ポケットモンスターHEXA BRAVE












小説トップ
裏切りの烙印
第四章 一節「敵について」
 目を開くと無辺の闇が広がっていた。

 それを闇、と認識できるのは自分という存在に温度を感じられたからだ。白い手が闇を掻いている。闇は触れるたびに粘度を増す。まるで皮膚の毛穴という毛穴から染み付いてくるように、闇は色濃い。赤くもなく、青くもない。まさしく漆黒という呼び名が正しい。その中で浮かんでいるのは自分の思考だけだ。

 ――どうしてこんな場所に。

 最初に浮かんだ思考はそれだったが、次いで浮かんだのは、自分が何者かという問いかけだった。彼は答えを持っている。

彼≠ニいうのが今浮かんだ答えの片鱗だ。自分はどうやら男のようである。彼は胎児のように丸まりながら、闇の中を流転する。ぎゅるぎゅると、闇が回転して彼の周囲へと纏わりついていく。終わりなき闇の螺旋を描きながら、彼は益のない思考に身を任せる。

 ――ここはどこだ?

 彼は頭を上げた。そこで自分には頭部がついているのだと知る。ふわり、と頭は浮かび上がったが、後頭部にぬめりとした感触を伴っていた。泥水にでも触れたような不快感。彼は首を回した。背後を振り返る事が出来たが、何もない。闇ばかりが広がっている。

 闇だけというのは奇妙だ。

 闇とは本来、知覚する者がなくては存在し得ない。闇と言っても、赤だったり青だったりと色はある。しかし、自分の中に類似色を見出せない。彼は知覚する脳をフル回転させた。ここはどこなのか。自分は何なのか。

 その時、言葉が弾けた。虹色の光を纏いながら、くるくると回転して目の前で乱舞する。彼は言葉を拾い上げた。そっと、割れ物に触れるように。彼の拾い上げた言葉は一つ。

「裏切り者」だった。

 その言葉から黒白の景色が滲み込んで闇を侵食した。

 闇の中に幾つもの切れ目が浮かび上がる。彼はうろたえながら、言葉を手の中に隠した。切れ目が裂け、巨大な眼球が彼を睨み据える。彼は思わず悲鳴を上げそうになったが、そこで喉が震わせられない事に気づく。黒白が分かれ、眼球となり、視線が注がれる。ちっぽけな彼は竦み上がるしかない。

 彼は逃げ出した。

 ここではない、どこかには何か特別なものがあると信じていた。

 しかし、彼の目に飛び込んできたのは、闇ばかりだった。何一つ、光の一欠けらすら掴める気配がない。

 彼は声を上げて泣こうとしたが、涙が伝い落ちる事はなかった。涙の代わりに白い液体が彼の頬を伝う。闇に一滴として落ちると、そこから波紋が広がり、様々な景色を映し出した。その中に、彼は自分自身を見つけた。確証はないが、あれは自分だ。そう思える人物が映り込む。

 片目を長い前髪で覆い隠した青年だ。特別痩せているわけではないが、太っているわけでもない。中肉中背で、片目を隠していなければ印象にも残りにくい。彼は同じように片目に触れようとした。その指をふわりとしたものが邪魔をした。髪の毛だ、と彼はそれを引っ張って感じる。闇の中なので、本当に髪の毛かどうか怪しかったが、彼はそう信じる事にした。

 それと同時に確信して地面を――天地の境がないために矛盾した言葉ではあるが――眺めた。地面の中に浮かぶ波紋の中、前髪の青年が話している。その青年の前には一人の青年がいた。長い茶髪で鳶色の鋭い瞳を持つ青年だ。

 ――ランポ。

 彼の意識がそう認識する。彼は目の前に立つ青年の名前を知っていた。意識の根底に刻まれたその名を彼は心の中で反芻する。

 ――ランポ。

 不思議と胸の中が熱くなった。口にしなくてもそれだけで満たされる感触がする。彼は視点を移した。頬を白い液体が伝い落ちて、また新たな波紋を生み出す。
次に浮かんだのは筋骨隆々な青年だった。眼鏡をかけており、無愛想な顔立ちは彼を見ていない。しかし、突き放すようでもない。彼の事を心根では気にしている、そう取れた。青年の眼が彼へと向けられる。彼は無意識的に呼んでいた。

