NEMESIS














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新生の章
第百四十四話「ペインキラー」

 炎が弾け、バトルフィールドを一閃する。

 一瞬にして白い残像を刻みながら掻き消えた影へと視線を走らせ、声にした。

「ハッサム、メガシンカ!」

 その声に呼応してハッサムが全身を紫色の光の殻で覆おうとする。しかし、それらが形成する前に横っ面を蹴りが弾け飛ばした。メガシンカの膜は形成途中で解除され、ハッサムがよろめく。赤く発光した蹴りを放った相手はV字型の鶏冠から炎を連鎖させ、さらなる加速に身を投じた。

「遅い」

 それを操るトレーナーが口にする。黒い着物を身に纏った女性は抜き身の刀を掲げ、刀身を返した。

「メガシンカがいかに優れていようと、進化前に攻撃されたのでは意味がないぞ。ハッサムも手早い攻撃がメインに据えられているのだから、攻撃方法にひねりを加えろ。今のまま、愚直に向かっているのでは決して勝てない。まずメガシンカをさせる暇など与えられない」

 非情な声に歯噛みする。熱を帯びた左目を押さえて肩を荒立たせた。

「どうした? もうへばったか、ナツキ」

 名を呼ばれナツキは顔を上げる。スパーリング相手に、とヤナギが用意した相手はシルフビル倒壊の際に面識のあったヤマブキジムリーダー、チアキだった。あの時、手持ちであるバシャーモを目にしたがその強さはいささかも衰えていない。ハッサムの手数による戦略を取っても相手はその上を行く。ナツキは手を薙ぎ払う。

「まだ……!」

 再び身体に力を点火させ、ナツキは左目に集中した。左目には青い虹彩の義眼がはめ込まれている。ヤナギに依頼した通り、医者は痛みもなくナツキへとキーストーン付きの義眼を移植した。だが本来ならば安静期間を一ヶ月は設けるべきなのだ。それをその日のうちに戦闘訓練とは常軌を逸していた。その命令にはヘキサの医者とはいえ辟易していた。まだ危険だと言い含める医者にヤナギは、「お前の仕事は終わった」と言い捨てた。

「後は、こいつ次第だ」

 試されている、とナツキは感じていた。ここで休養を取る事も出来る。だがそんな事をしている間にも事態は転がっていく。恐らくは悪い方向へと。ナツキはメガシンカが扱えるならば一日でも早く身につけたかった。ナタネよりメガシンカの方法はポケモンとトレーナーの同調だと聞かされたが今のところピンと来ない。

 とにかくポケモンの動きを見失わない事だ、とナタネに教えられハッサムから視線を外さないようにしているがただでさえ視界は半分なのだ。そこに過度の集中を詰めれば無理が生じてくるのは自明の理。ナツキは今までの以上のポケモンバトルを強いられる事になった。

 しかも相手はヤマブキシティジムリーダー。その強さは伊達ではなく、操るバシャーモは炎・格闘タイプ。相性上も不利な相手だ。ハッサムは出来るだけ致命的な一撃を回避しつつ、メガシンカの好機を窺うしかなかったが、当然、相手はそのような悠長な戦いをよしとしてくるはずもない。メガシンカが出来そうになるたびに加速特性のバシャーモが空間を跳び越えたとしか思えない軌道で蹴りを放ってくる。メガシンカの皮膜は瞬く間に消え去り、今までろくにメガシンカが出来た事はない。

 ハッサムは翅を震わせて飛び上がり、バシャーモの上を取る。とにかく上を取られない事だ。

 何度目かの攻防で理解出来たのはバシャーモの格闘戦闘には全方位からの攻撃を警戒するべきだが、特に上であった。上を取られれば重い一撃が待っている。ハッサムは機動性が命だ。特にテクニシャン持ちのハッサムならば「でんこうせっか」はもちろん利用するべきだし、そこから派生する攻撃で隙を作るべきだった。

「電光石火!」

 ナツキの声にハッサムが幾何学の軌道を描いてバシャーモへと肉迫する。バシャーモはしかし落ち着き払っていた。見えているのだ、とナツキは感じ取る。加速特性のバシャーモに速さで優位に立つ事は難しい。ならば、その先だ。その先の攻撃で優位を奪うしかない。ナツキは続け様に口にする。

「バレットパンチ!」

 弾丸の拳がバシャーモへと打ち込まれるがバシャーモは片手でそれをいなした。即座にハッサムがもう一方の拳を用いるが手の甲で弾かれる。バシャーモにとっては赤子の手をひねるようなものだった。ナツキが舌打ちを漏らす。ハッサムが奇襲の蹴りを放つがその蹴りは受け止められてしまった。まずい、と判じた思考がハッサムへと命令させる。

