ポケットモンスターHEXA NOAH - 方舟の導き手
第五章 十四節「妖精の檻」

〈キキ〉が羽ばたいている。壁へと「ドリルくちばし」を一閃させた。

 しかし、何も捉えず〈キキ〉は二段ベッドの鉄骨へと留まる。ノアは目を開いた。自分は二段ベッドの下に寝転んでいる。

 ハッとして起き上がる。ノアが周囲を見渡すと小説家の顔があった。

「どうしたの? ノア」

 小説家を見やり、次いで二段ベッドから飛び出して外に出る。周囲には囚人達が歩き回っていた。

「今は……」

「ちょうどお昼休みよ。ノア。結構眠っていたわ」

 ノアは意味が分からずに小説家に振り返る。どうして自分がここにいるのか。最後の記憶を手繰ろうとして、ノアは頭痛を覚えた。

「痛っ。何、これ」

 まるで記憶が阻害されているかのようだ。ノアは周囲の物事の把握に努める。食堂や広間で囚人達がたむろしていた。それを警戒するように警棒を持った看守が見回りをしている。

「どうして……。だって、あたしは」

 独房にいたはずだ。その記憶が最後のものだった。しかし、小説家は言い放つ。

「何を言っているの? もしかして明日で離れ離れになるから不安なのかしら」

「……明日?」

 小説家の言っている事が分からない。ノアが聞き返したのを怪訝そうに、「そう。明日」とカレンダーをしゃくった。

「明日で一週間。二人でいられるのもそれまでだと思うと寂しいわ、ノア」

 そんなはずはない、とノアは感じた。既に一週間は終え、自分は独房に移された。その記憶がある。その後、カスミと戦い、リョウとルイと出会った。ヨハネの目的を知り、それを確かめるために脱獄を決意したはずだ。

