第百五十九話「最後の砦」
「ポリゴンシリーズ、依然として接近!」
「距離は?」
ゲンジは艦長としての声を降りかける。すると氷の一面に映像が投射された。マサキの技術だ。それとヤナギとキュレムの力が手伝ってこの状況を可能にしている。ポリゴンZと思しき敵影が二体、こちらへと一直線に飛んできている。
「ポリゴンZ、やはりこれか」
「敵側もやっぱ、ワイらがいつまでもセキチクに停泊しているんが気がかりなんとちゃうかな」
「仕方あるまい。これを完成させねば我々に勝利はないのだから」
ゲンジの声にマサキは、「ナツキ。循環路開くまで残り五秒」と吹き込んだ。
『カウントダウン開始するわ』
ナツキとマサキが声を合わせ、カウントが一秒を切る。その瞬間、振動が司令室を揺さぶった。循環路が形成され、エネルギーの熱が点火したのだ。キュレムのエネルギーの渦が航空母艦を満たしていく。マサキの端末上にキュレムからのエネルギー供給率が示された。
「供給率、七十パーセント越え。飛ばせるかギリギリの数値やな」
「充分だ」
ゲンジは司令室へと声を轟かせる。
「航空母艦ヘキサを準備モードから航空モードへと移行! 供給したエネルギー循環路から直結回路へと打ち込め! 飛行用意!」
「飛行用意!」の復誦が返り、ぐんと司令室を重圧が押し込めた。キュレム単体のエネルギーで飛ぶにはやはり無茶がある。だが、今は飛ぶしかないのだ。それしか、この状況を逃れる術はない。外部センサーに簡易図化された航空母艦の映像が映る。前方へと二脚が張り出しており、航空母艦本体には不恰好に翼が付いている。翼は段階上に広がるようになっており、今、第一段階として二対に分かれた。
「主翼、これ以上広がりません!」
報告の声に、「ならばこれで飛ぶしかあるまい」と応ずる。
「主翼は第二段階までの拡張が前提となっておりますが……」
「止む終えない。第二段階をカット! 主翼、第一段階で循環型飛行エネルギーを放出する!」
「接近してくるポリゴンZより、高エネルギー反応!」
「仕掛けてくるか」
ゲンジが呟くと同時に司令室が揺さぶられた。またも直撃だ。「損害報告!」と声を飛ばす。
「第二甲板に被弾!」
「航空に支障は?」
「問題なし。いけます!」
ゲンジは頷き、マサキへと視線を振り向ける。
「マサキ、供給されたエネルギーの放出をヤナギに伝達」
「了解や。ヤナギ、キュレムからエネルギー伝達。オノノクスのエネルギーを使ってキュレムを叩き起こしてくれ」
『俺としては不本意だがやるほかなさそうだな』
ヤナギの声にゲンジは、「文句を言っていたらいつまでも航空母艦は飛んでくれんぞ」と返す。ヤナギは鼻を鳴らした。
『俺とキュレムなしではただの氷の彫刻に過ぎない航空母艦が何を言う。いいさ。今、循環路にオノノクスからの供給エネルギーを混在させている』
「循環路に熱が通った! 今なら行けるで!」
マサキの声に、「飛行!」とゲンジが声を張り上げる。
その瞬間、航空母艦の頭上へと天使の輪のような光が放出される。半分海面に埋没していた航空母艦が呻りを上げ、ずずっと海面から引き上がっていく。航空母艦ヘキサが空へと徐々に持ち上がっていく光景は異様なものだった。氷の巨大建築物にしか見えないそれが浮上しているのである。ポリゴンZのうち一体が編隊を離れ、航空母艦の下に回ろうとする。
「ポリゴンZのうち、片側が船体下部へと回ろうとしています」
「心配はいらないだろう。船体下部にはあいつがついている」
マサキがカメラをそちらへと移行する。ポリゴンZが氷の大彫刻である航空母艦を見上げる形となった。その嘴の先に青い光を凝縮させようとする。腕を振り回し集束しようとするのを横っ面から叩きのめした影があった。赤い顎のようなハサミがポリゴンZの頭部をくわえ込む。
『潰れ、ろっ!』
ナツキの声が響き渡り、メガハッサムのハサミがポリゴンZの頭部を打ち砕いた。ガラス細工の如く散らばったポリゴンZが海面へと落下する。ゲンジはもう心配はいらないだろうと残っている前方のポリゴンZを見据えた。
「主砲用意」
ゲンジの声に司令室の人々がぎょっとした。
「しかし、艦長。あれは未完成で」
「今使わねばいつ試す? 試し撃ちも兼ねて、だ。マサキ、ヤナギへと主砲クロスサンダーの発射準備をさせてくれ」
『もうしている』
返ってきた声に、「さすがだな」とこぼした。
『言っておくが、クロスサンダーを砲弾にして放つなんて離れ業、そう何度も出来ない。照準補正はそちらに任せる。俺はキュレムに命じるだけだ』
「分かっている。照準補正!」
かけられた声にやるしかないと判断したのか司令室で愚痴をこぼすような輩はいなかった。
「照準補正開始! 地球の自転、重力の誤差修正!」
前方スクリーンのポリゴンZへと逆三角の照準が何重にもかけられていく。一つの照準がクリアしてもあと二つも照準が存在する。航空母艦の保有戦力といえども、元々はキュレムの攻撃だ。それを兵器転用するとなればそれなりにツケが回ってくる。
「照準、二つ目クリア!」
「三つ目も、今、入りました!」
全ての照準がクリアし、緑色に点灯する。ゲンジは腹腔より叫んだ。
「発射!」
「発射!」と復誦が返り、航空母艦の二脚のうち、片側から発射されたのは青白い砲弾であった。常に光を放射しておりその形状が変化した瞬間ポリゴンZへと突き刺さる。ポリゴンZは満身にその攻撃を受け止めた。内部から破裂し、ポリゴンZの反応が消える。
「現宙域より敵影なし。目標、殲滅完了しました」
司令室に収まる人々から嘆息が漏れる。マサキは破壊されたポリゴンZの痕跡を僅かに残す空間を見やり、「これが航空母艦ヘキサの力か」と呟いた。
「ああ。この戦力が我々の保有する、最後の砦だ」
ゲンジは航空母艦の簡易図を見やる。ちょうど上空から眺めた形となる航空母艦の図柄は六角形をしていた。