ポケットモンスターHEXA BRAVE












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虚栄の頂
第六章 二十一節「戦士の資格」
 マキシはテクワからの定時連絡がない事が懸念事項だったが、計画を実行に移す事にした。

 自分の率いる人々が身構えている。皆、一様に固い面持ちだ。緊張しているのだろうが解すような言葉をかける事は出来なかった。その点ではやはり指揮官など向いてないのだ。自分は兵士が性にあっている。しかし、マキシはこの時ばかりは指揮官として矢面に立たねばならなかった。逃げ惑う群衆の行く手を遮るように、キリキザンに命じる。

「キリキザン、サイコカッター」

 キリキザンが振り上げた紫色の思念の刃がアスファルトを引き裂いた。パニックに陥っていた人々が足を止める。マキシは建物の影から姿を現した。群衆は困惑の眼差しでマキシを見つめている。マキシは事前に整えておいた台詞を口にした。

「その線から先に進む事は許されない。お前らはリヴァイヴ団の言葉を聞いてもらう。安心しろ。殺しはしない。その線から先に行かないのであれば――」

 その言葉を皆まで聞かずに群衆から一人、駆け抜けようとする。マキシは舌打ちを漏らした。

「これだから、馬鹿は嫌いなんだ」

 キリキザンへと腕を振るって指示を出す。即座に動いたキリキザンが線を踏み越えた男の鳩尾へと一撃を叩き込んだ。ざわめく群衆へと、「安心しろ!」と自分でも驚くほどの大声が出る。

「殺していない。峰打ちだ。だが、これ以上手を煩わせるならば、峰打ちでは済まないかもしれない」

 もっとも、この台詞はほとんど意味を成さないだろう。全てが終わった後、民衆の反感を買わないために一人も殺すなと命を受けている。面倒だ、とマキシは感じたが口には出さなかった。民衆の動きが鈍る。そのまま、大人しくしてくれよ、と思っていたマキシへと冷たく差し込む声があった。

「甘いな」

 その声に視線を振り向けた瞬間、三方向へと三日月型の刃が一閃した。通り過ぎた端から、民衆が断ち切られ上半身と下半身が生き別れになる。人々はそちらへと目を向けた。マキシも視界に捉える。黒いコートを身に纏った男だった。肩口には「WILL」の文字が刻み込まれている。男の横に侍っているのは金色のポケモンだった。浮遊しており、三日月のような頭部を持っている。曲線を描く身体にピンク色の羽衣が纏いついていた。先ほどの閃光は、その羽衣から発生したものだ。民衆の一人がウィルだと知るや、男へとすがりつく。男は吐き捨てるように言った。

「衆愚が」

 その言葉の直後、金色のポケモンが羽衣の刃を一閃させる。すがりついていた男が断ち切られた。女の叫び声が木霊し、恐慌状態に陥った民衆が線を踏み越えて駆け出していく。当然、マキシは止めようとしたが数が多かった。統率も取れていないマキシの部隊では誰一人として民衆を止める手立てを持たない。「止まれ!」と叫ぶも意味を成さない声には違いなかった。マキシは男へと視線を向ける。「あんた……」と声を発した。男が冷たく言い放つ。

「民衆を逃がすな。ここにいた奴は一人残らず確保、または抹殺だ」

 断と発せられた男の声にマキシは目を見開いた。ウィルの構成員がポケモンを繰り出して民衆へと追いすがろうとする。金色のポケモンが羽衣から思念の刃を飛ばし、逃げ遅れた人々を断ち切っていく。あまりにも無残な光景に、マキシは歯噛みした。

「キリキザン!」

 キリキザンが反応し、刃がかかろうとしていた子供を庇うように立ち塞がる。両手で羽衣の刃を受け止めたキリキザンは腰だめに両手を構え、腹部の刃を突き出した。銀色の光が放射され、十字に瞬く。

「メタルバースト!」

 音速を超える鋼の刃が腹部から撃ち出され、金色のポケモンを襲う。しかし、ただ黙している男とポケモンではなかった。

「リフレクター」

 金色のポケモンの前に青い皮膜の五角形が三枚張られ、鋼鉄の弾丸を霧散させた。子供が泣きじゃくりながら逃げる。線を踏み越えていく子供に構っている暇はなかった。マキシは男を見据えて、声を発する。

