NEMESIS














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新生の章
第百五十一話「実力者たち」

「ええんか? 姐さんも無断の了承でこっち来てもうたけれど」

 マサキが今さらの声をかける。イブキは腕を組んでため息をついた。

「何を今さら。あんたの身勝手に付き合っているのは今に始まったことじゃないでしょう」

「そら、すんまへん」

 マサキは後頭部を掻きつつ笑う。だが内には野心を秘めているはずだ。それを自分の前だけ明らかにする。マサキはそういう男だった。

「で? 今テレポートで送られているわけだけれど」

 歪む空間内を眺めつつイブキは短めの言葉を発する。

「今度こそ、勝てるんでしょうね?」

 それは大きな意味を含んでいた。ロケット団に、でもあり、ユキナリに、でもある。まともに戦える、と言い換えてもいい。今まで不戦勝じみた戦いや、結果的に戦闘状態に陥ってしまった事があるだけにイブキは慎重だった。

「まぁ、姐さんが思うとるほど、ワイは強かやないですよ」

「どうだか。あんたは、いつだって先の先を見越しているんでしょう?」

「ややな、姐さん。先の先違います。先の先の先を見越しているんですよ」

 さらに上手と言いたいのか。イブキは額に手をやり、「いいわ」と応じる。

「旅の恥は掻き捨て、みたいなのもあるし、あんたといても恥の上塗り。今さら、下げて済む頭ならば下げましょう」

「おっ、姐さん、自分と分かりやすくなったやないですか」

 マサキの言い分にイブキは指差して言い含める。

「言っておくけれどね。あんたが必要だって言うからやっているのよ。私のプライドがなくなったみたいに思われたら堪ったもんじゃないわ」

「重々承知してます」とマサキはへこへこする。

「姐さん、プライドだけは高いですもんね」

「だけって何よ」

 マサキの頭を小突くと大げさによろめいた。

「……でも、ここから先は、ほんまに出たとこ勝負です。ワイも姐さんも、どこまでも下手打てばやられる。フジとキシベ、敵が増えた結果になりましたが」

「こっちも味方が増えたわ」

 お陰で、とは言わない。どちらも一蓮托生である事は承知だからだ。マサキは、「ええですね」と口にする。

「仲間、言うんは」

 今までそういうものとは無縁だったかのような口調だった。イブキは尋ねる。

「あんた、友達っていたの?」

 不躾な質問だと思う。だが、聞くのは今だけだと感じていた。マサキは顎をさすりながら、「研究チームとかで同期はいました」と答える。

「でも友達って呼べるかどうかは分かりませんな。ワイ、これでも一匹狼やったさかい、もしかしたらよく思われてへんかったかもしれん。今まで感じた事もなかったですわ。他人からどう思われているのか。自分がどう思われたいのかなんて」

 マサキはきっと誰よりも未来図を明確に描けるのだろう。それだけについてこられない人間は蹴落とされていく。彼の未来図に相応しくない人間は脱落する。人間関係を嫌ってハナダシティの離れに住んでいたのだとすればそれも納得だった。

「でもワイ、妹がおりますねん」

 マサキは破顔一笑して誇らしげだった。

「妹にはね、世界一のプログラマーやって教えてます。もちろん、母親にも。あっ、言ってませんでしたっけ? うち、母子家庭なんです」

 思わぬ言葉にイブキは面食らった。今までマサキは自分に関する事は滅多に話さなかった。

「母子家庭、だったの」

「ええ。他の大勢と同じ、父親は夢見過ぎのポケモントレーナー。その挙句が家族ほっぽり出して旅に出てもう五年も帰ってこない。ワイ、金の心配だけはかけさせたくないからタマムシ大学にも特待生で入って。その後の就職コースも軌道に乗ってきちんといいところへ行ったんです。研究チームに配属されて二年後くらいやったかな、ヘキサに引き抜かれたんは。ワイはね、自分の実力さえ認めてもらえればそれでええんです。認めて、ワイを必要としてくれれば」

