ポケットモンスターHEXA NOAH











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影の番人
第二章 十一節「本質」

 カフカは十三番通路の岩壁に背中を預けて立っていた。

 腕を組み、不遜そうな仏頂面を浮かべている。それに対して、岩壁の奥に座するのは菩薩のような微笑みを浮かべるホズミだった。ホズミはただ座してその時を待っているようだった。カフカはしかし、耐え切れずに声を出した。

「あれは、うまく行っているでしょうか?」

 カフカの声にホズミは伏せていた瞳を上げて、長い睫の下にあるエメラルドグリーンの瞳を向けた。その視線が吸い込まれるように美しいのをカフカは知っている。だから、覚えず緊張してしまう。自分の中で何かが凝り固まったように、一言声を発することですら困難だ。

『ノアさんの事?』

 ホズミの電子音声は癒しである。女神の奏でる神話世界の楽器の調べだ。

「はい。あれがここに収監された意味、ホズミ様ならばご存知かと」

 カフカも知るところではある。だが、どだい信じろというのが無理な話だった。つまるところの陰謀であったのだ。ノアが思想犯として今さらに捕まったのも。その行方が知れた事、会社がノアの身柄を売った事、全てが仕組まれていた事だった。

『知っているわ。でも、彼女は一人で乗り越えなければならない。そのための力を、私達は与えたまで』

 ホズミの言う通りだ。困難を越える力は自ら編み出さなくてはならない。ノアはあのままでは赤子同然だった。しかも性質が悪いのは才覚を持った赤子だという事だ。

 ノアの眼を思い返し、カフカはぞっとする。あの眼は――。

『今もまた、動いているようね』

 ホズミにはこの刑務所で何が起こっているか手に取るように分かるのだ。それが、彼女が声と引き換えに得たものでもある。ふたご島が刑務所となる前から、ずっとここにいたトレーナー。

「ふたご島」という自然現象と同調している少女。ホズミがふたご島を選んだのではない。ふたご島がホズミを選んだのだ。ジムリーダーであったカツラの部下、ジムトレーナーであったホズミには何ら特別な事はない少女だったが、この場所が力を与えた。

 場所には霊的な力が宿る事がある。それが伝説のポケモンを内包するような価値のある場所ならばなおの事。

 このふたご島にはかつて氷結を統べる三鳥の一角、フリーザーが最深部に座していた。このカントーを制したポケモントレーナーが捕まえたと伝え聞くが、そのトレーナーはシロガネ山に篭る時にほとんどのポケモンを逃がしたという。もしかしたら野生に帰ったフリーザーがこの場所に偶然いたホズミを後継者に選んだのかもしれない。超越者の考えなど気紛れでカフカには――、いや、ホズミでさえも理解出来ないであろう。カフカが考えを持て余していると、『来たわ』とホズミが告げる。ここにか、と考えたがそれはあり得ないと感じる。十三番通路はレベル100のメタモンである〈ザムザ〉が許さなければ通行する事は出来ない。破砕も不可能な堅牢さを誇る壁である。来たするのならば、ここではなく、ノアの下にだろう。

「あれには、それほどの価値があるのですか」

 カフカの言葉は時に失礼と映るかもしれない。だが、問わずにはいられない。ホズミは、『まだ、発展途上よ』と返した。

『これからどのように育つかが変わる。あれが悪の芽になるか、それとも世界を癒す花を咲かせるかは、これから次第』

 カフカにはあれがどうやっても善なるものになるとは思えなかったが、ホズミの前では控えておく。とは言っても、カフカはホズミの下を離れるつもりはないし、これからも予定はない。ホズミにのみ仕え、ホズミのために生きる。ふたご島刑務所に収監された時、自分に価値があると説いてくれたホズミのためならば命など簡単に捧げられた。

 だからこそ、ホズミが執心するノアの事が気に食わないのだ。なんの努力もせず、ホズミの目に留まるなど。

 カフカが人知れず歯噛みすると、『動いた人間は一人。これは、看守ね。いいえ、看守の中に紛れ込んでいた敵、というべきかしら』とホズミが淀みなく声に出す。

 敵、とカフカは自分の中で繰り返す。自分にとって敵に当たる存在など今までいなかった。だが、ホズミが敵と断じるのならば自分の中に迷いはない。それを敵とする事に一抹の逡巡さえも浮かべない。

「敵は何の目的なのでしょうか。やはり、あれの力を引き出す事で何かを得ようと?」

『まだ、分からないわ。でも、一つ言えるとすれば――』

 ホズミが伏せていた瞳を上げて強い口調で言い放った。

『その本質は邪悪、だという事よ』


オンドゥル大使 ( 2014/08/09(土) 21:58 )