ポケットモンスターHEXA BRAVE - Rebellion
第七章 八節「でくの坊」
 不意にユウキの姿が脳裏に浮かび、頭を振ってその思考を振り払う。ユウキに何を期待しているというのだ。今の自分の姿を見て叱って欲しいとでも考えているのか。ランポは顔を伏せて、「俺もまだまだだ」と呟く。

「上に立つ者のメンタリティではない」

「ランポ様は実力も折り紙つきでしょう」

「かつてウィルγ部隊隊長、ヤグルマを殺した俺に、他の隊長達がいい心象を抱くとは思えない。向こうはいつでも俺を殺せるように身構えている事だろう」

「ランポ様は警戒しなくていいのですか?」

「お前の存在が既に警戒だろう。もしもの時はお前を人質にすればいい」

 ランポの放った言葉にヤマキは目を見開いていたが、やがてランポの口元が綻んだのを見て、「ですね」と同じように笑ってみせる。

「俺、人質の価値ありますか?」

「客観的に見れば二等構成員を一人殺したところで、という部分ではあるな。だが、お前の実力は一等構成員並だ。それは俺が保障する」

「どうなんですかねぇ。俺と戦った事ってないでしょう?」

「ないさ。だがな、目を見れば分かるんだ。どれほどの実力者かぐらいは」

 ランポがヤマキの目へと視線を注ぐ。ヤマキは、「やだなぁ」と笑った。

「ランポ様は気を張り過ぎですよ。俺にそれほどの実力なんてないですって」

「謙遜はいい。俺の前では無意味だ。他の隊長達の前でもな」

 ランポが口に出すと車が停車した。どうやらウィル本部へと辿り着いたようである。運転手が扉を開ける。ヤマキが先に歩み出てランポを通した。ランポはウィル本部を見やる。上空から見下ろせばちょうど六角形になっているというウィル本部は目にすれば巨大な壁だった。ヤマキを連れてフロントを抜け、長いエスカレーターを上る。途中、誰かが後ろから歩み寄ってきた。振り向くと茶髪を立てた少年がランポを睨み据えている。その後ろには女性の構成員がいた。ヤマキが耳打ちする。

「ランポ様。カガリ隊長です」

「分かっている」

 ランポは応じて、「カガリ隊長。おはようございます」と挨拶した。カガリは目を逸らし、「おはよう、ランポ隊長」と応じる。半年経っても隊長格との溝は埋まらない。やはりウィルとリヴァイヴ団だからか。かつて煮え湯を飲まされた相手に対してオープンになれとはお互いに無理な相談だ。

「隊長。ランポ隊長はα部隊の隊長ですよ。そのような態度では」と後ろの女性構成員が叱責する。カガリは、「分かってるよ」と吐き捨てた。

「分かってるけど、俺は……」

 カガリがエレベーターを駆け出す。ランポとヤマキは道を譲った。その背中へと女性構成員が追いかける。すれ違う瞬間、ランポへと女性構成員が、「ご無礼を」と頭を下げた。ランポは二人の背中が離れていくのを眺めながら、「サヤカっていうんです」とヤマキが口にした。

「統括部隊の時に同期でした。同じディルファンス上がりです」

 統括部隊とはウィルの前身だ。カイヘンは統括部隊によって統治され、六年半前にウィルが宇宙空間でのテロリズムを抑制するために動いた事によって正式にカントー独立治安維持部隊ウィルとして始動した。ランポは、「そうか」とだけ返す。ヤマキが、「訊かないんですね」とこぼした。

「お前は答えたがっていない。それくらいは分かるさ」

 ランポの言葉に、「見透かされているなぁ、俺」とヤマキが後頭部を掻いた。それは逆の立場なのではないか、とランポは思う。「しかし」とランポは口を開く。

「ディルファンス上がりで隊長付きとは。副隊長か?」

「半年前までは二等構成員だったらしいですけど、今は一等で名実共に副隊長のようです」

「詳しいな」

 ランポの発した声に、しまったでも言うようにヤマキは口元を押さえた。

「喋り過ぎですか?」

「そんな事はない。だが、人は選べ」

「努力します」とヤマキはわざとらしい敬礼を返した。ランポはフッと口元を緩めてエスカレーターを上がる。会議室へと向かう途中、黒いコートを羽織った男と出くわした。厳しい顔つきで、猛禽のような眼差しがランポを射る。ε部隊の隊長、カタセだ。

