ポケットモンスターHEXA BRAVE












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虚栄の頂
第六章 六節「暗黒少女」
 予めつけておいたポケッチのアラーム音で目を覚ました。アマツが上体を持ち上げると、僅かに疲労の重みが身体に残っていた。時計を見やると、待ち合わせの十五分前だ。寝汗も掻いていなかったので、アマツはパーカーを羽織ってそのまま出かける事にした。元々、格好には無頓着なのだ。

 ラウンジに下りると、既にウテナが待っていた。アマツを認めると、挙手敬礼をする。返礼をしてから、アマツはラウンジのテーブル席についた。「座りたまえ」と促すと、ようやくウテナは対面に座った。アマツは紅茶を給仕係に頼んだ。

「君は何を飲む」

「同じで構いません」

 無愛想な返しに、アマツは気圧されるものを感じながらも、「では同じで」と給仕係に言った。注文を受け取って充分に離れてから、口を開く。

「私は忘れっぽいんだ」

 アマツの発した言葉の意味を解していないのか、ウテナは、「はぁ」と生返事を返した。アマツは続ける。

「だから、君の事を知ろうと色々と話題を考えてきたんだが、全て忘れてしまった」

 微笑むとウテナは困惑したような色を浮かべた。アマツからしてみれば、ウテナのほうから言葉を発して欲しかった。しかし、それは酷というものだろう。やはり、男から切り出すしかないのか、とアマツは息をついた。

 ちょうど紅茶が運ばれてきて、アマツは喉を潤した。芳しい香りが鼻腔で弾け、アマツの気分をリラックスさせる。ウテナは口をつけなかった。

「飲まないのか?」

「いえ。飲みます」

 まるで命令されなければ一切手をつけなかったとでもいうような口調だ。ウテナが紅茶に口をつけてから、アマツはカップを置いて言葉を発した。

「君について知りたい」

 そのような単刀直入な物言いしか出来ない自分にアマツは恥じ入るように顔を伏せたが、一瞬だった。すぐにウテナを真正面に捉え、言葉を継ぐ。

「リヴァイヴ団との戦いで何があった?」

 ウテナはアマツの言葉に、眼帯へと手を伸ばした。ゆっくりと剥がす。アマツは息を呑んだ。眼帯で隠された眼は潰れて眼球を成していない。ぐしゃぐしゃになった詰め物の中に蒼い炎が揺らめいているようだった。ウテナの左眼も改めて見ると確かに蒼い。右眼を解放するとその蒼さがより際立って見えた。

「私はγ部隊においてバックアップを主に行っておりました」

「君の手持ちは?」

「ツンベアーです」

 ツンベアーは力が強いが鈍足だ。なるほど、バックアップというのは納得出来た。

「前作戦時、つまり半日前ほどですが、作戦展開中、ヤグルマ隊長からの定時報告がありませんでした」

「ほう」とアマツは紅茶を啜る。ヤグルマがどんな人物だったのか興味はあった。

「それはありえないんです。ヤグルマ隊長は定時報告を怠る事などありえませんし、何より本土に先回りして展開していた私に何の指示もないなんて。おかしいと思っていると、私の下にヤグルマ隊長の直属だった部下、私とは同期のイシイ三等構成員のポケモンがやってきました。ゴチルゼルです」

 アマツは相槌を打った。ウテナの話からγ部隊がリヴァイヴ団に対して行っていた作戦の概要を組み立てる。

「ヤグルマ隊長とイシイ三等構成員はコウエツシティから本土へと渡ってくるリヴァイヴ団の一派、チームブレイブヘキサの殲滅任務に就いていました。同時に確保された重要参考人、レナ・カシワギの奪取を目的としていました」

「そのレナ・カシワギの重要性は?」

「レナ・カシワギはリヴァイヴ団の研究施設の研究員です。カシワギ博士をご存知ですか?」

「いや、私はその方面には疎くてね」

「カシワギ博士はポケモン遺伝子工学の権威です。恐らくはリヴァイヴ団のポケモンのメディカルチェックを行っていたと思われます」

「なるほど。そこから敵の戦力を読み取ろうとしていたわけか」

 アマツの声にウテナが首肯する。

「はい。しかし作戦は失敗。第一次作戦として展開したシバタ二等構成員は消息を絶ち、イシイ三等構成員とヤグルマ隊長がブレイブヘキサを追って定時連絡を絶ちました。嫌な予感を裏付けるように現れたゴチルゼルに導かれ、私は本土にブレイブヘキサが侵入した事を確信しました。ゴチルゼルの導きに沿って、私は敵の逃走経路であったバスを襲撃しましたが、引いたのはハズレだったようで、そこにレナ・カシワギらしき姿は確認出来ず。まんまと陽動作戦に引っかかり、現れたブレイブヘキサの団員二人と交戦しましたが敗退し、生き長らえたというわけです」