 イブキはある予感を口にしようとしたがそれは喉元で飲み込んだ。

 ――それは父親の代わりを探しているのではないのか。

 無意識の事かもしれない。マサキは誰かに認められたい、居場所が欲しいのだ。自分が用意するのではない。安心出来る誰かに用意してもらった居場所を。だがマサキはそれを自ら壊す真似もしている。ヘキサの時も、ロケット団の時も、今回のネメシスだってそうだ。マサキの中に眠る父親と同じ血が、居場所を放り出す癖をつけてしまっているのかもしれない。だがこのような事、目の前で口に出来るはずもない。それはマサキを愚弄しているのだと同じ事だ。傷つけてしまうかもしれない言葉をイブキは胸の中に仕舞う事にした。マサキは前を歩こうとしている。その歩みを止める権限は誰にもない。

「出ます」

 マサキの声にイブキは身を強張らせた。「テレポート」から脱した身体に重力が襲いかかり、イブキは一瞬呼吸が出来なくなるがすぐに持ち直す。憎々しいほどの晴天の下、瓦礫の惨状が広がっていた。

「これが、セキチクシティだって言うの……」

 思わず言葉を濁してしまう。マサキは新たに鞄から端末を取り出した。先ほどフジに破壊されたのと色違いのノート端末だ。

「何台持っているのよ」

「秘密です」とマサキは悪戯っぽくウインクする。イブキは気味が悪そうな眼差しを向けた。

「えっと、位置情報的にもここはセキチクで間違いありませんね」

 マサキは端末を起動させすぐさま位置情報アプリを呼び出す。それほどの技術がどこに転がっているのだろうとイブキは怪訝そうな顔をする。

「でも、それらしい建築物がどこにもないって言うか……」

 ポケモンセンターですら存在しない。荒涼とした大地に言葉をなくしていた。

「破滅、の影響は思っていたよりも深刻って事やね。オーキド・ユキナリの覚醒がこれほどの破壊をもたらすとはワイも想定外です」

 マサキも物珍しそうに周囲を眺めている。イブキは北方を見やって、「しっ」とマサキを制した。

「どうしました?」

「風の流れが違う」

 イブキは戦闘本能を研ぎ澄まし、気流の流れが異なる北方を指差す。しかしマサキにはピンと来ない様子だった。

「何がある言うんです?」

「とにかく身体を沈めて。ゆっくりと近づくわ」

 イブキはホルスターからモンスターボールを抜き放った。マイナスドライバーでボタンを緩めていると不意にプレッシャーが横っ面を弾いたように流れる。瞬時に感じ取った肌が粟立ち、イブキはマサキを担いで飛び退った。先ほどまで自分達のいた空間を高速で何かが切り裂いていく。マサキは慌てて端末を抱えた。

「あ、危なっ!」

「危ないなんてもんじゃないわ。これは殺気よ」

 ボールを構えていると、「すいませーん」と声が飛んできた。姿勢を元に戻すとボブカットの少女が駆け寄ってきた。少女からは敵意を感じない。今のは、と確かめる前に少女が頭を下げた。

「ここいらは戦闘区域になっていまして。まさか人が入ってくるなんて」

「戦闘区域?」

 イブキが怪訝そうにしているとまたしても殺気の渦が飛びかかってきた。今度は上空からだ。少女と自分が同じ方向に飛び退く。マサキだけが不恰好に転がる形となった。

「あれ、やりますね」

 少女の声音にイブキは本能的に訓練された人間である事を悟る。

「……あなた何者?」

「あたし? あたしはナタネ。タマムシジムのトレーナーです」

「タマムシのトレーナー? そんな人が何でこんなところに」

 ナタネと名乗った少女は、「少し込み入った事情があるんですけれどね」とはにかんで笑った。しかしいつ殺気が降って来るか分からない状況で笑えるか? と冷静な自分が考えている。

「この殺気は何?」

「ああ、スパーリングですよ。ナツキちゃんとチアキさんの」

「ナツキ? チアキ?」

 またも知らない単語が飛び出しイブキが戸惑っているとナタネが中空を指差した。

「ほら、あれ」

 その言葉に目を向けると宙に踊りあがった影が交差する。一つは赤と黒を貴重とした鋭角的なフォルムのポケモンだ。顎のような巨大なハサミ型の腕を振るい上げ青い翅を揺らす。その速度は突風だった。一動作で空気が鳴動する。それと対応しているのはこちらも赤いポケモンだったが姿形は鳥人そのものだった。V字型の鶏冠から炎が迸り、蹴りを放つ足首と手首から点火している。