 ――エドガーの旦那。

 彼の心の声にエドガーと呼ばれた青年は口元をそっと綻ばせた。慣れていなくては笑ったと認識出来ないほどの微笑。彼は微笑み返そうとして、頬の筋肉一つ動かせない事に気づく。

 闇が毛穴から染み込んで、自分の意思を内在的に奪っているように思えた。彼は身体を抱こうとするが、それすら自由ではない。闇が彼の手足へと、枷のように引っかかっている。

 振り解こうともがくと、鋭敏な痛みが走った。彼は深く呼吸して、心拍を整える。その時になってようやく、自分の中に鼓動を見出せた。

 今までどうやって動いていたのか、それを思い出すまでに時間がかかった。凍結していたような鼓動が熱を刻む。彼は内側からの熱に任せるがまま、白い液体を眼から流す。続いて滴り落ちた波紋が映し出したのは、見知らぬ少年の顔だった。見知らぬはずなのに、彼はその少年に対して激しい憎悪の念を抱いている事に気づく。身を焼き尽くしかねない憎しみが身体から湧き上がり、全身の血管を沸騰させそうだった。少年の名前が波紋から彼へと伝わる。

 ――ユウキ。

 ユウキへとランポが視線を向ける。エドガーが微笑みを寄越す。彼はそれが耐えがたかった。目を瞑ろうとしたが、目は縫い付けられているかのように固定されている。ユウキから視線が外せなかった。ユウキは二人の少年を引き連れていた。

 ――テクワ、マキシ。

 後ろに続いている少年達はまだ正視出来た。

 だが、ユウキは駄目だ。

 ユウキだけが浮いて見える。自分の中で異物として映る。ランポとエドガーの中にユウキは入っていく。彼は無意識的に手を伸ばした。

 その中にユウキが平気な顔をして入って行くことが、彼には許せなかった。

 神経が引き千切れる音が断続的に響き渡る。

 それでも構わなかった。

 ユウキを野放しにするわけにはいかない。彼の思念はそれだけに割かれていったといっても過言ではない。意識が研ぎ澄まされ、ユウキを見据える自分の瞳に感情が揺らいでいる事が分かる。憎悪、嫌悪、拒絶、どの言葉一つでも言い表せない感情が渦を巻き、ぎゅるぎゅるとまた闇が流転する。闇の中で彼はまた胎児の丸まりとなって、どことも知れぬ闇の果てへと堕ちていく。

 このままでは駄目だ、と感じたのはようやくだった。彼は目を見開き、ユウキを睨んだ。すぐ傍まで距離の狭まった顔。平然とした顔が煩わしい。澄まし切っている。

 彼の心の中で苛立ちがマグマのように熱を持つ。吐き出してしまいたかったが、彼の口もまた閉ざされていた。目は見開かれ、口は閉ざされ、全身は闇に囚われている。まるで闇という牢獄の中にいるようだ。ならば自分は咎人か。問いかけた思考が眼から伝い落ち、波紋となって地面を埋め尽くす。

 ――君は誰だ?

 彼の心の問いかけが他者の言葉となって吐き出されたのだと知れた。彼は涙の紛い物を流して応じる。波紋が広がり彼は問いかけた。

 ――ここはどこだ?

