第百四十五話「コールドフレアとフリーズボルト」
キュレムの放った電撃が辺りを焼き尽くす。そうでなくとも強力な攻撃は最早野生ポケモンの捕獲には使用されなかった。その代わり、スパーリング相手を務めるのは赤い鬣の青年である。
「ウルガモスを突破するのに随分と時間のかかる様子じゃな」
ヤナギの視界に入ったのは炎を巻き上げ、線を引くように炎熱を使用している三対の赤い翅を持つポケモンであった。白い体毛から炎の鱗粉が放出され、辺りを火炎地獄に落としている。キュレムと拮抗する力を持つ相手はヤナギにとって最高の練習台であった。
「キュレムの瞬間冷却をここまで防いだのはお前が初めてだ」
ヤナギの賞賛にウルガモスを操るアデクは、「こんなもんじゃないはず」と応じた。
「まだまだ先があろう」
アデクに自分の強化を命じたのは他でもない、キュレムの先を知るためである。ヤナギに使役されているキュレムはミュウツーと戦った時とは違い、黒い姿になっていた。どうやらキュレムは二つの姿を行き来出来るらしい。ただし、一度灰色の標準の姿に戻らねば二つの姿へと瞬時に変身する事は出来ず、その時間差を狙われればお終いである。ヤナギは黒いキュレムへと命じる。
「クロスサンダー!」
キュレムが身体を軋ませ全身から青い稲光を放出する。凝縮し、一つの球体と化したそれをキュレムはウルガモスへと撃ち込んだ。その瞬間、球体が弾け飛び、青い十字架を広げる。「クロスサンダー」はその名の通り、電気タイプの技だ。まさかキュレムに電気の素養があるとは思っていなかったがどうやらキュレムは黒い電気タイプの姿と白い炎タイプの姿を行き来出来るらしい。ただし、炎や電気が付加されるわけではなくあくまでタイプは氷・ドラゴン。その事実はウルガモスの攻撃を何度か受ければ身に沁みた。
「電気で大仰な技じゃけれど、受けるのはそう難しい話じゃないな」
ウルガモスは「クロスサンダー」の直撃を受けてもなおまだ健在であった。その理由をヤナギは知っている。ウルガモスが翅を擦り合わせ、身体を揺らして炎を操り舞い踊る。その度に蜃気楼のようにウルガモスの姿が霞んだ。虫タイプの能力変化の技「ちょうのまい」。それによってウルガモスは直撃を回避し、なおかつ自分の能力を上げる事が出来る。これがウルガモスの強さの秘密だ。元々能力値が高い上にこの技を積まれるといくらキュレムが伝説クラスとはいえ倒すのが困難になってくる。しかもヤナギが得意とするのは瞬間冷却。つまりは氷タイプの技だ。炎に氷はあまり効かない。ウルガモスほどの強力なポケモンと優勝候補の一角と評されるアデクの実力も相まってより強大な敵と化している。
「氷壁もすぐに破られる。こちらの防御は当てにしないほうがいいか」
「ヤナギ。オレは、お前さんを許したわけじゃない。だがな、オレも強くなる必要があるんじゃ。だからこそ、全力でいかしてもらう!」
その言葉にヤナギはフッと口元を歪めた。
「笑わせるな。お前如きの全力が俺の牙を折る結果にはならない」
「どうかのう!」
ウルガモスの発生させた炎が渦を成し、刃のようにキュレムへと突き進む。ヤナギは即座に声を飛ばす。
「瞬間冷却、レベル8!」
瞬間冷却を相手の炎とぶつけるが差は歴然だ。炎の出力が鈍った様子はない。
――押し負けているのか。
脳裏に浮かんだ予感にヤナギは歯噛みする。アデクに勝てなければミュウツーになど敵うはずがない。ヤナギは新たに声を発した。
「クロスサンダー! ウルガモス本体を狙え!」
キュレムが片腕を振り上げ、掌に青い光を凝縮する。打ち下ろした瞬間、上空より「クロスサンダー」の光条が落下してきた。確実にウルガモスを貫いたかに思われた一撃はしかし、ウルガモス本体からは微妙に逸れていた。近くの地面を焼き焦がした一撃に、「惜しいのう!」とアデクが快活に笑う。
「ウルガモスを捉えられんようじゃ、ここから先は厳しいか」
「抜かせ」
炎が瞬間冷却の網を抜けてキュレムへと直撃する。キュレムの氷の身体を炎が融かした。舌打ちを漏らしヤナギはキュレムに後退を命じる。
「少し下がれ。ウルガモスの射程は長いが、俺達の射程距離のほうが勝っている」
ウルガモスは特殊攻撃力に秀でた遠距離攻撃型。だが近距離もその器用さで乗り切る事が出来る。比して、キュレムは明らかに中距離型だ。視界にある範囲しか攻撃を放てない上に、自分に近過ぎればトレーナーを巻き添えにしてしまう。扱いづらいポケモンであった。マンムーならば近距離から中距離、果ては長距離までこなせたというのに。だが今は相棒を惜しんでいる場合ではない。キュレムが扱いづらいのならば扱いやすくなる領域まで引き上げるしかない。