「カタセ隊長、おはようございます」

 ランポから先に挨拶すると、カタセは淡白に、「ああ」とだけ返す。早足のカタセへと合わせるように歩調を速めた。

「テクワとマキシはどうしていますか?」

 テクワとマキシは今、ε部隊の編成になっている。つまりカタセの部下だ。ランポは二人の素性を知っているだけに不安があった。マキシはカタセの息子であり、テクワはカタセから戦闘の術を学んだ。親子でウィルとリヴァイヴ団に別たれたという事は、一筋縄ではいかない事情が見え隠れする。

「問題ない。テクワは先日、二等構成員に格上げした。あれはまだ四等構成員だ」

 実の息子をまるで他人のように扱っている。そのような印象がカタセにはあった。ランポはかねてより尋ねてみようと思っていた事をぶつけてみる。

「テクワの、眼は……」

「ドラピオンを出した時のみ見えるそうだ。普段は盲目だが、常人よりも動きは素早いし、判断も早い。何も問題はない」

 半年前のウィルとリヴァイヴ団の総力戦。あの戦いでテクワはドラピオンとの同調を最大に設定し、その結果として眼が視えなくなった。ドラピオンとの同調時のみ、視力が回復するそうだが同調している時には視力などに頼ってはいないだろう。全身を針のように鋭敏化させてテクワは誰にも分からない戦いを行っているに違いなかった。

「そう、ですか。マキシは」

「あれは相変わらずのワンパターン戦法だ。テクワの狙撃用につかせている。言うなれば敵を釣る餌だ」

 自身の息子について語っているのにその姿勢はどこまでも冷たい。まるで関わらないと断じているかのようだ。

「心配か。かつての部下達が」

 ランポの心境を見透かしたようにカタセが声を発する。ランポは一瞬だけ否定しようとしたが、無意味だと判じて頷いた。

「ええ。そうですね」

「分からないわけではない。しかし、もうε部隊の人間だ。君とは関係ない」

 断固として放たれた声はやはり冷徹だ。ランポはしかし、言い返す言葉もなかった。

「……はい」

「隊首会だ。行こう」

 カタセに促され、会議室へと赴く。ヤマキは途中から席を外していた。隊首会は読んで字の如く隊長格以上でしか参加出来ない。既に座り込んで憮然とした態度でゲーム機をいじっていたカガリが立ち上がり、カタセへと頭を下げる。

「カタセさん、おはようございます」

「ああ」とカタセは同じ調子で返して椅子に座った。ランポはカガリとは距離を置いて座る。カガリはランポの姿など目に入っていないようだった。

「δの隊長は?」

 カガリがカタセへと尋ねる。カタセは首を横に振った。

「ここへ来ていないという事はまた欠席だろう」

「俺、一年くらいあの人見てねぇっすわ」

 カガリが口元を歪める。カタセも、「そうだな」と応じた。ランポだけがその会話に混じれずに爪弾きにされた気分を味わっていた。

 その時、会議室に入ってきた二つの影があった。一つは禿頭の男だ。モノクルをつけた男の名はコウガミという。

 ウィルの総帥であり、半年前には交渉もした相手である。もう一人は肥え太った蛙顔の男だった。リヴァイヴ団側の幹部だ。ボスの腹心である。未だにランポは名前を知らない。

 あの後、蛙顔はウィルと手を組み、実質的にはコウガミの次に地位が高いポストへと入った。ランポはα部隊隊長、リヴァイヴ団のボスであった事から考えれば実質的な降格であり、蛙顔に踏み台にされた結果になる。しかし、別に不快感は催さなかった。むしろ、今の立場のほうがリヴァイヴ団のボスをやれと言われた時よりかはストレスが少ない。典型的な現場主義者なのだろう、と自己分析した。

