ポケットモンスターHEXA BRAVE












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虚栄の頂
第六章 四節「WILL」
 ハリマシティの印象は言ってしまえば、ヤマブキシティの猿真似だった。

 立ち並ぶ高層ビルのデザインも、配置も、全てヤマブキシティと同じだ。カントーで生まれ育った身ならば、まるで故郷に帰ってきたような既視感を受ける。しかし、ここは異郷の地なのだ、とアマツは再認識する。タクシーに揺られながら、アマツは先ほどから喋ろうとしない女性構成員へと声をかけた。

「気分の悪いものを見せてしまって申し訳ない」

 アマツが最大限の厚意を向けた言葉に、構成員は、「いえ」と無愛想な声を返した。アマツは少し興味が出て尋ねる。

「君の名は?」

「サヤカです」

「階級は?」

「二等構成員です」

「ほう」とアマツは感嘆の声を上げる。女性で二等構成員は珍しかった。

「努力したんだな」

「いえ」

 謙遜気味に首を振るサヤカに、アマツは声をかけた。

「否定するところではない。そこはそれなりにとでも受け取っておけばいいんだ。まぁ、言葉の表面では否定してもいい。しかし、心の奥底では自分を褒めてやる。それがこの世界を渡っていく上での処世術だ」

「はぁ」と生返事が返ってくる。アマツは窓の外を眺めながら、「この街は」と口を開く。

「どう思う」

「どう、とは」

「君の眼にどう映る、と聞いているんだ。私はカントーの生まれでほとんど他地方には行かない。だから君の印象を知りたい。君は、恐らくはカイヘンの生まれだろう」

「はい。そうですが……」

 あくまで顔を振り向けずにサヤカが応じる。アマツは言葉を続けた。

「カントーの生まれの私からすれば、完全にヤマブキシティの二番煎じ、いやタリハシティの事があれば三番煎じか」

 タリハシティの名が出た時、サヤカが少し眉を跳ねさせた。その微妙な変化をアマツは見逃さない。

「タリハシティに、何か思い出でも?」

 心の奥底を突き刺すようなアマツの問いかけに、サヤカは、「いえ」と否定の声を出した。アマツは、「別に勘繰ろうってわけじゃない」と言った。

「ただ話の種に、と思っただけだ。私は部下を持たないのでね」

「あの……」と初めてサヤカから声をかけてきた。アマツは、「どうした?」と尋ねる。

「どうして部下を持たないんですか?」

「部下が死ぬのが嫌だからだ」

 アマツの発した言葉に暫時、沈黙が降り立った。どう返していいのか分からないのだろう。アマツは続けて言葉を発した。

「私が死ぬ分には、別に構わない。こう言うのも何だが、長はね、死ぬためにいるのだと思っている。長だけ生き残ったところで何になる? 継ぐ者がいなければ技術も、意志も途絶える。長は、どれだけ優秀な部下を育てられるかのためだけに存在する捨て石だ。だから、私は自分の命に価値を見出せない。だが、部下の命となれば話は別だ」

 アマツは片手を開いて掲げる。「例えば」と口を開く。

「この手に部下の命と」

 もう片方の手を掲げ、「私の命が乗っていたとする」と言った。サヤカは肩越しに振り返ってアマツの様子を見つめていた。

「どちらかを選べと言われれば、私は迷わずこちらを捨てる」

 自分の命だと示したほうの手をアマツは下ろした。サヤカが見入っている。

「後世に伝えるべきは部下の命だ。私の命などどうでもいいのだよ。ただ、死ぬわけにはいかない局面が多くてね。今日の航路だってそうだ。あそこで私が死んでいればリヴァイヴ団の増長を許すばかりか、君達は頭目を失った事で戦力が拡散していたかもしれない。だから、どうしても死ぬわけにはいかない場合以外は、私は命をさして重要とは感じていない」