「あれは……」

「バシャーモとメガハッサムです」

「メガ……」

「あ、いきなりじゃ分からないですよね。説明しますと――」

「いや、必要ないですわ、ナタネはんとやら」

 マサキが遮り端末を操作して戦闘する二つの影を捉える。

「バシャーモはホウエンでよく見られるポケモンで二進化ポケモンや。炎・格闘タイプ。対して、メガハッサム言うんはないけれどハッサムって言うポケモンのデータならある。虫・鋼タイプ。でも、ワイが持っているハッサムのデータとあのポケモン、姿どころか戦闘力も全然違うやん。どうなっとるんや?」

 マサキはこんな時でも情報収集を忘れない。即座に呼び出したデータはとある研究機関へのハッキングだった。二つのポケモンのタイプと能力が表示されるが、だとすれば虫・鋼のハッサムは圧倒的不利ではないか。

「これ、スパーリングって言ったわよね? 何でこんな無茶を?」

「メガシンカを扱うために」

 ナタネの口から発せられたメガシンカという言葉にまたもイブキは思考を中断された。

「何? メガ……」

「メガシンカ。カロスで観測されたポケモンの上位互換形態。特殊条件化における特定のポケモンの進化のさらなる先の姿」

 滑らかに発せられた説明にイブキは瞠目する。

「あんた、あれ知っているの?」

「いや、知らへんけれど、調べたらそう書いてあったし。……せやけれど、メガシンカ。小耳に挟んだけれど眉唾や思うてたわ」

「知っていたんじゃない」

 イブキが腰に手を当てて口にすると、「せやから実際に見るのは初めてやって」とマサキは端末のキーを叩きながら応ずる。

「メガシンカ、ってのが存在する事すら、学会では大きく取り沙汰されとらへん。それにはこの事象がさらなる眉唾物の上に存在するからなんやけれど、その眉唾が実在するから、メガシンカがあるって事なんやろうね」

 一人で納得するマサキにイブキは業を煮やした。頭を小突き、「何納得してんの」と声を飛ばす。

「痛いな、姐さん」

「あんたが自分一人で分かったつもりになっているからでしょう。説明しなさいよ」

 イブキは交差するメガハッサムとバシャーモの戦闘を視界の隅に入れながら説明を求める。メガハッサムと呼ばれたポケモンは相性上、不利なはずなのに素早く動きバシャーモを翻弄しているようにさえ映る。発達した両腕のハサミの重量をものともしない動きであった。

「メガシンカ、っていうんは、ワイも専門分野やないけれど、トレーナーとの絆が左右するんや」

「絆……」

 イブキの言葉に、「そ、絆」とマサキは目に見えて不愉快そうに顔をしかめた。

「正直、そんなあるのかないのか分からんもんに、さらに分からん事象が重なっとるさかい、ワイはメガシンカの話題は嫌いなんやけれど、姐さんのためやし、しとくと、メガシンカ、ってのは同調が鍵になっているんじゃないかって言われとる」

「同調現象の事よね?」

 ロケット団内部で調べ上げた資料の中にあった単語の一つだ。マサキは、「その同調」と首肯する。

「でもあれって、実証不可能な話じゃなかった? だってポケモンとの同調、意識圏の拡大、反射の応用、ダメージフィードバックって全部人体実験が絡むから出来ないって」

「それを成し遂げたから、メガシンカしとるんやろうけれど、研究者としては認めたくないところやな。絆、なんて」

 マサキの言葉にイブキは改めてメガハッサムを見やる。メガハッサムはハサミだけでなく全身を使った攻撃でバシャーモと対等以上に戦っているのが見て取れた。

「あの、トレーナーは?」

 バシャーモとメガハッサムを操っているトレーナーはどうしているのか。ナタネは、「ああ、それならあそこに」と二人を手招いた。目に飛び込んできた光景に絶句する。

 そこには二人のトレーナーが文字通り身を削らせて向かい合っていた。片や、黒い着物を流麗に纏い、刀を常に突き出している物々しい女性。片や、全身傷だらけの少女だった。ポニーテールの頭部を項垂れて少女は今にも倒れそうである。荒い呼吸の後、少女が双眸を女性へと向けた。その光に思わずイブキがたじろいだ。戦闘の気配、などという生易しいものではない。まさしく手負いの獣、野生の戦闘本能で研ぎ澄まされた光に後ずさる。

