしては強力な蹴りに思わず怯んでしまう。恐らく特性はテクニシャンか、それを強化したものなのだろう。メガハッサムが追撃をしようとした空間をミュウツーで歪ませる。メガハッサムはそれを察して飛び退いた。どうやら直感も優れているらしい。

「何をするんだよ! ナツキ」

「馬鹿ユキナリ? まさかあんたそのミュウツーを動かしているの?」

 ナツキの声にユキナリは自嘲気味に答える。

「……そうだよ。ヘキサなんかが僕に与えた罪の象徴なんて知った事じゃない。僕は僕の意思で戦うんだ。誰にも邪魔はさせない」

 ユキナリの声にナツキは暫時沈黙を挟んだが、やがて吐き捨てるように呟いた。

「……ホント、ガキね。そういう勝手が許される身分じゃないって事くらい、分かりなさいよ!」

 メガハッサムが空間を駆け抜ける。ミュウツーが先回りして空間を歪ませるが、メガハッサムはそれすらも蹴ってミュウツーの直上を取ろうとする。ミュウツーで思念の光を展開し、メガハッサムを退けようとする。しかしメガハッサムは思念の網をすり抜けてミュウツーへと攻撃を撃ち放とうとした。その瞬間、がくんとメガハッサムの身体が軋む。振り仰ぐとムウマージから放たれたシャドーボールがメガハッサムに命中していた。

「足止め、ってわけ」

 ムウマージから紫色の思念の渦が放たれる。メガハッサムを操るナツキは舌打ちを漏らし、「その程度」と口にした。直後、ムウマージを激震する攻撃の波が訪れる。弾丸のような物体がムウマージに命中し、着弾点が爆発した。

「援護射撃、いつも遅いです」

「ゴメンね、ナツキちゃん。ちと、ムウマージは狙いづらいんだわ」

 ナタネの声だ。どこから狙っているのか分からないがどうやらナツキを援護しているらしい。ムウマージとキクコの援護は期待出来そうになかった。

「この!」

 ユキナリが手を振るうとミュウツーが同期してシャドーボールを散弾にして放つ。メガハッサムは巨大なハサミを翳して防御し、「嘗めているの?」とナツキの声が弾けた。

「そんなもんで、あたしとメガハッサムは止まらない!」

 メガハッサムがハサミを振り上げる。ユキナリは舌打ち混じりにミュウツーを転移させた。空を穿ったメガハッサムの弾丸を見やりながら、ミュウツーとユキナリはその背後を取る。

「ゴメン、ナツキ」

 突き上げた拳がメガハッサムの身体に捩じ込んだかと思われたが、メガハッサムはもう片方のハサミを背後へと突き出し、それを防御していた。

「その程度で。だから嘗めるなって話よ」

 メガハッサムのハサミが僅かに開き、鋼の砲弾が発射される。ミュウツーを操るユキナリはハッとして思念の壁を形成させた。「バリヤー」で砲弾が遅くなった機を狙い、ミュウツーは飛び退る。メガハッサムは予想以上に強大であった。このままでは押されてしまう。

「フジ君! フジ君も手伝ってよ!」

 ユキナリの声にフジは額に手をやったまま首を振る。

「駄目だ、ユキナリ君。もうやめよう。あれは、ボクらのボールじゃない」

「僕らのじゃないって、そんなわけないじゃないか。ここに伝説の三体があるって言ったのは君だよ」

「もういいんだ。あんなものにすがったっていい事はない」

 フジの言い分が理解出来なかった。ここまで自分を押し進めた原動力である希望を易々と手離せというのか。不可能だ。

「僕は……」

 ナツキの雄叫びが考えを中断させる。ユキナリはミュウツーへと防御を促した。メガハッサムの肉弾戦をミュウツーが受け止める。思念でメガハッサムを地に落とそうとしたが、メガハッサムは素早く蹴りつけてミュウツーを上段から攻める戦法を取っている。ユキナリはミュウツーの弱点が看破されていると感じた。