「それが部下を持たない理由ですか」

「不満か」

 アマツが口元に笑みを浮かべながら問い返すと、サヤカは前を向いた。

「立派な心意気だと思います」

「思います、ね。君は私の事を信用していないな」

 返答はない。アマツは、「当然だろう」と口にした。

「死体の山を築き、制服も纏っていない人間を信用しろというのは無理な話だ。せめて手の内を明かせとね。しかし、私は隊長格の間でも手の内は明かさない主義なんだ。すまないね」

「いえ、別に」

「では、今度は私から質問していいかな」

 アマツの言葉にサヤカは背筋を伸ばした。了解の声はないが、アマツは言葉を発する。

「タリハシティに思い入れでもあるのか」

 サヤカが目に見えて緊張したのが分かった。背筋を強張らせている。アマツは、「答える義務はない」と言った。

「しかし、私もそれなりの事を話したんだ。情報は交換し合うものだ。一方的に見せつけるものではない。私が話したのはいわば矜持、目に見えぬ部分だ。無理やり晒せとは言わないが、誠意を見せて欲しい。同じウィルに属する人間として」

 アマツが両手を合わせて返答を待っていると、ハリマシティ中心街へと入っていった。道幅の広いハリマシティでは当たり前のように車が行き交う。アマツが窓の外を眺めていると、「私は」と声が発せられた。目を向ける。

「ディルファンス上がりなんです」

「ほう」と感嘆したような声をアマツは漏らした。ウィルにはディルファンスから上がって来た人間も多い。それは当時、カイヘン統括部隊にディルファンスの人間が多く所属した事に由来する。

 ウィルの構成員はほとんどがカントーの出身か他地方の出身者で占められている。これはカイヘンを客観的支配下に置こうというカントーの思惑が働いているのだが、その中でも特殊なのは俗に「ディルファンス上がり」と呼ばれる人々だ。

 自警団ディルファンスに所属していたのだからポケモンを扱った知識や戦闘技能には秀でている彼らを重宝しようという動きは上にはない。それはディルファンスがヘキサへと寝返った過去があるからだ。それでも戦う事しか仕込まれていない彼らは流されるようにウィルに所属する事となった。彼らは基本的に戦闘技能が高いが、上層部の意思によって昇級は望めない立場にある。ほとんど三等構成員以下だ。しかし、目の前のサヤカは二等構成員だと言う。それは血の滲むような努力を想起させた。

「ディルファンス上がりだという事は八年前のヘキサ事件の時」

「ええ。当事者でした。私はディルファンスとして空中要塞ヘキサ攻略作戦に臨みました」

 ウィルの間では空中要塞ヘキサ攻略作戦に臨んだ人々は英雄かまたはいつ寝返るか分からない裏切り者の扱いを受けている。英雄視する人間は少ない。たとえ彼らの経歴を詳しく知っていても、だ。

「ヘキサ事件か。その当事者である人と会えたというのは喜ぶべきと考えていいのかな」

「どうでしょうか。私はあの事件を風化させたくない。その一心でウィルにすがり付いているだけですから」

 それは上層部からしてみれば厄介事の一つに過ぎないだろう。面倒な人間だと思われているのかもしれない。

「私もあの事件には興味がある。こんな言い方をすると何だが、歴史が変わった瞬間というものがあるとすればあれだろう」

「当事者である私はそうは思いません。あれは、ただの怨恨でした」

 そう語るサヤカの口調には苦渋が滲み出ていた。何かをディルファンスの彼らは知った。その確信に、アマツは尋ねてみた。

「あの場所で何があった? 君達は何を見たんだ?」

「それは……」

 濁すサヤカに、「無理強いしようってわけじゃない」と片手を振って口にする。

「個人的な興味だ。α部隊の隊長だという事も、ウィルに属しているという事も忘れてくれて構わない。その時に何を感じたのか。それを知りたい」

 アマツはカントーを不浄の地だと認識させた事件に深く関わっていた人間が、何を思ってあの場にいたのか興味深かった。片手を指揮者のように振るい、「あの事件で様々な事が変わった」と続ける。

