ポケットモンスターHEXA BRAVE












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虚栄の頂
第六章 五節「部下」
 隊首会はものの十分で終わった。

 元々、スタンドプレーの気があるウィルにおいて会議ほど無駄なものはない。総帥であるコウガミはもちろん、各界のスポンサーや政治家に目を配っておく必要はあるが、実働部隊はそうではない。戦うためだけに磨き上げられた石に矢じりや剣以外の用途がないのと同じ事だ。アマツはウテナを連れて用意されているという宿へと向かった。ビジネスホテルで最低限の設備しかないが、アマツにはそれで充分だった。ウテナの事をまず知る必要があるとアマツは感じていた。

「三時間後に、下のラウンジで落ち合おう。それまで少し休ませてもらう」

 その言葉に挙手敬礼をウテナは送った。返礼をして、アマツは部屋に入る。ベッドにテレビ、電話、水道、必要なものが揃っているのを確認し、蛇口を捻り、手を洗ってからアマツはパーカーを脱いだ。ベッドに横になりながら、ウテナの事を考える。

「あの少女は、何故あのような姿になった」

 聞く事になるであろう。しかし、踏み込んでいいものか、アマツには迷いがあった。

 部下を持った事がない。持っても無駄に死なせてしまう。自分のような人間には部下などいないほうがいいと考えたのはいつからだったか。

 α部隊隊長に命ぜられた時には既にそのような考え方であったような気がする。アマツはポケッチを操作した。作戦概要と情報を呼び出す。アマツに与えられた命令は演説の中枢へと潜り込む事だった。単独であるα部隊だからこそ出来る命令だ。ウテナには別の命令が与えられていた。

 現れるであろうボスを警護する敵部隊の迎撃。つまりは別行動となる。アマツは意味があるのかと感じた。わざわざ自分とウテナを上官と部下の関係にしなくとも、ウテナだけで単独の命令を下せばよかったのではないか。三等構成員であるウテナに単独命令というのは筋が取っていないという事は分かる。しかし、この際筋など関係あるのか。アマツは額に手をやって、「疲れているな」と呟いた。船上でリヴァイヴ団と交戦。ほとんど休みなしだ。三時間ぐらい眠るのも悪くないのかもしれない。そう考えていると、ポケッチから呼び出し音が鳴った。ポケッチは通信機能も備えている。見ると知らない番号だった。アマツは通話に出る。

「もしもし」

『あ、アマツさん。聞こえてる?』

 カガリの声だった。アマツは、「何だ?」と不機嫌そうな声を出した。

『そうカリカリしない。俺達同じ隊長でしょう?』

「私はこれから少し休みたいんだ。用件は手短に済ませろ」

『えー、そうですか。じゃあ、手短に言うと、あのウテナってのはヤバイらしいですよ』

 アマツが眉をぴくりと跳ねさせて反応した。カガリの言葉など聞き流そうと思っていたのだが、ウテナの事となれば話は別だった。

「ヤバイ、というのは?」

『顔を伏せていたからよく見えなかったですけど、眼が蒼いらしい』

「眼が青いくらいは別に普通だと思うが」

『違うんだって。蒼い眼といえば件の月の石の話、聞いた事ない?』

「知らないな」

『ああ、そうか。アマツさん、カントーにずっといたから馴染みないんだ。八年前のヘキサ事件、その時、ディルファンスとヘキサはある薬を投与したポケモンを実戦投入した。それは分かる?』