「ハッサム、とんぼ返り!」

 もう一方の足で蹴りつけて拘束を解き、回転しながら地面に降り立って即座に離脱する。「とんぼがえり」の技はメガシンカを使うに当って必要だと判断された技だ。いつでもトレーナーの下に帰ってこられる技が必要だと感じさせられ、この技を習得したがまだ物になっていない。身に馴染むには時間がかかりそうだった。ハッサムが近くに寄った事を確認してナツキは集中する。

 左目に熱が点火し、脳が焼け焦げるような錯覚を覚える。

 集中の度合いが増すと時折左目の視界が戻る時があった。だがそれはナツキから見た視界ではなくハッサムの視界であった。これが同調か、と感じた時にはいつも蹴り飛ばされている。それだけ隙が多いという事なのだろう。今も一瞬だけ左目の視界が明滅する。

 唐突な光の訪れに戸惑った一瞬、接近してきたバシャーモへの対処が遅れた。下段から突き上げられた拳がハッサムの顎を捉える。「スカイアッパー」が打ち込まれ、ナツキは逆流してくるダメージに膝を折った。同調はつまりポケモン側のダメージに引き寄せられる。トレーナーも傷を負う事を考慮に入れねばならない。ナツキが痛みに呻いていると、「その程度か」と声が飛んだ。

「バシャーモの前で、貴公は一度としてメガシンカに成功していないぞ」

 チアキの声にナツキは歯噛みする。ハッサムとの連携は並大抵のものではないと自負していた。だが、今までを顧みればどうだ。危なくなればユキナリに助けられ、何とか敗北の苦渋を最低限に抑えてきたようなもの。自分自身はユキナリにトレーナーとして遠く及ばない。このスパーリングは今まで目を背けていたそのような事実を浮き彫りにした。逃げようとしてもメガシンカを使おうとする度にそれが脳裏に浮かんだ。

「……あたしだって、手を緩めているわけじゃない」

「必死ならば、もっと全力で攻めて来い。そうでなくてはスパーリングにならないぞ」

 ナツキは歯を食いしばりハッサムへと命令する。

「電光石火!」

 速度に達したハッサムがバシャーモの右側へと回り込む。バシャーモが蹴りを薙ぎ払った。しかしハッサムは身を沈ませてその一撃を回避する。ここに来て初めて、チアキが感嘆の息を漏らした。

「ハッサム、突き上げるようにバレットパンチ!」

 ハッサムの攻撃がバシャーモへとねじ込まれようとする。だがバシャーモは跳躍して後ずさった。ハッサムは追撃をせず、その場で腕を交差させる。

「メガシンカ!」

 ハッサムの身体に紫色の皮膜が纏いつき、それらがタマゴの殻のように覆い尽した瞬間、咆哮と共に弾け飛んだ。

 現れたのは鋭角的なフォルムを持つ赤と黒を基調としたハッサムの先の姿だ。

「これが、メガハッサム……」

 初めて目にしたその威容に見とれている暇はない。既に左目にはメガハッサムの視界が同期されていた。いつでも戦闘に移れるようだ。だが、バシャーモはすぐさまメガハッサムへと接近を試みた。

「ようやくメガシンカしたか。その力、見せてもらおう!」

 バシャーモの炎を纏った踵落としが食い込もうとする。メガハッサムと同調したナツキは腕を振るうイメージを瞬時に浮かべた。メガハッサムの腕が動き、顎のような強靭なハサミでバシャーモの脚を押さえ込む。バシャーモとそれを操るチアキが表情を曇らせた。

「何……」

「バレットパンチ!」

 もう一方の腕を突き出す。開いたハサミから弾丸、というよりかは砲弾と呼んだほうが正しい物体が打ち込まれる。バシャーモは腕を払ってそれを叩き落そうとしたが、その段になってチアキがハッと気づく。

「これは、ただの砲弾じゃない。アンカーか」

 砲弾の一つ一つに目を凝らさねば見えぬ糸がついており砲弾そのものも釘のようなすり鉢状だった。バシャーモが突き刺さった砲弾を抜こうとする前にメガハッサムに指示を飛ばす。

「メガハッサム! アンカーを使ってバシャーモを薙ぎ払って!」

 メガハッサムが腕を振るう。バシャーモの身体が浮き、地表へと叩きつけられた。そのあまりの膂力にトレーナーであるナツキでさえも戸惑う。これほど攻撃力の強いポケモンではないはずだ。

「これが、メガシンカの力……」

 もたらされた力にぞっとする前にバシャーモは全身から炎を迸らせた。瞬く間にアンカーが融け、炎を鎧としてバシャーモが身に纏う。

「オーバーヒート。まさか、ここまで来るとはな」

「オーバーヒート」の鎧を身に纏ったバシャーモは腕を振るい上げて咆哮する。

「接近戦だ。二度もあれを撃たせるな」

 一瞬にしてバシャーモの姿が掻き消えた。どこへ、と首を巡らせる前にバシャーモの炎を纏いつかせた掌底が腹腔を打ち据える。メガハッサムの身体が浮いた。同時にダメージフィードバックが身体を襲う。

