第百五十六話「灼熱の騎士」
一撃目を回避する。
バシャーモには出来たがトレーナーとなると難しい。アグノムを取り囲む案山子のようなポケモンは一撃目でバシャーモとゼブライカ。さらに言えば自転車に乗っているせいでまともに動けないチアキとカミツレを狙ってきた。自転車が一瞬にして灰燼に帰す。当然、跨っていた二人も消滅を免れない、かと思われた。
「……なるほど。トレーナーを真っ先に狙う。戦略としては当然の帰結だな」
その声が聞こえたとするのなら護衛のポケモンは驚愕した事だろう。チアキからしてみれば護衛のポケモンには表情というものがないせいで推し量るしか出来ないが。
バシャーモが小脇にカミツレを抱え、さらに肩に乗っているチアキに従っている。今の一瞬でどうやってトレーナーを助け出したのか、護衛のポケモンには不思議だろう。チアキは降り立つと同時に、「攻撃、というものは」と口を開く。
「必ず、どれほど熟練しようとも、いや熟練の域に達すれば達するほどに壁となる地点、つまりは準備動作が存在する。今の攻撃、貴公らは準備動作として腕を回転させた。恐らくは破壊光線の集束のために」
破壊光線で硬直している片方の護衛ポケモンに目を向ける。もう片方のポケモンは今しがた攻撃の準備動作に移ろうとしていた。
「だが、私はメガハッサムと戦う際に苦戦を強いられた。スパーリングとしては失格だが、メガハッサムの電光石火、あれには準備動作がほとんどない。ほぼ瞬間移動と言ってもいい速度で私のバシャーモへと攻撃が向けられる。加速特性があっても、バシャーモでは追い抜けない。同調の網目を付こうにも相手はどんどん強くなる。対して、私の癖、と言うべきか、隙はナツキの目には明らかになっていっただろう。トレーナーの指示の癖、命令へのタイムラグ。同調はそれらを跳び越えての命令を可能にする。メガハッサムとスパーリングするのは骨が折れた。だが、強くなったのはナツキとメガハッサムだけではない」
バシャーモが再び攻撃姿勢に入る。それはマサキより伝えられた今次作戦の遂行のために必要な姿勢であり、同時にチアキが今の自分を超えるために必要だと判断した姿勢であった。
バシャーモが騎乗する。ゼブライカへと、まるで騎士のように。
「人型のポケモンであるバシャーモと四足歩行のポケモンであるゼブライカにしか出来ない方法だ。ゼブライカの速度を借りて、あるいはバシャーモの速度をゼブライカが借りて、お互いに速度を極限まで高める。準備動作を限りなくゼロにする」
護衛のポケモンが破壊光線を撃ってくる。今度は騎乗するバシャーモとゼブライカを正確に狙ったつもりだろう。だが、二体は瞬時に掻き消えた。駆け抜けたでもなく、跳躍したでもなく、掻き消えたという表現が相応しい。
次の瞬間にはゼブライカとバシャーモは護衛のポケモンの背後にいた。
「バシャーモの加速」
降り立ったカミツレが口にする。バシャーモの姿は像を結んでいない。幾重にもぶれて存在している。
「ゼブライカのニトロチャージによる極限までの速度上昇」
チアキの続けた声にゼブライカがいななき声を上げた。赤い光がゼブライカを押し包んでいる。
「これによって、この二体は速度の閾値を越えた、まさしく神速に相応しい速度を手にしている。ある意味では感謝しているぞ。私達は、貴公らに出会わなければ、脅威を目にしなければ、これを実戦で使う機会もなかっただろうからな」
バシャーモの身体から炎が迸り全身を包み込んでいく。瞬く間に上がった炎は白熱の域に達し、赤いバシャーモの表皮を白く染め上げた。それはゼブライカにも至り、ゼブライカの白馬のように炎の鎧を身に纏う。ポケギアが二人同時に鳴った。視線を落とすとマサキからの文字通信だ。
「対象の名はポリゴンZ。攻略方法は二体同時に破壊するか、あるいは片方を仕留めて三分以内にもう片方も破壊する。どちらにせよ、殲滅せねばアグノムは手に入れられない、か。いいだろう。バシャーモとゼブライカ、その真価を試す」
騎乗のバシャーモが両腕を交差させ振るい落とす。炎が手首に至り、そこから掌を伝って両手から引き出されたのは白い炎の刀である。二刀を振り翳し、バシャーモは吼えた。
「炎技の極み、ブラストバーン。それを凝縮した刀の威力、食らい知れ!」
バシャーモとゼブライカが消失する。ポリゴンZは破壊光線を一射したがそれは空を穿つばかりだ。
「遅い」
チアキの声にバシャーモとゼブライカが出現する。それはポリゴンZにちょうど挟まれる形だった。眼前に現れた二体にポリゴンZは反応が遅れる。破壊光線の準備動作にも、あるいは他の技の準備も足りない。バシャーモが「ブラストバーン」の刀を交差させると、すれ違い様にポリゴンZへと放った。ポリゴンZが緩慢な動作で後ろへと振り返ろうとする。その瞬間、ポリゴンZの頭部が揺らいだ。その黄色いぐるぐる巻きの眼が自身の身体を捉える。二体とも胴体が両断されていた。
「これでポリゴンZは殲滅した」
青い電磁をのたうたせポリゴンZ二体が戦闘不能に陥る。ゼブライカとバシャーモから白い炎が失せ、元の姿へと戻っていった。チアキは歩み寄り、「やはり消耗は激しいな」とバシャーモの表皮を見やる。ゼブライカとバシャーモは表皮に火傷を負っている。炎タイプですら減衰出来ないほどの威力が押し包んだのだ。当然の帰結だろう。
「ゼブライカは」とカミツレが不安そうな声を出す。
「ああ、想定内の怪我だが、巻き込んでしまって悪かったな」
「チアキさん、いきなりこの連携で行こうって言うのだもの。私は不安だって言ったけれど、マサキと打ち合わせ済みだって言うんなら従うしかないでしょう」
カミツレの恨み言をチアキは微笑んで聞き流す。
「だが、お陰で勝てた。ありがとう」
てらいのない感謝にカミツレが頬を赤らめる。
「……チアキさんって普通に感謝出来るんだ?」
「出来るさ。何者だと思っている?」
「尊大な人だと」
カミツレが肩を竦める。チアキは、「そこまで傲慢になり切れないさ」と口にしてモンスターボールを放った。アグノムへと命中し、捕獲が完了する。
『ようやってくれた。第二班』
ようやく通信が復旧する。チアキは声を吹き込んだ。
「あとはどうだ。状況は?」
『アデクは既に完了したと。あとは第三班、ナツキとナタネだけやな』
自分が教え込んだのだ。当然、ナツキはこの任務を遂行出来るはず。だが一抹の不安がないわけではなかった。正体不明のポケモン。この二体は自分達の連携だから問題なく下せた。まだメガシンカに慣れていないナツキではどう戦うのかまるで読めない。
「せめて、無事を祈るしかない、か……」
呟き、チアキはバシャーモをボールに戻した。
第九章 了