ポケットモンスターHEXA BRAVE












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第八章 十一節「破壊の遺伝子」

「考えていいも何も」

 ユウキは全員と目配せして強く言い放つ。

「もとよりそのつもりです」

『いいだろう。君達ならば、δ部隊が開発している力を有効活用出来るかもしれない。キーリ、例のデータを』

「はい」とキーリが応じて端末へと向き合い、パスワードを入力したかと思うと、あるウィンドウを開いた。そこにはDNAの螺旋図が描かれており、螺旋は黄金の色だった。サンプルの縮尺画像を見る限り、ちょうど掌に収まる程度の大きさに見える。ユウキが、「それは?」と尋ねた。キーリは椅子ごと振り返り、「これがδ部隊の切り札よ」と告げる。

「切り札?」

「ネクストワイアードのデータはこれを扱う段階で出た最良案だった。これを使うのには少しリスクが伴うから」

「何だって言うんだ、そりゃ?」

 テクワが問いかけるとキーリは、「パパ。言っても」と確認の声を出した。『ああ、構わない』とFが返す。

「じゃあ」とキーリは一つ咳払いをして、話し始めた。

「カントーはハナダシティをご存知かしら?」

「オツキミ山を出たところにある小規模の街ね」

 レナが応じるとキーリは頷いた。

「そこにハナダの洞窟と呼ばれる場所がある。高レベルのポケモンが出現する危険地帯よ。普段は厳戒態勢を上げて、何も知らぬトレーナーが近づかないようにしている。もっとも、そこで被害を受けてもハナダシティは一切の責任を被らないと立て看板には書かれているのだけれど」

「そんな場所がどうかしたのか? カントーなんて随分と遠い話に思えるが」

 テクワの質問にキーリは答える。

「ハナダの洞窟はね、数年前に崩落した。一説ではある強大なポケモンが潜んでいたとされているわ。そのポケモンが洞窟を埋め立てた。それも一夜にして」

 にわかには信じられない話だったが事実なのだろう。キーリはいくつかの新聞記事の抜粋をウィンドウに表示した。大きな見出しで「ハナダの洞窟、崩落。地元住民に避難呼びかけ」とある。

「時期的にはもう随分と前、十六年ほど前ね。あなた達がちょうど生まれた辺りの時期だわ」

「お前は形もないな」というテクワの皮肉をキーリは相手にしなかった。

「ハナダの洞窟が埋め立てられた後、記録上は三年後にあるトレーナーが一つの道具を見つけた。それはほとんど崩落した地面と一体化していてその場所まで行かなければ見つからないであろう代物だった。トレーナーは使いどころが分からずに、それを研究施設へと寄付した。その道具は当時のカントーの技術でも解析が難航し、技術者がカントーからカイヘンに流れ着く際に一緒に持ち出された。それがこの道具よ」

 螺旋状の道具は黄金の輝きを宿している。その内部が一瞬、脈動したように感じられたが恐らくは気のせいだろう。

「その道具の名前は?」

「破壊の遺伝子。それがこの道具につけられた名前。ただ普通に使うのにはこの道具は少し特殊だった」

「特殊、とは」

 キーリがキーを打ちながら、「デメリットが存在する」と告げた。

「この道具を使わせるとポケモンの遺伝子配列が変わり、特殊攻撃力が大幅に増強する。一種のドーピング状態だと思ってくれていいわ。強力なこの道具はその反面、ポケモンが混乱状態に陥る。これは脳にダメージがあるためだと考えられる。力の意思が脳に作用してポケモンの潜在能力を引き出すのね。だから特殊攻撃力が上がるのはポケモンの力を制御する部分、リミッターが解除されるからだと思われているわ」