「姐さん、あの子、普通やないで」

「……ええ」

 身をもって実感したイブキは口調が気後れ気味になる。少女はどこを見ているのかといえば女性トレーナーだが、その眼差し、特に左目がかもし出す異様な空気の圧迫があった。少女の右目はブラウンだが、左目の色は人工色めいた青である。しかもその左目から紫色のオーラが迸っているとなれば誰の目から見ても普通ではなかった。

「一旦、スパーリングを止めましょうか?」

 ナタネの提案に、「出来るの?」と思わず尋ねていた。この緊迫感、入り込む余地などないのではないのか。「出来ますよぉ」とナタネは間延びした声音で戦闘地帯へと入っていく。背中に言葉をかけて止めようとしたがナタネはお構いなしだ。ナタネが、「ちょっと、お二人さん」と声を投げようとしたその瞬間、バシャーモとメガハッサムがきりもみ、バシャーモの放った炎とメガハッサムの放った弾丸の流れ弾がナタネへと真っ直ぐに飛んできた。「危ない!」とイブキが声を上げようとした瞬間、ナタネの頭部に命中しようとしていたそれを何かが弾く。目にも留まらぬ速度で繰り出された緑色の痩躯が弾丸と炎を霧散させた。あまりの事に呆気に取られていると、「危ないなぁ」とナタネがボブカットの髪をいじった。

「お二人ともー。お客さんだよー」

 その声にようやく二人は我に帰った様子だった。戦闘状態から半ば虚脱したように二人とも息をついている。

「何だ?」

「ナタネさん……。誰なんです?」

 ようやく現実認識の追いついた二人へとナタネはイブキ達を紹介する。

「ここに急に飛んできた命知らず二名」

 自分のほうが命知らずではないか、と言い返したかったがここが戦場だと知らなかったイブキはそう紹介されても仕方がないと感じていた。

「あっ、イブキさん……」

 少女のものに戻った声音にイブキはようやく思い出す。

「オーキド・ユキナリと一緒にいた……」

 ナツキという少女の像がようやく脳裏で結ばれ、しかし、とイブキは頭を振る。トキワの森で出会った時とも、ハナダシティの外れで出会った時とも違う。戦闘色とでも言うべき色濃い気配がナツキには纏い付いていた。

「誰だ?」

 もう一人はナツキでないのならばチアキだろう。不遜そうな声音に、「優勝候補の方です」とナツキが丁寧に返した。先ほどまでの戦闘の迫力はどこへやらと失せたように思われたが、その一方であれほどの重圧を操れるだけのトレーナーに成長したのかとそら恐ろしくもある。