 激痛に身体をくの字に折り曲げたナツキの意識にメガハッサムの頭部へと命中するであろう殺気の波が感じられた。

「メガハッサム! 後退、とんぼ返り!」

 瞬時にメガハッサムが飛び退る。先ほどまでメガハッサムの頭部があった場所へと迷いのない赤い手刀が打ち込まれた。あれが命中していれば首を落とされたかもしれない。首筋をさすりつつナツキは嫌な汗が伝うのを感じた。バシャーモとチアキは本気だ。本気で自分とメガハッサムを相手取っている。

 チアキは舌打ちを漏らす。

「外したか。そのとんぼ返りとか言う技、なるほど、離脱にはもってこいだな」

 炎の鎧を纏ったバシャーモは膂力を増している。通常時よりも格闘戦に優れた形態なのだろう。常に身体を炎で焼いている代わりにその速度、攻撃力、全てが上昇していると考えて間違いはない。

「だがな、ナツキ。逃げていては、敵は墜とせんぞ」

 ナツキは覚悟を決める必要があった。バシャーモの懐に飛び込んで一撃を決める覚悟。だが、それは同時に命を捨てる覚悟でもある。どちらにせよ、メガシンカをろくに扱えていない今の状況では無謀ですらも選択肢に入る。

「まだまだ!」

 ナツキが声を張り上げてメガハッサムへと命令を飛ばそうとした刹那、ぷつんと意識の網が途切れた。全てが闇に消え、ナツキは倒れ込んだ。














「バシャーモ!」

 チアキの声にバシャーモが空間を跳び越え、ナツキを抱え込む。ナツキは倒れる寸前であった。バシャーモが駆け抜けてチアキの下へと戻ってくる。チアキはナツキの容態を診た。どうやら過度の同調によるストレスが原因らしい。失神しているようだが命には別状はなさそうだ。チアキはホッと安堵の息をつく。強気に出ているとはいえ自分のせいで死なせてしまうのは気が引けた。これはスパーリングであって実戦ではない。だが実戦と同じだけの集中力は注いでいるつもりだ。先ほどのメガハッサムの動き。やりようによってはバシャーモを潰す事も出来た。それが出来なかったのはナツキの経験不足だ。

「どう?」

 先ほどから戦闘を見守っているボブカットの少女が尋ねる。確かナタネと言ったか。

「どうも何も、ヤナギは何を考えている。こいつに一日でも早くメガシンカを使わせたいのは分かるが、私の目からしても急病人だ。立っているのがやっとという感じなのに戦わせるのは理解出来ないな」

「意外。チアキさんはそういうの感じないんだと思っていた」

 ナタネの失礼な言葉遣いにチアキはむっとする。

「感じるさ。私だって人間だ」

 ナツキは無理やりにでも強くなろうとしている。その姿勢は褒めるべきだがこれでは命を削っているのと同義ではないか。チアキの迷いの胸中を見透かしたように、「ナツキちゃんの気持ちを汲んであげて欲しいんだ」とナタネは呟いた。

「きっと、一日でも早い復帰を望んでいる」

「だがな、無理が祟れば一生トレーナーとして再起不能になる場合もある」

 最悪の想定だが考えずにはいられない。メガシンカとはそれだけの代償があるのだ。ふとメガハッサムを見やると通常のハッサムに戻っていた。

「メガシンカはトレーナーとの同調。トレーナーが失神すればポケモンは元に戻る、か」

 何度か本物の殺気を浴びせてみたがナツキはよく反応している。通常のトレーナーならば熟練の域だがそれは通常の話だ。今から行われる戦闘は通常のものではない。文字通り、命を賭した戦いなのだから。

「メガシンカとは恐ろしいな。最悪、トレーナーとポケモン、両方が使いものにならなくなる可能性がある」

「でも、もし上手くいけば、これ以上とない戦力になる」

 ナタネの言葉に、「貴公は何を使う?」と尋ねていた。いつまでも傍観を決め込むつもりか、という非難の意味もあったのだがナタネは何でもない事のようにモンスターボールを取り出す。

「草タイプ。だからチアキさんとは戦わないよ。相性悪いし」

 最初から戦わない、と言っている辺り意気地なしかと考えたが違うとすぐさま判断した。この相手は自分が誰に勝てて誰に負けるのかを知っている。だからこそ勝てる勝負しかしない。それほどまでの実力者である事は眼を見れば分かった。

