ポケットモンスターHEXA BRAVE












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エピローグ 運命のシシャ
エピローグT

「なぁ、旦那。俺はちょっと考えてみたんだ」

 ジャズの穏やかな調べが店内に流れている。エドガーは手持ちのカードからミツヤへと視線を移した。ミツヤはいつものようにイカサマをしようと言うのだろう。そのための前段階として適当な話を用意する節がある。

「何だ」とエドガーは応じつつも、まともに取り合おうとは思っていなかった。ミツヤの言葉をいちいち額面通りに受け取っていては消耗してしまう。

「まぁ、そうカリカリしないで。俺達ってさ、結構、熟練の域に達していると思うんだよね」

「お前のイカサマは、確かにそうだろうな」

 エドガーの声にカウンターの店主が目を向ける。グラスを拭きながら、二人の動向を見守っている。店主は後から来るランポにどちらが悪かったのかを伝える重要な証人だった。

 ミツヤは明らかに態度を悪くして、「イカサマの事じゃない」と言った。

「じゃあ、何だ? ポケモンの話か」

「いや、俺達チームの話だよ。チームとして熟練している、って話」

 ミツヤの言葉は分からないでもない。エドガーとミツヤはランポの下で既に充分に働いている。この組み合わせは、傍から見ても最強なのではないだろうか。しかし、組織内では自分達を侮る動きのほうが強い。

 何故かと言えば、三人ともが出世には全く興味がないからだ。これほどまでに上昇志向のない人間の集まりも珍しい。実力は面倒を見てもらっている上司のレインによる折り紙つきでありながら、本土にもこれ以上の地位にも興味がなく、チンピラの尻拭いなどという仕事でさえも請け負う変わった集団だろう。

「熟練、と言うよりかは老練と言ったほうが正しいな。俺達のチームはほとんど価値観の変わらない老人と同じだ」

 エドガーが口にすると、「だからこそだよ」とミツヤが言い返した。

「次に、また入団試験があるだろ」

「ああ、あるな」

 一ヶ月に一回、リヴァイヴ団は入団試験を設けている。

「俺はこう考えている。このまま保守的にやるべきか、それとも新しい風を取り入れるべきか、って」

「何だ、お前。この環境に飽きたのか?」

 エドガーが尋ねるとミツヤは、「とんでもない」と手を振った。その時、手首からカードが滑り落ちた。エドガーが青筋を立てて、糾弾する。

「イカサマだ!」

「いや、今はそういう話じゃないんだ。忘れてくれ、旦那」

「ミツヤ、お前はイカサマなんてしないと、二度としないと心に誓った、とこの間言っていたな」

 エドガーの説教に、「参ったな」とミツヤは後頭部を掻く。

「そんなつもりじゃなかった」

「では、どんなつもりだ? 俺から金を巻き上げて、懐を潤して」

「今はその話じゃない。俺達のチームが、チームとして熟練の域にあるって話だ」

「配当はなしだ」

 エドガーがテーブルの上に置いていた賭け金を手に取る。ミツヤが名残惜しそうな顔をしたが、すぐに、「まぁ、でも」と声を出す。

「俺がしたいのは賭けじゃなくって、その、話だ。もし、新しい奴、新入りが入ってきたらどうするか?」

「どうするも何も、上の決定には従うしかない」

 エドガーはカードを束ねながら言った。ミツヤのカードも受け取ってシャッフルする。自分でも驚くほどに几帳面だと思う。

「その新入りが気に入らない奴だったら?」

「往々にして新入りと意気投合するなんて事はないと思うがな」

 エドガーが冷静に返すと、店の扉が開いて見知った顔が入ってきた。ランポが長髪をなびかせて、鋭い眼差しを投げかけながら定位置であるカウンター席に座り込んだ。何かを思案しているのか、顎に手を添えて難しそうな顔をしている。

「何かあったのか?」

 エドガーが訊くと、「面倒事だ」とランポは応じた。

「昨日の夕方、俺達の管轄する下っ端団員、いや、団員ですらないチンピラが肩にナイフをぶっ刺して重傷だ。組織の面子上、レインさんから誰がやったのか調べろと言われてな」

「チンピラの尻拭いが俺達の主な仕事なんだもんな」

 先ほどまでの会話を思い返してミツヤが陰鬱なため息をつく。「どうかしたのか」とランポがエドガーに視線を向ける。

「どうやら、現状に満足いってないみたいだ」

「ミツヤ。俺達は与えられた仕事をするしかない。それさえも出来ないのならば、そいつは三流だ」

「分かっていますよ。そういえばチーム名の件、どうなりましたか」

 ミツヤが瞳を輝かせる。働きに応じてチームにはチーム名が与えられる。しかし、チーム名を授かる事は、つまり今以上の過酷な任務に身を浸す事となる。エドガーは正直、消極的だった。チーム名が与えられればもしかしたら本土にお呼びがかかるかもしれない。それほどの向上を望んでいない。だが、名前が手に入るのは嫌な気分がしなかった。