「カイヘンにおいては輸出入の制限。経済の停滞。政治家の頭が挿げ代わり、あの瞬間、カイヘンという一つの場所が丸ごと、シフトしたように感じられる」

 アマツが片手を返した。サヤカは黙っている。

「それは何もカイヘンだけではない。カントーも変わらざるを得なかった。いや、変わったというよりかは今まで被っていた羊の皮が暴かれたというべきか。カントーは狼の姿を晒した。弱った獲物に食いかかる狼だ。あの事件でカイヘンはカントーに大きな借りを作り、他地方にも顔向けできない場所となった。どこにも大きな顔のできないカイヘンはどうだ? 穢れを恥じ入る乙女か? 私はカイヘンの土を踏むのは初めてだが、流れる空気感というものは分かる。教えて欲しい。全てが始まり、終わったあの場所で、ディルファンスは何を見たのか」

 沈黙が降り立つ。アマツは答えを期待していなかった。口を閉ざすのもサヤカの判断だ。しかし、今の状況に至る原因を作ったヘキサの行動は意味がなかったわけではない。当時の話ではカントーの退役した四天王を動員し、空中要塞の破壊活動をしたとされるが、うまくはいかなかった事は後の世が証明している。空中要塞ヘキサで何が起こったのか。誰一人として語りたがらないその裏側に何があるのか。アマツは期待半分、諦観半分と言った具合で待っていると、サヤカが小さく言葉を発した。

「あれは地獄でした」

 その言葉にアマツは、ほうと声を出した。

「地獄、とは」

「信じられぬ者同士が殺し合う地獄です。私は未だにあの場所の事を思い出すと身震いします。決して譲らぬ力が拮抗し、黒と白が乱舞する光景が今でも夢に見ます」

「それほどに鮮烈な場所だったという事か」

「はい。しかし、希望もあったんです」

「希望?」

 不意に放たれた正反対の言葉にアマツは聞き返した。サヤカは頷いて、言葉を続ける。

「はい。私はポケモンと人間の可能性の先を見ました。絶望の象徴である空中要塞ヘキサを牛耳る意志、ご存知かもしれませんがあれは一人の男の私怨だったのです」

「存じている。キシベ、だな」

 ヘキサ事件の首謀者と見られる男の名前だ。しかし詳しい事は八年経った今でも分かっていない。本当にキシベなる人物がいたのか。どのようにしてヘキサ蜂起を企てていたのか。そもそもいつからの計画だったのか。明らかになっていない情報は多い。ほとんどの情報はカントーの上層部が握り潰し、真実は闇の中だ。どうしてカントーが情報を封鎖する必要があったのか。それは恐らくロケット団と深く関わっているのだろう。

 アマツは隊長とはいえそこまで踏み込んだ情報の開示を求める事は出来ない。情報を知りたければ、兵を辞し政治家にでもなるしかない。しかし、一度政治家になればもう二度と兵には戻れないだろう。アマツは政治家のほうに価値があるとは思えなかった。だから今の立場に満足している。

 サヤカは頷き、「本当に怨念で動いていたんです」と告げた。

「空中要塞が、か? 一人の男の怨念が動かしたとすれば、なるほど、凄まじい事だ。まさしく地獄と言ってもいい。だが、君は希望もあったと言った。希望とは何だ?」

「ポケモンと人間の可能性を超えた存在。キシベは王の誕生と呼んでいました」

「王、か」

 恐らく誰の事を言っているのか見当はついている。ヘキサ事件に関わり、王を冠する人物といえば一人しか思い浮かばない。

「だが、その王も今のカイヘンを変えるには至っていない。トレーナーの頂点には確かに立っただろう。しかし、王はまだ若い。その双肩に打ち捨てられたカイヘンの未来は重かったのだろう」

