ポケットモンスターHEXA BRAVE












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虚栄の頂
第六章 十八節「蒼い闇」
 テクワは舌打ちを漏らす。

「逸れた。一撃で頭部を撃ち抜くつもりだったんだが」

 巨大なドラゴンポケモンの放つプレッシャーのせいだ。感知野の網を騒がせる。同調率がここに来て弊害をもたらした。ポケモンの感じる恐怖がトレーナーにも伝播する。ドラピオンはあのドラゴンタイプに恐れを抱いているのだ。テクワは照準から視線を外さずに、「もう一撃」と口中に呟いた瞬間、ポケッチから声が迸るのを聞いた。

『こちらスナイパー8! 新たな敵影を確認! 何だ、あれは……』

「何だって? 的確に報告しろ!」

 ポケッチに声を吹き込むと、叫び声が返ってきた。何かが抉れるような音が響き渡り、通信網がノイズに掻き消される。

『こちらスナイパー3! 目標が速過ぎて狙撃出来ない!』

「メガヤンマ部隊で応戦出来ないのか?」

 返した声に、『メガヤンマを潰された!』と悲鳴のような声が響く。

『スピアーでは狙えない! 相手の速度はこちらの予想以上だ!』

「状況把握! 敵の正確な座標と形状を伝えろ! 俺が狙い撃つ!」

 エドガー達の支援とマキシの支援もしなければならなかったが、他人にかまけて自分の部隊を全滅させたのでは元も子もない。テクワはドラピオンと共に周囲を見渡した。空中部隊の一体であるスピアーへと、飛びかかった影を視界に捉える。照準の中に捉えたその影は夜の闇を引き継いだように黒い。巨体で、片手には水色に輝く氷柱を保持していた。テクワが、「あいつは……」と声を発する間に、スピアーの頭蓋を氷柱が打ち砕いた。スピアーが力を失い、落下していく。敵影も落下するかに思えたが、その直前に光が瞬いたかと思うと、その空間から掻き消えた。テクワが驚愕に目を見開く。

「野郎。どこへ」

 テクワが緊張をはらんだまま周囲に視線を配ると、ぞっとするような声が差し込まれた。

 ――見つけた。

 冷水を浴びせかけられたかのような緊張が走り、テクワはライフルを構えたまま、警戒態勢に入る。相手は自分を見つけたのか。今の声は感知野が拾ったものだ。という事は、相手は恐らく――。

 その時、突き上げてくるようなプレッシャーの波を感じて、肌が粟立った。テクワはプレッシャーの先へと照準を向ける。

 直上に黒い巨躯が突然現れた。否、それは元より黒かったわけではない。皮膚が煤けて黒ずんでいるのだ。蒼い瞳が射抜く光を宿して、テクワとドラピオンを睨み据える。テクワは照準から視線を外し、ドラピオンと共に飛び退いた。先ほどまでテクワ達がいた空間を振るわれた氷柱の一閃が通過する。もし、頭蓋があったら、今頃は砕かれて脳しょうを撒き散らしていただろう。テクワは息をついて、屋上に現れた敵を見据えた。黒ずんだ皮膚をしているが、帯のように広がった両手と氷柱の牙は見間違えようがない。何より蒼い眼は因縁の光を宿していた。

「あの時のツンベアーか。仕留め損なっていたってわけかよ」

 ツンベアーの肩に何かが乗っていた。それさえも黒いため、テクワは目を凝らした。黒いドレスのような姿をしているそれはゴチルゼルだ。ツンベアーとまるで一体化しているように肩に乗っている。ツンベアーが身体を沈めた。来るか、と身構えた瞬間、光が瞬き、ツンベアーの姿を掻き消した。テクワは息を呑む。

「どこへ……」

 見渡したテクワは背後から大きなプレッシャーが暴風となって襲いかかるのを感じた。瞬時に振り返り、ドラピオンに攻撃するように思惟を飛ばす。ドラピオンが弾かれたように動き、両腕を突き出した。直後、その空間に現れたツンベアーが氷柱を叩き落した。ドラピオンの突き出した腕が交差し、紫色の光を宿す。毒タイプの物理技「クロスポイズン」だ。クロスポイズンの紫と氷柱落としの水色が反発し、火花を散らして両者が後ずさる。ツンベアーは前傾姿勢で片手に氷柱を常に保持している。ドラピオンは不慣れな近接戦闘を強いられ、息を荒立たせていた。

「落ち着け、ドラピオン」

 テクワはドラピオンに触れて少しでも余計な力を抜かせようとする。しかし、ツンベアーから放たれる強烈なプレッシャーがそれを許さなかった。ツンベアーから怨嗟の声が放たれ、テクワの感知野を揺らす。

 ――右眼の借り! 果たさせてもらう!

 トレーナーの声だろう。テクワはライフルを構え直した。その手は僅かに震えていた。


オンドゥル大使 ( 2014/02/16(日) 20:46 )