ポケットモンスターHEXA BRAVE












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終幕の序章
第五章 四節「侵食密室」
 レナが眠ったのを確認してから、ユウキはランポへと話しかけた。

「ずっとこのまま護衛の任ですか?」

「というのは?」

 ランポは扉にもたれかかったまま座ろうともしない。張り詰めているのだろうという事は知れたが、緊張し過ぎても仕方がないとユウキは思っていた。

「全員で張っているんです。それほど気を引き締める必要はないんじゃないでしょうか?」

「フェリーで本土に着くまでの三時間。その間に襲撃がある可能性は充分にありうる」

「でも、僕らがいます」

 ユウキは拳で胸元を叩いた。自分だけではない。エドガーやミツヤ、テクワやマキシもいる。

「物々し過ぎやしませんか?」

「上からの命令なんだ。仕方がないさ」

 ランポは扉に備えつけられている窓から廊下を見やる。子供が声を上げながら走り抜けていくのが分かった。扉は随分と薄いらしい。ユウキは天井から物音がするのを聞いた。足音のようだ。どうやら上下左右全て薄い造りのようである。フェリーという特性上、ホテルのようなプライベート空間は期待出来ない。

 ユウキは、「でも」と声を発しかけて、腹の虫が鳴く声に遮られた。ランポがフッと口元を緩める。ユウキは腹を押さえた。

「腹が減っては戦もできぬ、か」

 ランポが笑う。ユウキは、「からかわないでくださいよ」と唇を尖らせた。

「朝からまともに食べていないんですから」

「そうだな。レナも寝ていないし食べていない。不眠不休は辛かっただろう。食事ぐらいなら俺が持ってくるが」

 ランポが扉のドアノブに手をかけかけて、ユウキが手を伸ばして制した。

「いや、リーダーが動く事じゃないです。僕が行きますよ」

 ユウキは立ち上がって、扉へと向かう。その背中にランポが声をかけた。

「エドガーやテクワ達も腹が減っているだろう。聞いてやってくれ」

「エドガーさんは船酔いでそれどころじゃないんじゃないですか?」

 そう言うとランポは笑った。

「そうかもしれないが、一応だ。呼びかけはやってくれよ」

「了解しました」

 ユウキは扉を開けて廊下に出た。隣室の扉をノックする。するとマキシが出てきた。

「テクワは?」

 その声にマキシが部屋の中央を顎でしゃくる。中を窺うとテクワは横になって寝ていた。部屋に備え付けのテレビが点きっぱなしになっている。

「さっきまでテレビ観てたんだが、退屈になって寝ちまった」

 マキシの言にユウキはテクワらしいと吹き出した。「何の用だ?」とマキシが尋ねる。

「お昼抜きでしたから。朝もそんなに食べていませんし、お腹が空いているんじゃないかと思って。上で確かバイキングだったはずです。一緒に行きませんか?」

 マキシが腹を撫で、テクワを窺った。テクワは寝息を立てている。

「そうだな。俺が行くよ」

 マキシの言葉にユウキは頷いた。連れ立って角部屋へと向かう。エドガーとミツヤがいるはずだった。扉をノックすると、案の定ミツヤが出てきた。

「おう、どうした?」

「お食事にお誘いしたくって」

 ユウキが言うと、ミツヤが頭を掻きながら、「旦那がなぁ」と眉間に皺を寄せた。

「やっぱり船酔いですか?」

 ユウキが部屋の中を窺うと、野獣のような呻り声が聞こえてきた。どうやらエドガーの声らしい。随分と苦しそうだった。

「ああ、結構酷い。俺はつきっきりで旦那の介抱するから適当に見繕ってきてくれ。俺もちょっと腹が減っているし、旦那もちょっとは腹に何か入れたほうがいいかもしれない」

「分かりました」とユウキは応じてマキシを見やった。そういえばマキシと二人きりになるのは入団試験以来だと考える。

 階段へと向かいながら、ユウキはマキシへと質問した。

「何が食べたいですか?」

「食べれりゃ何でも」というにべもない返事が返ってくる。

「何があるでしょうか」

「それなりのもんが揃っているだろ。金持ちも使うんだし」

 マキシの言葉は相変わらず冷たさを帯びている。心は許してくれたようだが、無愛想なのは相変わらずだ。ユウキは他の話題を探ろうとした。

