第五章 四節「王」
手は打った、あとは、とヨハネは面会室を出て考えを巡らせる。
「そういえば政府高官が来るのだったか」
不測の事態というものは起きる。もし、政府高官にノア・キシベ無力化を邪魔されれば堪ったものではない。自分の手駒にするのは不可能にせよ、いざという時に制する事が出来なければ。ヨハネは看守を呼び止めた。
「何でしょうか、警部殿」
「1300より刑務所を視察予定の政府高官はもう来ているのですか?」
看守は、「実は昨日から宿泊なされていまして」と声を潜める。別に憚る必要はないだろうとヨハネは感じたが口にしなかった。
「では、もう?」
「ええ、お待ちです」
ヨハネはポケギアに視線を落とす。約束の時間まで随分と間があるが、顔合わせをしておくのも悪くない。
「会っておきましょう」
ヨハネの言葉に看守は、「助かります」と答えた。その返事には奇妙なものを感じた。
「助かる、とは?」
「とても張り詰めておられるんです。我々でも分かりますよ。あれは殺気です」
殺気、という言葉に政府高官とはもしかするとポケモントレーナーなのかとヨハネは考える。
「政府高官というのは、議員や役人ではないのですか?」
看守は、「最初はその予定だったんですが……」と言葉を濁した。
「あのような高位の方が来るはずではなかったのですが、どうしても、との事で。それに彼ら自身、刑務所の視察を望まれていたらしく」
「彼ら。二人以上なのですか?」
「お二人ですよ。まさかご存知ないというわけではないでしょう」
看守の言葉にヨハネは相当な有名人が現れたのか、と感じた。ミーハーぶった響きはないが、このカントーで知らぬ者はいないとでも言いたげだ。
「会わねば分かりませんな」
「そうですね。では、別室でお待たせしていますので、そちらにご案内します」
ヨハネはふたご島刑務所の中でも所長の地位に近いものが取っている部屋に訪れた。刑務所、という名前とはかけ離れたホテルのスイートルームを思わせる外観で白亜の壁が清潔感を放っている。
「こちらです」
看守がノックした。「どうぞ」と声が返ってくる。男の声だ。
扉が開けられるとヨハネはその人物を真正面に捉えた。その段になって政府高官が意味する事実を理解した。眼を慄かせる。
佇んでいたのは赤いジャケットを羽織った青年と白いワンピースの少女だった。青年は猛禽のような眼でヨハネを射抜いた。ヨハネは動けなくなるのを感じる。少女のほうへと視線を流すと、その瞳が赤い事に気づいた。薄紫色の髪を短く切り揃えている。
看守が紹介した。
「こちら、国際警察のヨハネ警部殿です。視察の案内は彼が」
ヨハネは形だけの会釈をした。心臓が早鐘を打っている。今にも口から飛び出しそうだった。赤いジャケットの青年は片腕を払った。ジャケットの右腕は肩から先がなかった。噂通り、隻腕の王の名前が呼び起こされた。
「よろしくお願いします。カントー地方チャンピオン、リョウ様」
名前を呼ばれたリョウは、「ああ」と鍔つき帽を上げて声を漏らした。