「優勝候補……、このポケモンリーグのか?」

 チアキが身構える。その様子にナタネが、「敵じゃないと思うけどなぁ」とこぼした。

「信用なるか。今、我々に近づいてくる連中はまず疑ってかかるべきだ。戦闘地帯の真っ只中に入ってくるような連中だぞ。相当な手だれか馬鹿かのどっちかだろう」

 その言葉にマサキは両手を上げた。

「ワイら、多分後者やと思う」

 イブキも大人しく両手を上げる。この二人に敵う気がしなかった。チアキはまだ身構えていたがナタネが割って入る。

「敵じゃないって。敵ならあたしだって分かるし」

「日和見の貴公の意見なんぞ聞いてない」

 チアキはイブキへと喧嘩腰の視線を向ける。イブキも目つきがきついせいだろう。ついつい睨み返すような視線になってしまう。

「姐さん、着くなり喧嘩は御免やで」

「……分かっているわよ。でもこいつが」

「こいつが、何だ? 私からしてみればお前達のほうが侵入者だ」

 チアキとイブキはお互いにガンを飛ばし合う。チアキをナツキが、イブキをマサキが止めた。

「話が進まへんでしょう。ワイらから礼節に従って自己紹介させてもらいます。イブキ姐さんと、ワイはマサキ」

 マサキが友好的な笑みを浮かべるがチアキは身構えたままだ。ナツキが、「マサキさん……」と声にする。その段になってマサキも気づいた様子だ。

「あー! あの時の子か?」

 どうやら誘拐作戦の事を今の今まで忘れていたらしい。自分に負けず劣らず、この男も馬鹿だと感じる。

「知り合いじゃない」

「いやぁ、ワイもあの時はろくに覚える気がなくってなぁ。顔と名前が全然一致せぇへんねん。すまんな、ナツキちゃんとやら」

 マサキの声に、「いえ……」とナツキは顔を逸らす。マサキは鋭く切り込んだ。

「オーキド・ユキナリ、おらんのやね」

 ナツキが目に見えて動揺する。イブキが、「おい」と注意を飛ばそうとするがマサキは言葉を継いだ。

「ワイら、その助けになるために来たねん。あんさんらヘキサに、ワイは協力する」

 ナツキが目を見開く。チアキは刀をようやく仕舞い、「魂胆がありそうだな」と口にした。

「大したもんやあらへんよ。ただ、そっちにとって有益な情報を、ワイは提供出来る」

 にやり、と笑ってみせたマサキにチアキは鼻を鳴らす。

「情報提供か。だが偽の情報を掴まされる事ほど、今危惧すべき事はない。我々は慎重を期す事、一糸乱れぬ事、その二つが最優先だ」

 チアキは存外に落ち着いている。戦闘狂か、と判断しようとした自身の早計さを恥じた。

「分かっとるよ。だからこそ、あんさんらのボス、ヤナギに会いたい」

 言い当てられた事をチアキは驚きもしない。昨日の声明があるので驚く事でもないのだが、ネメシスが正式に握り潰したという事は民間には下りていないだろう。

「貴公ら、ネメシスの中心人物か」

「鋭いな。ワイら、ついさっきまでネメシスにおったねん」

「余計に信用ならなくなった」

 チアキが鯉口を切る。それを制するようにナタネが、「とにかく話を聞けばいいんじゃないかなぁ」とチアキの手に触れる。よく狂犬のようなチアキに触れられるものだ、とイブキは内心、感心してしまう。だがチアキはナタネの言う事に抵抗する様子もなく、「話は?」と切り出した。