「ポケモンにリミッターなんてあるのかよ」

 テクワの問いかけに、「愚問ね」とキーリは馬鹿にした目つきを向けた。

「それはあなたがよく知っているでしょうに。第一世代のワイアードであるあなたなら」

 その言葉にテクワは一瞬息を呑んだが、すぐに持ち直して、「ワイアードって何だよ」と言い返す。

「古くはルナポケモンと呼ばれていた、ポケモンと同調する人々の事よ。眼が蒼いしドラピオンを出しているからそうなんだと思ったけれど、違った?」

 テクワが隠し立てしようとするとユウキは忠告した。

「テクワ。キーリの知識は僕達よりも遥かに上です。僕だって」

 ユウキは腕を捲くって蒼い光が見え隠れする傷痕を見せた。テクワが目を丸くするが、すぐに、「……ああ」と理解したように目を細めた。

「お前も来ちまったんだっけな」

「ええ。だから半年もウィルを撒く事が出来た」

「納得だな。でもお前の感じは俺の知っている奴らみたいじゃないな。微妙に違う、っていうかひりひりしない。何でだ?」

 テクワが首を傾げると、「彼はネクストワイアード」とキーリが補足説明する。

「第一世代とはつくりが違う。デメリットを廃し、メリットだけを追及したワイアード。かなり人工的な特色が強いから、あなた達特有の感知野には引っかからないんでしょう」

「感知野の事もご存知とはな」

 恐れ入るよ、とテクワは表層だけで笑ってみせた。本音では末恐ろしい子供だと思っているのかもしれない。キーリは額面通りに言葉を受け取る事はなく、「δ部隊じゃ常識よ」とだけ答えた。

「δって実際のところ何人の構成員なんだ?」

 テクワの質問はδ部隊に関しての事だけではない。自分達の事が何人に知れ渡っているのか、という問いかけだった。キーリはもちろん、そこまで考慮して言葉を発する。

「三等以下には情報権限は与えられない。彼らには研究だけが与えられる。二等以上よ、あなた達の事を知るのはね。でもδは万年人手不足。二等構成員と言っても私とあとはもう一人くらい」

「そのもう一人ってのはKさんか?」

「いいえ」とキーリは首を横に振った。ではユウキも知らぬ第四の人物がいるという事になるのか。それは初耳だっただけにユウキは怪訝そうな目を監視カメラに注いだ。Fは、『信頼出来る人物だ』とだけ告げる。

「本当かしら?」とレナが腕を組んで不遜そうに呟いた。キーリが、「私もそう会わない」と伝える。

「だから今どうしているのかって言うのはちょっと分からないわ。まぁ、この場にいない人の事はいいとしましょう。問題なのはこの破壊の遺伝子の運用方法よ」

「そうだ。おかしいと思ったんだが」とテクワが指をさすと共に質問の声を浴びせる。

「どうして使い方が分かるんだ? もう使ったのか? だとしたら、その破壊の遺伝子って言うのは何個もあるのか?」

「いいえ」

 キーリは迷わず首を振って、「この世で唯一つよ」と答えた。

「だったら、何故?」

 使い方が分かる、という質問だったのだろう。キーリは、「少しずつ抽出して使用したのよ」と応じた。

「それにその頃には技術も進歩していたから。試験に予め走らせておいたプログラムマップ上で使用する事も難しくなかった。モデリングされたポケモンの体内における反応を二十回ほど取ったからまずこの効力で間違いないという値が出た。今の破壊の遺伝子は本来の力の八割程度しか出せないけれど、ほとんどこれがマックスだと考えてもらってもいい」

 キーリの言葉には分からない用語もあったがいちいち聞いていれば話が進まないだろう。テクワもそれを経験で分かったのか追及する事はなかった。

「つまり破壊の遺伝子の効力とはポケモンの潜在能力を引き出す事だと?」

 ユウキが代表して質問すると、「そうね」とキーリは味気なく応じた。「表面上は」と続けられた声にレナが眉根を寄せた。

「何か、その先があるのね」

「鋭いわね。そう。破壊の遺伝子にはそれだけでは終わらない。先がある。これから見せるのは十二回目の試行で得られたデータを基にしたポケモンの遺伝子構造の配置図の変化よ」

 キーリは端末を操作してポケモンの遺伝子構造とやらを呼び出した。上部に名前がある。ニドリーノとあった。カントーで多く出現するニドラン♂の進化系だ。破壊の遺伝子が打ち込まれた後の様子がモニターされる。

 遺伝子の位相がゆっくりと青いパターンからオレンジのパターンへと切り替わっていった。それと同時に3Dモデル化されたニドリーノの形状が変わっていった。特徴的な頭部の角が折れ曲がったと思うとのこぎりのように形状が変わる。ささくれ立っていた表皮の紫色が薄れ、濁った水色に変化していく。耳が肥大化し、内側が青みを帯びていく。

 その姿はちょうど正反対の、ニドラン♀からの進化系、ニドリーナに酷似していたがそれとは違う何か別のポケモンに見えた。ニドリーノであったはずのポケモンの心拍、脈拍が異常値を示し、脳波が乱れた瞬間、全ての値がゼロを超えマイナスに至った。モニターには「形象崩壊」とある。3Dモデルが崩れており、液体のようなものだけが残っていた。誰もが息を呑んでそれを見ていた。

