ポケットモンスターHEXA BRAVE












小説トップ
虚栄の頂
第六章 二十五節「ユウキ抹殺指令」

 ウィル本部は六角形の形状をしているのは悪趣味な冗談と言えた。

 スーツに袖を通したランポは緑色の制服を身に纏ったウィルの構成員とは一人も会わなかった。

 これは密談だ。一般の構成員にばれれば意味がない。ランポはカルマと蛙顔を引き連れてウィルの総帥が待つ総務室に向かった。体面上は蛙顔とカルマは部下である。ランポはエレベーターを昇り、目的の階層へと辿り着いた。

 リヴァイヴ団のような豪奢な造りではない。完全に機能性を追及した内装だった。ランポは総務室へと辿り着く。総務室の前には二人の構成員らしき人間が立っていた。一人は黒いコートの男だ。もう一人はまだ少年である。二人ともウィルの制服を纏っていない事から考えると隊長格であろうという推測が成り立った。

 物々しい空気を発する二人が扉を開き、総務室の内部が視界に飛び込んできた。奥に執務机があり、手前には応接用のソファがテーブルを挟んで並んでいる。執務机の向こう側に禿頭の男が背中を向けて立っていた。黒いコートの男が、「コウガミ総帥」と呼びかける。コウガミと呼ばれた男は振り返った。片目にモノクルをつけている。

「よく来てくださった」

 コウガミはそう言って歩み寄り、ソファを勧めた。

「座ってください。対等に話し合いましょう」

 対等なものか、とランポは胸中に毒づく。二人の隊長格が向こうには待機している。密談をいい口実にして暗殺、というシナリオも考えられなくはない。

 ランポが黙って突っ立っていると蛙顔が囁き声で耳打ちした。

「ボス。立ったままというのも……」

 濁した言葉にランポはようやく気づいて、「そう、ですね」とぎこちなく口にした。ランポがソファに座ると対面にコウガミが座った。コウガミの背後には二人の隊長が。自分の背後には蛙顔とカルマが立っている形となる。頼りになるのか、とランポは不安に駆られたが、コウガミがまずは口火を切った。

「昨日は過剰反応をしてしまったか。多くの罪のない民間人も被害に遭った」

 暗に大した事のない演説だったと言われているようだった。それに加えて民間人の殺傷をまるで事故だったとでも言うような言い草である。ランポは前傾姿勢になって口にした。

「九十五人」

 不意に発した言葉に、コウガミは眉根を寄せた。首を傾げ、「何ですか、その数字は?」と言った。

「我らリヴァイヴ団の死傷者数です。リヴァイヴ団だけで九十五人だ。民間人も入れれば百はゆうに超える」

「なるほど。存じております」

「ウィルは独立治安維持部隊という名目のはず。だというのに、民間人を殺傷したのはどういう事か」

「ここにいるε部隊隊長、カタセの独断です。あの状態では恐慌状態に陥った民衆が暴徒と化す危険性を考慮し、早期に手を打つ必要があった。八年前のロケット団復活宣言の二の舞では我らも困りますからね」

 カタセ、と呼ばれた男へとランポは視線を向ける。無表情な男だった。まるで修行僧のようだ。

「一般人を殺傷した事については既に公式に根回ししてあります。今さらほじくり返す事でもないでしょう。あなた方とて、公にされて欲しくない事柄はあるはずだ」

 それは今までのリヴァイヴ団とウィルの抗争の事を言っているのだろう。リヴァイヴ団の手が全く汚れていないかといえばそうではない。既にお互い血塗られた道を行っているのだ。

「確かに。ここでは停戦協定のために前向きなお話が出来ると思いましたが」

「もちろん、そのつもりです。無用な血は流したくない」

「では、停戦協定を呑んでいただけるので――」

「ただし、条件があります」

 来た、とランポは身構えた。必ずウィルに有利な条件をつきつけてくる事は目に見えていた。しかし、事前に通じ合わせた事柄ではウィルに有利な条件ばかりのはずだ。これ以上、何を望むというのか。額に汗が滲む。固唾を呑んで次の言葉を待っていると、コウガミは静かに口にした。

「リヴァイヴ団は正式に解散をしていただきたい」

「それは……」

 出来ない、というのが正直なところだった。リヴァイヴ団はウィルの傘下に入り、組織としては自然消滅する。それでは不満だと言うのか。

「ウィルの特殊部隊としてリヴァイヴ団を使うという話は」

「聞いております。しかし、体裁というものがある。ウィルがリヴァイヴ団に下ったと思われてもおかしくはない。そうなってしまえば独立治安維持部隊の名折れですよ」

「ウィルの名が残れば、それはウィルの勝利と捉えてもらうわけにはいかないのでしょうか」

 ランポの発した弱気な言葉にコウガミは快活に笑った。この男には似つかわしくないような笑い方だ。

「何を仰いますか。それは結果論に過ぎない。その上、民衆はどう捉えるかなど予測出来ないではないですか。ウィルの勝利、それは確かにそうでしょう。しかし、リヴァイヴ団を内側で運用しているという事が露見したら? それはウィルという組織の腐敗を示しています」