「マキシは何が好きですか?」

 その言葉にしばし考える間を置いた。頭上を仰ぎながらぽつりと口にする。

「ハンバーガー、かな」

「ありますかね?」

「ないだろ。こんな船には」

 階段へと差し掛かる。ユウキはマキシの事をもっと知りたかった。マキシは少しチームとは距離を置いている印象がある。どうにかして溶け込んで欲しかった。

「コウエツシティに来る時もフェリーで来たんですよね」

「ああ、そうだな」

「その時は何を食べたんですか?」

「その時はテクワが馬鹿みたいに珍しがって色々食った挙句に腹を壊した。俺はテクワが食いきれなかった分をもらったから、何を食ったかまでは覚えていない」

 なるほど、とユウキは息をついた。どうやらテクワとはずっと一緒のようだ。

「仲いいですね」とユウキは口にしていた。マキシは、「腐れ縁だよ」と返す。

 腐れ縁でも断ち切れない絆と言うものがあるのだ。ユウキは素直に羨ましく感じた。階段を上がっていくと、特等船室の並ぶ上層へと辿り着く。真っ直ぐな廊下は磨き上げられたかのような清潔感があった。下層とは明らかに違う。廊下を歩くうちに食堂へと辿り着いた。背中を向けてテーブルに向かっている人影が見える。しかし、それ以外は閑散としていた。フードコートが奥に控えている。芳しい匂いが漂ってきたが、ユウキはそれ以前に違和感を覚えた。こうも人が少ないのはどうしたことだろうか。マキシも同じ印象を持ったようでユウキへと耳打ちした。

「おかしい。静か過ぎる」

 マキシはいち早く異常に気づいたのか、食堂の入り口で足を止めていた。ユウキは既に食堂の中に入っている。ポケッチを見やる。既に時刻は五時半だ。コウエツシティを出発して三十分が経っている。早い夕飯ならばもう準備しているだろう。

「タイミングが悪かったんじゃないですか?」

 ユウキが言ってマキシに中に入るように促すが、マキシは頑として聞き入れない。首を横に振って、「いや」と口にする。

「何かが奇妙だ。俺はこれより一歩も動かない」

 マキシは腰のホルスターへと手を伸ばした。ユウキには何が奇妙なのか分からない。首を傾げて、テーブルに一人座っている人影へと目を向けた。背中を向けている。後姿でスーツを着込んだ男だと知れた。もしかしたら、彼が一番乗りかもしれない。ユウキは声をかけようと歩み寄った。マキシが片手を伸ばす。

「やめろ。それ以上行くな」

 切迫した声に何かしら後ろ髪引かれる気はしつつも、ユウキはそれほど危ぶむ状況とは思えなかった。マキシは確かに動物的勘に優れる部分はある。だがここはフェリーの上で一般客もいるのだ。考えすぎだろうとマキシの勘を自分の中で却下する。

「大丈夫ですって。彼に聞きましょう」

 ユウキは男へと近づいた。しかし、近づくにつれ、何かがおかしい事に気づいた。スーツの後姿が微動だにしないのである。食事をしているのならば肩が強張る事もあれば、腕が揺れる事もあるはずである。だというのに、男は縫い固められたかのように動かない。ユウキは、「まさか」と自分を励ますように笑ってみせた。何かが起こっているわけがない。ウィルとて一般人には手を出さないはずだ。ユウキは、「もし……」と男の肩を後ろから掴んだ。

 瞬間、男の身体がごとりと崩れ落ちた。椅子ごと転がり、その顔が天井を仰ぐ。ユウキは息を詰まらせた。男の顔からは生気と呼ばれるものが抜け落ちている。砂漠のようにスカスカとした肌になっており、血色を失った土色の顔は叫びの形で固定されていた。手に持ったスプーンが床に滑り落ちる。その音でようやく気づいたように、ユウキは後ずさった。

「これは……こんな事が……」

 顔を手で覆って肩を震わせる。恐怖で身が竦み上がるかのようだった。何が起こっているのか。男の顔だけではない。露出した手も干からびたようになっている。

「まるで、ミイラだ」

 発した声に何か布切れが擦れるような音が聞こえた。ほんの小さな声にユウキが目を向ける。僅かながら男の指先が動いた。声帯を必死で震わせて声を上げようとしている。しかし、漏れるのは空気音と大差ない声だった。まだ生きている。ユウキが男の口元へと耳を近づけた。何かを必死に訴えようとしている。そう思ったからだ。

