ポケットモンスターHEXA BRAVE












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虚栄の頂
第六章 九節「ふたり」
 テクワが向かったビルはリヴァイヴ団の物だったようだ。その証拠に、フロントで「R」のバッジを見せるといとも容易く進入する事が出来た。テクワは松葉杖をついて、ゆっくりと歩む。脛の部分に包帯が巻かれている。応急処置はされたが、一歩進むごとに鋭角的な痛みが貫いた。奥歯を噛んで、額の脂汗を拭う。

「これで指揮しろって言うんだから、とんだ命令だな」

 テクワはそう呟いて、会議室へと入った。既に会議室には二十人程度の団員が集まっている。彼らが自分の指揮する部隊の人間だろうと、テクワは当たりをつけた。皆、襟元に「R」を反転させたバッジがある。テクワは声を張り上げた。

「お前ら! とりあえず整列しろ!」

 適当に固まっていた人々が四列に並ぶ。どうやら自分の指示は通るようだという事を確認して、テクワは声を発した。

「俺はこの部隊を指揮する事になったテクワっていうもんだ。まぁ、作戦概要は行っていると思うが……」

 テクワがポケッチを確認しようとする。すると、全員がポケッチに視線を落とした。自分の行動が全員に同期されたようで奇妙な感覚だ。

 テクワはポケッチの作戦概要を呼び出し、それを読み上げた。

「俺達の目的は三日後に迫ったボスの演説の護衛任務だ。ウィル戦闘構成員が導入されるかと思う。一番の矢面に立ち、陸上部隊と共にウィルを牽制し、迎撃する。それと同時に民衆を逃がさないように威嚇しろ。だが、あくまで威嚇だ。攻撃には移るな。ウィルも強力な部隊を投入してくるだろう。諸君らの健闘を祈る」

 我ながら何と中身のない言葉だと感じる。しかし、団員達は背筋を伸ばして挙手敬礼をした。テクワは自分の言葉が染み渡っていく事に、悪い気分は感じなかった。むしろ、心地よい。テクワは味わった事のない感覚に身を浸そうとすると、ポケッチが鳴った。団員達の前で顔向け出来ないと、テクワは、「失礼」とかしこまった様子で背中を向けて声を潜めた。通話してきたのはマキシだ。

「おー、どうした?」

『どうした、じゃない。連携を取る事が次の段階で示されていただろう。作戦概要を見てないのか?』

 いつも通りの冷たい声音にテクワは、「大丈夫だってよ」と軽い様子で返した。

「連携なんて自然と取れるだろ。よく見りゃ、こいつら」

 テクワは肩越しに団員達を見やる。服装はまちまちだが、真っ直ぐに視線を向けているところを見ると、愚直に命令をこなす人間を集めたのだろうという事が分かる。

「すげぇ素直そうだし。俺らの命令をきちんと聞いてくれるって」

『俺には居心地が悪くって仕方がない。お前はそうじゃないのか?』

「それはお前が心を開いてないだけだろ。人見知りめ。いいから、適当にやってな。こっちの指示はちゃんと通るからよ」

『じゃあ、連携する時間だけど――』

「ああ、そんなもん。当日か前日にやればいいだろ」

『テクワ。あまり敵を嘗めてると……』

「大丈夫だって。優秀な部下達がついている。いやぁ、リーダーって気分いいな。ランポはずっとこんな感じだったのかな」

『……テクワ。感心しないな。そんな余裕、俺達にはないはずだ』

 刃のような鋭さを伴ったマキシの言葉に、テクワは、「心配性なんだよ」と応じた。

「今までもどうにかなってきただろ? これからもどうにかなるって」

『今回はそう簡単になるとは思えない。総力戦なんだぞ』

「何だ? お前、言う事がユウキに似てきたな。まぁ、ちょっと、待ってろ」

 テクワは団員達へと目配せして、「少し時間を取らせてもらう。お前らは待機。楽にしていい」と指示した。団員達が踵を揃える。テクワは満足気に頷き、会議室を出た。廊下で壁にもたれかかりながら、「何でそこまで心配する?」とマキシに尋ねる。

