第七章 十一節「出撃」
作戦概要が語られると聞いて、ユウキは寝室を後にして部屋へと訪れていた。既にキーリとレナが椅子に座り込んでいる。ユウキはライダースーツの中に着る黒いインナーのまま、Fの指令を待った。間もなく、Fの声が聞こえてくる。
『次の襲撃ポイントを伝える』
「休む暇もないわね」とレナが苦言を漏らすと、『その事については申し訳ない』とFが謝罪した。
『だが、RH計画は、知れば知るほどに恐ろしく巨大で全貌が見えない。今は一つでも多くのデータが欲しい。それこそが我々がカルマを追い詰めたという証になるのだから』
カルマを追い詰める。それは本当に成し遂げられているのだろうか。カルマにとってRH計画とはどれほどの意味を持つのか。全く分からなかった。秘密主義のFに問い詰めたところで煙に巻かれるのがオチだろう。キーリは知っているのだろうか、と視線を振り向けると、端末へと視線を固定している。既に作戦行動に入っている。それはレナも同じに見えた。Fの言葉に反応しながらも端末から視線を外さない。自分だけか、とユウキは自嘲する。
「次はどこを襲撃すれば?」
ユウキが問いかけると、キーリが、「ここよ」とモニターに地図を出した。拡張された図面には「ウィル第三プラント」とある。
「プラント? 何か造っているんですか?」
『ウィルが新兵器の開発に着手するためにハリマシティ郊外に置いているプラントだ』
「そこに何が?」
「恐らくはウィルの新兵器についての詳細データが」
応じるキーリに対し、「だったら関係ないじゃない」とレナが言う。
「RH計画の阻止と、ボス打倒があたし達の目的でしょう? プラントには用がない」
『それがそうでもないのだ』
答えたFにレナが眉根を寄せる。キーリは落ち着き払った様子で、「私達の集めたデータ」とモニターにハリマシティの地図と合致するオレンジ色の光点を描き出した。
「何これ」
「RH計画の予測されうるデータの分散マップ。RH計画はこのように、断片的に、あらゆる場所にデータが配されている可能性がある。パズルのように、決して一つでは意味を成さない」
「でも、それって非効率的よ」
『その通り』
レナが腕を組んで発した言葉をFが肯定する。
『もし、RH計画がリヴァイヴ団上層部で共有されうるものならば、このやり方は実に非論理的だし、実用性に乏しい。そこでワタシはある仮説を立てた』
「仮説?」とレナが眉をひそめる。キーリが端末のキーを打ちながら、「簡単に言えば」と口を開いた。
「RH計画にはトップボトムが存在しない。完全なワンマンの計画であるという事」
その言葉にレナが目を見開いた。ユウキが歩み出て、「つまり」と言葉にする。
「ボスだけが、その事実を知っていると」
「その可能性は高いわね」
キーリの声に、「ちょっと待ちなさい」とレナが制した。
「またなの、オバサン。一発で理解してよ」
「一回で理解するにはあなた達の説明は色々と省き過ぎている。論理的根拠に欠けるわ。あとオバサンって言うな」
キーリへと釘を刺すように言うと、キーリは、「へいへい」と片手を振るった。今、Kはいない。既に作戦目標のプラントへと出払っているのだろうか。Kのいない時、キーリはいつも以上に勝手に振る舞う。
「ボスだけがRH計画を完全掌握しているって言うのは少し奇妙だわ。それならどうしてリヴァイヴ団という組織が必要だったの? それじゃ独裁と変わらない」
『そう。我々はボスの目的がその独裁にあると考えている』
Fの思わぬ言葉に、「何を馬鹿な事を」とレナが言い返す。
「独裁って、それは八年半前と同じよ。ヘキサの再来だわ。誰もついてくるわけがない。リヴァイヴ団という組織を作った意味も、ウィルと結託した意味もない。やりたきゃ勝手にやれって感じよ」
「でも、恐らくボスは勝手気ままには出来ない、と感じた。だからリヴァイヴ団を興した……」
ユウキの推理にレナはほとほと呆れたように、「そんな根拠のない言葉」と口にする。
