第百五十五話「タフボーイ」
接続不良の表示とアラートの赤い光が次々に映し出されマサキは荒い息をついた。イブキも声を詰まらせる。一瞬で三人の行方が分からなくなった。この状況、最も混乱しているのはマサキだろう。
「……どうなっとるんや。このままじゃ全滅やぞ!」
カウンターが機能しているのは第三班のものだけだ。第一班と第二班のカウンターはゼロを指し、赤色に変化している。さらにカミツレの映し出したポケモンのデータがどの地方にもないとなれば焦燥が襲いかかるのも無理はなかった。
「未確認のポケモンだとして、弱点はあるはずよ。マサキ、落ち着いて……」
「落ち着こうとはしとる! でも、通信は途絶した。状況も分からんし、これじゃどうしようも――」
ない、と続けようとしたマサキの声を遮ったのは踏み込んできた足音だった。まさか敵がここまで、と警戒したイブキの目に映ったのはヤナギと、その後に続く意外な人物だった。
「あんた……ふたご島の……」
ロケット団に所属しているはずのゲンジがキャプテン帽を目深に被って返礼する。
「久しくもないか。つい数日前に会っているな」
ゲンジの存在にイブキはわけが分からなくなった。何故、ヤナギと共にいるのか。ヤナギも何を考えている? まさか操られているのでは、という危惧を、「落ち着け」という声が否定した。
「ゲンジとは一時的な協力関係だ。利害が一致しているからここに連れて来たに過ぎない。相手に抵抗の術はない。俺がこいつの手持ちは持っている」
ヤナギがモンスターボールを手に取っていた。その中にタツベイが入っているのが確認される。
「じゃあ、どうして……!」
「フジ博士の企みを止めたい。そのために来ただけだ」
ゲンジはマサキへと歩み寄り、「護衛についているポケモンのデータを確認させろ」と言い放った。
「な、何でお前なんかに!」
「マサキ! 今は、言う通りにさせろ」
ヤナギが声を張り上げる。一刻を争う事態にヤナギの声はマサキの判断を常時に戻した。
「……これが、その目標やけれど」
マサキが先ほどの画像を見せる。すると、「やはりこれか」とゲンジは応じて声にする。
「これはポリゴンシリーズだ」
「ポリゴン……?」
「ロケット団内で密かに計画されていた人工ポケモンの一つ。ポリゴンという名前だが、これはその最終形態。我々はポリゴンZと呼んでいる」
ポリゴンZ。それが相手の名称だとすればゲンジはロケット団から離反したと言う事なのだろうか。そのような勘繰りを済ませる前にゲンジは、「これの攻略法は一つだ」と口にした。
「攻略法……。あるんか?」
「通信障害が発生しているはず。このポリゴンZは三メートル圏内に二体でいる時のみ強力な電磁波を発生させ通信障害を引き起こす。まずは分散させる事だ」
ゲンジの判断にマサキは、「信用に足るんか?」とヤナギに目を配る。ヤナギは、「今はすがるしかない」と応じた。
「ポリゴンシリーズを破壊する術をこいつは持っていると言ってきた。今は、どうやらその男の言う通りに事が進んでいるようだからな」
信じる、信じないに関わらず従うほかない、という事なのだろう。イブキは密かにボールに手を添えて警戒する。
「ポリゴンシリーズを三メートルの圏内から引き剥がし、個別に撃退しろ。無理ならば二体同時だ。片方が生き残っていると自動修復プログラムが走らせられ、再生が行われる。この間、僅か三分」
「三分……、たったそんだけで……」
マサキの驚愕を他所に、「逆に言えば、三分だけならば片方を無力化出来る」とゲンジは告げた。
「二体同時破壊が理想だが、それが無理ならば三分以内に片方を破壊しもう片方も殲滅しろ。ポリゴンシリーズは必ず殲滅しなければ、三体のシンオウのポケモンを捕獲など出来ないぞ」
どうやらこちらの企みは全てお見通しの様子だった。やはり、キシベか、とイブキが感じているとマサキはヤナギを見やった。
「こいつ、信用するしないに関わらず、ワイはポリゴンZについて文字情報を送り込むしかない、みたいやな」
そうでなければ壊滅は必至だ。マサキはポケギアの通信機能の一つ、チャット機能を用い、第一班と第二班へとポリゴンZの情報を送る。
「これで、あいつらが倒してくれるのが理想やけれど……」
「ポリゴンZは特殊攻撃力に秀でたポケモンだ。通信障害を起こしつつ破壊光線を交互に放ってくる。生半可なポケモンではもう無力化されているだろう」