「メガハッサム、ミュウツーを倒そうって言うのか」

 赤い痩躯が駆け、顎のハサミを突き出す。ミュウツーをその度に後退させたが、このまま逃げるだけでは何も成す事は出来ない。ボールからも離れる一方だ。

「ミュウツー、バリヤーを張りつつ相手の懐に潜り込めないか? そうしなきゃ作戦そのものの意味がなくなってしまう」

(だが、このままではメガハッサムとやらの攻撃をさばくので手一杯だ。上には狙撃手が張っている。ムウマージの援護も期待出来ない今、このまま闇雲に攻めても得策とは言えない)

 ミュウツーの言葉には一理ある。メガハッサムはエスパーであるミュウツーの苦手とするタイプ構成が取られている。鋼に対して、有効打を撃てる技をユキナリは咄嗟に探そうとするが飛行タイプも持ち合わせているメガハッサムには大した打撃にはならないだろう。

「どうする? どうすればいい? フジ君!」

 ユキナリは先ほどから沈黙しているフジへと目を向けた。フジは頭を振って、「もういいんだ」と呟く。

「これ以上戦ったって仕方がない。ここはヘキサに降伏を――」

「出来るわけないじゃないか! 何のためにここまで来たのさ。伝説の三体さえあればやり直せるんだ! その邪魔なんて、いくらナツキだってさせはしない!」

 ミュウツーが片手でシャドーボールを放つ。メガハッサムは軽い身のこなしで掻き消えて肉迫した。その瞬間、もう片方の手に溜められていた青い光を放射する。

「何?」

「ゼロ距離ならば! 波導弾!」

 青い光は思念ではない。波導と呼ばれる生物の根源エネルギーを固めたものだ。それを発射するこの技は格闘タイプであり、鋼だけならば有効打になるはずだった。メガハッサムの懐へと波導弾が打ち込まれる。だが、メガハッサムは少し衝撃波を受けただけで大したダメージには見えなかった。

「ゼロ距離でも、格闘ならばダメージにならない」

 メガハッサムはハッサムの時と同様ならば鋼・飛行だろう。飛行タイプが格闘の技を半減する。よってメガハッサムに波導弾は有効な手段ではなかった。だが、ユキナリの目的は弱点攻撃を攻める事ではない。メガハッサムに一撃でも与える事だった。

「でも、食らったな」

 メガハッサムが膝を落とす。ナツキも何が起こったのか分からない様子だ。同調してわけも分からず力が抜けたようだ。

「何を……」

「波導弾は必中の技。そこにサイコブレイクを少しだけ混ぜておいた。波導弾じゃあまりダメージにはならないだろうけれど、サイコブレイクは相手の隙を突けば関節や筋肉にダメージを残す事が出来る」

 あくまでナツキとメガハッサムを足止めする事だ。倒す必要はない。ユキナリはミュウツーを浮遊させ、メガハッサムのすぐ脇を通り抜けた。メガハッサムとナツキは抵抗しようとするがやはり筋肉素子まで及んだ攻撃からは脱し切れていないのだろう。ユキナリは台座を目指した。伝説の三体が安置されている周囲三十メートルほどは三つの属性がせめぎ合う結界だった。電気、氷、炎とそれぞれの強大なエネルギーが膜を張っている。

「これを突破するためのミュウツーの強化外骨格だ」

 ユキナリが念じるとミュウツーのバイザー内部にある眼が発光した。すると結界が徐々に晴れていき、進む先から掻き消されていく。

「……やめよう。ユキナリ君。あれはボクらの望んだものじゃない」

 この期に及んでそのような事を口にするフジにユキナリは幻滅していた。自分を駆り立てたくせに責任が持てないとでも言うのか。

「僕は、やる」

 その瞬間、フジのポケギアから警告音が発せられる。どうやらフジのコントロールからミュウツーが離れたらしい。

「コントロールが……!」

「やり直すんだ、僕は。そうしたらナツキも、ゲンジさんも、キクコも、みんな戻ってくる。もう一度、何事もなかったかのように旅を続けられる」

 ミュウツーがその手を伸ばす。腕に装着された装甲が拡張する。ボールに施された結界を一つずつ破っていく。

「まずい!」とナツキが叫んだのが聞こえた。

「ナタネさん! ミュウツーを!」

「あいよ。これで!」

 どこからともなく発射された種の弾丸がミュウツーへと命中する。しかし、ミュウツーの細胞はそれを吸収した。

「細胞を炸裂させる弾を使ったんじゃ」

「使ったよ! でも、これが通じないって、あのポケモン……」

 ナツキとナタネの言葉を他所にユキナリはミュウツーを通じてマスターボールを手にする。思念で持ち上げ、三つのボールが台座から浮き上がり、封印が解かれた。中で鼓動を発する伝説の三体が感じられる。

