ポケットモンスターHEXA BRAVE












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終幕の序章
AGGRESSORU
 彼はオオタキの死に最も近かったとして事情聴取を受けた。彼は必死に話した。オオタキは何者かの操るポケモンに殺されたのだと。しかし、誰も聞き入れなかった。

 突発的な自殺。そう結論付けられた彼はオオタキの死の直前の出来事を反芻する。

 ――あれは、何だったのだ。

 青白い影。あれがオオタキを死へと誘ったように思えた。彼はその日から仕事も手につかなくなった。

 オオタキの死の真相を解き明かす。それが何よりの供養だと考えたのだ。彼は会社を辞め、タマムシ大学へと戻り、オオタキを殺したポケモンを探った。彼の業績を認めていた教授は、彼に特別な研究施設と費用を与えた。

 何者か、を求める彼の研究は傍から見れば異様にも映った。手を伸ばしても何もない闇を掻くだけかもしれない。そのような不安が毎夜襲い、オオタキが何度夢枕に立って、「もういい」と告げたか分からない。

 自分はひょっとすると、オオタキの死を侮辱しているのではないかと思う時もあった。それは何よりも許されない罪悪だろう。彼は苦しんだ。研究は遅々として進まず、いつまでも放逐しておくわけにもいかない教授は彼に、「一年だ」と制限を設けた。

「残り一年で解決出来ない問題ならば諦めなさい」

 その宣告は彼の耳には絶望的に聞こえた。カントーではこれ以上研究を先延ばしにする事は出来ない。オオタキの言う通り、もういいのかもしれない。過ぎた事だ。自分の背負う事ではない。彼には当時付き合っていた女性がいたが、研究に走る彼に愛想を尽かし出て行ってしまった。最早彼にはオオタキの死の研究だけが生きがいだった。それは歪なあり方だ。他人の死を理由に自分の生を正当化する。間違っていると、誰もが口にした。

「もっと楽に生きろよ」

「他の生き方もあるだろう」

「いつまでも縛られるな」

 それらの言葉の多くは救済だったが、彼を心の闇の淵から本当に救い出してくれる言葉ではなかった。

 彼はポケモンの技の研究に的を絞った。オオタキを襲ったのは間違いなく、オオタキの話の中にあった謎のポケモンだ。彼は今研究機関に上がっているポケモン図鑑のデータとトレーナーの記録から種類と技を洗い出そうとしたが、オオタキの言にあった、「ガムのような手足」のポケモンなどいなかった。さらに言えば、変身するポケモン、という言葉がネックとなった。

 進化ではない、という確信は彼の中にはあった。短時間で進化するポケモンはいる。しかし、それらはどれも弱い個体である。高高度からの落下に耐えうるポケモンではない。オオタキの言葉を思い出す。

 ――そのポケモンは何かを守っていた。

 守っていたとすればそれは何か。彼はその保護されていた対象がトレーナーではないかという推論に至った。もちろん、教授は暴論であると棄却した。

「トレーナーを保護するという精神的支配下にあったとしても、君の言う落下に耐えられて、なおかつ自分で判断するポケモンなど聞いた事がない。加えて変身だと? そのような例はないよ」

 やはりか、と彼は歯噛みすると同時にある推論に達する。それはまだ発見されていない、あるいは発見されていたとしても個体数が極端に少ないポケモンであるという事だ。そうでなければ、変身のメカニズムを解き明かすには至らない。落下に耐えうる強度を持つポケモンの資料を漁ったが、どれも現実味を帯びたものではなかった。強度なポケモンはまずそれほどの高度を飛行する必要がない。鋼タイプに絞ったとしても、オオタキの言葉の中にあった流星のような、という印象には程遠い。タイプからの絞り込みを、彼は半ばで断念した。ポケモンは数が多い。その上、未発見の種類も増えていく。その度に新しい資料に目を通していては人生が何回あっても足りないと感じたのだ。

 彼は技からのアプローチに入った。しかし、すぐにそれも諦めざるを得なくなる。オオタキの証言の中に技に関する言及は少なかった。あったとすれば、オオタキを死に至らしめた技だ。あの場にポケモンはいなかった。だとすれば、何らかの条件付きで技が発現するようになっていたのだろう。オオタキだけ傷を負わされなかったのもそれで説明がつく。オオタキにも既に技が放たれていたがオオタキが気づかなかっただけなのだ。

 ――恐らく、鍵はあの話だ。

 彼はそう感じた。降ってきたポケモンとトレーナーに関する話。それが鍵だったのだろう。

 しかし、オオタキは今までもその話をしたと言っていた。ならば何故、オオタキはあの場で死んだのか。全ては予定された未来の中にあったのか。彼はオオタキの記憶の中の深部にこそ、その鍵があるのだと確信した。オオタキが今まで話していたのは話の表層だった。酔いが回って、話の深部に踏み込んだ。よってオオタキはかねてよりかけられていた技によって殺された。そう考えるのが妥当に思えた。

 どの部分か。彼はオオタキとの会話を書き出し、特に印象に残った部分を抜粋した。謎のポケモンについての話、青白い流星、そのポケモンの守っていたもの、変身、ガムのような手足を有するという形状――。

 彼は変身にこだわった。そのポケモンを特定する重要な因子だと感じたのだ。変身、ではないが、形状を変化させるポケモンの例はあった。

 それこそがフォルムチェンジだ。比較的近年になって多くの個体に見られるようになった現象である。中にはタイプまで変わってしまうポケモンもいるそうだ。彼はその中でも、人型に近いポケモンを探した。しかし、記録にはそのようなポケモンは存在しない。彼はそこで野生個体には見られないのではないか、と考えた。野生ではないポケモン、たとえば人工的に造られたポケモンならばどうだ。彼はオオタキの言っていた宇宙空間でテロがあったという話を思い出した。大規模なテロといえば五年前だ。資料を引っ張り出して、彼は確認する。