「これは、実際にデータを取ったんですか?」

 ユウキがようやく口にする。キーリは首を横に振った。

「いいえ。これはデータ上で行った試行の一つ。実際にニドリーノを使ったわけではない。安心して」

 その事がこの場にいる人間達にとっては少なからずショックの材料になる事をキーリは理解しているのだろう。ユウキはホッと胸を撫で下ろしたが、しかし、と疑問も湧き上がる。

「でも、さっきのお話では脳に働きかけて使用したポケモンの特殊攻撃力を上げるって言いましたよね? これじゃ、何が起こったのかさっぱりだ」

「同感ね」とレナも歩み出た。

「今の実験データでは、破壊の遺伝子はポケモンの遺伝子を文字通り破壊するだけの欠陥品としか思えない。遺伝子配列の位相パターンを見る限り、ニドリーノの体内では配列の変化による体細胞の代謝が活発に行われていたようだけれど」

 ユウキはそこまで観察していなかったのでレナの着眼点には素直に驚いた。ユウキを始め、テクワもマキシもニドリーノの形状の変化にばかり捉われていた。レナは、「そもそも」と片手を振って口を開く。

「破壊の遺伝子の試行とはいえ戦闘データを取っていないのが間違いだわ。これじゃ、ただ事の成り行きを眺めていただけじゃない」

 レナの批判にキーリは、「もっともなご意見ね」と応じた。

「そうよ。戦闘データのないこれじゃ、特殊攻撃力が上がったというのも数値上でしか明らかにならないし、その数値だって最終的に形象崩壊したんじゃ残ってはいないし信用に乏しい。この実験データは考えうる最悪の想定の試行よ」

「最悪の想定?」

 レナが聞き返すと、Fが言葉を発した。

『破壊の遺伝子が及ぼす効果は一辺通りではないという事だ。ポケモンによって様々であるし、さらに言えばトレーナーの有無さえも関係してくる』

 その言葉にレナが眉根を寄せた。

「何それ。そんなの道具としては失格じゃない」

 当たり前の意見にユウキも首肯した。するとキーリが説明する。

「そうよ。だってこの道具は偶然の産物なのだから」

「偶然の産物?」

 意想外の言葉に全員が目を見開いて視線を交わし合う。キーリが、「どこから話すべきかしらね」とモニターに視線を向けた。『ワタシが話そう』とFがその役を買って出る。

『そもそもこの破壊の遺伝子という道具はあるポケモンの肉体の一部が固形化したものだと考えられている。本来はこのような形ではなかった。カントーで見つかった当初は、それこそ生物の遺骸のようなものだっただろう』

「それがどうやってこんな見事な螺旋状に?」

 レナの質問に、『カントーの研究機関だろう』とFは返した。

『そのままでは解析出来ない上に道具としても使えない。だから寄付されたのだ。道具として最適化するために肉片を解析し、その遺伝子を培養して形状を固定化させた。分かりやすくこのような形になったのは後世の人々のお陰だ』

「そのポケモンと言うのは?」

 ユウキの質問に、「分からないわ」とキーリが答えた。

「合致するデータがないのよ。唯一つ、近いデータならばあった」

「それは?」

「幻のポケモン、ミュウの睫の一部分。その化石のデータ」

 ミュウ、というポケモンは聞いた事があった。確か全てのポケモンの系統樹を辿ると最終的にはミュウという一個体に集約されると。だからミュウは全てのポケモンの技を覚えるのだ、と教えられた。これはスクールで習う基礎中の基礎である。

「では、ハナダの洞窟にいたポケモンはミュウだと?」

「それが分からないのよ」

 キーリが首を振る。本当に分からないとでも言いたげにため息をついた。

「酷似しているだけで完全一致ではなかった。むしろ、一部分ではミュウからはかけ離れている事が証明された」

「じゃあ、結局正体不明のポケモンって事?」

 レナの言葉にキーリは苦々しい顔で頷く。テクワが、「そんな危なっかしいもん」と口を開いた。

「よく使う気になれたな。どこのポケモンの遺伝子かも分からない、ただポケモンの遺伝子を破壊するだけの道具なんて」

「あら、遺伝子を破壊するだけの道具じゃないわ。その先へと導くのがこの道具の本来の使い方なのよ」

「その先、とは?」

 ユウキが代表して言うと、「さっきのデータをきちんと見ていなかったわね」とレナの指摘が飛んだ。

「レナさんには分かったんですか?」

「ええ、一応は。キーリ、彼らのためにもう一度、投与後三十秒のところのデータを見せて」

「分かったわ」とキーリがもう一度ウィンドウに呼び出した。ユウキは何を見ればいいのか分からず、遺伝子配列に目を向けていると、「違う。そこじゃないわ」とレナが告げた。