 蛙顔とコウガミが席につき、重々しくコウガミが告げる。

「隊首会を執り行う」

 蛙顔が、「現時点での重要事項は」と口を開いた。

「一ヶ月前からの襲撃事件について。追撃しているβ部隊の報告を聞こう」

 カガリはさすがにゲーム機を仕舞って、立ち上がって応じた。

「はい。対象は高速仕様のバイクで逃走。ウィルの施設を重点的に襲撃しているようです。β部隊が昨夜も追い詰めましたが、取り逃がしました。申し訳ありません」

「施設内では爆発も確認されたとか」

 蛙顔の言葉に、カガリは、「ええ」と応じる。

「対象――反逆者ユウキは、施設の一部を爆破し、目的不明の襲撃を続けています」

「目的が分からないのかね?」

 蛙顔がほとんど境目のない首筋を撫でながら尋ねる。

「破壊活動が目的だと、現時点では判断していますが」

「それにしては規模が小さい。敵は何らかの情報を奪っているのではないかね?」

「だとしても、情報元が分かりません。そういった施設を、奴は破壊しているのですから」

「かく乱か。どう思われます?」

 コウガミへと蛙顔が訊くと、コウガミは静かに瞑目した。

「どちらにせよ、捕らえて吐かせればいい。これ以上の損害は出すな。私からは以上だ」

「は」とカガリが挙手敬礼をして椅子に座る。

「奴は」と忌々しくコウガミが口を開く。

「リヴァイヴ団を裏切り、ウィルの尊厳を踏み躙った。許されざる害悪、それは間違いない。奴の好きにはさせるな。必ず、その本性を暴く」

 モノクルの奥の眼差しが細められる。怒りの炎を宿した目つきは鋭い。

 ランポはただの破壊が目的ではないと察していた。ユウキはそのような人間ではない。半年前の事件もユウキではないと最初から信用しているのはランポだけだ。

「続いての議題に移ります。コウエツシティ、F地区の規制について」

 蛙顔の発した言葉にランポは目を見開いた。思わず立ち上がりかけてぐっと堪える。

「F地区は掃き溜めの集まりだ。完全封鎖を現地のγ部隊には命じる。四等構成員にも二等と同質の権限を与えよう」

 コウガミの断固とした声にランポは目を戦慄かせた。自分達の故郷が消える。自分の目の前で。マスターや送り出してくれた人々の顔が浮かび、ランポはきつく目を瞑る。

「γ部隊の再編成は急務です。この半年間で戦闘構成員や部隊の再編成を募りましたが、未だに手付かずの部分で」

 蛙顔の煮え切らない態度にコウガミは言葉を振り向ける。

「急がせろ。多少強引な手を使っても構わん。β部隊から人員を回す事になるが、構わないか?」

「俺は別に大丈夫です。ただ上のほうは動かして欲しくないですから、三等以下でお願いします」

「いいだろう。その方針で編成を――」

「待ってください!」

 ランポは思わず立ち上がっていた。蛙顔が驚愕の眼差しをランポへと送っている。コウガミは対して冷たく研ぎ澄まされた瞳だ。

「何か?」

「今はユウキ抹殺とレナ・カシワギ奪還、または抹殺が急務のはずです。F地区の事は今でなくとも――」

「その結果がこの半年間だ。ウィルとリヴァイヴ団を混ざり合わせるのには苦労した。君の力ももちろん借りた。おかげでウィルとして纏りそうな節がある。ここでやるべきは、なるほど、確かに反逆者ユウキの抹殺だろう。しかし、同時に推し進めなければ話は二転三転するばかりだ。コウエツシティが手薄でもいけない。また新たな組織が持ち上がったのではリヴァイヴ団と手を組んだ意味がない。それは何より理解しているはずだが、君は」

「それは……」と声を詰まらせると、「それとも何かね」とコウガミが告げる。

「古巣を守るためだけに、君は声を張り上げたというのか?」

 それだけでは何も変えられない。暗にそう言われているようだった。事実、自分は故郷の事ばかり考えている。目の前で蹂躙されるのは黙っていられない。それほど賢くもない。

「……いえ。何でもありません」

 しかし、自分は無力だ。ランポは痛感する。弱者には喚く権利すらない。それがこの世の理である。

「ではF地区、及びコウエツシティを管轄する新生γ部隊の編成に関しては追って連絡しよう。カガリ、君の意見には沿うよう努力する」

「感謝します」とカガリが軽く頭を下げる。

 ランポはくらくらと視界が眩むのを感じていた。続いての議題に入るが、ランポには最早その言葉が耳に入らなかった。

オンドゥル大使 ( 2014/04/07(月) 21:04 )