ポケットモンスターHEXA BRAVE












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第八章 十節「人の聲」
 全員が目を見開き、発せられた言葉を吟味しようとしている。ようやく言葉を発せられたのはFだった。

『……なるほど。ヘキサ再興か。これである意味では筋が通った』

「な、何がだよ」

 テクワがようやくと言った様子で口を開く。場に張り詰めていた緊張がより強まった。

『ヘキサを再興させるには相当数の兵力が必要だ。八年前にはロケット団とディルファンス、二つの組織を繋ぎ合わせてようやくだった。それと同数だと仮定するのならば、リヴァイヴ団とウィルが合併した今の状況は最適だ』

「いや、おかしいだろ」

 テクワは納得し切っていないのか、声を発した。

「だってヘキサ再興って。そんなもん、出来るわけがねぇ! だって、ヘキサは――」

「カイヘンに強い傷痕を残した組織。そんなものが二度も生み出されるわけがない」

 遮って発したレナの声にテクワは、「そう」と指差した。

「そのためのウィルだろう? だって言うのに、そこでヘキサを再び作り出すっておかしいだろ」

「ヘキサという名前にしないつもりなのかもしれません」

 ユウキが口を開くとキーリが、「詳細を調べるわ」と再びキーを打ち始めた。

「名前変えたってやっている事同じなら反発受けるだろ。どうしたってボスがヘキサをもう一度作るなんて不可能なんだよ」

「ヘキサを作る、という一事にこだわるのならばまず無理でしょうね。でも、それがこう言い換えられたらどう? カントーに報復する、と」

 レナが発した言葉に、「おいおい」とテクワは片手を開いて振るった。

「カントーに報復するって、それはどこの誰がやるって言うんだ? だってウィルが止めにかかるだろう?」

「共通の敵、というものを作る。それが世間の目を欺くには最も有効な策だわ」

「それがカントーだって?」

 テクワは鼻を鳴らして、「アホくせぇ」と断じた。

「確かにカイヘンはカントーに恨みはあるさ。いくらでも、探せば探すほどにぼろぼろでるだろうよ。でも、その受け皿になるのがウィルだろう? ウィルが歯止めをかけるはずだ。だから、カントーに対して歯向かうなんて事は」

「だからこその反逆者、というのは考えられない?」

 レナは顎に手を添えてこちらへと向き直った。最早、キーリに構っている暇もないのだろう。ユウキもそれが正解に思えた。

「何だって? お前らがどうしたって言うんだよ」

「ボスは反逆者という分かりやすい敵を作った。民衆、マスコミ、治安維持部隊、全てがそれを追いかけるように仕組んだ。もし、その敵がカントーに亡命したら?」

 最悪のシナリオにユウキは重々しく口を開く。

「仮想敵はカントーになる」

「ちょ、ちょっと待て!」

 テクワが声を上げて額に手を当てる。幾ばくか考えた後、「やっぱりおかしいぜ」と言った。

「だって、それじゃ最初から反逆者ありきの話だろうが。それにカントーがどうして反逆者を受け入れる? だってウィルの大元はカントーなんだぜ? 反逆者がカントーに亡命したら、それは自首と変わらないんじゃねぇか」

「今のウィルに対してカントーが思っている事を端的に告げるなら――」

 そこでキーリが口を挟んだ。キーリはキーを叩く手を休めて一つ息をつき、振り返る。

「面倒な組織に育ったという事よ」

「どうしてそうなる? だって、ウィルを管理しているのはカントーで」

『恐らくはリヴァイヴ団と併合したからだ』

 Fの声にテクワは言葉を切って、「どういう意味だよ」と天井に問いかけた。

『リヴァイヴ団と併合したから、ウィルは純粋な独立治安維持部隊としての機能が損なわれた。リヴァイヴ団幹部の招き入れ、及び思想の混濁。これはウィルを操っているカントーの大元からは好ましくない変化だろう。反逆者の一件を期に大掃除が行われる可能性は否めない』

「大掃除ってのは……」

 テクワが言葉を濁すと、「カントー政府による思想の弾圧。組織の洗浄」とレナが両手を組みながら答えた。

「つまり組織解体。大幅な見直しがなされると思われるわ」

「そんな事になれば困るのは、今のウィル上層部」

 ユウキも推理を巡らせる。リヴァイヴ団と密約を結んだばかりにウィルの上層部は頭を挿げ替えられる。このままでは立場が危うい。

『その弱みにつけ込んで、ボスが動かないという保証はない。ボスは既に彼らに取り入っている可能性がある』

 Fの言葉は信じられないものであったが、決して現実離れした話というわけでもない。既に話が出来上がっているというのならば、RH計画の発動はそう遠い未来ではないからだ。テクワが、「でもよ」とまだ食い下がる。キーリは、「うるさいわね」とぼやいた。

「話が先に進まないでしょう」

「いや、だとしてもだ。奴ら、そう簡単に鞍替えするか? カントーに、大元に歯向かおうとするかって聞いているんだ。だってカントーは政府だぜ」

「そのカントーによって自分達の立場が危ういとなれば、政府転覆を狙う輩が一人二人いてもおかしくはない」

 レナの声にユウキが続ける。

「政府転覆計画。それを指してヘキサになぞらえ、RH計画。ヘキサ復活計画、というわけですか」

 誰もが押し黙る事しか出来なかった。強大な計画を前にして怖気づくものが一人くらい出てもいいものだ。しかし、ユウキは希望を口にした。

「僕らで、それを止めましょう」

「止めるって、どうやって?」

 テクワの言葉に、「私も知りたいわね」とキーリが応ずる。

「ユウキ。この際だから言っておくけれど、あなたが反逆者だからってあなたを引き渡さないでいいって言う話でもないのよ。だって反逆者ユウキの今の顔なんて誰も知らないし、カントーがユウキだと認定出来れば誰でもいい。ランポの時みたいに替え玉が用意される可能性は極めて高いわ」