 とっくに腐敗しているのではないか、とランポは感じた。この会談を設けている時点で、ウィルはリヴァイヴ団を体よく利用しようという腹が見え隠れしている。

「では、認めてもらうためには」

「リヴァイヴ団の解散宣言。これは譲れませんな」

 コウガミが言い放つ。ランポはどうすればいいのか分からなかった。コウガミはあくまで強硬姿勢だ。どうすればリヴァイヴ団の利益を守ったまま、ウィルと手を組む事が出来る? そう考えていた矢先の事だった。

「ボス。α部隊の隊長の件と、ユウキの件を引き合いに出しましょう」

 カルマがランポへと耳打ちしてきた。そうだ。まだα部隊隊長の話題を出していない。ランポは少し息を吐き出して、肺の中の空気を入れ替えた。

「α部隊隊長、アマツの件ですが」

 ぴくり、とコウガミが眉を跳ねさせた。当たりだ、とランポは確信する。

「彼の身柄は貴重だ。ウィルが強硬姿勢を取るというのならば、彼の持っている情報と、もう一つ」

 ランポが指を一本立てる。怪訝そうにコウガミが眉根を寄せた。

「彼を下したリヴァイヴ団員。裏切り者のユウキ、レナ・カシワギに関する全ての情報を封印する」

「何を……」

 コウガミが怒りを滲ませた口調でランポを睨みつけた。両手を組んで、冷静に言葉を返そうとする。

「言っているのか、分かっているのか」

「無論。それらの情報はウィル、さらには我がほうに関しても特別な損害を被る重要事項です。特にユウキ、とレナ・カシワギ。この二人はどちらに災厄をもたらすか分からない。なにせ、α部隊隊長をたった一人で破ったのですから」

「アマツさんが、やられた……」

 後ろに侍っていた少年が放心したように口にする。どうやらアマツは信頼の厚い男だったようだ。

「リヴァイヴ団を駆逐しても、まだそのような悪の芽が残っている。悪い芽は早めに摘み取ろうではありませんか。もちろん、協力して」

 ユウキとレナを共通の敵とする。自分で言っておきながら自分の言葉ではないかのようだった。一体、誰の喉を借りている? コウガミは鼻息を漏らし、「なるほど」と口にした。何度か頷き、「どうやら小事にこだわっている場合ではないようだ」と言った。

「リヴァイヴ団の壊滅。それはウィルの傘下に加われば成しえる事でしょう。しかし、この二人の足取りを掴む事に関しては我々リヴァイヴ団のほうが上だと判断していただきたい。α部隊隊長、彼の情報もそうだ。もし、我らをトカゲの尻尾きりのように切り離すというのならば、それ相応の報いが来ると考えてもらいたい」

 口に出してはいないが、アマツの命もこちらの手にあると思わせる必要があった。事前情報ではアマツの管轄はカントーだという。ならば、ウィルの資金源であり大元だ。カントーの極秘情報に触れている可能性のあるアマツをなんとしても取り戻したいはずである。それはカントーの逆鱗に触れないために必要な措置であろう。

 コウガミは幾ばくかの逡巡の間を浮かべた後に、息をついた。

「……分かりました。リヴァイヴ団をウィルの傘下として迎え入れましょう」

 リヴァイヴ団に解散という敗北の苦渋を味わわせるよりも、吸収による自然消滅の道を選んだのだ。そうする事のほうが、リスクが低いと見積もったのだろう。

「感謝します」とランポが手を伸ばす。コウガミは、「いえ。こちらこそ」とその手を握り返した。

 ここにウィルとリヴァイヴ団の密約が確かに結ばれた。しかし、これでいいのか、と自問する。汚れた世界に踏み込んだ確信はリヴァイヴ団に入った時に既にあったが、これはまた別種のものだ。さらに汚れた領域に入ったような気がして、ランポは現実感の遊離を覚えた。

 今ここにいる自分も、ボスだという事実も全てが嘘の塊のようだ。嘘の城が築き上がり、目の前に屹立しようとしている。それは酷く恐ろしい影を落としているように思えた。























 会談の後、ランポはダミー部隊が展開していたビルの跡地を訪れた。話によれば、ウィルβ部隊隊長、カガリのポケモンによって一瞬で陥落させられたらしい。一人の遺体も上がらなかったという。ランポは拳を握り締め、静かに黙祷を捧げた。

 ――エドガー、ミツヤ。

 心の中で自分を支えてくれた二人に呼びかける。二人の魂はしっかりと天国へ上がれただろうか。自分をF地区時代から知っている二人は、今の自分を見てどう思うだろう。

 ランポは瞳を開いて、空を仰いだ。曇天の中、微かに垣間見える太陽がある。きっと雲の向こうは晴れ渡っているのだろう。灰色に重く垂れ込めた空の向こうから自分を叱ってはくれまいか。そんな身勝手な考えが浮かんで、ランポは頭を振った。このような調子ではウィルの傘下に入って戦う事など出来ない。今まで以上に過酷な運命が待ち受けているのだ。死した者に頼っているのでは何一つ成しえない。