「いや。カントーにはほとんど情報は入っていない」

『なるほど。じゃあ、カントーの上が握り潰したってわけだ。不都合な事実として』

「何が言いたい、カガリ」

 堪えかねて口にすると、カガリは、『月の石ってもちろん知識あるよね?』と尋ねた。馬鹿にしているのか、とアマツは声音を強くする。

「基礎知識だろう。ポケモンを進化させる石だ」

『その月の石。純度が高いものを融かして液状化して人間とポケモンに打ち込むと強化出来るっていうのは知ってる?』

「何だ、それは。初耳だが」

『α部隊の隊長でも知らない事だったかぁ』

「何の事を言っている?」

『同調能力についての知識は?』

「同調?」

 アマツは聞き返した。同調、というのは学会で取り上げられたポケモンと人間の同調の事を言っているのか。

「意識圏が拡大し、反射速度が向上するという話か」

『知ってるんだ。その情報は握り潰されていないって事か』

「眉唾物だ。本当にあるのか証明出来ていない」

『カントーではそうかもしれないけど、カイヘンでは既に八年前にそれを確認しているんだよ』

「馬鹿な」

 アマツは一笑にふすつもりだった。同調能力などこの世にあり得るものか。ポケモンと人間は違う種族だというのに。

『それがその垣根を越える薬物があるんだよね。それが月の石を融かした薬。カントーには出回っていないんだ? あるいは意図的に隠されているとか?』

「そんな都合のいい薬があるものか。あれば皆使っているだろう」

『適性とかがあるから皆が皆使えるわけじゃないらしいけど、大体の人間は出来るようになるみたいだぜ?』

「同調がか?」

『純正の同調する人間に比べれば劣るみたいだけど、それでも強大な戦力になるって話。打ち込んだポケモンの事をルナポケモンって呼ぶってさ』

「カガリ。お前、どこでそんな知識を学んだ?」

『ウィルの極秘資料ライブラリ。ちょちょいと閲覧させてもらっちった』

「ハッキングだぞ」

『堅い事言わない。俺達隊長格には知る権利ぐらいあるでしょー。なにせ、ヘキサとディルファンスが使っていた戦力だって言うんだから』

 その言葉が事実ならば、絶対的な力だろう。アマツはカントーにいたためにそのような話は聞いたなどなかった。聞いたとしても信じているかどうかは怪しいだろう。

「ルナポケモンと意識圏の拡大した新人類とでも言うのか?」

『新人類って言うのは言い過ぎかな。過去にも似たような事例はあったみたいだし。まぁ、確認された症例は国家機密レベルだったらしいけどね』

「それは、シロガネ山の話か?」

 アマツにも聞き覚えがあった。シロガネ山にある一人のトレーナーがいると。その少年は、もう随分前に最年少でカントーポケモンリーグを制覇し、チャンピオンの玉座が約束されながらそれを放棄、シロガネ山に篭るようになったという。

「白銀の頂の王」、あるいは、「鬼」と形容された少年はしかし、十三年前に敗れたという噂が出回った。打ち破ったトレーナーも年少だったと聞く。そのトレーナーはカントージョウトリーグのチャンピオンだと言うが真偽のほどは定かではない。問題なのは最初の玉座に上り詰めた少年だ。赤い帽子を被ったどこにでもいそうな少年だったという。その少年に同調能力があったというのだ。

 もちろん、噂に尾ひれがついたものだろう。本来はそのような話ではなく、ただ単に強いトレーナーだったという話だったのかもしれない。しかし、強いなりに理由というものが必要になってくるものだ。人間は理解出来ないほど強大な存在に対して理由を求める。一般化した取るに足らない人間でも、その成功譚が理解出来るように矮小化する。その過程で生まれた話だろうとアマツは思っていたのだが、カガリが意外な反応を示した。

『何だ。知ってるじゃん』

「本当だったのか?」

 思わず聞き返すと、カガリは、『一般トレーナーの話だけどな』と補足した。

『確認されたケースじゃ、そいつが最初だったとかどうとか。それまでも同調に似た現象はあったみたいなんだが、明らかに、っていうのがそいつだったもみたいだな』

「その少年、いや、今はもう私よりも年上か……。彼はどこに」

『全地方の諜報機関が躍起になって捜しているよ。生きたサンプルなんだからな。生きてれば、の話だけど。シロガネ山での敗北の噂以来、ぱったりと消息が途絶えたらしいからな』

 彼が生きている証拠はない。だが、彼を捕らえて同調の証拠を引き出せれば、ポケモンと人間は次の段階に進むだろう。きっと、それは種族の垣根を越える忌むべき行為だ。アマツは覚えず背筋を寒くさせて、声を発した。

「その、彼と同じ力をウテナ三等構成員が持っていると?」

『同じって言うのは語弊があるなぁ。彼が純粋種だとすれば、あの子は人工的に作り出された存在だ。無理やり薬で能力を引き上げられている』

「本来の能力ではないと?」

『三等構成員だぜ? そんな大した実力持っているわけないだろ。まぁ、件の彼女がどうしてその力を得たのかは直接聞きゃいいんじゃねぇ? だって部下なんだし』

 カガリの言葉にアマツは声を返そうとして躊躇った。部下。その言葉の持つ重みが圧し掛かってくる。部下を持たない主義だったのに、それを一時でも狂わされるのは我慢ならない。たとえそれがリヴァイヴ団との全面戦争のために必要な事だとしても。

