ポケットモンスターHEXA BRAVE












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第八章 十三節「するべき事」

「今の、総帥からですか?」

 尋ねる声に頷くと、「直通ですかー」とヤマキは声を漏らした。

「羨ましいですねぇ。出世街道まっしぐらで」

「お前のほうがうまく立ち回れるさ」

 発した言葉に、「どうでしょ?」とはぐらかされる。

「俺はこんな任務やっている時点で出世街道どころか人間としての道を踏み外しているような気がしますけどね」

 ぼやいた言葉は飾り気のない本心だったのだろう。自分が指摘すればヤマキを降格させる事も出来る発言だ。しかし、そうしようとは思わなかった。

 振り返り、様子を確認する。手錠を後ろ手にかけられ、目隠しと猿轡をされた二人の男女。データ上ではサカガミとミヨコという話だったが上がどこまで本気なのかははかりかねていた。本人かどうかも疑わしい。

「疑似餌で釣ろうって腹ですかね」

 考えていた事を見透かしたようにヤマキが口にする。「あまりそういう事は言わないほうがいい」と忠告した。

「頭が回る奴は嫌われるぞ」

「別に俺は嫌われたっていいですよ。それにこの組織も、もう駄目かなって正直思い始めているんで」

「カタセの離反と昨夜から消息不明になったカガリか」

 一気に二人の隊長格が削られたのだ。戦力はがくんと落ちた事になる。報告をしたε部隊の構成員達は、マキシがまず離反しカタセと交戦。その後にカタセも離反との報を受けてカガリが向かうも正体不明の敵に攻撃され反転世界の向こう側に呑み込まれた、という。正体不明の敵の所有ポケモンにゴルーグが挙がっていた事を思い出し、深く息をついた。

「エドガー。生きていたんだな」

 生きていたのならば、それだけでよかったのに。未明に設けられた隊首会において取り乱した様子のサヤカ一等構成員を思い出す。カガリ隊長が死ぬはずがない、負けるはずがないと叫んでいた。平時の落ち着きを知らない者が見れば半狂乱の体だろう。それだけカガリという少年は部下に恵まれていたという事なのか。考え込んでいると、「駄目ですよ、深く考えちゃ」とヤマキが声を差し挟む。

「だから、人の心を読むな」

「読んでいませんよ。分かりやすい顔をしていらっしゃるから、俺には分かるんです。……今、本当は何がしたいのかも」

 何がしたいのか、よりも何をすべきかのほうが先に立っている気がする。支給された手袋越しの感触を味わいながら手を握ったり開いたりする。この手には命がある。たとえではなく、実際に。自分がこうしろと命じれば、人質の二人はおろか、ウィルの大半の人間は従わざるを得ない。そのような極地に至りたかったのではない。そう言い訳を作っても虚しいだけだ。畢竟、自分に残されたのは虚栄の頂だったという事なのだから。

「独り言を言う」

「何ですか、急に」

 ヤマキは笑ったが馬鹿にしようという感じではなかった。この場にいない二人の戦士に黙祷を捧げてから、「エドガー、ミツヤ」と口を開いた。

「お前らの意志を俺は受け継ごう。だが、許してくれ。今だけは、このような真似が必要なんだ。お前らはもしかしたら今の俺に幻滅しているかもしれない。しかし、けりはつける。俺なりの、答えを」

 そこまで口にするとヤマキのポケッチが鳴った。ヤマキがすぐに、「何だ?」と険しい声を向ける。既に戦闘の声音を帯びている。自分よりもよっぽど戦いに向いている人柄だろう。

「来たようです」

 ヤマキの一言で理解した顔を上げる。バイクのいななき声が耳朶を打ち、すぅと目を細めた。

「来たのか」

 本当は来て欲しくなかった、とは言えない。しかし、もしこの戦いに来なかったとしたらお互いにすれ違うばかりだっただろう。もう一度邂逅する機会には恵まれなかったはずだ。

 高速道路から一騎の黒いバイクが躍り出た。前輪を構え、まさしく暴れ馬に騎乗するように操作する。ヤマキが、「退いてください!」と声を張り上げる。しかし、その場から一歩でも下がろうとは思わなかった。バイクは自分達の真ん前に着地した。ブレーキ音を鳴らし、痕跡を刻み込む。漆黒の機体にまたがるのはオレンジ色のライダースーツを着込んだ人間だった。

「改めて会うのは半年振りか」

 言葉にすると何と陳腐なのだろう。黒バイクはヘルメットを取った。最初の印象は、少し髪が伸びて大人びた顔つきになった、だった。まるで保護者のような感想にふと自嘲する。

「ええ、そうですね」

 ヤマキが前に歩み出て警戒する。ヤマキ以外にもこの場所には至るところにウィルの構成員が常駐していた。いわば飛んで火にいる夏の虫だが、少年からは気後れした様子も、恐れ戦いた様子もない。最初から自分との直接対決が約束されているかのような達観があった。

「恐れはないのか?」

 思わず尋ねた声に、「あなたがいるのならば」と少年は口を開く。

「恐れる事など一つもないでしょう」

 少年はライダースーツのポケットから折り畳んだ何かを取り出した。ヤマキが前に出て警戒の視線を注ぐが、それはただの帽子だった。オレンジ色の帽子だ。それを被った瞬間、目の前の少年が現実味を帯びてきた。

「久しいな、ユウキ」

「ランポも」

 ようやく自分の名前が呼ばれ、ランポはこの場に生きている自分を自覚出来た。まだ自分の名を何のてらいもなく呼んでくれる人間がいる。その事に目頭が熱くなりかけたが、ランポは自分の役職も同時に思い返した。

「俺はウィルα部隊隊長、ランポだ」

「知っています」

「ならば、俺がここに立つ意味も分かるな? ユウキ」

「ええ」

 ユウキは一歩踏み出した。次に放たれるであろう言葉にランポは全神経を研ぎ澄ました。

「ランポ。あなたを倒します」


オンドゥル大使 ( 2014/05/17(土) 21:45 )