「その通りだと思います。王は必ずしも万能じゃない」

「政治と戦いは違う。いくら技量に優れたところで、統治に優れた人間とは限らない。カイヘンの王は戸惑っているな。だからこそ、このような治世なのだろうが」

「ウィルが存在し、リヴァイヴ団が存在するという事実が、何よりも証明していますからね」

 本来ならばウィルもリヴァイヴ団も必要ない。王、すなわちチャンピオンが統制する世界ならば余計な組織は混乱を生むだけだ。それがまかり通っているという事は、このカイヘンの統治は磐石ではない。アマツは八年前にこのカイヘンで玉座に上り詰めた少女の存在を思い出した。カイヘンでは二人目のチャンピオンである。防衛成績は凄まじく、一度としてチャンピオンの手持ち一体として倒された事はない。とはいっても、カイヘンでのリーグ戦は手持ち二体という制限つきだ。その状態では四天王を倒す事すら難しいだろう。

 現に、四天王突破が最も難関な課題とされている。攻略対象として最大の壁となるのが四人目の四天王、鳥ポケモン使いのレイカだ。手持ちがピジョットともう一体という情報だけならば簡単に突破できそうに思えるが、並のピジョットではないという。大抵の挑戦者はピジョットに一撃すら加えられないうちに終わる。

 カイヘンのポケモンリーグはそれだけ難易度が高いと言えるが、さして話題に上らないのは難易度の高さがそのままショーとしての不誠実さに繋がっているからだろう。

 挑戦者は勝てない上に、チャンピオンは別次元の強さを誇っている。これではまともな戦いを期待も出来ない。

 カイヘンではカントーを始めとする他地方のようなポケモンリーグの娯楽化は行われていないと言える。娯楽に成り果て、四天王がいざという時に地方の防衛の役に立たないのでは話にならないが、それでも強い力を見せ付けられるだけでは面白くないのだろう。アマツは群衆とは難しいものだ、と窓の外を歩いていく人々を見つめながら考える。

「君は王の誕生に立ち会ったわけか」

「はい。でも、信じられないですけどね。まさか私よりも若かったあの子がすぐにチャンピオンになったなんて。私、チャンピオンと握手したんです。対等な立場として」

 サヤカの声にはミーハーぶった興奮の響きよりも、その時の自分が信じられないという感じが強かった。どうしてその時には対等に振る舞えたのだろうという不思議が勝っているのだろう。

「なるべくして王は生まれたのか。はたまた、ヘキサの蜂起によって王の逸材が目覚めたのか」

 アマツの言葉にサヤカは首を横に振った。

「分かりません。私には何一つ……」

「言えるのは君が地獄から見事生還してきたという事だ。興味深いな。もう少し話を聞きたい」

 その言葉の直後、タクシーが停車した。アマツが首を巡らせていると、「到着しました」と運転手が告げる。サヤカがウィルの構成員である証を見せ、後部座席の扉が開いた。先に降りたサヤカが、「どうぞ」と促す。アマツはもう少し話していたい気分だったが、到着したのならば仕方がないと諦めた。

 目の前に屹立するのは壁のような建築物だった。視界いっぱいに横長の建物が広がっている。端で折れて、六角形を描いていた。ヘキサによって傷つけられたカイヘンの治安を維持する組織の総本山がヘキサと同じ六角形を戴いているのはどこか皮肉めいている。

 このような悪趣味なジョークを誰が考えたのだろう。アマツがサヤカに連れられてエントランスへと向かう。

 すると、入り口の前に人影があった。茶髪の少年だ。耳にピアスをつけており、ジャラジャラと装飾品を身に纏っている姿は軽薄な印象を与える。口元に笑みを浮かべて少年はアマツを見つめた。アマツは薄く笑んで、「やぁ」と片手を上げる。