『アマツさん。気ィ張り過ぎなんだよ』

 カガリの言葉にアマツはハッとしてポケッチに視線を落とした。

『部下は勝手に動いてくれるって。俺らが気にするよりも部下って有能だぜ』

「それはサヤカ二等構成員を見ているとよく分かる」

『え? 何? 俺馬鹿にされた?』

 カガリの声にアマツはフッと口元を緩めた。カガリが不満そうにぶつくさと言葉を吐く。

『……そりゃ、サヤカちゃんは優秀だけどさ。俺だってそれなりに頑張っているんだぜ?』

「理解している」

『本当かぁ? アマツさんはその辺、疑わしいからな』

 気安いカガリの声にアマツは救われるものを感じた。ともすれば重く沈みがちな自分の思考を平常に繋ぎとめてくれる。

「本当だ。……しかし、どう切り出すべきか」

 それが問題だった。ウテナの心を傷つけずにどうやって同調の事を聞き出せばいいのか。その課題に、カガリが簡単そうに言った。

『そんなの、隊長権限で知る必要がある、でいいんじゃん。サヤカちゃん言ってたぜ? アマツ隊長に根掘り葉掘り聞かれたって』

「嫌われているな」

 自覚しつつもアマツはそう思われている事を仕方がないと割り切っていた。興味を持ち出すと自分の探究心は相手を傷つけてしまう。相手の心の奥底へと土足で踏み込んでしまう。

『嫌われているってわけじゃないんだろうけど、探究心は時に毒だと思うな。興味があるだけで、相手の引いた一線を踏み越えちまうんだから』

 思っていたよりも自分の本心を見透かしているカガリに内心舌を巻きつつも、アマツは口にした。

「デリカシーがないとでも言うのかな」

『デリカシー云々は俺もないから何とも言えねぇけど。ウテナ三等構成員に対しては、まぁ、上官と部下という割り切りでいいんじゃないか。上官として知る義務、くらいでいいだろ。それ以上に踏み込まずにさ。ああ、でもあの眼の事は慎重にしたほうがいいかもな』

「右眼か。どうしたのだろうな」

『部下達の話じゃ前回の戦闘で負った怪我らしい。それまではウテナは火傷の痕もなかったし、普通の女の子だったって言うしな』

「前回の戦闘。リヴァイヴ団か」

 ここに来て因縁の名前が出てくる。大切なものを奪い去っていく悪の組織。許すまじ、という意思がベッドのシーツを強く掴んでいた。

『あいつら女の子の構成員にも手加減なしかよ。本当、虫唾が走るぜ』

「全く、その通り」

 アマツは怒りで思考が白熱化していくのを感じた。少女であるウテナを痛めつけ、一生の傷を負わせた。ウィルの構成員は任務に殉ずる姿勢が全員にあるといっても、ウテナはまだ乙女ではないか。

『アマツさん。あんまり怒りに任せるなよ』

 思考を読んだかのようにカガリの声が差し込まれて、アマツは熱した脳髄を冷ますように息を吐いた。

「大丈夫だ」

『大丈夫そうには思えないけどな。思い詰めないほうがいい。部下の事は部下の事。自分の事は自分の事だ』

「カガリ。私は君ほど器用には割り切れない」

 ある意味では、カガリを羨ましく感じる。そうやって割り切って考えられる事は一種の強みだ。

『それでも割り切るしかないじゃんよ。俺達隊長は部下の過去まで背負い込むほど、出来ちゃいないんだからさ』

 その言葉に暫時、沈黙を挟んだ。部下の過去を背負い込むほど強くはない。そう自負しているからこそ、アマツは今まで部下を持たなかった。誰かと深く関わろうとすれば、それだけ誰かの人生に介入する事になる。

 アマツは隊長格同士の交流すら、最小限に留めておこうと考えていた。

 ヤグルマが典型例だ。アマツはヤグルマと何度か会話を交わした事がある。しかし、人生を知ろうとは思わなかった。ヤグルマは実直な男だったが、その実直さに呑まれれば確実に二の轍を踏む事となる。誰かの失敗を失敗としてしか活かせないのでは意味がない。成功に変えるためには、誰かを踏み越える覚悟が必要になってくる。だから、踏み台にする人間に対しては感情移入しないほうがいい。

「そうだな」

 アマツはようやくその言葉を搾り出して、ポケッチに声を吹き込んだ。

「少し休む。切るぞ」

『ああ。またいつでも』

 その言葉を潮にして通話は切れた。アマツはベッドに寝転んで天井を仰いだ。同調の事、ウテナの事、部下を持つという事、リヴァイヴ団との抗争――。様々な事が浮かんでは消えていく。アマツは一度頭の中をリセットする必要があるな、と感じていた。目を瞑り、手足から力を抜いていく。思っていたよりもスムーズに眠りに誘われた。



オンドゥル大使 ( 2014/01/12(日) 21:16 )