ロケット団の章
『ワールドマップワールド』
 オレンジ色の残光が浮かび上がる。

 ぼう、とまるで幽鬼のように。構築された防壁迷路を抜けて、マサキはぐんぐんと潜っていく。どこまでも行けるような感覚。ともすれば底などない、深淵へと引きつけられていく気分を邪魔したのは上官の声だった。通信網が震える。

『マサキ。そこから何が見える?』

 無粋な声だな、とマサキは感じながらも声には出さず従順な部下の言葉で応じた。

「現在、二十三層を突破。構成防壁は未だ健在」

 オレンジ色の深層回路にたゆたうのは塩基配列のような0と1の群れだ。マサキはそれを目にして、何度目だ、と反芻する。

『了解。サルベージ作戦をこのまま決行。プロジェクトWMWは常に磐石でなければならない。分かるな?』

 今更な事だ、とマサキは感じながらさらに意識を潜行させる。サルベージ作戦。聞いただけならば、当たり障りのない作戦名に思える。しかし、その後のプロジェクトWMWを名前が嫌でも現実を突きつけた。

 プロジェクトWMWの要となる存在が自分と共に電子の海を漂っている。丸みを帯びたボディに赤と青のけばけばしい色彩を放っている。抽象化されたアヒルのようだった。

 ポリゴン2。今次作戦を遂行するために人工的進化を施されたポケモンだ。自分はそのポケモンと共に電脳世界を潜っているのである。海のような電脳世界には果てがない。どこまでも続く海峡は本物の海よりもずっと自由だ。しかし、その中でも守らねばならぬ一線というものがある。

「防壁迷路や」

 先ほどから海流が同じ方向へと吸い込まれていく。マサキはすぐさま判断し、移動の経路を変えた。転送システムを開発した自分からしてみれば後々追加補充された防壁迷路など容易く突破出来る。言うなればハードルのようなものだ。それも飛び切り低い奴である。

 どうして自分がこのような作戦に身を浸しているのか。

 これはアルバイトのようなものだった。

 自分が構築したプログラムと防壁が施されたポケモン転送システム。かつて誤作動で自分の構築式とコラッタの構築式を混同してしまい、コラッタになってしまうという不備を犯した事があるが、それ以外にプログラム上の不具合が報告された事はない。つまり、ポケモン転送システムは完璧であり、今もまた一千万人を超える全世界のポケモントレーナーの旅の基盤を築いているのである。

 しかし、マサキは時折、不安に駆られるのだ。

 本当に、このシステムは磐石なのか。もし、何かの不具合でポケモンがデータ上で抹消されたとしたら誰が責任を取れるのだろう。自分とてその責任が取れるとは思えない。マサキのポケモン預かりシステムを基としてあらゆる科学者がそれぞれの地方ごとに預かりシステムを作り出したが、それら全てが完璧である保証はないのだ。

 もし、何かの手違いでポケモンが消えれば。それがたとえば伝説のポケモンであるのならば、それは重大な損失だろう。

 マサキは今の立場からそのプログラムの不備を探す事――デバッグの作業に移る事はほぼ不可能だと考えた。自分のような人間が公に動けば、それは不信感と同時に預かりシステムが完璧ではないという証明に繋がる。そのためにマサキは地下組織の計画に乗る事にしたのだ。組織壊滅から既に三年、性懲りもなく活動を続けるロケット団残党へと彼は接触した。

 何も不可解な事ではない。マサキは預かりシステムを掌握している。ロケット団員と思しき人間の足取りを掴むのは不可能ではなく、マサキはそれを取っ掛かりにしてロケット団のポケモンの動きを感知した。そして、もうすぐロケット団がラジオ塔占拠に動き出す事も彼には分かっていた。

 当然、善良な一市民としてやるべき事はロケット団の検挙に貢献する事だ。だが、マサキには目的があった。預かりシステムのデバッグ。それは公に動く事など出来ない危険な仕事である。

