第五章 八節「戦術」
「ヤミカラスを、お前は進化させるのか?」
イシスの問いかけは唐突で、ノアには理解出来なかった。むっとしてイシスが繰り返す。
「どうなんだ?」
「しないわよ。って言うか、させられない」
ノアは進化に必要な要素である闇の石をあの人のポケモンに奪われた事を話した。すると、イシスが神妙な顔つきで顎をさする。
「なるほど。あの人はやはり、お前の無力化を期待しているのか」
「ねぇ、ヤミカラスって進化したらどうなるの? あたし、全然知らないんだけれど」
「ドンカラスってポケモンになるのよ」
答えたのは小説家だった。そういえば小説家はポケモンの知識が豊富だったか。
「そのドンカラスってのは、強いの?」
「なかなかじゃない? ねぇ?」
小説家がイシスと視線を交わし合う。イシスは首肯した。
「だな。攻撃力が上がって使いやすいポケモンになる事は明らかだ。少しばかり素早さが下がるが気にするほどでもないだろう。どうだ? この際、進化させてしまうか?」
その言葉にノアは気圧されたように渋い顔をした。
「どうやって?」
「〈セプタ〉を持って闇の石を持っている奴と接触すればいい。簡単な話さ」
手馴れたものだ、とノアは感じると同時に自分の中で問いかけた。進化させたいか、どうか。
「ノア。確実に強くなるわ。これから先、渡り歩いていくためには必要かも」
小説家の助言もあったが、ノアはどうしても決める事が出来なかった。
「ちょっと認識を操って」
ノアが小説家に提言する。彼女は小首を傾げた。
「何をするの?」
「〈キキ〉自身に聞く」
緊急射出ボタンを押し込んで〈キキ〉を繰り出した。ノアは尋ねる。
「進化したい?」
「無駄だ。ポケモンと人間が話せるもんか」
イシスの声に、「でも、嫌かどうかぐらいは伝えられるはずよ」とノアは応じる。〈キキ〉は二段ベッドの鉄骨を掴んで、ふるふると首を振った。どうやら今ので結果が見えたようだ。
「嫌だってさ」
「信用なるか」とイシスは鼻を鳴らした。
「ノア。進化すれば戦いが有利に運べる事は疑いようのない。何故、躊躇う?」
「それは……」
言葉を詰まらせる。〈キキ〉へと視線をやってその意思を探ろうとした。〈キキ〉は進化したがっていない。自分もさせようとは思っていない。どうしてだかそれだけは分かった。
「でも、進化させないとなると、これまで以上に過酷な戦いを強いられる事になるわ」
小説家の弁に、「分かってる」とノアは返すが、妙案が思いつくわけでもなかった。ノアの強情さにイシスが息をつく。
「分かった。ただし、進化させないのならば、それなりの戦い方を身につけてもらう」
イシスが〈セプタ〉を繰り出した。すると、〈セプタ〉が六本の腕で様々な道具を取り出す。その中には貴金属や見慣れない道具があった。イシスは箱型の道具へと視線を落とす。箱型の機械には上部にディスクと思しき物体が埋め込まれていた。掌大のサイズでノアへと見せ付ける。
「これを使って〈キキ〉をより実戦的なポケモンにしなければならない」
「何なの……」
ノアが不安そうな目を向けているとイシスは、「技マシンだ」と告げた。
「技マシン……」
「使用する事でポケモンにレベルとタマゴ技以外で技を覚えさせられる。任意で、何回でも使える」
イシスの言葉にロキが、「タブンネもそれをつかったの」と答えた。
「ほんとうなら十万ボルトはおぼえない」
「じゃあ、それを使えば〈キキ〉も十万ボルトや他の技を覚えられるって事?」
「覚えられる技にはもちろん、制約がある。ただ、わたしはお前よりかトレーナー歴が長い。ヤミカラスの戦術に関しては少しばかり考えがある」
イシスの言葉にノアは従うかどうか決めかねていたが、これ以上の戦いに身をやつすのならば必要な事だろう。何よりイシスは自分の身を案じている。今のままの〈キキ〉とノアでは自身のみを守る事さえ儘ならないと判断しているのだ。ノアは首肯した。
「いいわ。その戦術を教えて」