「あなた達が見て、最も分かりやすいのはタイプの部分よ」

 レナに促されユウキ達はタイプの部分を見やった。毒タイプであるニドリーノのタイプは「P」とあるが、それが一瞬にして切り替わったのである。形状の変化にすっかり目を奪われていたのでこのような些細な変化に気づけなかった。変化後のタイプは飛行タイプとなっている。しかし、3Dモデルのニドリーノには羽が生えたと言った分かりやすい特徴の変化はない。ニドリーナに近くなっただけに見える。

「これは……」とマキシが声を詰まらせていると、「私達は」とキーリが口を開いた。

「これが破壊の遺伝子によって引き起こされる一つの可能性だと考えている。遺伝子配列の変化によるタイプの変化。それに伴う能力の増減、形状の喪失、私達はこれを自らの部隊名になぞらえδ種と呼んでいる」

「δ種……」

 それこそが破壊の遺伝子が赴く可能性の先の一つだと言うのか。問いかけようとした矢先に、「だから何なんだ?」とテクワが尋ねていた。

「タイプ変わったからと言って何があるってわけじゃないだろ」

 粗暴なその声にキーリはやれやれといった様子で首を振り、「分かっていないわね」と髪をかき上げた。

「何がだよ」

「タイプが変わるだけで随分と能力も変わるものなのよ。たとえるならばそう、ギャラドス。コイキングの時にはなかった飛行タイプがついただけであのポケモンはあそこまでの変化を遂げた」

「そりゃ、コイキングがあまりにも弱いからそれが際立って見えるだけだろ」

「かもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。ポケモンに関する事では未知の部分のほうが多いけれど、タイプと強さの因果関係は古くから囁かれてきた。研究者の間では弱点の多いタイプほど能力が高い事が学説の一つとしてあるけれど」

「複合タイプ進化論ね」

 レナの放った専門的な言葉にテクワが目をぱちくりさせた。

「何だ? 複合タイプ……」

「進化論。ナナカマド博士によってポケモンの九割は進化すると証明されたこの時代。進化は重要なファクターとして捉えられるようになった。進化時に複合タイプになるのは珍しいことじゃない。とある学者は複合タイプになるためにポケモンは進化を繰り返しているという極論まで言った」

「馬鹿馬鹿しい」

 テクワの言葉に、「そう簡単に切り捨てられないのもまた、実情よ」とレナがいさめる。

「タイプの変化はポケモンの性質を決める上でかなりのものになる。あなたのドラピオンだって、元々はスコルピという毒・虫タイプの弱々しいポケモンだった。それが自身の弱点を克服しようと進化して悪・毒という弱点をつかれ難いポケモンへとなった。進化は淘汰の世界において必然であり、それによるタイプの変化もまた必然なのよ」

 レナの言葉にテクワはしばらく呆然としていた。ユウキは、「確かにタイプ変化は重要だ」と口にする。

「では、破壊の遺伝子の真価はタイプを変化させる事」

「それに伴う能力の上昇。これにワイアードを付け加えれば、どれだけ能力が上がるか私達にも予想が出来ない」

 Fやキーリの狙いが分かった。「なるほど」と一つ口にしてユウキは監視カメラに目を向ける。

「ワイアードとその手持ちポケモンに破壊の遺伝子を試みて、能力を向上させる。それによってデオキシスを討つ。それがあなた達の目的ですか」

 Fが、『理解が早くて助かるよ、ユウキ君』と声に出す。

『だからワタシとしては君かテクワ君にこそ、これを使用してもらいたいと考えている。最悪の場合にはKがこれを緊急使用する』

 ユウキはKへと視線を流した。彼女は今も静かに立ち尽くしており、バイザー越しの視線は読めない。何を考えているのかも全く分からなかった。

「この作戦において、パパが直接、あなた達に接触する」

 キーリの言葉にユウキは目を瞠って、「あなたが……」と口にしていた。

「動くんですか?」

『不満かね?』

「いえ。あなたは最後の最後まで絶対に姿を見せないものかと思っていた」

 ユウキの失礼とも取れる発言にFはフッと微笑んだのを感じた。

『ワタシはそこまで薄情にはなれない。君達に対しては他人を貫こうと思ったが、やはり最後の詰めは自分でやっておきたい。それだけの事だよ』

 本当に、それだけだろうか。もしかしたらFには他の目論みもあるのではないかと勘繰らせたが、今の状態ではあったとしても解明するのが困難だろう。Fの本当に目的とすべきところはどこなのか。カルマの打倒、だけで終わるのか。それにしてはF自身の私怨が混じっているように感じられる。

