第六章 十三節「BEYONDU」
テクワは最も見晴らしのいい場所へと配置についていた。ポケッチへと声を吹き込む。
「こちらRS1。配置についた。スナイパー番号、復誦しろ」
『スナイパー2。配置完了』
それに続いてスナイパー達の声が繰り返されていく。テクワは空を見渡した。まだ夕張に包まれている。夜には早いくらいだが、あっという間にその時はやってくるだろう。テクワはポケッチのチャンネルを切り替え、マキシへと通話を繋いだ。すぐにマキシが、『どうした?』と声を返してくる。
「いや、作戦前だからかな。俺、結構ぶるっちまってる」
いつもなら精密に出来るはずの狙撃姿勢がうまくいかない。膝が震えているのを叱咤するように叩いた。
『安心しろ。俺も実感ない』
「だよな。俺達の連携が試されているんだ。しっかりやろうぜ」
『ああ。いつも通り、でいいんだよな』
「ああ、そうさ。俺は陸上部隊に攻めてきてあぶれた奴らを狙撃する。お前は敵をいい具合に散らしてくれれば上出来だ」
『お前はいつもそんな感じだな』
毎回交わす気安い言葉に、テクワは口元を綻ばせた。
「ああ、そうさ。いつもこんなのだ。最悪の戦法と言われちゃそれまでだよ。でもな、生き残るためには汚い戦法を取るしかないんだ」
綺麗なだけでは生き残れない。それを自分とマキシは一番よく知っている。
『陸上部隊はダミー部隊の展開しているビルの手前で張る事になっている。ちゃんと狙いはつけられているか?』
「待ってろ」
テクワはその周辺を巡回する予定の部下へと声を吹き込んだ。
「どうだ?」
『スナイパー7、配置完了』
「事前説明通り、装備は」
『広角レンズを使用。命中率を上げている』
「よし」
自分が思っている以上に部下は有能だ。それを確認してから、再びマキシへと繋ぐ。
「大丈夫だ。何も心配はいらない」
『ああ。……テクワ』
「ん? 何だよ、改まって」
かしこまったような声音にテクワは違和感を抱いた。マキシは幾分か迷っているような間を空けた後、『俺はさ』と口にする。
『この戦いで最後だったとしてもよかったと思っている』
「何言ってんだ、縁起でもない」
『ブレイブヘキサとか、チームプレイとか、最初は俺もピンと来なかった。他人を信じる事とかかな。でも、ユウキ。あいつを見ていると何だか分かったような気がしたんだ。信じるっていう事がどういう事なのか』
「俺達は信じている」
その言葉にマキシは、『ああ』と返す。
『簡単な事だったんだ。俺とお前で出来ている事を他の奴らにもしてやる事だって。それを教えてくれたのは、ユウキだ』
「ユウキは本物だからな。俺が見込んだだけはある」
入団試験の時、ユウキは裏切られても信じ続けると宣言した。たった今裏切られて、奈落の底に突き落とされた人間が言える言葉とは思えなかった。それだけ、ユウキは強い。意志の力は誰よりも勝っているだろう。
『入団試験の時、あいつの事を正直、面白い奴だと思った。他人をそう感じたのは、二人目だ』
「一人目は誰だったんだ?」
マキシは答えなかった。言わなくとも分かる。テクワは背中に担いだケースから折り畳まれたライフルを取り出した。ライフルを展開すると、中央のモンスターボールから光が弾き出され、ドラピオンの形を取った。ツンベアーに貫かれた足が痛む。しかし、テクワは通常の狙撃姿勢を取った。部隊へとチャンネルを切り替えて、ポケッチに声を吹き込む。
「RS1、配置完了。狙撃準備よし」
すぐにマキシへと繋ぎ直し、「そろそろ切らなきゃな」と言った。
『ああ。俺達の任務をこなすために』
「リヴァイヴ団の、ブレイブヘキサの最後の任務なんだ。全力でやろうぜ」
『分かっている』
無愛想な返事は相変わらずだとテクワは感じて、ポケッチの通話を切った。別れの言葉を言わなかったのは、また会えると信じているからだ。自分でも思わぬ考えに、フッと口元を緩めた。
「ユウキのぬるい考えに感化されちまったかな」
自嘲の笑みを吹き消して、テクワは眼帯を外した。西の空が暗くなりかけていたのがドラピオンと同期した視野に入ってきた。