「やった……!」

 これで全てが叶う。その予感に口元を綻ばせた。その時である。ミュウツーの強化外骨格内部から異音が聞こえ始めた。高周波のような耳障りの悪い音が次第に高くなりユキナリは周囲を見渡す。

「何が、何が起こって……」

 ミュウツーは三つのボールを衛星のように周回させながら頭を振った。

(私にも分からない……。だが、これは。人間共が仕組んだ罠か……)

 その直後、ミュウツーの眼窩が膨れ上がり、バイザーの内部で赤く発光した。





















「フジはとっくに気づいているだろう」

 自分が最深部への侵入者に対して何も言わなかった時点で。いや、それよりも早くフジには分かっていたのかもしれない。自分には味方が誰一人としていない事に。

「計画通りだったのだろう? キシベ」

 その声にポケギアの通話の向こう側からキシベの声が漏れ聞こえる。

『ああ。よくやってくれた。カツラ。それに、ヤマキ達も』

 ヤマキ達も自分と同じようにこの通話を聞いていることだろう。そして決心しているはずだ。いや、既にした決意を改めて実感していると言うべきだろうか。

「フジを騙すのは心苦しかったよ」

 正直な胸中を吐露すると、『私もだよ』という表層にも感じていない言葉が返ってきた。あまりの嘘くささにカツラは苦笑する。

「フジは、我々を信用し切っていた。だからこそ、ミュウツーにこのシステムを組み込めた。しかし、お前は何を望んでいる? 特異点である二人を接触させ、このシステムを発動させればただでは済まないと理解しているはずなのに」

 何故、と問いかける言葉にキシベは、『必要な事だからだ』と答える。

『ミュウツー自身がこれを感知するのが最も恐れるべき事態だったが、ミュウツーもフジを信用していた。三十年後の隔たりがミュウツーにそれを見えなくしていたのか、それとも単なる見落としかは分からないがね』

「全てはヘキサツールの意のままに、か」

 呟き、カツラはだとすればユキナリが一番の被害者だろうと自嘲する。フジを信用したつもりが、本当のところでは自分達のような賢しい大人に騙されていたとなれば。

「キシベ、一つ聞いていいか?」

 カツラの声に、『何か?』とキシベは涼しい様子だ。罪の意識などまるで感じていないように。

「お前は、フジを利用する事も、オーキド・ユキナリを利用する事も全て織り込み済みだったのか? それを前提として、この計画を組み上げたって言うのか?」

 だとすれば、それは人智を越えている。既に神の領域だ。キシベは通話越しでも分かるように、『そこまで狡猾だとは思わないで欲しい』と虚飾に塗れた声を発する。狡猾な大人達に騙されたフジとユキナリは翻弄される事になるだろう。その過ちの責任を取る事が残念ながら自分達には出来ない。

 カツラは手元を見やる。一握りの銃があった。ヤマキ達も同じように銃を持っている事だろう。この計画が発動すれば全員が達成せねばならない事だった。

「俺はね、キシベ。フジを最後まで友人だと思いたかった。だからこんな形で幕引きするのは気が引ける」

『だが約束の時は来た。始めよう。そして終わりだ』

「ああ」とカツラは拳銃の銃身を口でくわえた。始まりと終わりは表裏一体。このように、巡り巡るのが相応しい。

『君達とはさよならだが、これも私の計画のために必要な一手。悪くは思わないで欲しい』

 その言葉を聞き届けてカツラは引き金を引いた。


オンドゥル大使 ( 2015/09/18(金) 21:22 )