そんな、とイブキが声を発しようとすると、「その点は心配ない」とヤナギが断言した。
「それほどやわな奴らじゃないのでね」
青い光条が景色を引き裂いた瞬間、ウルガモスへと命中したかに思われた。案山子のような二体の護衛ポケモンがユクシーを守っている。赤い宝玉を額に備え、黄色い頭部を持っているユクシーは小柄な妖精の姿だった。ポケギアからのリアルタイム情報によるとほとんど瀕死に近い。どうやら赤い鎖生成のために無理をさせられた、という話は本当らしい。
「それにしたって、いきなり攻撃ってのはな……」
アデクも辟易する。ウルガモスの腹腔を撃ち抜いた光の帯が霧散するのを視界の端に捉え、「ウルガモスでなければやられていたかもな」と呟く。
直後、ウルガモスの像が掻き消え、新たなウルガモスが護衛ポケモンをすり抜けてユクシーの背後に回っていた。
「蝶の舞。戦闘前に限界まで積んでおいてよかった。お前さんらが撃ち抜いたのは蜃気楼じゃ。本物のウルガモスじゃない」
案山子の護衛ポケモンの片方が身体を回転させながら振り返り様に光条を撃つ。光線が薙ぎ払われウルガモスを引き裂いたがそれさえも残像だ。本物のウルガモスは既に感知される事のない速度へと達している。
「オレが何の鍛錬も積まずにこの二日余りを過ごしていたと思うか?」
ウルガモスが数体立ち現れる。当然、護衛のポケモンは狼狽した様子だった。
「オレだってスパーリングじゃないが、ウルガモスとさらなる高みを目指しておった。ヤナギに頼み込んでな。キュレムの氷と撃ち合えるレベルの炎を展開出来るようにしておったんじゃ。ヤナギの傍にいたのは全てそのため。キュレムの氷とウルガモスの炎を同威力まで引き上げる修行やったって事。そして、その炎は!」
護衛のポケモンが両腕に当る部分を回転させ衝撃波を放った。ウルガモス全体を攻撃するが、それらでさえ残像であり、さらに掻き消えた残像から炎が立ち上った。瞬く間に護衛のポケモンの表皮を焼いていく。
「こんな風に、常に蜃気楼を発生させるレベルまで昇華させられた! お前さんらがいくら目がよくってもな、オレのウルガモスをもう二度と捉える事は出来ん」
護衛のポケモンが周囲へと黄色いぐるぐる巻きの視線を走らせる。その時ポケギアが鳴った。
「なになに……、なるほど、ポリゴンZ言うんか。倒す方法は二体同時に破壊するか、それか一体を破壊し、三分以内にもう一体を破壊する。どちらにせよ、ポリゴンシリーズは全て殲滅せねばならない、か。分かり易くていいな」
護衛のポケモン――ポリゴンZが嘴のように見える筒先をアデクへと向ける。どうやらポケモンが捉えられなければ本体であるトレーナーを狙う算段らしい。
「ポリゴンZが独自判断しているんだとしたら、かなりの脅威じゃな」
呑気に告げるアデクへと破壊光線の光が瞬き、一条の光の帯が放たれた。だがアデクへと至る前に炎が巻き起こり壁となってそれを防ぐ。
「だけれども、オレのウルガモスはさらに上を行く。炎熱地獄を味わうか?」
アデクが指を鳴らすと炎がそれぞれ意思を持ったように二体のポリゴンZに纏わり付いた。ポリゴンZは身体を回転させて振るい落とそうとするが炎は粘性を持ってポリゴンZの装甲を侵食していく。
「一体ずつ倒す、ってのはオレには向かんな。二体同時に殲滅する」
ウルガモスが景色から突然現れる。周囲の空気を歪ませるほどの炎熱を湛え、三対の翅から火の粉が噴き出している。
「ウルガモス、オーバーヒート」
ウルガモスの周囲が赤い炎の陣で円形に切り取られたかと思うと地面から炎が柱となって立ち上り、両脇にいたポリゴンZへと命中する。炎の柱は数秒間続いたが、やがてウルガモスがそこから現れると何事もなかったかのように消滅した。だが円形に切り取られた地面には草木一本ですら存在せず、土くれも全て焦がされている。まさしく焦土と化した場所に二体のポリゴンZが横たわっていた。バラバラに破壊され、機能不全を起こしているのか青い電磁がのたうっている。
『回復した……』
マサキの声がポケギアから聞こえ、「おお! マサキか!」とアデクは大声で応じる。
『アデク! そっちは――』
「なに、世は事もなし。二体とも殲滅したし、それに――」
アデクがモンスターボールを放り投げる。命中したボールに吸い込まれユクシーが内部へと捕獲される。
「作戦は遂行した。帰還する」