 マサキはロケット団残党に取引を持ちかけた。デバッグ作業を行う、とは言わない。彼らには数人のポケモントレーナーの預かりシステムにハッキングし、ポケモンを奪うという作戦を提案した。ロケット団の幹部達はそれを承諾した。元々、彼らが資金繰りに苦しみ、ポケモンの所有も難しい事は自明の理であった。ロケット団によって「プロジェクトWMW」と名づけられたこの作戦にマサキはエンジニアとして参加した。もちろん、ロケット団の目論見通り、他人の預かりボックスからポケモンを奪うなどという事はしない。マサキはあくまで脅されてこの作戦に従事したと思わせなければならない。

 電脳世界を巡るためにポリゴン2の存在は必須だった。マサキはポリゴン2と共に電脳世界へとダイブした。ポケモンはデータ変換が可能な存在である事は自分の論文で既に三年以上前に発表されている。マサキはポケモンのデータ変換が可能ならば人間は、と考えた。自身のコラッタになった教訓を活かし、マサキは自身をデータ変換し、預かりシステムへと潜行した。

 たゆたうネットの海には温度というものが感じられない。打ち捨てられたデータの残骸が辺りに転がっていた。マサキは自身で構築した管理防壁を抜けてそれらを俯瞰する。落ちているそれをマサキはポリゴン2を使って拾い上げた。

「けつばんやね。誰かがミュウを作ろうとして失敗したあとやわ」

 けつばん、というものは最初期の預かりシステムの穴をついて作り出されたポケモンの成れの果てである。幻のポケモン、ミュウを求めて彼らは預かりシステムをハッキングした。今でこそそういう物言いが出来るが、当時はまだ年端もいかぬ子供達がプログラムの穴を突こうとしたのである。その先見の明に、マサキは年長者でありながら背筋を震わせたものだ。

 マサキとポリゴン2はけつばんの死骸を無視してそのままネットの海を泳いだ。マサキの顔の横にはカウンターが表示されている。預かりシステムに潜って既に三分が経過しようとしていた。管理防壁ならばいくらでも突破出来るとはいえ五分以上のハッキングは足がつく可能性がある。今時はポケモン犯罪に特化した国際警察の発足も噂されている。自分よりも優秀なプログラマーがいるとは思えなかったが、念には念が必要だった。

「あと二分しか潜れません」

『それでも続けろ。ぎりぎりまで、だ』

 このロケット団の上官は預かりシステムの事などてんで分かっていないのだろう。このシステムにどれだけの金が投資されているか。どれだけのポケモンが、どれだけの人間が人生を賭しているか、考えた事もないのだろう。

 マサキは預かりシステムの利用者が増えれば増えるほど権利関係で利益は得られたが、それは同時に恐怖が拡大していく事も示唆していた。

 自分への負担が増える。一つの綻びが全体の瓦解へと繋がり、プログラムの回路が狂ったら、と想像すると夜も眠れなかった。

 だからこそ、自分の技術を正当に伝える人間が地方ごとに必要になったのだし、彼らはきちんと職務をこなしている。だが、自分ほどノイローゼに苦しんでいる事はないだろう。先駆者というものはいつだって苦悩の中にある。マサキは残り一分半を切ったカウンターを視界に入れながらロケット団が提唱したポケモン奪還作戦を頭の中に呼び出す。

 他者の預かりシステムにハッキングしてポケモンを奪う。理論上では可能だ。使用者はいつの間にかポケモンが消えているという現象を味わう事だろう。しかし、それは同時にあってはならない。マサキの作り上げた預かりシステムには不備があると言っているようなものだ。だからこそ、マサキには策があった。

 ロケット団の前でマサキはこう言い張った。

「預かりシステムにただハッキングしてポケモンを奪うつぅんは無理があります。それは預かりシステムの管理プログラム上、不可能な事やからです。でも、相手に奪われたと理解されないまま奪う方法ならあります」