「久しぶりだな」

「カントーから遠路はるばるご苦労様。α部隊隊長殿。どう? 隊首会の前にちょっと話でも」

 挑発じみたその声にサヤカがいさめる声を出した。

「カガリ隊長。アマツ隊長は疲れておいでなんです。あまりお手を煩わせないよう」

 どうやらサヤカは教育係のような位置づけにあるようだ。カガリ、と呼ばれた少年は、「はーい」と声を出して頭の後ろで両手を組んだ。

「サヤカちゃん、相変わらずきっついねー。もてないでしょ」

 カガリの声にサヤカはむすっとして応じた。

「余計なお世話です。隊長こそ、何しているんですか? 隊首会でしょう」

「うわ、そんな邪険に扱わないでよ、サヤカちゃん。俺だってさ、久しぶりにアマツ隊長やカタセさんに会えるってんで楽しみなんだからよ」

「隊首会には全隊長が出席するのか?」

 歩きながらエントランスをくぐり、サヤカが率先して会議室へと道を進む。カガリとアマツは歩幅を合わせながら雑談した。

「いんや。相変わらずδ部隊の隊長は駄目みたい。あの部隊は特別だからなー。お許しが出ているってわけ」

 ウィルδ部隊というのは他の実働部隊とは異なる働きをする。一言で言えば研究部隊である。道具やポケモンの生態を研究し、それを実働部隊であるαからεの戦闘に反映させるのが主な役割だ。しかし、α部隊は実質的にアマツ一人のワンマン部隊なため、反映されるのはβからεまでだ。加えてアマツがカントーでの実務がメインのために、δ部隊とは顔を合わせる機会はない。

「δの隊長は?」

「あの詐欺師スマイルのおっさん? 駄目駄目、全然見ないよ。そもそもδ部隊の奴ら見ないからね、俺らは」

「β部隊は新都の守りで忙しいか?」

「まぁね。俺達β部隊が新都守らないと、誰もやってくれないからな」

 ウィルはカイヘンを部隊ごとに小分けにしている。カガリが指揮する第二種β部隊は新都ハリマシティを中心に本土の防衛任務がつけられている。

 第三種γ部隊は北方、主にコウエツシティの守りだ。

 δ部隊は特例として防衛するべき地域はなし。

 第五種ε部隊が南方、ミサワタウンまでを統治下に置いている。

 それぞれの部隊には特色があり、β部隊はその防衛範囲の広さによる特性上、かなり大所帯の部隊となっている。構成員を一番多く抱えており、次に多いのがγ部隊だ。海を隔てた向こう側のコウエツシティの守りは本土とは別らしい。本土で跳梁跋扈するリヴァイヴ団と、コウエツシティで暗躍するリヴァイヴ団は同じ組織でありながらほとんど別の動きをする。だから、本土防衛部隊とコウエツシティを主とする北方部隊に分かれているのだ。特にコウエツシティはリヴァイヴ団の動きが盛んだと言う。

「そういえば情報が入っていた。γが壊滅させられたと」

「正確には壊滅じゃないけど、まぁほとんど使い物にならないレベルまでやられたみたいだなぁ」

 エスカレーターに乗りながらアマツとカガリは喋る。サヤカが先ほどから沈黙しているのは隊長同士の会話に割り込む事が失礼だと感じているからだろう。よく出来た構成員だと褒めてやりたかった。

「一般構成員か?」

「いや、一般に関してはそれほど。ただコウエツシティのカジノの資金洗浄がばれたり、任務についていた戦闘構成員が次々とやられたり、あんまり芳しくないな」

 コウエツカジノの資金洗浄については既に情報が入っていた。ポケモン同士による殺し合いとそれを賭けの対象にする違法行為。ウィルが率先して行っていた事が明るみになって形勢が不利に傾きかけている。カントーでもウィルを支持する中堅議員達が頭を悩ませるのはそのような金の流れについてだ。戦闘構成員が何人死のうが関心はない。