「組織を作れば属する人間は無条件に従うわけじゃないでしょう? 当然、突拍子もない計画だったら反感を招く。いくらボスが強くたって」
「そこなのよね。オバサンの言う通り」
キーリが後頭部に手をやりながら声を発する。レナが頬を引きつらせて、「そこって?」と聞き返す。どうやら理性の一線は引けているようだ。
「ボスの最終目的が何なのか、依然見えない。私達だけの戦力じゃ、そろそろ限界が近いのかも」
「限界、ですか」
「反逆しようにも人手がない」
「δの精鋭を回せばいいじゃない」
レナの言葉に、「私達は戦闘部隊じゃない」とキーリが返す。
「だからたとえばβ部隊やε部隊が敵に回った場合、確実にやられるし、悪く転がればこの秘密基地もパァね。私達δ部隊は表には出られない。名目上はあなた達二人だけの反逆という事にしてもらわないと」
「そんな勝手な――」
「いえ、いいんです」
遮って放たれた言葉に、「ユウキ?」とレナが顔を振り向ける。
「半年前に、もう戦うと決めたじゃないですか。どちらにせよ、僕らは反逆者だ。表の世界ではもう生きられませんよ。だから、勝つしかないんだ。この状況を打開するために」
ユウキが拳を握り締めて発した言葉に満足そうにキーリは頷いた。
「どうやらユウキの覚悟は本物みたいね。で? あなたはどうなの?」
キーリがわざとらしく覗き込んでくるのでレナは振り払うかのように黒衣を翻した。
「分かったわよ! やってやる!」
「やけになっちゃ駄目ですよ」
ユウキの忠告に、「それも分かっているわよ」とレナは応じた。やけになれば今まで積み上げてきた全てが瓦解する。反逆者は冷静でなければならない。
『このプラント内にある二十四層の物理防壁と七個の情報防壁を潜り抜けた先にRH計画の概要はある』
「物理防壁はいつも通り爆弾か何かで潜り抜けるとして、情報防壁は頼みましたよ」
ユウキはレナとキーリに目配せする。キーリが腕を振るった。
「任せなさい。負ける気がしないわ」
キーリの力強い言葉にユウキは頷く。レナも、「ええ、分かっている」と既に端末に向かっていた。ユウキはFが見ているであろう監視カメラへと視線を向ける。
「F、作戦プランを」
ライダースーツに袖を通していると、キーリが話しかけてきた。
「ユウキ。同調はどう? 大丈夫?」
どうやらキーリなりに気を遣っているようだ。ユウキは月の石が打ち込まれている右腕を振るった。
「何とか、大丈夫そうです。副作用もありませんし」
「そう。眩暈とか頭痛とか、ポケモン側に意識が引っ張られた場合はすぐに報告して。判断が遅れると危ういから」
「分かりました。心配してくれてありがとうございます」
ユウキの言葉にキーリは頬を紅潮させて、「別に心配なんてしていないわよ」と顔を背けた。
「ただ、ママの足枷になったら許さないから」
今回の作戦においてKも出撃するらしい、という事は聞いた。Kは前回もビークインを操ってくれたので作戦時には頼りになる。
「分かっています。戦闘時には出来る限り、僕の力で引きつける」
ユウキはライダースーツのジッパーを上げて黒い革手袋をつけた。シャッターが開き、既に出撃態勢に入っている黒いバイクを眺める。半年間で染み付いたもう一つの相棒は騎乗する主をじっと待ち望んでいる。
「物理防壁はママが何とかしてくれる。あなたは必要最低限の装備で情報防壁へのハッキングを助ける」
「僕の速さが重要になってくるわけですね」
白衣のポケットに両手を突っ込んだキーリが、「そう」と頷いた。ユウキはヘルメットを被った。バイザーを上げたまま顎につける。
「作戦時間はプラント到着から三十分。それ以上の遅延は許さないわ。頼んだわよ、ユウキ」
キーリの言葉にユウキはサムズアップを寄越した。キーリが微笑み、片手を振る。
シャッターが降りてエレベーターが上昇した。ユウキはバイザーを下ろして、内側に表示される様々なデータを参照する。このヘルメットも特別製だ。常に最新情報を表示してユウキの手助けをする。上がりきったエレベーターが止まり、シャッターが開く。ユウキは声に出していた。
「ユウキ、作戦行動に出ます」