ポケットモンスターHEXA BRAVE












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入団試験
第二章 八節「覚悟の一歩」
 バーを出る直前、店主から手紙が送られた。

 三人は同じチームではあるが、それぞれに個別で会いたいのだという。封を開けると、ランポの筆跡で『三時間後に西エリア近郊にあるカフェテリアで待つ』とあった。二人も手紙を開けたが、見られたくないだろうと思い、見ないでおいた。念には念を入れて一時間前に行くと、既にランポが待っていた。新聞を広げ、コーヒーを飲んでいる。ユウキに気づいて、片手を軽く上げた。ユウキは心持ち頭を下げる。

「どうも」

「入団試験に合格したようだな。まずはおめでとうと言っておこう」

 ランポに促され、ユウキは対面の椅子に座った。丸いテーブルで透かし彫りがしてある。テーブルの中央から伸びた傘が張り出しており、雨でも問題なさそうだった。ユウキは空を仰ぐ。雲が少ない晴天だった。この傘は役に立ちそうにない。

「どうだった?」

 入団試験の事を問われているとのだと分かり、ユウキは身を硬くして応じた。

「色々と、ありました」

「色々、というのは?」

「裏切られたり、とかですかね」

 ユウキの言葉にランポは口元に笑みを浮かべた。

「そういうものだ。人は必ず誰かを裏切る。自覚しようがしまいが同じ事だ。裏切りの上に今がある」

「分かっています。でも、僕は信じようと思ったんです」

「信じる? この組織でか?」

 ランポが新聞を折り畳んで、ユウキへと向き直る。真っ直ぐなその瞳に、この人も同じだ、とユウキは感じた。同じように裏切られ、裏切り、それでも信念を貫いている。だから他人の眼を真っ直ぐに見られる。

「ええ」

「理想論だな」

「それでも、僕は貫きたい」

「綺麗事だけで世の中回るほど単純にはできていないさ。お前は誰かを裏切る事になるだろう。それは俺かもしれないし、他の誰か。あるいは、お前自身かもしれない」

 ランポの言葉はユウキの心の中に突き刺さった。誰かを裏切る事でしか、世の中をうまく回す方法はないのかもしれない。それでも、とユウキは思う。それでも信じ抜けたのなら。愚直でも誰かを信じる事ができたのなら。世界はまた彩りを変えるのではないだろうか。

「俺は助けない」と出し抜けにランポは言った。

「お前がヘマをしてボスに見咎められ、裏切り者の烙印を押されても、助けはしない。逆に、俺がヘマした時は見捨てていい。それがリヴァイヴ団という組織のためだ」

 ランポはコーヒーを啜った。ウェイターが注文を取りに来る。ユウキがコーヒーを注文すると、ウェイターが引き返して行った。ユウキはランポの言葉を自分の中で呑み込んだ。

 それは覚悟だ。

 自分の事は自分で決着をつけるという覚悟の現れである。組織のため、というお題目があるが、ランポは本当のところ組織など気にしてはいないだろう。これは究極的に個人の問題なのだ。覚悟を胸に抱いた者だけが先に進む事を許される。

 ランポは新聞に視線を落としていた。ユウキはコーヒーが来るのを待っていた。晴天から降り注ぐ陽射しが関節を温める。冷たい地下にあった身体が太陽の光を欲していた。

 コーヒーがユウキの前に置かれる。ユウキはミルクも砂糖も入れずに、カップを掲げた。それに気づいたランポもカップを上げて、笑みを浮かべる。

「ブラックでいいのか? お子様だろう?」

「いいんです。今日から、こうやって自分を変えていこうと思って」

 ユウキの言葉にランポはフッと口元を緩めて、コーヒーを飲み干した。ユウキも同じようにコーヒーを呷る。喉の奥で熱さと苦味が走ったが、ユウキは迷いなく喉の中に落とし込んだ。カップを置いて息をつく。ランポは、「まだまだだな」と笑った。ユウキも笑みを返した。






















 ランポに連れられ、F地区へとユウキは向かった。他の二人との面会はいらないのか、と尋ねると、

「問題ない。既に仲間の二人がやってくれている。そうだ。言っておくのを忘れていた」

 ランポはF地区の路地で振り返った。肩にかかった茶色い長髪を払う。

「俺以外に今は二人のチームメイトがいる。全員、ポケモントレーナーだ。ただし、信用されなきゃ、その手の内は明かさないがな」

 ランポの言葉にユウキは手に視線を落とした。信用、とはとても難しい問題だ。組み立てるのが難しく、その上、脆く崩れやすい。しかし、本当の信用が得られたのならば、それは何よりも堅牢なものとなる。自分が得なければならないのはまず信用だ。それがなければ組織の中でのし上がる事などまず不可能だろう。

 バーへと続く道をランポは歩いた。どうやら、「BARコウエツ」がランポ達の本拠地らしい。途中で浮浪者に会ったが、リヴァイヴ団の入団バッジが見えているのか、昨日とは打って変わって随分と気安かった。

「よう、新入り」と声をかけてくる人間もいたくらいだ。リヴァイヴ団は裏社会では圧倒的な地位を誇っているのだろう。それが実感できた。

 バーへと降りる階段の前でテクワとマキシが立っていた。二人を認め、ランポが声をかける。

「新しく入った二人だな。紹介は中でしよう。お前らを見た奴らは?」

「もう中だぜ」

 臆する事なくテクワが階段の下を親指で示す。ランポは、「そうか」と一言応じて、階段を降り始めた。その背中に続こうとすると、テクワに肩を引っ掴まれた。何だろう、と思っていると、テクワは耳元で、「ラッキーだな」と口にした。

「ラッキー? 何が?」

「同じチームになった事がだよ。俺はお前の手の内を知っているし、お前もある程度分かっている。潰し合う手間が省けたって事だ」

 そこまで考えていなかった。ユウキはただ同じ苦楽を共にしたのならば、一緒のチームのほうがいいと考えただけだ。テクワは見た目よりも随分と頭が回るらしい。他のチームにしなかったのは結果的に正解だと言えた。

「何をしている? さっさと来い」

 ランポが階段の下で急かす声を出す。テクワが、「あいよー」と慣れた様子で返して、階段を降りる。マキシと目が合った。マキシはテクワを一瞬見やり、「あいつはいつもあんな感じだ。だけど」

 マキシの眼が初めて敵意以外の光を湛えてユウキを見やる。

「仲良くしてやってくれ」

 その言葉に、もしかしたらマキシのほうがテクワの事を思っているかもしれない、と感じた。マキシがすぐに顔を伏せたのでそれ以上は追及できなかったが、ユウキには温かい心の持ち主だと思えた。

「ユウキ。早く来い」

 階段の下でランポが待っている。テクワとマキシも同じようにユウキを見上げていた。ユウキは息を長く吐き出した。ダイビングをする時のように肺の中の空気を入れ替える。これから自分が吸う空気は今までと違うのだ。空っぽの肺に空気が取り込まれる。

 歩み出す直前、ユウキは感じた。

 ――これがきっと、覚悟の一歩だ。

 小さな一歩だが、覚悟は重い。それを引きずってでも、前に進む。階段を降りたユウキは、ランポに導かれ、新たな場所へと踏み込んだ。












第二章 了

オンドゥル大使 ( 2013/09/19(木) 21:25 )