 この言葉にロケット団員達はざわめいた。

「どういう意味だ?」と聞き返す彼らにマサキはこう返した。

「ポケモンは実体を持つ生命体であると同時にデータ生命体でもあります。今回の作戦はデータであるという事を逆手に取った作戦です。転送システム、データ管理システムの目を欺く方法。つまり、0と1のデータである以上、コピーが可能であるという事です」

 ロケット団員達はその言葉に納得出来ていないようだった。これだから凡人は、とマサキは感じながら言葉を継いだ。

「つまり、ボックス上でポケモンをもう一体、コピーして、そのポケモンを奪取する。それがわいの提唱するプランです」

 その作戦につけられた名前がWMW。しかし、その真意は自分にしか分かっていない。彼らはただコピーされたポケモンが手に入ると思い込んでいるだけだ。

 マサキは標的とするトレーナーの預かりボックスに目をつけた。

「あれが一番手軽そうや。ポリゴン2。あのボックスを逐一監視。わいはいっぺん上がる」

 命令を受けたポリゴン2がボックスを監視に回った。マサキは、「切断」と口にすると一気に引き上げられる感覚に襲われた。

 オレンジ色の光が明滅し、空間が収縮する。次の瞬間には、真っ暗な視界が広がっていた。マサキはヘッドギアを取り外す。視界を覆う形のヘッドギアは自分専用でパスワードがなければ他人には使う事が出来ない。マサキは並び立つロケット団員達に声を振りかけた。

「今日はここまでです。明日、作戦を決行しましょう」

「マサキ。我々は君の能力を買っている」

 歩み出たのは先ほどからマサキに命令を下している上官だった。ロケット団残党の中では最も情報戦に秀でていると聞くがその実は不明である。

「どうも」とマサキが頭を下げると、「だからこそ、分からない」と言葉が続けられた。

「どうして君は、このような危ない橋を渡るのか」

 マサキは慎重に言葉を選んだ。間違った解答をすれば、放逐されるのは自分だ。

「興味本位ですよぉ。大した意味はありません」

「どうかな。君は地位も名誉も約束されている身だ。しかし、我々はそうではない。君が売ろうと思えば、我々は来るラジオ塔占拠作戦の前に解散を余儀なくされる」

 食えない奴だな、とマサキは感じながら人のいい笑みを浮かべた。

「いややわぁ、そな大それたこと、わいに出来ると思ってますん? わいはただのプログラマーやし、それ以上を求めようなんて思っていません」

 ほな、とマサキは彼らの脇を通り過ぎていく。背中にかけられる言葉はなかった。

 しかし、全く考えなしというわけではない。マサキはコガネシティの喧騒に身を任せながらそう思う。ロケット団が根城にしている廃ビルはコガネシティの地下に通ずるビルだ。ジョウトは景観維持の条例があるためにビルの高さ制限がある。カントーに比べれば少し低すぎるとも思えるビルはしかし威圧感がなくていいとマサキは思っていた。

 カジノの前を通ると大当たりでも出たのか人垣が出来ていた。最近、コガネシティに留まらずジョウトは好景気だ。コガネシティの裏通りに入り、小さな一軒家へとマサキは帰ってきた。

「あ、おかえり、お兄ちゃん!」

 まだ幼い妹がマサキの姿を見つけて声をかける。マサキは笑顔で応じた。

「おう、ただいま」

「あら、帰ったのね。今日はお仕事いいの?」

 母親がキッチンで夕食を作る手を休めて顔を振り向ける。匂いからどうやら今日はカレーのようだ。母親はジョウトの人間ではない。だから訛りも少ない。元々、マサキの家系は転勤が多い父親に合わせている。マサキがコガネ弁を喋るのはたまたまジョウトで転勤が止まったからに他ならない。