 原初の問いかけがようやく問いの意味を持った。彼は闇の地面と対話する事にしたのだ。彼の問いかけへと、自身の波紋が答える。

 ――君は、どうしてここに来たのか理解しているか。

 その言葉はどこか責め立てるようであった。まさしく彼の事を罪人と断じているかのようだ。彼は首を横に振ろうとしたが、闇ががっちりと食い込んで外れなかった。

 ――分からない。

 波紋の返事に、闇の地表は答える。

 ――思い出せ。

 ――無理だ。

 彼は頭を振る。手で額を押さえた。それだけで身が引き千切れるような激痛が走った。痛みと共に何かが脳内でフラッシュバックする。弾けた記憶が極彩色を放って、彼の中で制御出来ない奔流となる。彼は額を走る疼痛に身悶えした。痛みを抑えようと手を伸ばすが、それが更なる痛みに拍車をかける。彼は闇を空気のように吸い込みながら、眼から白い液体を流す。波紋が地面に広がり、さらなる問答を繰り返す。

 ――思い出せ。自分が何者か。

 ――誰だ、あなたは。

 ――思い出せば自然と分かる。

 彼は闇の中で天上を仰いだ。喘ぐように荒い息を繰り返す。脳へと切り込むように思考を走らせるが、彼の脳はがらんどうのように微動だにしない。きっと壊れてしまったのだ、と彼は感じて頭を抱える。ゴゥン、ゴゥンと海鳴りのような音が連続して響き渡る。その中に記憶に繋がるものがないか、彼は必死に辿ろうとしたが、海鳴りは逃げ水のように彼の手から滑り落ちる。彼は必死に捉えようとする。記憶の手がかりを手放すまい、逃がすまいと手を繰るが彼の手はせっかくの記憶を自身の記憶として定着させる事が出来なかった。ぼんやりと浮かび上がり、音だけを残して彼の耳に残響する。

 ――聞こえるだろう。

 弾けた言葉に彼は目を向けた。音の事を言っているのだろうか。問いかける声は声にならず、代わりのように波紋が広がった。

 ――お前は、聞こえているはずだ。

 彼は耳をそばだてる。微かに、彼の名前を呼ぶ声が聞こえる気がした。彼は目を向ける。波紋が伝い落ちて、声の広がりをみせた。

 ――それではない。

 導く波紋の言葉に、彼は目を転じる。波紋が押し広がって、彼へと言葉を投げかけた。

 ――お前の居場所はどこだ。

 その声に彼は首を傾けた。居場所とは。つい最近、その思考が頭に上った気がするが、それはついぞ思い出せなかった。代わりのように波紋の中にユウキの顔が浮かび上がる。ユウキに関連した事に違いないのだが、決定的な何かが欠けている。

 欠損が彼には分からない。

 首を傾げると、闇が背中から引っ張ってきた。背骨を引きちぎられるのではないかというほどの激痛が彼を見舞う。どうやら迷う事は許されていないらしい。彼に許されているのは、涙の紛い物を流す事だけだ。あとは呼吸と、微かな視覚と聴覚情報だけ。呼吸とて闇を吸い込んでいるのだから、生きている心地がしない。

 ――生きている?

 自分は生きているのだろうか。彼の心の底に湧いた疑問は蛆虫が這い上がるように、彼の脳裏を満たした。闇の中、自分はあらゆる活動を制限されている。これは生きていると呼べるのか。彼の疑問が顎のラインを引く雫となる。地表に落ちて、疑問が白日の下に晒された。

 ――生きているのか。

 ――お前は、生きている。だが、本当の意味で生を享受していない。

 生を享受とはどういう意味なのだろう。彼が疑問を浮かべていると、今度は後頭部を引っ張られた。獣のような声が彼の喉から漏れかけるが、口を閉ざされているために呻きとして処理される。彼は悲鳴を上げようとしたが、それすら自由ではない。彼の意思が介在するところ、何一つ自由ではなかった。

 ――闇に囚われているのではないか。

 浮かんだ考えが雫として落ちる。言葉に変化し、彼はここでの隠し事は意味を成さない事に気づいた。

 ――お前の、名前は。

 眼球がぐるりと彼を見据える。彼は逃げ出そうとしたが、闇を掻いても掻いても前に進めなかった。泥の沼に落ちたかのようだ。闇の中で不意に浮かんだ黒白である眼球が、彼の頭上へと至る。まるで思考の読めないそれは絶対者の眼差しだった。

