ポケットモンスターHEXA NOAH











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方舟の導き手
第五章 十三節「スプリガン」

 独房へと戻されたノアはしばらく黙りこくっていた。

 暗がりの中、ただ一つの事を考える。

 ――自分は造り物だった。

 リョウの話を統合するのならば人造人間。キシベの、本当の娘ではない。その事実はノアを安心させるばかりか不安に駆られた。

「なら、ママは……?」

 母親は何なのだろうか。ノアがナンバーアヘッドだと知っていて育てたのか。そもそもキシベとの関係性は何だ。もう妾腹の子供であるという嘘は通用しなかった。

 キシベは意味のない事はしない。ならば母親を選んだ意味も、自分という存在を造った意味もあるはずだ。

 ふと、独房の前に影が立った。ノアが顔を上げると看守だった。だがその正体は分かっている。

「ロキ」

「お姉ちゃん。これからどうするの? あの人、ヨハネはもうここを捨てたみたい。だったら、ロキ達はこれまで通りに過ごせるんだよね?」

 これまで通り。それは刑務所で一日が始まり、一日を終える。刺客に怯える事はもうない。ヨハネの影は過ぎ去った。ならば、ただ刑期を待つだけでいいのだ。それこそ平穏に。

 ――否、とノアは感じる。

「違うわ」

 立ち上がってロキを見据えた。ロキはその気迫にたじろいだようだった。

「あたしは、ヨハネを追う」

 その言葉にロキは、「でもお姉ちゃん」と声を発する。

「そんな事出来ない。ヨハネは、もういない」

「いいえ。あたしがやらなくっちゃならない。そのために、ロキ、ここを脱獄するわ」

 放たれた言葉の意外さにロキは目を慄かせた。

「無理だよ、出来っこない」

「やらなければならない。ロキ、あたしは自分のルーツを知らなければならない。どうしてママはあたしを育てたのか。ランスはあたしの能力を知っていて、新生ロケット団を立ち上げようとした。ママが何も知らないはずがない。あたしはママに会わねばならない。会って向き合う必要があるのよ」

 ノアズアークプログラムに関しても母親が鍵を握っているはずだ。ノアの胸には一つの決意が火を灯して宿っていた。

「このふたご島刑務所を、あたしは脱獄する」

 ロキは頭を振った。今にも泣き出しそうな顔だ。

「……無理だよ、お姉ちゃん。考えても見て。ふたご島刑務所にはたくさんのトレーナーがいる。ロキだって看守になれる能力を使えば脱獄なんて簡単に出来る。ヨハネに従う必要もなかった」

 その言葉にノアは思い至った。何故なのか。ロキの能力や手強いトレーナーならば看守を黙らせるくらいわけがないはずだ。

「この刑務所にはロキ達もまだ知らない謎がある。その謎が一見不可能そうなこの均衡を保っている」

 謎。この刑務所に長いはずのロキでさえも分からないものが横たわっているというのか。しかし、自分の決意を曲げるつもりはなかった。

「ロキ、あたしは行くわ。あたしが招いたものであるのならば、あたしが決着をつけねばならない。あたしの名前はノア・キシベ! 呪縛を解き放つのは自分自身でなければならない!」

 ロキは、「協力出来ない」と言った。ならば自分一人でもやってみせよう。

 この刑務所を脱獄するのだ。

「〈キキ〉!」

 モンスターボールの緊急射出ボタンを押し込み、〈キキ〉を繰り出す。〈キキ〉にはノアの考えている事が分かっているようだった。

「鉄格子くらい、〈キキ〉ならばなんて事はない。ドリルくち――」

 その時、カツンと冷たい足音が耳朶を打った。看守に化けたロキが踵を合わせて敬礼する。その視線の先をノアも見やった。

 オレンジ色の囚人用ジャケットに袖を通した女性だった。背が高く、長い金髪をしている。黒色のカチューシャを留めており、銀に近い瞳がノアを射る。

「囚人番号666、ノア・キシベ、だな」

 冷たい声と同期して、ジャラリという音が聞こえた。女性の傍に鍵束が浮いていた。しかし、その鍵束には顔があった。黒い無機質な顔が内側に引っ付いており、まるでハートマークのようだ。

「最初から顔もポケモンも出してくるとは。いい度胸じゃないか」

 ノアの言葉に女性は歩み寄って声を発した。

「あの人から伝言をことづかっている。『脱獄など考えるな。死よりも恐ろしいものが待っている』とな」

 あの人、と呼んだところを見るとどうやら刺客らしい。ノアは息を詰めた。

「あんた、名前は?」

「ロール。手持ちポケモンはクレッフィの〈スプリガン〉。お前への警告のために見せている。脱獄の予定があるのなら、やめたほうがいい」

 警告のため、と言っているがクレッフィと呼ばれた相手のポケモンは弱そうだ。鍵束の姿は脆弱さを想起させる。

「予定なんて、そんなものはない」

 ノアは息を吐き出した。直後、呼吸を止めて鋭く声を発する。

「――今する!」

〈キキ〉が螺旋を描きながらロールと名乗った女性へと攻撃を見舞う。その一撃が食い込んだ、かに見えた。

 しかし、それはクレッフィに遮られていた。

「もう一度、警告する。『死よりも恐ろしいものが待っている』」

「その程度でっ。食らえ――!」

 クレッフィへと〈キキ〉が攻撃の手を向けようとしたその瞬間、声が響き渡った。

「フェアリーロック」

 その声と共に景色が歪んで闇の雫となった。



オンドゥル大使 ( 2014/10/03(金) 22:15 )