第七章 六節「ポケモン亜空間U」
「イシス?」
ノアは今しがた蹴った足場に唐突に現れたイシスを見やる。〈セプタ〉を繰り出しており、攻撃した気配が分かったが彼女は戸惑っているようだった。
「ここは……」
「ここは敵の能力の中みたい。あの黒い地球儀は、こんな世界に繋がっていた」
「アルケーとやらの能力の正体か」
「アルケー?」
ノアが問いかけるとイシスは足場に手を触れた。
「これはイシツブテか。だが、まるで風船みたいだ。体温も、生物として感じられるものが何一つない」
「さっきからこの調子なのよ。足場は蹴って移動したほうがいいわ。上を」
ノアが促すとイシスは振り仰いだ。足場に利用していたポケモンの像が弾けて爆発するのを視界に入れたイシスは、「何だ……」と呻いた。
「この空間のルールみたいね。空を突き破る事は出来ない」
「だったら!」
イシスが〈セプタ〉に指示を飛ばす。〈セプタ〉が「シェルブレード」を展開してピンク色の空間を引き裂いたが何も現れなかった。
「どうなっているんだ! この場所は。閉じ込められたってのか?」
「どうやらそうらしい。この空間はポケモンの技じゃ突破出来ない」
ノアの声に、「だが、こんな狭い空間で」とイシスは周囲を見渡す。
「もし、このポケモン達が動いたら」
「それはないと思うわ」
ノアは先ほどから上昇を繰り返す足場を見やり、「さっきから何度も、同じループを繰り返している」と続けた。
「最初の一撃であたしを殺すならば出来た。そうしないのは、この空間にいるポケモンは動けないんじゃないかって推測」
「魂が、ない……」
ハッとしてイシスが呟いた。その言葉に、「何か、心当たりがあるの?」とノアは尋ねていた。
「いや。確証はないんだが……。もし、この空間にいるポケモンがアルケーとやらの能力で肉体だけ取り出された存在だとしたら、技が使えないのも頷ける」
「でも、あのヤドン」
ノアは下を見やった。ヤドンは尻尾をゆらゆらと動かしている。
「動いているわ。魂がない、ただの人形だって言うんならあの動きは」
「生理現象だろう。ヤドンはきっとそういう風にデザインされているんだ」
「デザイン……。誰に?」
その疑問が突き立った。この空間を創った何者かがいるはずなのだ。それは先ほどヨハネと一緒にいた少年なのかもしれない。イシスはイシツブテの足場を蹴って、ノアと同じく亀のポケモンの頭に乗った。
「これはゼニガメだ。並んでいる順番は全く見当がつかないが、どれも目新しいポケモンってわけじゃない」
イシスが足場に手をつきながら説明する。どうやら体温も、生物らしい血潮も感じられないのも不思議のようだ。
「その目新しいわけじゃないポケモン達が、どうしてこの空間では浮かんでは消えていくのか」
ノアの疑問にイシスは、「何順した?」と訊いた。
「もう八周目くらいかしら」
「並びは?」
「どれも同じよ。ゼニガメで始まって、イシツブテで終わる」
イシスは顎に手を添えて考え込む。この現象を解き明かす手がかりでもあるのだろうか。ノアは、「攻撃は通用しない」と言い加えた。
「足場になっているポケモンには一切の攻撃が通用しない。ここから外に連絡を飛ばす手段も思い浮かばない」
「ポケモンの技が無効になるのなら、手持ちだけ飛ばして状況を報告ってわけにもいかなさそうだからな。それに、わたし達に言える事といえばここに近づくな、くらいか」
イシスと話しているとゼニガメが空に近づいてきた。
「足場を」とノアが口にすると二人はイワークへと飛び移った。
「何なんだ、ここは。頭のおかしい空間としか思えないぞ」
「それに関しては同感だけれど、どうやってこの空間から出るか。恐らくは能力者が支配しているはず」
「そいつを叩くしかなさそうだな」
「でも、どうやって? ポケモンの技は全て無効化される」
ノアの言葉にイシスは、「だったら、この方法はどうだ?」と耳打ちした。その内容にノアは驚愕に目を見開いたが、「うまくいくとは……」と濁す。
「ああ。ちょっとした賭けさ。だが、この賭けは有効だ。もし、能力者からしてわたし達がスタミナ切れするのを待てないのならば、な」
その言葉に暫時沈黙が降り立ったが、やがてノアは頷いた。