 だというのに、日付はノアが独房に移される一日前だという。記憶の齟齬にノアが声を発した。

「小説家。あたしはあんたと戦った。そうよね?」

 小説家が首を傾げる。

「そうだけど、もう前の話よ。〈インクブス〉は」

 視線が振り向けられるとスリープが手を波打たせていた。ノアは額を押さえて記憶を搾り出す。

「きちんと戻ってきたし」

「戻ってきた? 〈インクブス〉はどこかに行っていたの?」

 矛盾にノアが声を差し挟むと小説家自身もそれに気づいたのか、「あれ?」と疑問を浮かべた。

「確か、〈インクブス〉が奪われて、それで……。あれ? 違うわ。奪われてない。〈インクブス〉はあなたと戦って、負けて、それであなたの子分になる事にしたのよ」

「それは……」

 確かに正しい記憶だろう。しかし、抜け落ちている。何かが決定的に。ノアは確認の声を出した。

「あんた、イシス・イシュタルって奴を知ってる?」

「ああ、突然ノアの事を聞いてきた人ね」

 イシスの記憶はある。ならば、と問いを重ねる。

「ロキは? モノマネ娘、イミテの子供」

「ああ、大変な目に遭ったわよね。まさかあの人の刺客だったなんて」

 そこまでの記憶はある。ならば、とノアはそれ以上を聞き出そうとした。

「あたしが独房に入って、カスミと戦い、ヨハネが現れたのは?」

 小説家はその言葉に小首を傾げる。

「ヨハネ……、って誰?」

 記憶がない。ノアは、「あの人の事よ」と応じた。しかし小説家はピンと来ていないようだ。

「あの人の名前は、ヨハネって言うの?」

 小説家は顔を押さえて思案する。ノアは愕然とした。小説家の記憶が抜け落ちている。恐らくはその言葉通り、自分が独房に入ってからの記憶が。

 ノアはカレンダーをもう一度見やる。独房に入れられる前日だ。

「行かなくっちゃ」

 ノアが立ち上がると、小説家が、「どこへ?」と尋ねる。

「あたしは脱獄するのよ。このふたご島刑務所から。そうしなくっちゃいけない」

 そう宣言した途端、ジャラリと鉄の擦れる音が響き渡り、記憶が飛んだ。



















〈キキ〉が羽ばたいている。壁へと「ドリルくちばし」を一閃させた。

 しかし、何も捉えず〈キキ〉は二段ベッドの鉄骨へと留まる。ノアは目を開いた。自分は二段ベッドの下に寝転んでいる。

 ハッとして起き上がる。ノアが周囲を見渡すと小説家の顔があった。

「どうしたの? ノア」

 小説家を見やり、次いで二段ベッドから飛び出して外に出る。周囲には囚人達が歩き回っていた。

「今は……」

「ちょうどお昼休みよ。ノア。結構眠っていたわ」

 ノアは意味が分からずに小説家に振り返る。どうして自分がここにいるのか。最後の記憶を手繰ろうとして、ノアは頭痛を覚えた。

「痛っ。何、これ」

 その段階になって既視感を覚える。以前にも似たような事をしなかったか。自分はそもそも何故、〈キキ〉に「ドリルくちばし」を命じたのか。

「あたしは……」

「随分とぼんやりしているわね」

 小説家の言葉にノアは記憶が溢れ出てくるのを感じた。

「そうだ。あたしは独房に入れられて、脱獄を宣言したはず」

 つい先ほど、小説家と記憶の齟齬について話し合った気がするがノアはカレンダーを見て目を見開く。

「独房に入れられる前日……」

 日にちが進んでいないのだ。小説家へと詰め寄って、「今日は?」と急いた声を出した。突然の事に小説家が面食らう。

「え? 何が?」

「今日は何の日って言っているのよ」

「何の日って……。ああ、明日離れ離れになるから不安なのね。分かるわ、ノア」

 ノアは確信した。時間が繰り返している。それも自分だけ記憶を引き継いで。ノアは纏めるべき事を頭の中に思い描いた。

 前日という事は何が足りないのか。いくつか確認しなければならない事項があった。

「ねぇ、イシスは知ってる?」

「ああ、知っているわ」

「ロキは?」

「ええ、あの人の手先だったなんてね」

「じゃあ、リョウとルイは?」

 そこで小説家は怪訝そうに眉をひそめた。

「誰? それ」

 やはり自分だけが記憶を引き継げるのだ。この状態に陥った原因は一つしか思い浮かばなかった。

「行かないと」

 ノアは鉄柵へと歩み寄る。小説家の、「どこへ?」と疑問が返って来た。

「ここから脱獄するのよ。そうでないと――」

 そこから先の言葉は擦れ合う金属音に掻き消された。



















〈キキ〉が羽ばたいている。壁へと「ドリルくちばし」を一閃させた。

 しかし、何も捉えず〈キキ〉は二段ベッドの鉄骨へと留まる。ノアは目を開いた。自分は二段ベッドの下に寝転んでいる。

 ハッとして起き上がる。ノアが周囲を見渡すと小説家の顔があった。

「どうしたの? ノア」

 小説家を見やり、次いで二段ベッドから飛び出して外に出る。周囲には囚人達が歩き回っていた。

「今は……」

「ちょうどお昼休みよ。ノア。結構眠っていたわ」

 ノアは意味が分からずに小説家に振り返る。どうして自分がここにいるのか。最後の記憶を手繰ろうとして、ノアは頭痛を覚えた。

「痛っ。何――」

 そこで思い出す。またも記憶が引き継がれている。引き継がれたまま、独房に入れられる前日に飛んだ。ノアは嫌な汗がどっと噴き出すのを感じる。このままでは自分は永遠に置き去りにした昨日に取り残される。

 必要な事は何だ?

 ノアは問いかける。小説家からペンを奪い取り、自分が何周したのかを思い返す。

「もう三回は繰り返してる……」

 数字を手の甲に書き留め、ノアはこの現象の原因を考えた。どう思案してもロールとかいう囚人とその手持ちの仕業としか考えられない。

「ねぇ、クレッフィっていうポケモンの事、知ってる?」

「ああ、フェアリー・鋼タイプのポケモンね」

 フェアリーという属性は初耳だった。ノアは聞き返す。

「フェアリーって?」

「つい最近、発見されたポケモンの新たな属性よ。その発見の成果によって今までのタイプ相性が突き崩された事で有名」

 ノアは訊いていた。

「そのクレッフィってポケモンのフェアリーロックって技の効果は?」

 小説家は、「詳しくは私にも分からないけど」と前置きする。

「確か対象を逃げられなくする効果じゃなかったかしら」

 逃げられなくする。その言葉にノアは今までの事を顧みた。

 脱獄。その言葉を放った途端、意識が飛ばされる。「フェアリーロック」は対象を逃がさない技。自分が「逃亡する事」がその発動条件なのだ。

 しかし、だからと言ってどうすればいい? 脱獄しなければならないのだ。だと言うのに、この効果はその意識とは正反対のものである。

「……ねぇ、ロールって囚人を知ってる?」

 クレッフィを操るトレーナーを倒さなければ、この呪縛は解けないだろう。ノアの言葉に、「ああ、知ってる」と小説家は応じて監房の外を顎でしゃくる。

「今、そこを通った」

 ノアは監房を抜け出た。鉄柵にもたれかかってノアを観察しているロールの姿があった。

「……よくも」

「ノア・キシベ。お前の目的は?」

 問われてノアは答えた。

「脱獄よ。それ以外は――」




















〈キキ〉が羽ばたいている。壁へと「ドリルくちばし」を一閃させた。

 しかし、何も捉えず〈キキ〉は二段ベッドの鉄骨へと留まる。ノアは目を開いた。自分は二段ベッドの下に寝転んでいる。

 ハッとして起き上がる。ノアが周囲を見渡すと小説家の顔があった。

「どうしたの? ノア」

 小説家を見やり、次いで二段ベッドから飛び出して外に出る。周囲には囚人達が歩き回っていた。

「今は……」

「ちょうどお昼休みよ。ノア。結構眠っていたわ」

 ノアは意味が分からずに小説家に振り返る。どうして自分がここにいるのか。最後の記憶を手繰ろうとして、ノアは頭痛を覚えた。

「痛っ」

 その瞬間、全てが思い出されノアは壁に拳を打ちつけた。手の甲に数字を書き付ける。どう足掻いても「脱獄」、または「逃げ出す事」を口に出してはならない。ノアは腕にメモをした。

 しかし、その時になって既に同じようなメモが腕に書き込まれている事に気づく。ノアは四回目の前日であるという認識を改めた。今は、もう数える事も出来ないほど繰り返しているのだ。

「ねぇ、あんた。あたしの〈キキ〉で、フェアリータイプのクレッフィに勝つ方法はある?」

 突然問われて小説家は戸惑ったが、「ちょっと難しいわね」という答えが返って来た。

「フェアリー・鋼であるクレッフィに悪・飛行の〈キキ〉じゃ分が悪い。いくら悪戯心の特性があっても、効果的なダメージを与えられるとは思えないわ」

「そう……」

 ノアは二つだけ考えを纏める。「逃げ出す事」はあってはならない。この状況で勝つ方法は「立ち向かう事」だ。脱獄よりも先にクレッフィを倒す方法を考えつかねば。

 この状況を打開する策を頭に思い描く。

「番人なら」

 もしかしたら自分が受けている攻撃を回避する術を持っているかもしれない。ホズミとカフカへと、もう一度だけ会う必要があった。



オンドゥル大使 ( 2014/10/08(水) 21:48 )