「γ部隊の維持に問題が発生するのではないか?」

「するだろうねぇ。なにせ隊長がやられたんだ。あのヤグルマさんが」

「ヤグルマがやられたのか? あの厄介なデスカーン使いが?」

「そ。まぁ、結構リヴァイヴ団に対して熱い人だったからなぁ。ボスの正体を暴く事に躍起になっていたし。俺らからしてみれば少し怖いぐらいだったよ」

 リヴァイヴ団のボスの正体。それは未だに謎に包まれている。決して表舞台に出てこないボスを闇から引きずり出そうと努力した人がヤグルマだった。ヤグルマは元々サラリーマンだったと聞く。そのような戦いからは無縁のところにいた人間がウィルに入るのには理由があったのだろう。推し量るしかないが、ヤグルマは自分の信念に殉じたと思う他なかった。

「そうか。惜しい人を亡くしたな」

「まぁね。あの人がボスの正体暴いてくれてたら、俺らの仕事ももう少し楽になっただろうなぁ」

「隊長。失礼ながら、死者を冒涜するのはいかがなものかと」

 前に立っていたサヤカが肩越しに視線を振り向けてカガリに声をかけた。アマツは意外だった。隊長に意見する構成員がいるとは。カガリはしかし、いつもの事なのか、「悪かったよ」と少しも悪びれていない口調で言った。

「サヤカちゃんの好感度下げたくないし、このくらいにしておくか。ヤグルマさんの事は残念だった。それで終わり」

 カガリが手を叩いて話を打ち切った。その様子が気に入らないのか、サヤカは睨む目を向けていた。真っ直ぐな人間だ、という印象を抱いた。かつてディルファンスに在籍していたという話もさもありなんと思われた。

「では、γ部隊はどうなった? 生き残りは」

 その話題にカガリは声を潜めた。

「その事だよ、隊首会。生き残りがいたんだと、一人だけ」

「戦闘構成員か」

「そうみたい。女の子だってよ」

 カガリはにやけた。この少年のこの性格は隊長としては難ありだ。

「β部隊に加えるのか?」

「ところが残念。βは間引くのはありでも、新しく加入させるには人が多過ぎる」

 カガリが肩を竦める。アマツが、「ではどの部隊で面倒を見る?」と尋ねた。カガリは、「いや、だからアマツさんを呼んだんでしょ」と指差した。

「私を? 何故?」

「アマツさんの部隊は万年部下なしじゃない。今回だけ特別に部下をつけようっていう算段なんじゃない?」

「冗談。私は部下を持たない」

「アマツさんはそう言うだろうけど、お上からのお達しじゃ断れないでしょ」

「総帥命令か?」

 少し強張った声でアマツは訊いた。カガリは後頭部を掻きながら、「さてね」と返す。

「そこまで重要度の高い命令とは思えないけど。せいぜい、α部隊で面倒を見てやってくれないか、程度でしょ。まぁ、γのその構成員がα部隊を志願しているってのもあるし」

「聞いてないぞ」

「言ったらアマツさん、嫌がってまずカイヘンに来ないでしょ。言うわけないじゃん」

 カガリは笑った。アマツは複雑な心境で前を見据える。長いエスカレーターが終わりに差し掛かっていた。体よく利用するために自分は呼ばれたというわけだ。アマツが深いため息をこぼすと、「そう嫌がる事ないって」とカガリが慰めにもならない言葉を発した。

「γ部隊ってかなりの強豪揃いらしいし、そう簡単には死なないでしょ。現に生き残ったわけだし」

 カガリはアマツが何故部下を取らないのか知っている。一度尋ねられた事があるからだ。カガリの軽い尋ね方に、ついつい口を滑らせて言ってしまった。カガリは誰かに言いふらすような人間ではなかったが、ある意味では弱みを握られたようなものだ。