「エドガー、ミツヤ。俺は、行くよ」

 そう言い残してランポは身を翻した。後部座席に乗り込み、車が発進する。隣に座った蛙顔が口を開いた。

「エドガーとミツヤは残念だった」

 何の感慨もない声に、何が分かるものかと反発したくなったが、ランポは目を伏せて、「はい」と応じた。

「これから親衛隊を迎えよう。今までのような守りではボスである君を守りきれない」

 本当のボスは別にいるのだからいいのではないか、そう感じたがランポは頷いた。

「親衛隊の人員はこちらで決めていいかね?」

「二人だけ、私の意見を聞いてもらえないでしょうか?」

「ふむ」と蛙顔が首筋を撫でながら頷く。

「誰か、いい当てでも?」

「テクワとマキシ。この二人は私の命令が直接行き届く場所に置きたい」

 最後の我侭だった。蛙顔は思案するような間を浮かべた後に、「なるほど」と口にした。

「確かに、かつての仲間が傍にいるほうが君も安心出来るだろう。分かった。テクワとマキシ、両名をリヴァイヴ団親衛隊に迎え入れる準備をしよう。実は彼らの名前はもう挙がっていたんだけどね」

「本当ですか?」

「ああ。特にテクワ。彼に関してはこの戦いで急激な成長を遂げた節がある。対してマキシは精神面での脆さが露呈した」

「マキシが?」

 信じられない言葉だったが事実なのだろう。嘘を教える意味はない。

「だが、この二人の連携は強力だ。ウィルε部隊へと組み込み、親衛隊として再編成する。君には親衛隊結成後、号令を頼みたい」

「号令、と仰るのは……」

「新生リヴァイヴ団、いや、ウィルか。その最初の任務の号令だ。ユウキとレナ・カシワギの抹殺任務を君には号令してもらいたい」

 その言葉にランポは目を戦慄かせた。蛙顔が知ったような口で、「辛いのは分かる」と言う。

「かつての仲間を抹殺せよと命じるのはね。しかし、これは君がリヴァイヴ団のボスとして、ウィルと同盟関係を結ぶ上で冷徹な判断を下せるかどうかの基準となるのだ。最初にこれを言えれば、君はもう立派な、リヴァイヴ団のボスだろう」

 ランポは頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲いかかったのを感じた。視界がくらくらとする。ここで頷けば、もう後には戻れない。修羅の道へと突き進む事となる。それを是とするか、否か。先ほど、黙祷を捧げたばかりの二人の仲間に顔向け出来るのか。

「やってくれるね?」

 念を押す言葉に、ランポはもう何も言えなくなった。深い息を吐き出し、やがて息を止めて頷いた。

「やります」























 緑色の制服を身に纏った人々と、服装はバラバラだが左胸に反転した「R」のバッジをつけた者とが二分されている。

 まだ交わる気配はない。ランポは壇上へと上ってから視界に捉えた光景にそのような印象を抱いた。だが、自分はこれからリヴァイヴ団のボスとして、ウィルの傘下にある特殊部隊として彼らを操らねばならない。そのための最初の儀礼だと割り切るしかなかった。

「諸君らは、つい先日まで敵同士であった。その溝は埋められないかもしれない。しかし、志すものは同じのはずだ。カイヘンの平和。それを心に抱いているのならば、同志と言っても過言ではない。我々の平和を脅かす存在がしかし、カイヘンには存在する。本日はリヴァイヴ団のボスとしてではなく、ウィルとの統合部隊、リヴァイヴウィルを束ねる人間としてここに宣言する」

 新たな部隊の名はリヴァイヴウィルに決定した。仮決定であり、本格的に始動するのは一ヶ月程度かかるだろう。現段階の編成は共通の脅威のために身構えただけの即席だ。その中でも一握りの、親衛隊と呼ばれる十人の中にテクワとマキシの姿を見つける。見知った顔が前にいてホッとする反面、既に面持ちは以前と違う二人を見て、隔絶を思い知った。

 ランポは自分の喉を震わせている言葉が自分のものでないような気がしていた。

 これは誰の言葉だ? 

 自分はいつから踊らされている? 

 それすら分からぬ場所に、既に来てしまったのか。後戻り出来ぬ場所に。次の言葉を発すれば、とうとう後戻り出来なくなる。誓いも、夢も、全ては彼方へと消え去ってしまうだろう。しかし、言わねばならない。ここにいる人々に指針を示すために。

「組織の裏切り者であるユウキとレナ・カシワギを、――抹殺せよ」

 その言葉を放った途端、もう自分はコウエツシティにいたランポではなくなった。黄金の夢は脆く崩れ去り、後に残ったのは虚栄の頂だった。








第六章 了


■筆者メッセージ
ファーストシーズン終了。次回より新章(セカンドシーズン)に入ります。
オンドゥル大使 ( 2014/03/13(木) 21:01 )