エピローグX
『正午のニュースをお伝えします。半年前に解体が宣言された独立治安維持部隊ウィルが本日未明、カントー統括部隊として再編成される見通しとなりました。頭首であったコウガミ総帥の自殺騒動を経て、混乱の時勢にあったカイヘン地方に一つの区切りがつけられた結果になります。カントー統括部隊には元ウィルの幹部による多数決により新たな頭首が立てられる事となりました。最年少の頭首に期待が集まっています。新たなカイヘン地方をリードする組織の名前にも注目です。KNNが独自に入手したその組織の名前は――』
風が下から吹きつけてくる。
緩やかな風の中に混じった匂いに、彼は目を向けた。見知った匂いのような気がしたからだ。それは誰かの煙草の匂いであったり、誰かの飲んでいたカクテルの匂いであったりした。風が自分の背中を押してくれる。大丈夫、という明確な答えはない。しかし、自分を勇気付けてくれる。
彼はエレベーターに乗って二人の腹心と共に最上階へと昇った。片方は赤毛でサングラスをかけた男だ。スーツを着込んでいるが、本来はそのような服装からは縁遠いという事が目に見えて分かる。もう一人は黒髪で背丈は小さかったが、その眼に宿す警戒の色は誰よりも色濃い。
「そう気負うなよ」
赤毛の男が自分ともう一人の腹心に告げた。黒髪の男は、「気負ってない」と無愛想に返す。
「可愛げがねぇな」
「お前は、いつもそんな感じだな」
お互いに言葉を交わし、口元を緩める。赤毛の男が自分へと肩越しに視線を向けた。
「どんな感じだ?」
その質問に息を一つついて、「大した事じゃない」と言ってみせる。
「通過儀礼ですよ」
赤毛の男は鼻を鳴らした。
「相変わらずだな。まぁ、だからこそついて来る気になったんだが」
「たとえるならば」
シースルーのエレベーターの天井を眺めながら口にする。
「バベルの階段を上っている感じです」
空想で不可能だと思っていた。しかし、それは今、手の中にある。この手の届く範囲にある。
「だったら、これから先に赴くのはバベルの頂上か」
エレベーターが開いた。跪いて彼ら三人の到着を心待ちにしていた人々が列を成している。自分は中央を歩き、式典用に作られた階段の上にある椅子へと目を向けた。まさしく玉座である。チャンピオンとはまた違う、裏側から世界を変える役割が自分の役目だ。
チャンピオンとは一度会っておいた。その時に、「キリハシティの前で戦いましたよね」と言われた時には驚いたものだが、おぼろげながら記憶にはあった。まさか、過去に一度戦っているとは。奇妙な因果に口元を緩める。いつの間にか染み付いた、所作である。いつも自分を引っ張ってくれた人と同じ笑みを、自分も宿すようになった。
腹心が階段の前で足を止めてその場に跪く。彼だけが階段を上り、オレンジ色のジャケットを翻して人々を眼下に収めた。
この光景を見せてやりたい人がいる。しかし、その人達はもう遠く、光の向こうへと旅立ってしまった。ならば、自分がやるべき事は、この光景を忘れない事だ。忘却の彼方に追いやらない事こそが何よりの手向けである。ジャケットと同じ色の帽子を被り直し、鋭い光を湛えた双眸を向ける。
涙は見せまい。自分がすべき事は、過去を悔やむ事ではない。
彼が玉座に納まった瞬間、号令が発せられた。
『カントー統括部隊、別名ブレイブヘキサ総帥。その名は――』
ポケットモンスターHEXA BRAVE 完