 ――問え。お前の名前は。

 波紋として流れ込む言葉の渦に彼は頭を抱えた。沼の中に頭を沈みこませる。波紋がより鮮明に脳裏に描き出された。

 ――お前の、名前は何だ。

 ――名前、名前は。

 彼は必死に記憶を探る。先ほど、海鳴りの向こう側に置いていってしまったのか。どうなっているのだ。自分でも理解不能だった。沼に顔を沈めると、さらに問い質す声が響く。

 ――名を。問いかけろ。

 ――名前は。

 その声に一つの言葉が形状を成した。身のうちから言葉が広がる。

 ――ランポ。

 ――違う。

 その声が雷鳴の如く響き渡り、彼の全神経を貫いた。彼は苦悶に耐え忍ぶしかなかった。浮かんだ言葉の一つ目がそれだった。ならば、二つ目か。

 ――エドガー。

 発した瞬間、またも否定の雷鳴が響き渡る。全身を焼き焦がされているかのような痛みに意識が飛びそうになる。それでも浮かんだ思考は躊躇の間を置く事なく波紋として吐き出される。

 ――テクワ、マキシ。

 セットで吐き出された波紋はどちらも違ったらしい。きしりと衣がすれるような音と共に、雷鳴が全身を引き裂いた。一瞬、腕が飛んだのかと思わされる。腕は付け根からちゃんと生えていたが、痛みがそれを暫時忘れさせていた。彼は自分を俯瞰する眼を肩越しに窺う。

 まさに絶対者の眼が見下ろしている。自分の過去も未来も、現在も、全てがその眼の前では無意味に思えた。隠し立てはためにならない。それどころか、絶対者は彼の嘘をたちどころに見抜き、醜い波紋として浮かび上がらせる。絶対者の波紋が浮かぶ。

 ――誰だ、と訊いている。

 誰なのか。それを知りたいのはその実、彼自身だ。彼の心がそれを望んでいるにも関わらず、彼の何かが拒絶する。沼の上に、ユウキの顔が浮かぶ。彼は手で薙いで波紋を掻き消した。しかし、波紋は消え去るどころかさらに深く刻み込まれる。彼の心に爪痕を残す。彼は身を翻して叫び出したくなったが、絶対者の眼が迫り、それを許さなかった。

 一対の黒白の眼。闇の中に、不意に浮かんだ異形。もちろん、眼だけの存在のはずがない。からくりがあるはずだ、と思ったが、その心はすぐさま見抜かれ、波紋として広がる。彼は身体で隠そうとしたが、それが絶対者の逆鱗に触れたようだった。

 ――知れ!

 雷鳴が轟き、彼の身体を打ち据える。走った稲光が彼の心臓を射抜いた。彼は胸元へと視線を落とす。心臓が身体からくりぬかれて、何か枝のようなものに貫かれていた。

 叫び声を発しようとするが、口は縫い付けられており、喉の奥で沈殿した。

 ――答えよ。

 彼は脳内を必死にまさぐった。記憶の内側を覗き込み、波紋が幾重にも広がっていく。その中に、彼はふと身近なものを見つけた。波紋が消えゆく前に、それを掴み取る。彼が掴んだ手の中に見た言葉が、再び波紋として浮かぶ。

 ――ミツヤ。

 断罪の雷鳴は響かなかった。彼の中で。それは落ち着きどころを見つけたように、がらんどうの身体に染み渡った。

 ――ミツヤ。

 もう一度呟くと、心臓がゆっくりと彼の身体の中に返されていく。ああ、これが答えだったのだ、と彼は安堵の息を漏らしたが、それで終わりではなかった。

 ――ミツヤ。お前は何者だ。

 その問いかけに答えるだけのものはなかった。再び雷鳴が轟き、心臓が引きずり出されそうになる。彼は手で必死に留めたが、引きずり出す力のほうが強い。心臓が手元に出され、彼は首の裏から背筋にかけて嫌な汗が滲んだのを感じた。しかし、闇がすぐに吸着して、汗さえも彼の自由にはさせない。何もかもが闇に支配された空間で、彼は呻いた。呻き声が、波紋として広がり、絶対者の目に留まる。