 見つけたのはリヴァイヴローズと呼ばれる低軌道宇宙ステーションの爆破テロだった。リヴァイヴローズでは宇宙空間でしか見られないポケモンの生態を研究していたらしい。

 もし、その中に新種かあるいは突然変異のポケモンがいたとすれば。

 彼はリヴァイヴローズの研究データに的を絞った。リヴァイヴローズの資本を出していたのはホウエンだ。宇宙開発が盛んなホウエンへと彼は視察を兼ねて向かった。そこで彼は驚愕の事実を知る。リヴァイヴローズ計画の責任者は既に解雇されており、その男は二年前に変死したという。彼はその責任者の後任を探したが、リヴァイヴローズ計画に関わる資料はほとんど削除されていた。研究データを持っているはずの研究者達は同じように死んでいるか、あるいは他地方へと渡っていた。

 相次ぐ変死、リヴァイヴローズという糸口は潰えたかに思えた。しかし、彼はそこである地方の噂話を思い出す事になる。カイヘン地方で幅を利かせるウィルに対抗する組織、リヴァイヴ団。リヴァイヴローズとの因果関係は立証できなかったが、彼には何かしら感じるところがあった。オオタキが件のポケモンを見たのもカイヘン地方だ。

 カイヘンに何かがある。彼はその確信を胸にタマムシ大学を後にした。教授は彼を金食い虫のように思っていたのでその考えにはすぐに同意した。カイヘンで彼が目をつけたのはリヴァイヴ団だったが、この組織は掘り返せば掘り返すほどに底が見えない。団員は何人なのか、どうやって入団するのか、そもそも活動資金はどこから来ているのか、活動目的は何なのか――。

 リヴァイヴ団の内側からそれを探るのは危険に思えた。彼らはボスを恐れている。しかし、そのボスは一度として表舞台に出た事はない。不文律の掟だけが、彼らの中で確かな恐怖として屹立している。

 ――ボスには手を出すな。

 その掟がならず者の集団である彼らを纏め上げている。決して探ってはならないボスの正体。彼は推測する。もしかしたらボスの持つポケモンこそが、オオタキの見たポケモンではないのか。カイヘンであるという事、決して姿を現さないボスとそのポケモン。しかし実力は知れ渡っているという事実達が告げているのだ。

 ――オオタキは見てはならないリヴァイヴ団のボスのルーツを見、そして殺されたのだ。

 彼の中で憶測が確信めいた色を灯した。リヴァイヴ団を探ろうにも内側からでは危険が伴う。ならば、と彼が選んだ場所はウィルだった。リヴァイヴ団の動向に目を光らせるウィルならば、もしかしたらリヴァイヴ団の本当の目的に辿り着けるかもしれない。ボスの正体を暴けるかもしれない。

 彼はウィルに入る事を決意する。タマムシ大学出身という箔がここに来て役に立った。ウィルの構成員として潜り込んだ彼は前線に出る事の多い戦闘構成員に志願した。

「命を捨てるつもりか?」と同期で入ってきた人間には言われたが、前に出なければリヴァイヴ団の尻尾は掴めない。オオタキの未練は晴らせないのだ。彼は一年に及ぶ研鑽の日々の末に、戦闘員の隊長格にまで上り詰めた。

 他人は出世株だと囃し立てるが彼の意識はそこにはない。より高い地位に就き、より高度な情報を得る。ただそれだけだった。彼はオオタキの死に繋がりそうな情報、つまりリヴァイヴ団のボスに繋がるであろう情報を掻き集めた。

 その結果、R2ラボと呼ばれる場所が発見された。遺伝子研究を表向き行っているとされているがリヴァイヴ団寄りの研究所らしい。当然、ボスのポケモンのメンテナンスも行われているはずだ。彼は即座に草を放った。しかし、放った戦闘員は帰らずじまいで、残りの構成員も何も掴めなかった。彼は苛立った。もう喉元まで来ていたのに、それを逃すとは。何たる失態かと彼は自分を責めたくなったが、そんな事をしても仕方がないことは分かっていた。そんな時だ。目的を失いかけた彼へと情報が舞い込んできた。

 ――件の研究所を束ねていたカシワギ博士の娘がリヴァイヴ団に保護された。

 彼はその一報に腰を浮かせた。地下組織が研究者の娘を保護してリスクを増やす意味は一つしかない。

 その娘こそが鍵なのだ。

 彼は散らばった資料を束ね、カシワギ博士の娘の事を調べ上げた。当然、保護したというリヴァイヴ団のチームについても。そのチームはつい最近コウエツシティのカジノの裏を暴いたチームだった。着々と勢力を伸ばしているチームであり、ウィルの中でも監査対象に入っていた。

 そのチームの名は、ブレイブヘキサ。

 彼は考えを巡らせた。コウエツシティにいつまでもいるようなチームではないだろう。必ず、その日のうちに動き出す。部下に張らせていると、報せが届いた。

 ――ブレイブヘキサが動いた。娘を本土に渡すつもりだ。

 彼はそれだけは阻止しなければならないと感じた。本土に渡るという事は完全にボスの庇護の下になるという事だ。娘から情報を引き出せなくなる。リヴァイヴ団を上層部は侮っているが、彼だけは違った。彼は優秀な本土の部下へと先んじて指示を飛ばし、自身も娘の引き渡しを阻止するために動き出した。

 その日の便でブレイブヘキサは本土へと渡る。全員を無力化し、娘を手に入れるのは今しかない。


オンドゥル大使 ( 2013/11/18(月) 22:11 )