「ファントムスピアだな」

 エドガーが口にすると、「だから、イービルアイズですって」とミツヤが返した。二人とも特別その名前が気に入っているわけではない。ただ、リヴァイヴ団の慣習として、それらしい名前を挙げているだけだ。もっとも、それはエドガーだけであってミツヤは割と本気なのかもしれない。

「名前の事はこの際、置いておこう。まずは下っ端に怪我を負わせた奴の特定だが」

「俺がやろう。あんたはリーダーだ。毅然としているほうが似合っている」

 エドガーが買って出ると、「人を待たせているでしょう」と店主が口を開いた。それで二人とも来客の事を思い出した。ランポが二人に目を向けて、「何だ」と尋ねる。

「いえね。つい一時間ほど前に人が来たんですよ。ランポに話があるとかで」

「俺にか? どんな人だ」

「F地区なんかにはまるで縁がないようなカタギさんだ。仕立てのいいスーツを着込んでいたぜ」

 エドガーは懐から煙草を取り出した。ライターも取り出そうとすると、「その人は?」とランポが訊く。

「ここで待ってもらうのもあまり、という様子でしたから、いつものカフェテラスを指定しておきました。恐らくはそこで待っているかと」

「そういう話はポケッチでしてくれ。とんだ二度手間じゃないか」

 ランポが腰を浮かせて扉へと歩んでいく。

「俺が調査進めておきましょうか?」とミツヤがポリゴンを出して尋ねた。

「頼む、と言っても、そう大した事じゃないだろう。前情報程度でいい」

 ランポが店を出て行く。エドガーは煙草に火を点けて、煙い吐息を漏らした。

「それが嫌だから、ランポは行ったんだと思うよ、旦那」

 ミツヤの声にエドガーは、「そうか?」と煙草をくわえたまま尋ねる。

「ランポは吸えないからね。禁煙とは言わないけれど、少し控えれば?」

「そうするか」

 エドガーは灰皿に煙草を押し付けた。






















 カフェテラスで待っていたのはスーツを着込んだ中年の男性だった。眼鏡をかけており、真面目そうな印象を受ける。ランポがテーブルにつき、「相席しても構わないか」という旨の発言をした。男はランポを認めると、「どうぞ」と言って席を示した。ランポはウェイトレスに、「コーヒーを頼む」と注文する。コーヒーが届いてから、本題を切り出す事にした。

「あなたの素性は? どうして俺に依頼を?」

「ランポさん。私はこの通り普通のサラリーマンです。ですが、一つだけ、恐らくはこの街に住む誰とも異なる点があります。それは半年前に恋人を失った事です」

 ありがちな話だ、とランポは思ったが言わないでおいた。真摯に耳を傾ける姿勢を崩さずに、「恋人とは」と続ける男を見つめた。

「もう三年ほどの付き合いになりました。三年間、お互いに言い出せずにいたのですが私は遂に半年前、結婚の申し出をしました。彼女は快くオーケーしてくれたのです。全てが幸福のうちに回るはずでした。しかし、半年前、彼女は大雨の日に足を滑らせて河川敷で水死体となって発見されました」

 それと自分との依頼に何が繋がるのだろう。ランポは首肯しながら黙して待った。

「ちょうど一ヶ月ほど前の事です」

 男は顔を伏せ気味に続ける。

「夜中に彼女を街中で見た、という知人の話がありました。彼女だけではありません。多くの人々が連なって歩いていた、という話なのです。死者の列、と見た者は呼んでいるそうです」

 新種の怪談か、とランポは結論付けた。どのような街でも必ずと言っていいほど存在するものだ。発展が見込まれない場所となればなおさらだろう。しかし、死者の列とは、とランポは密かに笑う。そのような怪談は稀だった。

「しかし、私にはそのような超常現象の類だとは思えません。きっと悪戯に決まっています。そのような悪質な悪戯を、私は許せない。彼女の魂を愚弄としている。その悪戯を行っている不貞の輩に罰を与えて欲しいのです」

 男が鞄を開いた。中には札束が入っている。ランポは周囲を見渡す。幸いにして、こちらを気にしている人間はいない。落ち着いて、状況を把握しようとした。

「待って欲しい。今の話、真実だと言うのか? 我々はリヴァイヴ団だ。超常現象の類は――」

「重々承知しています。しかし、あなたはF地区の人々からの信頼も厚い。あなただから頼めるのです」

「F地区の? という事は」

 男は頷いた。

「F地区で、その現象は起こっているようなのです」



オンドゥル大使 ( 2014/06/26(木) 21:39 )