「要求はまず、ボスに会わせてくれ。そっちで話をつける」

「ヤナギは今、サファリゾーン跡にいる。だがそう容易く組織の頭目に会えると思っているのか?」

「一戦交えるんならワイは勘弁やで。姐さんがやる」

「馬鹿! 勝手に決めているんじゃないわよ!」

 マサキを肘で小突くとつんつんとディスプレイを見るように促された。そこには「相手は強硬手段には出ない」と表示されていた。

 目線だけで「どうして?」と尋ねる。キーをさばき「攻撃意思があるのなら、ナタネに防御はさせん」と続けられた。もっともな話だ。

「で? どうするん? 姐さん、これでも結構強いけれど」

 チアキはこの挑発に飛びかかると考えていたが意外にも引き際が潔かった。

「……よかろう。ヤナギのところまで案内してやれ、ナタネ」

 チアキの了承に、「じゃあお二人さん、ついて来てくださーい」とナタネが手を振って歩き出す。その背中に続きながら、「どうして確信があったの?」とマサキに訊く。

「一触即発の状態になってもおかしくなかった」

「ならんよ。あの二人はスパーリングやってる言うたやん。つまり、一刻も早く強くならなあかんって事やろ? そんな時にイレギュラー混ぜへんて」

「でも、チアキ、さんって人には本気の迫力があった」

 一応敬称をつけると、「あら見せかけや」とマサキが口にする。

「戦いもしないあんたが分かるの?」

「ああいう手合いはな、姐さん。強そうに見えて意外に脆い。そら、実力は折り紙つきやろうけれど、ワイら相手にするのに自分が抜くまでもないと思ったんやろ」

「じゃあ誰が」

 戦うというのか、という問いにナタネが振り向かずに手を振る。まさか、という思いに、「このナタネはん一人で充分や」とマサキが告げた。

「あんさん、ワイら二人、いや姐さんが百人にいても勝てるつもりやろ?」

 マサキの言葉に、「買い被り過ぎですってぇ」とナタネは笑う。

「あたし、それほど強くないです。だって、スパーリングもしてないし」

「する必要がないほど強い。ちゃうか?」

 マサキの勘繰る言葉にイブキは思わず肩を引っ掴む。

「ちょっと。挑発なんてしても」

「しても、このお人は絶対に乗らんよ。それが分かっとる」

 思わぬ言葉にイブキが瞠目していると、「そだね」とナタネは応じた。

「だってポケモンセンターまで吹き飛んだわけだし。タマムシまでサイクリングロードがあるとはいえ上りは辛いから」

 それだけの理由だというのか。だがすぐにポケモンが回復出来ない状況は不安に違いない。

「じゃあ、スパーリングしているあの二人は?」

「あたし達と医療施設の人達が持っている回復の薬やらなんやら掻き集めてスパーリングしているんだよ。特にナツキちゃんには強くなってもらわないといけない理由があるからね」

「オーキド・ユキナリか」

 確信を込めて放った言葉にナタネはちらと視線を振り向けて、「イブキさん、だっけ?」と尋ねた。

「あなたもユキナリ君のファン?」

「ファンって、私はふざけているわけじゃ――」

「ジョーク、ジョーク」とナタネは手を振る。その段になってナタネの口調から敬語が外れている事に気づいた。どうやらこれが彼女の素らしい。いい加減な性格だ、とイブキは感じる。

「あたしはユキナリ君のファンだよ。だってさぁ、匂いが違うから」

「匂い?」

 思わず聞き返すと、「匂いの違う奴ってのはやっぱり違うもんだね」とナタネはのんびりした様子で口にする。

「破滅なんか起こしちゃうんだから」

「知っとったんか?」

 マサキの言外に含むところのある言い回しに、「いや、知らない」とナタネは返す。

「難しい事はヤナギ君に聞いたけれど、特に気に留める事でもないかな、って。ユキナリ君が特異点だとか何だとかさ。あたしには割とどうでもいい」

 本心からそう思っている口調だった。ナタネはユキナリ一行の仲間ではないのか。勘繰っていると、「でもナツキちゃんはそうじゃない」とナタネは真剣な声音になった。

「ナツキちゃんからしてみれば、一刻を争う事態。だからこそ、あたしは協力している。本当はマスターにこういう時お伺いを立てたいけれど、マスターも留守みたいだし、心配だなぁ」

 ナタネの言う「マスター」とやらが誰なのかは分からないが少なくとも敵対関係ではないらしい。

「ナツキ、の手助けになりたいと思っているの?」

 歯切れ悪く口にすると、「そりゃ、友達だしさ」とナタネは軽く返した。友達。その繋がりで持っていける関係と持っていけない関係がある。自分はユキナリと再戦を約束していながらロケット団に入り敵対してしまった。これも背信といえばそうだ。

「……私は知り過ぎてしまった。だから、戻れなくなっている」

 イブキの独白に、「そういうのはさ」とナタネは肩を竦める。

「あたしじゃなくってヤナギ君に言ってよ。あたしは決められる権限ないし」

「誰でもいいんだ。誰かに、私の懺悔を聞いてもらえれば」

 本音にナタネは沈黙を返した。マサキも何も言わなかった。こういう時に気の利いた台詞が欲しかった。

「あれだよ」

 ナタネが示した方向に屹立する物体にイブキは息を呑む。マサキも目を見開いている。

「これは……」

「なんか昨日から造っていてさ。あたしもよく知らないんだけれどアデクさんと共同で造っているから要るものなんでしょ」

 アデク、の名に、「彼もここに?」と訊いていた。まさかここに来て因縁の人物と一同に会するとは。

「うん、まぁね。でも、あたしにはさっぱり」

 ナタネがやれやれといった様子で首を横に振る。イブキとて目の前の物体を把握し切れない。白い天使の輪のような光を広げ、一体のポケモンが浮遊している。全身を氷に包まれた灰色の龍であった。ドラゴンタイプのエキスパートであるイブキでさえその龍の全貌は掴めない。

「あれは……」

「ああ、あれはキュレム、って言うんだってさ。ヤナギ君の手持ち」

 キュレム、と呼ばれたポケモンの真下で物体を仰いでいる二人組へとナタネは声をかけた。一人が振り返る。赤い鬣のような髪型の青年はアデクだ。ではもう一人がヤナギなのだろう。青いコートに身を包み、キュレムの一挙一動を注意深く見守っている。