 マサキは椅子を引いて、「今日は泊まらんでええねんて。上の人も許してくれはったし」と答える。

「そう。なんにせよ、息子の顔が見られるのは嬉しい事だわ」

 その息子がロケット団の作戦に関与しているなど知るよしもないだろう。マサキは微笑んだ。

「あたしもお兄ちゃんがいてくれたほうが嬉しい!」

 妹の声にマサキの胸中で罪悪感が掠めたのも一瞬、すぐに家族の前で見せる顔になった。

「わい、ちょっと仕事場に行くわ。明日も仕事やし」

 この家に二階はない。マサキは外へと出て行った。

「今日はあんたの好きなカレーだから、早く戻ってきなさいよ」

 マサキは頷いて、すぐ近くにある地下道へと向かった。地下道には年契約で取れるテナントがいくつも並んでおり、その中にマサキは一部屋を囲っていた。

 パソコンが並び立つ仰々しい部屋でマサキはベッドに寝転がった。配線が足元を這っている。

「……もうすぐ終わるんや。そのためには、わいはどんな極悪人にだってなったる」

 全ては自分が始めた事だ。決着をつけられるのは自分しかいない。パソコンの一機を起動し、マサキは独自のルートから預かりシステムへと入った。常駐しているプログラムから電脳世界にいるポリゴン2を呼び出す。ポリゴン2はマサキに呼びかけに応じてデスクトップに現れた。

「明日、WMW計画は最終段階に入る。ポリゴン2、おまいはわいが決めた通りに動いてくれ」

 マサキが目的とするWMW計画とロケット団が目的とするWMW計画は違う。ロケット団はコピーポケモンが永続的に手に入るのだとばかり考えている。マサキの目論見はそこではない。マサキがマーキングしたトレーナーの預かりボックスは強力なポケモンで埋め尽くされていた。充分に旅をした証であろう。

「わいのWMW計画は明日、完遂する」

 マサキはそう呟いて画面上のポリゴン2へと目配せした。






 昨日と同じようにヘッドギアをつけてマサキは電脳世界へと潜った。五分間の中で構成防壁を抜けて目的の預かりボックスに至る。

『コピーポケモンが手に入るんだろうな?』

 念を押す声に、「何の心配も要りませんよ」と返した。

 ポリゴン2が張り付いている。マサキは外部からの預かりボックスのハッキングを試みた。キーボードを叩きながら、「預かりボックスには、穴があるんです」と口にする。

「預かりボックスの内容が更新される時、ボックスを切り替える時にレポートが自動的に書かれるでしょう? その時にパソコンの電源を切ってやればいい。それだけで0と1の配列であるポケモンの構成データにバグが発生し、穴を埋めるためにコピーが生成されるんです」

 マサキは試しにバンギラスをボックス移動させ、レポートが書かれる段階でポリゴン2を用いて遠隔操作でパソコンを切った。すぐさま再起動をかけると、バンギラスのデータが二つに増えていた。

 ロケット団員達がざわめく。上官が、『それが、コピーポケモンか……?』と尋ねる。マサキは頷いた。

「そう。この方法を用いれば誰でも簡単にポケモンを増やせます。プログラムを常駐させておきますんで、それで皆さん好きなポケモンを増やすといいでしょう」

 マサキはヘッドギアを上げる。既に自分がやるべき作戦は終えていた。

「感謝する、マサキ。報酬は」

「いりませんよ。わいはこの預かりボックスの利権だけで一生食っていけますから」

「そうだったな」と上官が口元を歪める。

 マサキは離れる間際、言い含めた。

「わいがここにいた事は」

「もちろん、秘匿される」

「おおきに」

 マサキは会釈してその場を去っていった。







 数日後に新聞を賑わせたのはある一面だった。

 テレビでリポーターが声を張り上げている。

『こちら、預かりシステムへと不正ハッキングを繰り返したロケット団のアジトと目される場所です。彼らは複数のトレーナーの預かりボックスへと不正侵入し、ポケモンのデータ変換を利用して増殖を試みようとしていたようです。しかし、この一件はとあるポケモンによって露見しました。構成防壁を組み込まれたポリゴン2の存在です』