「何ですって?」

 耳元に風の音と同じような声が僅かにこびりつく。その声が告げる。

 ――逃げろ、と。

 ユウキが聞き届けるのと、マキシの声が弾けたのは同時だった。

「ユウキ! そいつから離れろ! 天井だ!」

 ユウキが顔を上げる。その視界の中に影が大写しになった。

 それは黄金の棺おけだった。

 背部から四本の手が伸び、天井に吸着している。棺おけの上部が拡張し、展開した。そこから覗いた闇の中に禍々しい赤い眼が光る。乱杭歯の並んだ歯茎を見せてその棺おけが落下してくる。

 ユウキは咄嗟に身を引いた。干からびた男へと棺おけから伸びた手が襲いかかる。ジャケットを指先が掠め、男の身体へと棺おけ本体が叩きつけた。男の身体が分散し、まるで砂のように弾け飛ぶ。ユウキは顔の前に手を翳した。棺おけが上部二本の手をばねのように大きく伸ばして身体を起こし、下部の手で安定させる。棺おけが先ほどまで男が転がっていた場所で屹立する。それは不気味な光景だった。

「何だ、これは……」

 ユウキは警戒よりも先にそれが何なのか分からなかった。一体何が起こっているのか。目の前の棺おけは何なのか。その答えが示される前に、マキシの言葉が弾けた。

「キリキザン!」

 振り返るとマキシがキリキザンを繰り出していた。光を振り払い、回転すると同時に出刃包丁のような腕に紫色の波動が宿る。肘先まで満たした波動がぶれたように位相を変えた瞬間、キリキザンが腕を振り上げた。「サイコカッター」だ。思念の刃が空間を奔り、棺おけへと真っ直ぐに命中した。棺おけが攻撃によって傾ぐ。下部の手が床に突き刺さり、倒れかけた身体を安定させた。

「ユウキ! こっちへ逃げて来い!」

 信じられないようなマキシの大声にユウキは弾かれたように駆け出した。棺おけから手が伸びる。ユウキの頭部を捉えかけた手を、前に転がって避けた。影の手が空を掴む。ユウキは食堂の入り口へと逃げおおせた。マキシの隣で、「あれは……」と肩で息をする。

「ポケモンだ。図鑑で見た事がある。名前はデスカーン」

「……デスカーン」

 ユウキは呟いて棺おけのような形状のそのポケモンを見やる。デスカーンは上部を展開させて赤い眼でキリキザンを睥睨している。現れた敵を警戒しているのだろう。

「タイプは?」

 真っ先に尋ねた。マキシはしかし、首を横に振る。

「俺にも分からない。ただエスパーの攻撃はさほど効いているようには見えないな」

 ユウキはその言葉に「サイコカッター」の突き刺さった身体を見やった。切り傷はほとんどない。黄金の表皮には光沢さえ感じられた。

「どうするんですか? キリキザンで様子を見るか、僕のテッカニンで仕留めるか」

 ユウキは周囲を見渡す。トレーナーがいるようには見えなかった。自律的にポケモンが動いている事になるがそのような事など可能なのだろうか。ホルスターへと手を伸ばし、ボールを掴む。緊急射出ボタンを押そうとして、指先に鋭角的な痛みが走った。思わずボールを取り落とす。マキシが振り返り、「どうした?」と尋ねた。ユウキが手へと視線を落とす。

「これ、は……」

 ユウキは目を見開いた。手が爪の先から皺くちゃに干からびていくのだ。水分が抜け落ちて土色になっていく。それは先ほどの男の姿と同じに見えた。

「攻、撃……。でも、いつの間に……」

 ユウキはついさっきの自分の行動を反芻する。デスカーンには触れてすらいない。いつ攻撃を受けたのかは不明だった。指先を開いて、ユウキは呼吸を荒くする。マキシが、「落ち着け」と転がり落ちたボールを拾い上げてユウキの手に握らせる。

「何が起こったのか俺にも分からない。モンスターボールは握れるか?」

 ユウキは指先の感覚を確かめるように握ろうとしたが、まるでコンクリートに固定されたかのように開いたまま動かない。指先の神経を確かめようともう片方の手で摘んだが、何も感じなかった。