 ――悲しい。

 ――何が悲しい。

 ――自分が何者なのか分からない事が。

 ――ならば、思い出させよう。

 黒白の眼が妖しい光を灯す。紫色に一瞬見えた光は、次の瞬間には青、赤、緑、と安定しない。虹色と形容したほうがまだ早い。瞬く間に形状を変化させ、目が細められた。

 瞬間、彼の脳裏に閃くものがあった。記憶だ。赤茶けた大地で、自分は、ミツヤと認定された前髪の青年は、何かを繰り出している。

 ポケモンだった。ピンクと青で色彩された鳥の姿を取ったポケモンである。角ばっており、それが景色の中で浮いて見えた。

 ――ポリゴン。

 彼の中で意味を成した言葉が生まれる。あれは自分のポケモンだ。その確信があった。絶対者は裁きを下さない。ゆえに正解だという事だろう。彼はさらに記憶を辿った。鮮明に像を結んだ記憶の中に、巨体が見えた。青白い巨体で、機械のように見える。胸元に絆創膏のような意匠があり、全身から蒸気を噴き出していた。重戦車と呼ぶのが一番正しい。それはまさしく兵器の威容だった。感情を灯さない頭部に白い眼が浮かんでいる。

 ――ゴルーグ。

 その後ろに眼鏡をかけた青年が見えた。先ほどの、エドガーと一致する。エドガーの前にいるという事は、あれはエドガーのポケモンなのだ。浮かんだ考えを否定する雷鳴は響かない。

 ――ゴルーグと、ポリゴン。

 その組み合わせは一種、異様に映った。どちらもポケモンらしくない。その二体が手を組んでいる。少なくとも彼にはそう見えた。ならば、ポリゴンのポケモントレーナーである彼は、エドガーの味方なのか。

 ――味方だ。

 そう呟いた彼の波紋へと返す言葉がある。

 ――ならば、敵は誰だ。

 敵。

 その言葉に該当する人間の姿を思い描こうとすると、真っ先にユウキの顔が浮かんだ。これが、敵だと断じた瞬間には、彼はその手を力の限り振り下ろしていた。波紋が歪み、ユウキの像が乱れる。

 ――敵は見えたな。

 絶対者の声に息を荒立たせた彼が頷く。身体を動かすだけで最初は激痛が走ったと言うのに、今は平気だった。身を焦がすような復讐心がそうさせるのか。

 ――復讐?

 彼は自問する。彼はユウキに復讐したいのか。では、何のためにだ。身を折り曲げて苦悶していると、絶対者が告げる。

 ――記憶を辿れ。

 記憶、と聞いて彼は真っ先にゴルーグとポリゴンの光景を浮かべる。ポリゴンの直下からピンク色の立方体が回転しながら浮かび上がった。それがゴルーグとその周辺を包み込む。ゴルーグの姿が掻き消えると、次の瞬間には前面に現れていた。彼が狼狽していると、ゴルーグは何かを掴み上げた。その何かを見ようとするが、絶対者の雷鳴がそれを許さなかった。

 ――それではない。

 絶対者に従い、彼は視線を走らせる。何かは陰になっていてよく見えない。目を凝らそうとすると断罪の雷鳴の気配を感じたので、彼は意識してそこから視線を逸らした。彼の眼にはユウキが映った。波紋の中にその顔が大写しになる。

 ――ユウキ。それが……。

 ――敵だ。

 濁した語尾を断じる言葉が響き渡り、彼はその光景へと意識を沈めていった。その光景にある、自分。ミツヤと呼ばれた青年の中へと意識が同調していく。完全に一体化する前に、絶対者の声が響き渡った。

 ――その前は?


オンドゥル大使 ( 2013/10/14(月) 23:15 )