 ただユウキ達に手を差し伸べたにしては、リスクが大きい。あるいは、とユウキは考える。彼もまた自分に賭けてくれたのだろうか。黄金の夢を誓い合ったランポと同じように。それこそ、勝手な思い込みだとユウキは考えを取り下げる。自分でそう信じたいだけだろう、と自嘲する。

『では引き渡し場所を伝えよう。それは――』

 繋ごうとした言葉を、「ちょっと待って」とキーリが制した。キーを叩きながら、「何これ」と呟く。

『どうした?』

「パパ。ウィルから広域通信が放たれたわ」

 Fは慌てた様子で、『繋ぐんだ』と言う。間もなく中央のモニターに映像が映し出された。禿頭にモノクルをつけた男の姿は見覚えがなかった。テクワが、「総帥自ら……!」と声に出してようやくそれがウィルの総帥、コウガミである事を理解した。

「ウィル総帥、だって……」

『反逆者、ユウキに告ぐ。度重なる我々へのテロ行為。これはカイヘンに住む全市民への脅威へと捉える。明日フタマル時より反逆者ユウキへの報復行為として彼の家族を処刑する』

「何を、言って」

 いるのだ、と声に出そうとすると画面にサカガミとミヨコの顔が映った。二人は目隠しをされ猿轡を噛まされている。周囲をウィルの構成員が取り囲んでいた。

「姉さん、おじさん」

 ユウキが前に歩み出ると、『我々は本気である』とコウガミが告げる。

『反逆者ユウキが明日のフタマル時までに指定場所に出頭しない場合は、この二人を処刑する。我々は全市民の平和と安寧を守るために、この英断を下すものとする』

「人質作戦ってわけかよ」

 テクワが苦々しく呟くとユウキにもようやくそれが理解出来た。「そんな……。そんな!」と身も世もなくモニターに駆け寄った。コウガミは重々しく告げる。

『カイヘン地方、全地域にこの模様を流す。我々ウィルは反逆者の影に怯える人々を解放するために戦う事をここに宣言する』

 場所が指定される。それはウィル本部前だった。ユウキが声を詰まらせているとコウガミは情け容赦なく、『反逆者ユウキよ』と呼びかけた。

『貴様に一欠けらでも人間の心が残っているのならば出頭せよ。一人で、だ。そうすればこの二人の命は保障する』

「汚い真似を」とレナが吐き捨てる。ユウキは歯噛みして顔を伏せた。「テッカニン!」と叫ぶとボールから飛び出したテッカニンがモニターを引き裂いた。映像が途切れ、モニターに斜の傷痕が刻み込まれる。ユウキは身を翻した。誰の目も見ないユウキをテクワが掴む。

「どこへ行く?」

「僕が悪いんです。だから、ウィル本部前に」

「馬鹿野郎。どこからどう考えても罠だろうが。本当にお前の家族なのかは分からない。慎重を要するべきだ」

「今回はテクワに同感ね。思い切りがよ過ぎるわよ」

 レナの声に、「それでも」とユウキは口を開いた。

「たとえ僕の家族じゃないとしても、誰かが殺されるんですよ」

 その言葉にテクワとレナは押し黙った。キーリが先ほどの映像を解析して、「どうやら嘘八百ってわけじゃなさそうね」と口にした。

「ウィルの情報網にアクセスしたら、コウエツからこちらへと二人の参考人が護送されたというものがあったわ。その二人がユウキ、あなたの家族かどうかまでは分からないけれど」