 母親が頬に手をやって、「怖いわねぇ……」と呟く。マサキは素知らぬ顔で味噌汁をすすっていた。

 全て、計画通りだった。








 マサキは地下道にある自室のパソコンにポリゴン2を呼び出した。

 しかし、常駐していたポリゴン2ではない。このポリゴン2は最初からコピーだったのだ。マサキはロケット団に教えた方法で自らポリゴン2のコピーを作り出し、そのコピーに罠を仕掛けた。ロケット団はコピーのポリゴン2に組み込まれたマサキの使用履歴を辿り、自分の方法を模倣しようとしたのだろう。だが、マサキにとってそれは予見された行動だった。情報面に明るくないロケット団が当てにするのはマサキの残したポケモンだという事は容易に想像出来る。マサキの目的はポケモンのコピーではない。コピーするためにロケット団はあらゆる人間のパソコンに侵入するだろう。その履歴は常にもう一体のポリゴン2へと送信され、データが蓄積される。マサキは最初からそのためにポリゴン2を用いていた。

「WMW計画。ワールドマップワールド計画はここに完成を見たわけや。わいがデバッグに動くわけにはいかん。だからこそ、ロケット団に動いてもらった。これでカントージョウトにおけるデバッグ作業は完了した。あとはもう一体のポリゴン2が拾い上げた更新プログラムを走らせれば、わいの目的は完了」

 マサキはエンターキーを押した。すると、ポリゴン2がデータとなって分解し、一瞬にして消滅した。ポリゴン2がデスクトップから消える。全てのプログラムが消失し、マサキが関与した証拠はこの世から消え去った。マサキが安堵してベッドに寝転がろうとするとインターホンが響いた。

「はい」と部屋に備え付けられた電話で出ると、『マサキさん、ですよね?』と声が聞こえてきた。

 見知った声だった。マサキは、「ああ」と頷く。

「お前さん、えらい久しぶりやないか。もう三年ほど前やん。わいがコラッタになった時に助けてもらった以来――」

『今回のボックス事件騒動、あなたが関与しているんでしょう?』

 単刀直入な物言いにマサキはたじろいだ。幾分か呼吸を和らげてから逆に質問する。

「どうして、そう思うんや?」

『あなたが最初の標的に選んだボックスは、俺がかつて使っていたボックスだった。大方、俺がシロガネ山に篭っている事を知っていたから、利用しようと考えたのでしょう。俺のボックスを管理出来るのは世界においてあなたしかいない』

 マサキは沈黙を挟んだ。最初の標的に、と選んだボックスで最も危惧しなければならなかったのは「使用者が遠隔操作されている事に気づく事」だ。使用者がそれに気づかない絶対の自信があるボックスを踏み台にしなければならなかった。マサキには絶対に使用されない自信があった。何故ならば彼≠ヘこの三年間行方を眩ませているからだ。どの地方のどの諜報機関でも見つけ出せない彼≠ヘ今次作戦に打ってつけだった。

「……どうして気づいた?」

 ようやく発した声に冷たく言葉が返ってくる。

『あなたにとってはデータの集積でしょう。しかし、俺にとっては大事な、冒険の足跡なんだ。それを勝手に改ざんしたあなたを、俺は許さない』

「告発するんか」

『いいえ。俺はあなたを罰しない。それがあなたにとってどのような刑よりも惨い事を俺は知っている』

 切り込んでくる声はマサキの心と身体を引き裂いた。今すぐにでも懇願したい。それだけはやめてくれと。しかし、マサキは舌が回らなかった。自分のエゴのために他人を利用した自身を罰せられるのは自分だけだ。彼≠ヘ何よりもそれを承知している。

「……わいは」

『さよならです、マサキさん。俺はまた旅に出る。ボックスに預けていたポケモンは逃がしておきました。きっとそれが彼らにとって最もいい方法でしょうから』

「待ってくれ。わいは、わいは……」

 足音が離れていく気配がした。マサキは電話を取り落としてドアへと駆けていった。

 ドアを開いたそこには誰もいなかった。地下道には人気がなく、暗澹とした空間が広がっていた。


オンドゥル大使 ( 2014/01/18(土) 22:53 )