「何故、あんたがここにいる? どうして」

「どうして、だと。おかしな事を訊く。お前は俺を知っているはずだ」

 その言葉にマキシは唾を飲み下して名を口にした。

「……カタセ」

 名前を呼ばれた男――カタセはフッと口元を緩めた。

「変わらないな。父親を苗字で呼ぶとは」

 父親。因縁の関係を口に出され、マキシは一瞬硬直したがすぐに持ち直した。

「俺は、あんたを父親だと思った事はない」

 怒りを込めた声音で口にすると、カタセは、「そうか」と諦観じみた声を返した。

「どうしてクレセリアで人々を殺す? ウィルはいつから野蛮になったんだよ」

 マキシが言ったのはカタセの手持ちポケモンの事だ。準伝説級のポケモン、クレセリア。三日月を守護するポケモンと言われている。

「ここにいる民衆は愚かしい。リヴァイヴ団の言葉に耳を貸そうとした。そのような民衆はウィルが必要としていない」

 カタセの言葉にマキシは鼻を鳴らした。

「あんたこそ、変わらないな。必要じゃなけりゃ、捨ててもいいってのかよ」

 マキシの脳裏に母親の姿が思い出された。いつも部屋ですすり泣いていた母親の声が耳にこびりつく。覚えず片手で耳を塞ぎ、「あんたは……」と口を開いた。

「いつだってそうだ。必要なら構う。でも、いらないと断じたら放置する。テクワをこっち側に引きずり込んだのはほかでもない、あんただろ!」

 積年の憎しみを込めて発した声に、カタセは、「だから、どうした」と冷徹な声を返した。

「選んだのはテクワだ。俺が無理強いしたわけじゃない」

「あんたが戦い方を教えなけりゃ、テクワはこっちに来る事はなかったんだ!」

 マキシの言葉と思いを引き受けたように、キリキザンが駆け出した。右手が紫色の波動を帯びる。クレセリアに命中する直前、三方向へと羽衣からピンク色の閃光が放たれた。閃光の一つを左手に帯びたサイコカッターで叩き落し、右手を突き出す。クレセリアの眼前で右手が固定された。リフレクターの水色の皮膜が、キリキザンの腕を止めている。

「勝手な理屈だ。テクワは戦いたがっていた。だから、俺は教えたまでだ。あいつに、生き延びるだけの力を与えた。そうしなければあいつはあらゆるものに押し潰されていただろう」

「それも、勝手だって言ってるんだよ!」

 左手でリフレクターを叩き割り、キリキザンはクレセリアへと鋼の手刀を振り落とした。クレセリアの眼前で瞬時に張られたリフレクターがキリキザンの一撃を弾く。マキシは、「くそっ! くそっ!」と攻撃が弾かれるたびに悪態をついた。その背中へと団員の声がかかる。

「指揮官。我々も加勢を――」

「やめろ! これは俺とこいつの問題だ! 手を出すな! お前らはウィルから一人でも多くの民衆を守れ!」

 自分らしからぬ激しい口調に団員達は気圧されたようだった。「しかし……」とたじろぐ声を発する。分かっている。先ほどからクレセリアには一撃も届いていない。キリキザンが薙ぐように「メタルクロー」を放つが、リフレクターによって全てが寸前で止められている。両手を突き出した渾身の一撃も、クレセリアがふわりと舞い、三重に張ったリフレクターで反射させられた。

 キリキザンが後ずさる。すると、クレセリアの纏う羽衣がピンク色の光を宿した。キリキザンが右手を大きく後ろに引く。紫色の波動を得た思念の刃をキリキザンが放った。その直後に放たれた羽衣の閃光がサイコカッターの刃と干渉し合い、思念の波がスパークして弾け飛ぶ。一瞬だけ拮抗したかに見えた様相はすぐに崩れた。クレセリアの放った閃光がサイコカッターを破り、キリキザンへと直進してきた。キリキザンは咄嗟に左手で放ったサイコカッターで相殺する。