 ウテナはひとしきり言い終えたからか、息をついて紅茶を口に運んだ。アマツはようやく何が起こったのかを確認する事ができたが、それでも分からない事があった。カガリの話にあった同調についてウテナは一言も触れていない。自分の事を語りたがらない性分なのだろうかと思ったが、部下にする以上、聞いておかなければと思った。

「その眼は?」

 ウテナは眼帯へと視線を落とし、片手で右眼を押さえた。まるで疼くとでも言うように。

「私は、信じてもらえないかもしれませんがある薬によってポケモンと同じ箇所に傷を負う体質となりました。月の石の薬をご存知ですか?」

 アマツは頷いた。先ほどカガリから聞いたばかりだが、随分前から頭にあったような風を装う。ウテナは顔を伏せた。

「そう、ですか。なら、お話が早くて助かります。私と手持ちのポケモン、ツンベアーはとある実験に協力した結果、この能力を得ました。δ部隊がかつてヘキサやディルファンスが使っていた技術の再現を行っている事はα部隊の隊長ならば既に耳に入っている事と思いますが」

 初耳だったが、アマツは何も言わずに頷いた。δ部隊は研究部隊だ。外部に情報を漏らさない分、何をやっていてもおかしくはない。

「月の石を打ち込んだポケモン、ルナポケモンを実戦投入したいという話で、私とツンベアーはそのモデルケースでした。実験は確実に成功するという触れ込みでしたから、当時四等構成員で三等に上がりたかった私は自ら志願しました。志願者は他にもいましたが、今も生きているのは私だけです」

 その言葉の裏に壮絶な何かが潜んでいるのは疑いようもなかったが、アマツはそれを引き出すだけの言葉を持たなかった。

「同調による意識圏の拡大。感知野の網による敵の思考の察知。反射速度の向上。ツンベアーと私はそれら全てをクリアし、γ部隊では三等構成員という職務でしたが、それ以上の働きをしてきました。ヤグルマ隊長はとてもよくしてくださって。同じ部隊からも忌み嫌われる私の能力をきちんと把握して、戦いにおいては適切な判断を下されました。私は、ヤグルマ隊長の下で働けるのならば、それだけで生きがいとなりました。なのに……」

 ウテナは顔を伏せた。膝の上に置いた拳を骨が浮くほどに握り締め、蒼い瞳から透明な涙が零れた。

「ヤグルマ隊長は、立派な最期だったと私は思っております。イシイ三等構成員も同じです。決して誇りを失う事はなかった。最後まで卑劣なリヴァイヴ団と戦い抜いたんだと、ゴチルゼルが伝えてくれました。私はその意志を継ぎたい。だからα部隊に志願しました。部下を取らないアマツ隊長にとっては、私の存在は邪魔かもしれませんが」

「邪魔であるものか」

 今の話を聞いて、アマツの中である決意が固まった。それは何よりも強固で砕かれる事のない意志の力だ。アマツはテーブルの上に置いた拳を握り締めて、視線を落とす。

「君の決意、しかと受け取った。リヴァイヴ団のゴミ共を、この世から一匹残らず駆逐する。もちろん、君と共に」

 ウテナが涙を拭いながら、「そう言っていただけると、嬉しいです」と口にした。流れる涙の透明さとは裏腹に、潰れた右眼の蒼い炎が燃え盛る。憎しみの火だと、明らかに分かった。しかし、アマツはそれを指摘しなかった。憎悪で戦う事を綺麗な意志の輝きで隠すのもまた人間の戦いの一つだ。アマツはその憎悪さえも利用しようと考えた。誰かを理由にして自分の憎しみを綺麗に飾り立てるウテナを否定するような言葉はない。むしろ、やりやすくなった。ウテナは自分の戦いをすればいい。アマツも自分の戦いをする。それでいい。

「私は、常にスタンドプレーだ。だから君の戦いに協力は出来ない」

「存じております。作戦概要にもそう記されておりましたし」

「だが、心を通じ合わせる事は出来る。共にリヴァイヴ団を倒そう。ブレイブヘキサにしかるべき報いを」

 前のめりになって声を発すると、自分のものではないような言葉が出た。ウテナは涙を拭って、「はい」と力強く頷いた。危うい均衡の上にある、とアマツは感じた。ウテナの戦う理由は誰かを利用した私怨だ。しかし、私怨で戦う事をアマツは決して否定しない。肯定する事でこそ、最大限の力を発揮するであろうと予測できた。

「リヴァイヴ団を倒す。その時にこそ、平和は訪れる」

 ウテナは自分に言い聞かせるようにそう言って、眼帯を手に取った。アマツからしてみても、ずっと憎しみの炎を見せられるのは疲れる事だった。アマツは紅茶を口に運んだ。冷めた紅茶はもう何の味わいもなかった。



オンドゥル大使 ( 2014/01/12(日) 21:19 )