「なるほどな。専門外のメガシンカを操れた道理が分かる」

 その言葉に、「買い被り過ぎだよ」とナタネは微笑んだ。チアキにはそれがただの謙遜の意味ではない事は理解出来る。メガシンカとはトレーナーとポケモンの真の理解の先にある。それを一時とはいえ余人が操れるものではない。それ相応の実力を秘めていると考えるのが筋であろう。ポケモンが心を開かなければメガシンカを果たしたとしても動かないはずだ。ナタネはそれをこじ開ける術を持っている。それだけで脅威であった。

「貴公に訊く。ナツキは、メガハッサムを使いこなせると思うか?」

 それは一度使ったのならば分かるだろうという気持ちも入っていた。ナタネは後頭部に手をやって、「どうだろうね」と返す。

「メガシンカはトレーナーに過負荷をもたらす。ナツキちゃんの基礎体力ならば問題ないと思うけれど、問題は精神力だ」

「精神力、か」

 今しがたまでメガハッサムを動かしていたのもその精神力なのだろう。身体はとうに限界のはずだ。

「正直なところ、キーストーンを身体の一部に埋め込むのって結構危険なんだよね。フィードバックがその部分を中心に波紋みたいに襲ってくるから」

 その事を知っていてナツキの左目に移植したのか。チアキが詰め寄ろうとすると、「まぁ落ち着いて」とナタネが宥めた。

「あたしだってその問題点は指摘した。でもナツキちゃんは一日でも早くメガシンカを使いこなしたいって言っていたから、その気持ちを汲んだのならば身体に埋め込むのが手っ取り早いって思ったんだ。言っておくけれど言いだしっぺはあたしじゃないよ。ナツキちゃん自ら、もう使えない左目ならば差し出すって言ったんだ」

「自ら、だと」

 それほどの覚悟を携えてまで守りたいものは何だ。やはりオーキド・ユキナリと親しい仲にあったのだろうか。だがユキナリはオノノクスに吸収され、ミュウツーとフジによって捕らえられてしまった。取り返す術は絶望的にない。

「今のハッサムのままじゃ、どちらにせよ戦闘不能だ。だったら、って話でメガシンカを所望したんだろうけれど、あたしからしてみても無茶だよ。メガハッサム、いや、ハッサムだけじゃない。メガシンカには代償が高くつく。どんな人間でも上手く扱う事なんて出来ないだろう」

「それが分かっていないがら……」

 何故、という思いにナタネは、「心配しているんだよ」と答えた。

「ユキナリ君の事、半分は自分のせいだと思い込んでいる。あの時、何も出来なかった自分を悔いているんだ。もう後悔したくないって気持ちはそっちのボスと同じだと思うけれど?」

 ヤナギの事を言っているのか。チアキは、「ヤナギも分からず屋だが」と口を開く。

「貴公らも充分に分からず屋だな。不可能な事に命を賭ける」

「……いけない、でしょうか」

 不意に開いた口にチアキが目を見開く。バシャーモに抱えられたナツキは手を振り払い立ち上がった。

「希望を託すのは、いけないでしょうか? あたしは、弱いから。今まで守られてばかりでしたけれど、今度は守りたい。もう、失いたくないんです」

 ユキナリもキクコも、という意味だろう。チアキは、「だが無謀と勇気は違うぞ」と返す。

「メガシンカ、今まで見たところ、素質はある。だが、それを操るのは素質を超えた実力の部分だ。私を超える実力者にならねばメガシンカを自在に操り戦場を駆るなど不可能だろう」

「それを、可能にしてみせます」

 ナツキの眼に迷いはない。チアキは笑みを浮かべ、「どいつもこいつも」と呟いた。

「大馬鹿者達だな。自分の命を度外視した戦い方は他人の気持ちを踏み躙るぞ」

「それを、何よりも理解しています。今まで、先を歩いて無茶してきた奴がいましたから」

 ユキナリの事か。チアキが感じていると、「チアキさん」とナツキは左目を撫でた。紫色の光が点火し、棚引く。まるで心の灯火のように左目が輝いた。

「お願いします」

 どうやら言っても聞かぬ馬鹿ばかりのようだ。ナタネに視線をやって、「とことんまで付き合ってくださいよ」と声が投げられる。危なくなれば割って入るのだろうな、と確認の目線を交わす前にハッサムが空間を跳躍してバシャーモへと襲いかかった。バシャーモの反応が遅れ蹴りを横っ面に食らう。

「今ので、一撃入った……」

 ナツキの眼は既に戦闘の気配を帯びている。チアキはこの場で物を言うのは戦いに勝ったものだけだと気持ちを新たにした。

「行くぞ!」

 チアキの声音に呼応してバシャーモが跳ね上がる。炎の脚を振り払い、鋼鉄の拳と語り合った。


オンドゥル大使 ( 2015/08/07(金) 22:20 )