『リーダーの切迫した様子が伝わらなかったのか? 今回の任務は明らかにヤバイ。俺達なら、それくらい分かるだろ』

 テクワは片手で額を押さえて、「まぁな」と返す。廊下に出たのは何もマキシとの会話を気にしたからだけではない。心の奥底にある引っ掛かりを部下達に見せないようにするためだった。

「俺だって何となくヤバイってのは勘付いてるよ。お前、今周りに人は?」

『いない。適当に済ませて解散させた』

「じゃあ一応は個人的な回線ってわけか。でもよ、適当にってのはよくないぜ。一応は俺達がリーダーなんだから」

『肌に合わない』

「合わなくってもやるしかねぇんだよ。マキシ。通話してきてくれた事は嬉しいし、相変わらず俺とお前の友情は続いているんだって分かる。でもよ、ユウキの前で言ったろうが。命令の前では友情なんて甘いって。お前の言葉だろう? 今さら不安になったのかよ」

『それは……』とマキシが口ごもるのが気配で伝わった。テクワは強い口調で言い放つ。

「やるっきゃないんだ。それはもう分かっているだろ。俺達は各部隊を任された。それなりに責任がある」

『じゃあ、余計に連携を合わせなきゃなんないだろうが。さっきの態度は何だよ』

「大きく動くのはまずいだろ。ウィルだって張っているんだ。前日か当日に、それまでに叩き込んだ動きを出来りゃ上等。俺達は悠長に練習している場合じゃない。実戦その一回きり。それが俺達に与えられたものだ。三日間なんて猶予ないんだよ。俺らに出来る事は少ない。いいか? せめて余裕のありそうな指揮官を演じろ。そうすりゃ、部下はついて来やすい」

『部下なんて持った事ない』

 むすっとした様子のマキシの声にテクワは優しく諭した。

「俺もない。だからこそ、戸惑ったり、きょどったりしちゃ駄目なんだ。俺達がしっかり前を向いていれば、部下も自然と前を向く。リーダーの下で学んだだろ?」

『そうだけど……』

「心配すんな。お前は自分が思っているよかしっかりしているよ。俺のほうが問題だな。しっかりしねぇと」

 テクワは笑ったが、胸中は穏やかではなかった。部下の人生まで背負い込まなければならない不安。自分に指揮が務まるのかという不安が渦巻き、どうしようもないわだかまりになっている。自分とマキシは話す事によって少しばかりは解消出来る。だが、ユウキは、とテクワは思いを馳せた。ユウキだけは一人だ。ランポもそうである。この二人は恐らく目的を持っている。それを自分の力だけでやろうとしているのだ。ならば、自分達だって動けなくてどうする。

「多分、ユウキとリーダーのほうが大変だ。あいつらが必死になっている。俺達が不安を見せれば、あいつらにも伝播する。部下だって同じだよ。俺達はブレイブヘキサで何を知った? 支え合う事だろうが。だからこそ、弱さを見せちゃならねぇんだ。今は、今だけは……」

 半分は自分に言い聞かせる言葉だった。その意味を汲んだのか、マキシが小さく口にする。

『……あいつらの目的は、大き過ぎるよ。俺達のような凡人が計り知れるもんじゃない』

「だからって理解を捨てちゃ駄目なんだ。ユウキは、あいつは、俺の痛みの一端を分かってくれた。リーダーだってそうさ。五人全員の過去を背負い込んでいた」

 自分だって誰かに弱さを打ち明けたいだろうに、ランポは一度としてそのような部分を見せない。きっと、それがリーダーというものなのだろう。

「俺達も頑張らなきゃなんねぇ。けど間違えんな。頑張るのと、虚勢張るのは違うんだ。苦しくなったらまた連絡して来い。相談なら乗ってやるよ」

 真剣な響きを伴わせた声に、マキシはテクワの持っている覚悟の大きさを知ったのか、『……分かった』と呟いた。

『どうしても、な時は連絡する』

「おう。待ってるぜ」

 テクワは通話を切り、会議室に戻った。直立姿勢の団員達へと、テクワは声を張り上げた。

「やるぞ! 絶対にボスを守るんだ!」

「は!」と了承の声と挙手敬礼が返ってくる。テクワは片手で返礼した。



オンドゥル大使 ( 2014/01/27(月) 22:18 )