「私は部下を持った事がない」

 エスカレーターから廊下へと踏み出す。「こちらです」とサヤカが先導する。「だから?」とカガリがアマツの顔を覗き込んだ。

「部下をうまく扱う自信がないって? 大丈夫だって。部下なんて勝手に動いてくれるもんだし、俺らは適当に自分なりの仕事をすりゃいいの」

 とんだ楽観主義に、そのような見方もあるのかと思いつつもアマツは不安を払拭し切れなかった。会議室の前でサヤカが足を止める。二等構成員であるサヤカは隊首会には出席出来ない。

「サヤカちゃん。またねー」とカガリがにこやかに手を振る。サヤカは仏頂面で無言を返した。

 会議室の中では既に一人だけ座っていた。黒いコートを身に纏った人間だ。眼光は鋭く、射抜くような光を宿している。猛禽の眼だ、とアマツは感じた。カガリが馴れ馴れしく、「カタセさん、もう来てたんですか」と言って歩み寄った。カタセ、と呼ばれた男はカガリにはあまり関心はないようだった。短く、「ああ」と答える。

「冷たいなぁー。同じ隊長でしょ? 仲良くしましょうよぉ」

 その言葉にも短く、「ああ」と返すだけだ。カガリはつまらないと感じたのか早々にアマツの下へと戻ってきた。アマツは空いている席に座る。カガリが隣に座ってポケットからゲーム機を取り出した。折り畳み式のゲーム機だ。黄色い派手な色味でステッカーが貼ってあった。会議室でゲームを始めようとするカガリをアマツはいさめた。

「カガリ。これから隊首会だ。慎め」

「暇なんだからいいでしょ。どうせ総帥が来たらやめますよ」

 カガリはゲームに熱中し始めた。アマツはため息をついてカタセへと視線を移す。カタセは喋る気など毛頭ないようで顔を伏せ気味にして黙って腕を組んでいる。アマツが何かしらの話題を探そうとするが、自分の中にそれほど話題があるわけでもない事に気づき、口を閉ざした。

 その時、会議室の扉が開いた。現れたのは禿頭の男だ。片目にモノクルをしており、杖をついている。カタセがまず立ち上がった。カガリがゲーム機をポケットに詰め込んで立ち上がり、最後にアマツが立って踵を揃えた。身に染み付いた挙手敬礼をする。禿頭の男は仕立てのいいスーツに身を包んでおり、全員を見渡してから返礼をした。

「待たせて悪かった」

 重々しい、低い声だった。その言葉にアマツが代表して返す。

「いえ。コウガミ総帥」

 コウガミと呼ばれたこの男こそがウィルを束ねる人間だった。コウガミは一番奥の席へと歩いていった。その後ろに小さな影がついてきているのをアマツは目にする。視認した直後カガリが、「うわっ」と声を上げた。アマツも思わず声を出しそうになった。小さな影は全身に火傷の痕があった。右眼を革製の眼帯で覆っている。毛髪は一本もないが、小柄な体型から少女である事は分かった。

「総帥。その、子は……」

 さすがのカガリも言葉を選んだ様子だった。総帥は一番奥の席に座り、息をつくと答えた。

「γ部隊唯一の生き残りであるウテナ三等構成員だ」

 その言葉にカガリが目を見開いた。女だとは聞いていたが、アマツもこれほどまでに幼いとは思っていなかった。まだ乙女だ。ウテナは顔を伏せて頭を下げた。カガリが目をぱちくりさせている。

「総帥。隊首会では一等構成員以下は参加出来ないはずでは」

 ここでのルールをアマツは口にした。コウガミは両手を組んで、「その事もある」と口にした。

「事はそう簡単ではない。まぁ、座りたまえ」

 コウガミの言葉に従って、全員が席についた。カガリはどこな納得がいっていない様子である。期待していた女性構成員が少女でなおかつ目を覆いたくなるような容姿では当然かもしれない。