「何も分からない。動かないんだ」

 ユウキの中で焦りが大きくなる。モンスターボールも握れなければテッカニンを繰り出す事も出来ない。マキシが震えるユウキの肩を引っ掴んで耳元で怒鳴った。

「いいから落ち着け! その手で握れなければ、もう片方の手で――」

 そう言いかけたマキシは絶句した。ユウキももう片方の手に走った痛みに顔をしかめる。左手も同じように土色と化していた。指先から徐々に水分が奪われていくのを感じる。感覚器が麻痺し、触覚が奪われていく。

「僕の、手が……」

 ユウキは絶望的に呟いた。マキシがデスカーンへと振り返る。デスカーンはのたうつ下部の手を使って、身体を前に倒し、上部の手で床を掻いた。少しずつ進もうというのである。突き刺さっていた下部の手が引き抜かれ、四本の手を足のように用いた。近づいてくる、という予感にマキシが片手を振り上げる。

「キリキザン、サイコカッター!」

 命じられたキリキザンがサイコカッターを撃ち放つ。床を裂いて思念の刃がデスカーンの頭頂部に突き刺さった。衝撃で床が捲れ、粉塵が上がるがデスカーンは健在だった。エスパーの技は効果が薄そうだ。

「接近戦に持ち込め! キリキザン!」

 キリキザンが床を蹴って跳躍し、デスカーンの前に立つ。デスカーンが顔を上げる前に、キリキザンは鋼の腕を振り落とした。刃の如く光の線を刻み込んだ一撃にデスカーンの頭部が床に沈む。

「効いている?」

 ユウキの声にマキシは、「いや」と首を横に振った。

「衝撃で床に打ちつけられただけだ。ほとんどダメージにはなっていない。見た目は岩タイプみたいなのに、何だ? 奴は。鋼の攻撃は効果抜群のはずじゃないのか」

 デスカーンの影の手がしゅるしゅるとキリキザンの腕に巻きついた。そのまま吹き戻しのようにキリキザンを引っ張り込む。マキシが声を上げた。

「キリキザン、メタルクローで叩きつけて離脱しろ!」

 鋼の腕が銀色の光を引いて再びデスカーンへと打ち込まれる。デスカーンの影の手が緩んだ。キリキザンがその一瞬の隙をついて床を蹴って後退する。前に来たキリキザンへとマキシが手招いた。

「ここから一度退くぞ。タイプが分からない相手には分が悪い」

 マキシの声にキリキザンが応じかけて、その声を鈍らせた。異常に気づいたマキシが声をかける。

「どうした? キリキザン」

 キリキザンは肩を震わせて片手を上げようとした。その手が硬直したように動かない。ユウキが目を向ける。キリキザンの鋼の腕が錆び付いていた。赤錆が侵食するように浮いて、出刃包丁の手が輝きを失っている。

「これは、どうなって……」

 マキシが声を失っていると、デスカーンが一声鳴いた。四つの腕を用いて床を踏みしめてくる。その速度は存外に速い。茫然自失の状態のマキシへとユウキは声を張り上げた。

「マキシ! 早く逃げないと!」

「違う。違うんだ、ユウキ。俺も逃げるつもりだった。早く、モンスターボールを握らなきゃいけない。なのに」

 マキシが震えながら振り返る。その手を見てユウキは瞠目した。マキシの手も土色に変化しているのである。干からびた指先は何か植物の根のようだった。

「なのに、俺もモンスターボールを握れないんだ」

 マキシが泣きじゃくりそうな顔で告げる。デスカーンが影の手をばねのように伸縮させて少しずつ近づいてくる。ユウキは指先に力を込めようとした。緊急射出ボタンを押して、テッカニンを出さねば。

 しかし、凍りついたように動かない。マキシが侵食されていく手を見つめながら、「ああ」と呻く。マキシの指先がしおれていく。キリキザンの手も錆びに覆われ始めていた。このままではまずいと感じたユウキは声を張り上げた。

「マキシ! 早く撤退しましょう! このままじゃ」

 その声にもマキシは気づいていないようだった。先ほどの自分と同じ状態に陥っている。ユウキは感覚のない手でマキシの肩を引っ掴んだ。それでようやくマキシは気づいたようだった。近づいてくるデスカーンを見やり、マキシはキリキザンの状態を確かめた。