「いつまで、サイコカッター頼みの戦い方をするつもりだ?」

 カタセの声にマキシは、「うるさい」と声を発するが、カタセは聞き入れようとしなかった。

「無駄だ。子が親に勝てないように、弟子が師を打ち破る事は出来ない。キリキザンは、まだコマタナの時にクレセリアからサイコカッターを学んだ。クレセリアのサイコカッターに勝つ事は出来ない」

「それでも! キリキザンは鋼・悪タイプだ。エスパーのサイコカッターは通用しない!」

 タイプ相性上で定まっている事だ。この戦いでは悪タイプを持つキリキザンのほうが優位に立てるはずである。カタセはさほどの窮地だと思っていないかのように、「そうだな」と首肯した。

「確かに、タイプ相性ではそうかもしれない。しかし、何事も例外というものが発生するものだ」

 クレセリアの放ったサイコカッターがキリキザンへと駆け抜ける。マキシは避ける必要がないと思っていた。しかし、サイコカッターの刃はキリキザンの右肩を引き裂いて空間を飛び越えた。マキシが驚愕に目を見開いていると、「……かつて」とカタセが口を開いた。

「電気ねずみポケモン、ピカチュウで地面・岩タイプであるイワークを破ったトレーナーがいたという。タイプ相性とは同レベルのポケモン同士でのみ効果を発揮する。天と地ほどにレベルが違っていれば、タイプ相性の壁は簡単に突き崩せる」

 クレセリアの羽衣が瞬き、サイコカッターの光刃がキリキザンを見舞う。キリキザンの鋼の身体に傷が走り、亀裂が見舞った。キリキザンが後ずさる。マキシは腕を振るって声を張り上げた。

「キリキザン! 同じサイコカッターで迎撃しろ!」

 キリキザンがサイコカッターを放ち、向かってくる閃光を弾こうとするが弾く力よりも弾かれる力のほうが強い。キリキザンが紫色の波動を纏わせた手で薙ぎ払うが、鋼の腕には確実にサイコカッターのダメージが蝕んでいた。

「……どうして。同じのはずだ」

「言ったはずだ、マキシ。お前では俺に勝てない。親と子の隔絶は、永遠に埋められる事はない」

「黙れよ! 今さら父親面しやがって!」

 キリキザンが両腕に思念の刃を纏いつかせてクレセリアへと駆け抜ける。クレセリアから放たれた三つの刃がキリキザンを襲う。キリキザンは両腕を交差させてサイコカッターを放つが、二つまでしか相殺出来ない。逃した一撃がキリキザンの頭部を打ち据えた。キリキザンが空を仰いで目を回す。

「キリキザン……!」

「終幕だ」

 放たれた声と呼応するようにサイコカッターの刃が閃き、キリキザンを切り裂いた。キリキザンの身体が衝撃で浮き上がり、地面へとしこたま身体を打ちつける。マキシは呼吸困難に喘ぐように口を開いた。

「キリキザン。俺は……、俺は……」

「詰みだ」

 いつの間にか接近していたクレセリアの羽衣がキリキザンに突きつけられる。カタセが歩み寄ってくる。マキシは身構えたが、今さらどうにかなるものではなかった。カタセがマキシを見下ろし、鼻を鳴らした。乾いた音が鳴り響く。平手打ちをされたのだとマキシが自覚した瞬間、膝から崩れ落ちた。降りかかるカタセの声が絶望的に響き渡る。

「お前に刃を持って立つ資格はない」

 それは死刑宣告よりも重い言葉だった。マキシはその場に縫い付けられたように動けなかった。カタセが横を通り抜け、「事後処理を行う」と告げた。

「リヴァイヴ団を一人も逃がすな。民衆もだ。殺しても構わん」

 カタセの声にウィルの構成員達がポケモンと共に部下へと襲いかかる。マキシは何も出来なかった。木偶の坊のように立ち尽くすマキシは、この瞬間に戦士の資格を剥奪されたのと同義だった。



オンドゥル大使 ( 2014/02/27(木) 20:10 )