「これは信頼出来る情報筋からの情報だ」

 アマツを始め、隊長三人が耳を傾ける。コウガミは一度瞑目した後、言葉を発した。

「来る三日後、リヴァイヴ団がここハリマシティにて演説を行うという情報を入手した」

 予想だにしていなかった言葉に全員が目を戦慄かせた。カタセでさえ、動揺が走ったのが見える。β部隊の隊長であるカガリが言葉を発した。

「ありえないでしょ。俺達が守っているハリマシティで演説なんて。しかもウィルの総本山ですよ」

「そうだ。しかし同時にリヴァイヴ団の総本山でもある」

 噂とはいえ総帥自身の口から聞くのは初めてだった。カガリへと目を向けると、カガリは苦々しげに、「そりゃ、そうですけど」と口にした。どうやら真実のようだ。敵対する関係にある組織が同じ街に根城を構えているのはアマツには奇妙に映った。

「リヴァイヴ団は三日後に動き出す。恐らくは演説だけでは終わらない。真の目的は新都の占拠だろう。させるわけにはいかない」

「当たり前でしょ。俺達の街で勝手なんて」

 カガリが声に出すと、コウガミも頷いた。

「ウィルは三日後のリヴァイヴ団の演説の阻止、及び新都防衛の任に就く。隊首会を開いたのはそのためだ。隊長格自ら、リヴァイヴ団掃討戦に臨んでもらいたい」

 思ってもみない言葉だった。アマツは衝撃さえ受けていた。カイヘンに着いた矢先にこのような巨大な作戦に組み込まれるとは。アマツが言葉を失っていると、カガリが口にした。

「奴らの目的を潰すんでしょ。やりますよ」

 カガリは俄然やる気のようだ。カタセは沈黙しているが、了承するのは明らかだろう。あとはアマツの返答待ちだった。コウガミがアマツへと目を向ける。

「アマツ。異論はあるか?」

 この場で異論など挟めるはずがなかった。

「ありません」

「ならばよし。各員、ポケッチを持っているな」

 アマツはカイヘンに渡るに当たってつけられたポケッチに視線を落とした。まるで首輪だ。

「情報と配置をポケッチに送る。現時刻よりウィル全部隊は戦闘態勢に入れ」

 カタセが立ち上がり、コウガミへと歩み寄った。ポケッチから情報を受け取る。カガリも立ち上がって情報を受け取る。あとはアマツだけだった。アマツは急な出来事に頭がついていかなかったが、隊長としてやるべき事はあると感じ、ポケッチに情報を受け取った。

「各々、情報は持ち帰って確認して欲しい。それと、もう一つ。ウテナ三等構成員の処遇についてだが」

 コウガミはアマツへと視線を移した。アマツが怪訝そうに眉をひそめる。

「α部隊への転属を志願している。どうか、α部隊で面倒を見てもらえないだろうか」

 厄介払いだとアマツは感じた。ウテナを見やる。どこの部隊でもこのような人間は持て余すだろう。ならば部隊への被害が少ないα部隊がちょうどいい。アマツは客観的に考えても、α部隊にすべきだと判断した。そこに主観的意見、つまりアマツの感情は入っていない。それを入れれば、ウィルという組織が円滑に回らなくなってしまう。アマツは頷いた。

「分かりました」

 アマツの返答にコウガミは満足そうに頷いた。

「そうか。よろしく頼む。こう見えても彼女は実力者だ。その実力は既に殉職したヤグルマが太鼓判を押している」

 ヤグルマの名が出たが、故人を哀れむような組織ではない。黙祷の一つも捧げないような無慈悲な組織がウィルだ。故人を懐かしむ暇があれば、反政府勢力駆除に一秒でも専念せよ。その教えは非情であると同時にこの組織においては真理だ。ウテナはアマツへと歩み寄ってきた。ウテナがしゃがれ声で、「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。アマツは無言だった。



オンドゥル大使 ( 2014/01/07(火) 21:50 )