「コールドフレアを使うか」
ヤナギがすっと手を掲げる。しかし、キュレムは攻撃態勢に移らない。何故、と思っている間にも炎が周囲を囲い込む。
「どうやらあの無茶苦茶な威力の技は出んようじゃな」
アデクがウルガモスを前に出す。ウルガモスから放たれた炎熱にキュレムが耐え凌いでいるが限界が訪れるのは必至だ。次に一撃を食らえばまずい。ヤナギは拳をぎゅっと握り締める。この程度なのか。ここから先はないのか。
「ウルガモス、炎の舞!」
ウルガモスが全身から炎の鱗粉を巻き上がらせ、キュレムへと熱気を放つ。段階的に発生した熱気はすぐさまキュレムを押し包み、そのまま潰してしまうかに見えた。だが、その瞬間、キュレムは尻尾から青い光を身体へと取り込んだ。何をするつもりなのか、ヤナギにも分からない。だが何かが放たれる予感だけはあった。ヤナギは手を薙ぎ払う。
「撃て!」
キュレムの体内が青く明滅し、四方八方へと電流が放たれる。青い電撃はそれだけで地形を変えかねないほどの威力を誇った。地面が捲れ上がり、ある部分は隆起している。地層が内側から熱膨張で膨れ上がったのだ。その現象にヤナギは瞠目する事しか出来ない。アデクも足を止めて驚愕に目を見開いている。ウルガモスがあと少しでも踏み込んでいれば電流の領域に入っていた。すぐ傍の地面が黒く焼け焦げている。
「今のは……」
「一旦、戦闘を中断しよう」
ヤナギの提案にアデクは素直に従った。今の現象を解明する必要があった。キュレムは静かに白い呼気を吐き出している。 ヤナギは手袋をはめて地面を掘り返した。すると驚くべき事に、手袋越しでも分かるほどに地面は凍て付いていた。てっきり、地面に電流が走り、焼けたのだと思い込んでいたがそうではない。これは凍結攻撃だった。それと同時に電気を放ったのだ。まず地面を凍て付かせ、それを苗床に電流を相手の体内に送り込む技、と見るのが正しいようだ。
「どうじゃ?」
「これは、凍結攻撃だ」
「じゃあ氷タイプなのか? オレには今の攻撃は青い電撃にしか見えんかったが……」
「そこに秘密があるのだろう。コールドフレアが撃てなかった。どうしてだか、俺はこう推測する。この姿では撃てない。コールドフレアは、あの白い姿の時にだけ撃てる技なんだ」
ヤナギの推測に、「じゃあ、コールドフレアは」とアデクがキュレムを仰いだ。
「この状態の時、どうなっている? ポケモンの技は覚えたり忘れたりして何度も繰り返せるようにはなっているが、そんな瞬時に覚えて忘れてを出来るようには……」
「恐らく覚えて忘れているのではなく、形態によって入れ替わっている。常時が凍える世界だと仮定して、白い姿の時が光を乱反射させて相手に爆撃を放つコールドフレア。黒い今の姿の時に撃てるのは、その代わりの技だ。相手へと瞬時に凍結範囲を広げ、体内に電気を放つ技。名を冠するのならばフリーズボルトとでも呼ぶべきか」
「フリーズボルト……」
「全方位を選べる分、コールドフレアよりもカウンターに秀でた技だと思えばいいだろうな。相手を包囲するのがコールドフレア、多数の相手を一挙に対処するのがフリーズボルトと考えるのがいいだろう」
「今の技、まさか本当に使おうとは思わんじゃろうな?」
アデクが冗談めかして笑う。だがヤナギは、「何事も試さねば」とアデクを見据えた。
「あんな無茶苦茶な技、オレのポケモンに撃たせられるかい。体内に電気を送り込むって事は炎の包囲陣もまるで役に立たんいう事じゃからな」
ヤナギは舌打ちを漏らし、「しょうがないな」と応ずる。
「木でも目標にして何度か撃つ練習をしよう。コールドフレアよりかは被害が少なくって済みそうだが、それもどうかな。錬度を上げればそれ以上の技になるかもしれん」
ヤナギの言葉に、「それとスパーリングさせられる身にもなれよ」とアデクが口にする。ヤナギは口元に笑みを浮かべ空を仰ぐ。
「暮れてきたな」
「宿に戻るか?」
「いや、俺はキュレムとの連携を固めたい。このサファリゾーンはもう野生もいないから安全だ。ここでキャンプを張る」
「言うと思ってな」
アデクは離れたところにあるキャンプ用の荷物をウルガモスに取って来させた。ヤナギは、「男二人でキャンプか」と呟く。
「嫌か?」
「好ましくはない」
その言葉にアデクは微笑んだ。