「そうだな。逃げよう」

 ユウキとマキシはデスカーンに背を向けて走り始めた。キリキザンが背後から続く。一度振り返ると、デスカーンは食堂の入り口で動きを止めていた。追ってこないのか。それとも追う必要はないと判断したのか。

 ユウキとマキシは階段を駆け降りた。

 すぐにランポ達にこの状態を報せなければならない。

 ウィルは仕掛けてきているのだ。

 一般人も何も関係ない。ランポならばデスカーンについて知っているかもしれない、と感じたのもあった。この状況を打開する策を持っているのではないかという予感だ。階段の踊り場を抜けた時、既に右手はほとんど感覚がなかった。触覚を根こそぎ奪われたように何一つ感じない。ユウキはテッカニンのボールをホルスターに戻した。これではモンスターボールを投擲する事すら出来ない。

 キリキザンへと視線を向ける。キリキザンの手に浮いた赤錆は肘先まで至っていた。どうやらポケモンのほうが、侵食速度が速いらしい。

「マキシ。これはウイルスか何かでしょうか?」

 ユウキの言葉にマキシは、「分からない」と返した。マキシとて身体を蝕まれている。余計な疑問に答える余裕はないのかもしれない。

 ユウキは手を見つめる。ウイルスをばら撒くようなポケモンだとすれば、フェリーに乗っている乗客全員が既に危ない。ランポ達も被害に遭っているかもしれない。仲間達の干からびた姿が一瞬脳裏に浮かんでユウキは慌ててそのイメージを振り払った。今考える事ではない。

「ただウイルスだとすれば、俺達が食堂に踏み込むまで発生しなかったのがおかしい。お前は、全身が干からびた男を見ただろう?」

 マキシの言葉にユウキは食堂にいた男の姿を思い出す。そういえばあの男以外はいなかった。

「無差別なウイルスならば俺達だってあの状態にならなければおかしいんだ。もしかしたら有効射程範囲があるのかもしれない」

「射程範囲、ですか……」

 そう考えるならばデスカーンが見える範囲だろうか。しかし、それならば自分達を追い詰める事はほとんど不可能に近い、とユウキは思う。船室に閉じこもっていれば船旅を終えることが出来る。その可能性を視野に入れないウィルではないだろう。

「何か、攻撃のきっかけがあるんでしょうか」

 ユウキの声にマキシは、「分からないが」と階段を駆け降りた。

「この手じゃボールに戻す事も、繰り出す事も出来ない。とりあえずテクワ達と合流して、指示を……」

 その時、ユウキは背後にぞわりとした悪寒を覚えた。思わず振り返ると青い光が揺らめいている。一瞬、それがリボンの形状を取ったかと思うと、中央に眼が見えた。視界が一瞬で交錯し、ユウキが目をしばたたいた次の瞬間にはその光は消え去っていた。

「今のは……」

「どうした?」

 マキシが振り返る。ユウキは額を押さえて、「いや」と首を振った。

「何だか見られていたような」

 その言葉が消えぬうちに、天井から破砕音が響き渡った。ユウキとマキシが同時に目を向ける。砕けた天井から影の手が伸びてきた。デスカーンの手だと判じたマキシはキリキザンに指示を出す。

「キリキザン、サイコカッター!」

 キリキザンが手を振り上げる。しかし、紫色の波動はほとんど霧散しており、威力は減衰していた。サイコカッターの刃が影の手に突き刺さって一瞬だけ動きを止めさせる。ユウキとマキシは船室へと続く廊下を走り抜けた。デスカーンが影の手で天井の穴をこじ開ける。

 キリキザンで応戦するのは限界だと感じたマキシはキリキザンを呼びつけた。先ほどよりも赤錆は酷く、不用意に振り翳せば折れてしまいそうだ。

「どうするんです?」

「テクワ達に応援を頼む。じゃなけりゃ、俺達はこのまま……」

 そこから先の言葉をマキシは濁した。このまま、どうなるのだろうか。ミイラ化した男の姿が脳裏に浮かび、ユウキは嫌な汗が首の裏に滲むのを感じた。


オンドゥル大使 ( 2013/11/23(土) 21:28 )