「どちらにせよ、コウエツシティの人が犠牲になる。僕は行く」

 踏み出しかけたユウキを、「待てよ!」とテクワが声で制した。

「一人でどうする? ウィルの軍団が待っている可能性もあるんだぜ」

「だったら、テッカニンで蹴散らすまでです」

 冷静さを欠いている。その自覚はあった。しかし、自分が行かねば二つの命が消える。本物だろうと偽者だろうと関係はない。見過ごすわけにはいかなかった。

「でも、どうして今になって」

 レナの疑問に、『恐らくは』とFが応じる。

『RH計画。その根幹に気づいた事を察知されたのだ。誰よりもカルマならば、我々の動きが計画阻止に向かっているものだと気づくはずだから』

「じゃあ、ウィルの総帥もカルマの下っていう事?」

 問いかけた声にFは、『確証はないが』と続けた。

『カルマが既にウィル組織内でそれなりの発言力を持つポジションについている事だけは確かだろう。後手に回ったな。これから動き出そうという時に』

 Fの語調には苦汁が滲んでいた。邪悪を暴く前に自分達が邪悪だとされればそれは不愉快だろう。だがユウキにはそれ以前に見過ごせなかった。自分を巨悪に立ち向かわせる原動力である二人が犠牲になってしまう。それは自分の存在価値を消し去る事よりも恐ろしい。

「僕は行く」

 告げた声に、「俺も行くぜ」とユウキの腕を掴んでいたテクワが名乗りを上げた。

「どうせ今さらだ。俺達も裏切り者。そうなりゃとことんまでやる」

 テクワの言葉に、「しかし、まだ」と返しかけた声をマキシが遮った。

「まだ、じゃない。もう俺達の覚悟は決まっているんだ。足踏みしている場合じゃない」

 強い口調にユウキが声を振りかけようとすると、「あんたら、本当に馬鹿ね」とレナが見下した声を出した。

「何だと?」とテクワが突っかかるとレナは肩を竦めて、「他人のために命を賭けるのが美徳とでも考えているのかしら」と言った。

「すぐに命賭けて。簡単に賭けのレートに上げていいものじゃないのよ」

「うっせぇ。だったらすっこんでろ」

「すっこめないから、口を挟んであげているんでしょう」

 レナはユウキ達へと歩み寄り、Fの側へと振り返った。

「あたしもユウキのために戦うわ。命を賭けるとか張るとか、そんな大層な事は言えない。でも、覚悟なら、あたしも持っている。助けられてばかりでフラストレーションが溜まっているのよ。ここいらで一回、発散しないと」

 レナの力強い声にユウキは背中を押された気分だった。再び自分について来てくれると言ってくれた。ユウキは、「感謝します」と告げて端末に繋がれているヘルメットを取ろうとした。その手をキーリが掴む。小さな手が確固とした力を携えて、「待ちなさい」と告げている。

「あなた達だけじゃ心許ないわ。私も出る。パパ、許可を」

 キーリがここから出ると言っている事にユウキは予想外だったが、Fはどこか諦観しているような声を出した。

『……そんな日が来ると思っていたよ。K』

 名前を呼ばれたKがキーリへと歩み寄り、その手を優しく握った。

「ママ」とキーリが安らいだ声を出す。

「私達も戦わせてもらいます」

 Kの言葉にテクワが、「危険な戦いだぜ」と返した。Kは口元だけで微笑んだ。

「だとすればなおさら。あなた達だけに任せられない」

 その表情にKが初めて自分を見せたような気がした。今まで深い殻に篭っていた部分からようやく脱却したような感覚だ。Fが、『君達だけの戦いじゃない』と告げる。

『我々全員の、だ。RH計画の阻止と今回の事は直結している。見過ごす事は出来ない。ユウキ君、君への最大限の手助けをしたい。ワタシ自身もその場に向かわねばならないだろう。ワタシの居場所を送信しておく。これを頼りにして、君達のうちいずれかが手に入れるのだ。破壊の遺伝子を』

「もし、間に合わなかった場合は……」

 最悪の想定だが考えないわけにはいかない。Fは重々しく口にした。

『その時には破壊の遺伝子を破棄し、我々の繋がりを断絶せねばならない。そうする事が真実の意味で正しいと思えるのならば』

 Fとて迷いの中にいる事が分かった。破壊の遺伝子を託すべきかの迷い。この場でユウキ達に見切りをつけるべきではないかという迷い。その胸中は推し量る事しか出来ない。しかし、Fの思いが自分達に向いているのだと信じる事は出来た。Fもまた信じているのならば、自分達も信じよう。たとえ裏切られる事になったとしても信じた事に対して後悔はしたくない。

「信じます」

 ユウキが短く放った言葉に全てが集約されていた。Fが、『では――』と口を開く。

『任務の説明を始める。これは、最後の戦いだ』



オンドゥル大使 ( 2014/05/12(月) 22:00 )