断章「世界平和のために」
セキチクシティに辿り着いてまず行ったのは対象についての調査だ。
伴っているルイが不審に見えたのだろう。リョウは調査を行う時に現地の警察官から職務質問を受けた。リョウはポケモン図鑑を取り出し、その中に記載されているヒグチ博士の言葉を呼び出した。それを見た警察官は慄いた様子だった。
「……申し訳ありません」
「いや、いい。隻腕の男がこんな眼でうろついていたら、俺だって職務質問をかける」
リョウは赤いジャケットの懐にポケモン図鑑を仕舞って、ルイへと声をかけた。ルイは海の向こう側を眺めていた。
「この先は20番水道だ」
リョウの言葉にルイは赤い眼を細める。覚えず、その手を握り締めた。それに気づいたルイが顔を上げる。
「リョウ。ボクは……」
「無理しないでいい。俺達は分け合うって決めたろ。痛みも苦しみも……」
全ては仕組まれていた。ルイの存在と呪縛は今の続いているのだ。他ならぬキシベによって。
胸のうちから憎悪のマグマが沸騰してきそうだった。しかし、リョウはぐっとそれを堪えた。この十年で自分の中の感情を抑える事は容易になった。それがいい兆候か悪い兆候かは、自分でも判断出来なかった。
「ふたご島刑務所で、あれは……」
「うん。覚醒している。確実に、少しずつだけど、兆候はある。ボクがこの距離でも感じられるほどに」
それは相手の力の増大を示していたが、リョウはあえて触れなかった。自分達の力が及ぶうちに、何とかしなくてはならない。それが全てを終わらせる使命を負った人間の務めだ。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが……」
先ほどの警察官が口を挟んできた。ルイに関してだろうか、と思っているとリョウの称号に気づいて随分と弱腰に尋ねる。
「カントー地方、現チャンピオンであらせられるお方が、何故、このような事を」
自分の称号にリョウは舌打ちを漏らした。警察官が、「ひぃっ……」と弱々しく悲鳴を漏らす。
「つい最近ついた唾だ。全く、行動の制限がないのはチャンピオンくらいかと思ったら、こういうところで面倒になる」
全ては取るに足らない小さな目的のためだったが、最早そのような些事にかまけている事態ではなくなった。リョウは声を振り向ける。
「警察さん。俺は一つだけ、やらなきゃいけない事がある。そのために、全てを投げ打つ覚悟くらいは持ってるつもりだ」
「ですが、チャンピオンが政治の席を離れて動くとなると、その、カントーの民は……」
思うところがあるのだろう。リョウは、「知るか、そんなもん」と吐き捨てた。
「カントーの民なんてもんじゃない。俺は、――世界を救うために旅をしているんだからな。ナンバーアヘッドは絶対に止めなきゃならない」
リョウの覚悟を宿した双眸に警察官は声も出せない様子だった。
「そのためなら、俺の身体を何度引き裂いたって構わねぇ」
リョウの言葉にルイはちらりと視線を振り向けたが、その覚悟を止めるだけの言葉はなかった。
海は少ししけが発生していた。いずれ嵐が訪れる前触れに思えた。
「あれが、私を裏切った場合、どうするのかって? 野暮な事を聞くな、君は」
ヨハネは椅子に座って談笑をしていた。自室はとても静かだ。落ち着く空間だった。
「まぁ、裏切り者の名を冠しているからな。それは私にとっても働くだろう。だがね、全ては君のためなんだ。君が望んだ永遠。そう。――世界平和のために」