第六章 十五節「BEYONDW」
「ウテナ三等」
アマツは配置前に呼びかけた。ウテナは振り返り、眼帯を押さえて、「何でしょう」と首を傾げた。
「決して、無茶をするな。それだけだ」
もっとも、私怨で動いているウテナに対してそのような言葉を投げるのは無意味かもしれない。そう思いつつも、今朝に話したカガリとの会話が思い出され、つい口をついて出ていた。ウテナは硬く挙手敬礼をした。
「了解です。アマツ隊長」
ウテナは身を翻して立ち去っていった。こちらでもマーク出来ない場所に身を隠してポケモンを操るのだろう。それがウテナの戦法に一番合っているのは分かる。しかし、自分の部下が見えない場所に自ら赴くのはどこか納得し難かった。
その時、ポケッチの着信音が鳴った。戦闘配置につく人々の中で目立つ。アマツはすぐに通話ボタンを押した。カガリからだった。
「何だ? 緊急秘匿回線以外は禁じられているはずだぞ」
『まぁ、ちょっと話そうと思ってね。これから俺は敵の本丸叩きに行くわけだけど』
「部下がいるのだろう。示しがつかないのではないか?」
『もう、とっくの昔にそういうカッコつけるのはやめてるって。俺は結局、ガキだからな』
「それを免罪符にするな。お前は隊長だろう」
『手厳しいな、アマツさん』
カガリは笑ったが、胸中が穏やかでないのは通信越しでも分かった。
『アマツさんは?』と尋ねられ、アマツは周囲の状況を見渡した。ウィルの建物を出たばかりだ。雑踏に身を隠し、これから目標地点に向かおうとしている。
「今から隠密行動に入ろうとしたばかりだ。もうすぐ全ての通信を私は切る」
『なら、グッドタイミングだったわけだ』
パチン、とカガリが指を鳴らす音が聞こえた。アマツは口元に困惑の笑みを浮かべる。
「グッドタイミングかどうかは分からないな。私の作戦開始が遅れてしまう事となる」
『いや、話せる機会としちゃ上出来だろ。一応は敵の本丸に仕掛けるんだ。俺だって帰ってこられる保証はない』
含むところのある声音にアマツは、「カガリ。無茶は……」と口を開きかけて、先ほどウテナに発した言葉と同じだと気づいた。
『なに? お優しいアマツ隊長は俺の事、心配してくれてるの?』
アマツは言葉を発しなかった。それが何よりの肯定として届いたのか、カガリは、『大丈夫だよ』と穏やかな声を出した。
『俺は無敵だ。その事はウィルという組織が証明しているだろ』
確かにカガリの手持ちは一騎当千に値するポケモンだ。並の包囲網では簡単に瓦解するだろう。しかし、アマツはカガリだけを心配しているわけではなかった。
「部下はどうする」
三日前に出会ったサヤカやケイトの顔が過ぎり、アマツは惨い事を訊いていると思いつつも、考えずにはいられなかった。
『β部隊は伊達じゃない。皆、俺のポケモンの技から逃れる術は持っている』
「そういう意味ではない。カガリ。お前は――」
『心配しなさんな、アマツさん』
その声の後にホルスターからボールを引き抜いた音が続いた。
『誰も死なせはしない』
確固たる信念の込められた声に、アマツは、「……そうか」としか返せなかった。ここから先はカガリの戦いだ。自分の口出しできる領分を越えている。アマツは作戦開始が迫っているのを感じた。カガリへと最後の言葉を手向ける。
「死ぬなよ」
『誰に言っているんだよ、アマツさん。俺のポケモンは、敵に死を運ぶ死神のポケモンだ。決して味方は殺させない』
その言葉を潮にして通信は切られた。アマツは全ての通信機器の電波を遮断し、作戦開始を心中で宣言した。雑踏の中を抜け、アマツは目的のビルへと向かう。表に警備員が立っていた。しかし、身のこなしからただの警備会社の警備員ではない事が分かる。恐らくはリヴァイヴ団の団員だ。アマツは入り口へと歩み寄った。すると、警備員二人がゆっくりと近づいてきた。
「止まってください。身分証の提示をお願いします」
「このビルに入りたいだけなのだが」
あくまで穏やかに、アマツは言葉を発してビルを仰いだ。警備員が、「そう言われましても」と目配せする。戦闘に慣れている人間の眼だった。
「あなた方は、リヴァイヴ団か」
その声に片方の警備員が身を硬くしたのが伝わった。片方は、「何の事だか……」としらを切るつもりだ。アマツは懐からウィルの証である手帳を取り出した。次いで、肩口を見るように指先で促す。白く縁取られた「WILL」の文字に警備員が目を見開いた。
「ウィルα部隊隊長、アマツだ。このビルへの検分を許可されたい」
二人の警備員が纏う空気が変わった。警棒を振り翳し、片手で腰のホルスターへと手を伸ばそうとする。アマツはその前に一瞬素早く、ホルスターの緊急射出ボタンを押した。
直後、片方の警備員が全身を痙攣させて喉から叫び声を発した。倒れ伏し、ぴくぴくと震えている。
「何を――」と声を出しかけた警備員へと金色の光が叩きつけられた。薙ぐように放たれた光が警備員を突き飛ばす。警備員が地面にしこたま身体を打ちつけ、小動物が圧死した時のような醜い声が上がった。それでもその警備員は気絶しなかった。膝を立て、よろめきながらホルスターに手を伸ばそうとする。それを遮るように、下段から金色の光が突き上がった。警備員の腹腔を捉えた光が広がり、その場を照らし出す。腹部が破けており、赤く膨れ上がっていた。警備員はまだ意識があるのか、アマツへと手を伸ばしている。
「み、見えない、ポケモン……」
「ほう。まだ気絶しないか。殺したくはないのだが、致し方ないな」
アマツは人差し指を立てる。すっ、と指を下げた。その瞬間、警備員を雷撃が襲った。刃のような黄金の電流の束が警備員を叩きつける。粘膜が焼け爛れ、飛散した電流がアスファルトを跳ねた。警備員は全身を高圧電流によって焼かれていた。生き物の焼ける独特の悪臭に、アマツが顔をしかめる。
「手間をかけさせる……」
呟き、モンスターボールを薙いだ。赤い粒子が僅かに残る。一瞬で警備員二人を黙らせたアマツは堂々と表からビルへと入っていった。それを止める者は誰もいなかった。