「ヤナギ君、お客さん」

 その言葉でようやくヤナギが振り返る。目に険のある少年でイブキとマサキを認めるなり、「何だ、こいつらは」と不躾に聞いてきた。

「だからお客さんだって。このセキチクにわざわざ出向く酔狂なお二人」

 とんだ言い草だったが事実には違いない。ヤナギはナタネを無視してイブキとマサキを交互に見やり、「確か、優勝候補の」と口にした。

「イブキです。こっちはマサキ」

「確か、ロケット団に誘拐されたと聞いていたが」

 ヤナギも聞き及んでいるらしい。ヘキサならばそれも当然か。

「抜け出してきたんや。やるやろ?」

 マサキが気安く手を差し出すとヤナギはその手を無視して、「用件は?」と訊いた。マサキは握手の手を仕舞い、「なに、ちょっと相談があってな」とヤナギを手招くがヤナギは近寄る気配は見せない。

「話ならば立ちながら聞く。あまり時間がなくってな」

 ヤナギは再びキュレムを振り仰いだ。マサキが尋ねる。

「なぁ、これってなんやのん?」

 これ、と示されたものはイブキが先ほどから圧倒されている物体の事だった。巨大建造物のように思えるがその全貌が異様なのは全て氷で構築されているからだ。少しずつ、キュレムが凍結させて造り出しているのである。今は底部を固めているようだった。

「これは船だ」

「船?」

 その言葉の奇怪さにイブキは聞き返す。

「氷の船やって言うんか」

「キュレムが設計図を寄越した。形状からして、恐らくは航空母艦」

 ヤナギが指を差し出すとその手へと氷の紙片が構築されていく。キュレムへと命令したのか。しかし、今の一瞬で? とイブキは信じられない。紙片は瞬く間に一葉の設計図を組み上げた。

「これを昨日の夜、キュレムが作った。俺達はこれを十日前後で完成させるべく動いている。邪魔はしないでもらいたい」

 邪険にするでもなく先ほどから無関心の態度を貫いているのはそのせいか。だがイブキには到底信じられない。

「ポケモンが設計図をあなたに寄越しただなんて」

 その言葉にヤナギはちらと視線を僅かに配ってから、「伝説級のポケモンだ」と口にする。

「常識では考えられない事が起こり得る。それともドラゴンタイプといえど伝説は専門外か? 竜の一族の継承者というのは」

 神経を逆撫でする物言いにイブキが歩み寄ろうとするとマサキが、「まぁまぁ」と制した。

「お二人とも、そう喧嘩腰にならんといて。ワイが気を遣わなならん」

 マサキの仲裁にイブキは腕を組んで、「こいつ、当てになるの?」と訊いていた。

「姐さん、口の利き方頼むで」

「どうやらフスベタウンとやらは教育も行き届いていないようだな。同じジョウトの民として恥ずかしいところだ」

 イブキが再び詰め寄ろうとするのをマサキが必至の体で止めた。

「待った! 待った、姐さん。こいつも意地悪いけれど、姐さんも怒りっぽい」

「じゃあ、どうするってのよ!」

 イブキのヒステリックな声音にマサキはため息をついて佇まいを正す。

「だから、話し合いやて。ほんま、なんべんも言わせんといてや」

 マサキは端末を指差し、「ヤナギはん!」と呼んだ。

「ここにおまいさんらが喉から手が出るほど欲しい情報が入っとる」

「興味がない」

 ばっさりと切り捨てられてもマサキはめげない。

「それがオーキド・ユキナリに関係のある情報やとしたら、どうする?」

 その名前にヤナギの動作がピタリと止まった。肩越しに振り返り、「何だと」と問い質す。その声音は尋常ではない。戦闘の緊張感でさえはらんでいる。

「オーキド・ユキナリと言ったか?」

「ああ、言うた。必要になると思うで。ワイと、ワイのネットワークはな」

 マサキの言葉にヤナギはその必要性を問うかのように、「それが罠ではない、という安全は」と言った。

「ないな。やけれど、これが助け舟やって言う可能性も同時にあるわけや」

 ヤナギはアデクへと目配せしようやくマサキへと振り返った。

「何がある? 話せ」


オンドゥル大使 ( 2015/08/21(金) 21:13 )