「僕が反逆者である証明は」

「したって、揉み消されるか、裏で追われる毎日が続くだけね」

 レナが諦観した様子で首を振る。様子を見守っていたFが口を開いた。

『反逆者ユウキは最早、君個人の事じゃない。そういう抽象的存在として認知されている。実体のない敵だ。その気になれば民衆の不安も煽る事が出来る。我々の活動は全て、ヘキサ再興のための要となるわけか』

「皮肉だな」とテクワが肩を竦める。「全く、その通り……」とキーリが額に手をやった。

「私達の行動が実を結ぶどころか、さらに大きな災禍を招き入れる温床になるなんてね」

「ユウキ。止めるって言ったな」

 マキシがユウキへと声を振り向ける。ユウキは頷いた。

「どうやってだ? この状況、明らかに俺達のような三下とは違う次元で話が纏る。上層部が絡んでいるんだ。ウィルの上とカントーの上だけで最悪全てが結する。俺達に抗う術なんて――」

『一つだけ』

 遮って放たれた声に全員が注意を向けた。Fが意を結したように息をつき、もう一度、『一つだけなら』と繰り返す。

『方法はある』

「何があるって言うんだ? このまま穴倉に篭っていても意味がない。かといって俺らがどう動こうが裏目に出る。悪の芽を育てただけじゃねぇか」

『その悪の根源を叩く』

 Fが発した声にテクワは息を呑んだ。ユウキはFへと尋ねる。

「それはボス、つまりカルマを倒すっていう事ですか?」

 この場で初めて発せられたボスの名前。その名前を初めて聞くであろうテクワとマキシは顔を見合わせた。Fは、『そうだ』と重々しく告げる。

『それしか方法がない。邪悪を止めるにはカルマを倒すしか方法はない』

「でも、そのカルマとか言うボスを倒したところで、ヘキサ再興計画が強行されたら意味ないんじゃねぇか?」

「それはないと思うわ」

 キーリがテクワの質問に答える。テクワが、「適当な事言ってんじゃねぇぞ、ガキンチョ」と挑発する。キーリは挑発には乗らずに涼しい顔で応じた。

「今回の事、全てはカルマから発している。ユウキの話からもカルマは相当に周到な人間だと思われる。当然、計画の事も一握りの人間しか知らない。いえ、もしかしたらカルマしか知らないのかもしれない。だから、カルマさえ叩けばこの計画を止められるかもしれないというのは希望的観測でもなく、なかなかに現実味のある提案よ」

「そうなのか? 俺らにはカルマってボスの事は分からないから……」

 テクワがユウキへと視線を流す。ユウキはライダースーツを捲り上げ、腹部の傷を見せた。未だに癒えない傷痕にテクワとマキシが息を詰まらせる。

「その怪我……」

「カルマのデオキシスにつけられたものです。ポケモンによって与えられた傷は、そのポケモンを殺すか敵意を消さねば癒える事はない。応急処置はしてもらえましたが、まだこの傷は疼いています」

「傷のお礼って意味もあるわけか」

 ユウキはライダースーツを直しながら、「ええ」と頷く。しかし、それだけではない。

「でも、僕は単純に怨念返しをしたいわけじゃない。リヴァイヴ団に入った時もそうだった。僕は世界を変えたいんだ。そのためならば、僕は悪にでも何でもなります。この世界の敵になったって構わない。本物の邪悪を、逃すわけにはいかない」

 ユウキが鋭い光を双眸に湛えて言い放つ。これは覚悟だ、とユウキは感じていた。今まで散っていった人々のために。その命が無意味ではないと証明するために。テクワは、「なるほどな」と頷いて周囲を見渡した。

「おい、Fって奴。聞いてるか? 俺はこれからユウキにつくぜ。決してあんたにじゃない。ヘキサなんてものをもう二度と作り出しちゃいけないんだ」

 テクワはユウキの肩を叩き、「俺達はチームブレイブヘキサ」と続ける。

「その意思は、ヘキサによって傷つけられたカイヘンを勇気で救う事だ。だから許しちゃいけねぇのさ」

 テクワの声に後押しされるものを感じた。サングラス越しの眼差しにユウキは頷く。その時、マキシも歩み出て、「俺も」と声を発した。

「ユウキにつかせてもらう。もし、あんたがユウキを裏切れば俺達が敵に回ると考えろ。δ部隊一個小隊くらいなら俺達で倒してみせる」

 いつになく強い言葉にユウキは、マキシにも思うところがあるのだ、と感じた。受け継いだ意志、その気高い魂をマキシは次に繋げようとしている。自分の意志として、さらに眩い輝きを携えて。ユウキはFが見ているであろうカメラに目を向けた。

「やれやれね」とレナが声を出す。黒衣を翻して立ち上がり、ユウキ達に歩み寄った。

「汗臭いし男臭いわね。そんなのでなびく女がいると思っている?」

「少なくとも目の前には」

 ユウキが口にすると、レナは口元を斜めにして眼鏡のブリッジを上げた。一つ息をついて、「ホント、馬鹿な女よ」とこぼす。

「悪いけれど、あたしもユウキにつかせてもらうわ。これで四対三ね」

 レナの言葉に今一度問いかけた。

「僕らでカルマを倒す。そのために、僕はあなたを利用します。F」

 確固とした言葉はこの四人全員の言葉だった。状況に振り回されるのではない。状況を利用してみせる。ユウキの言葉にフッと口元を綻ばせたキーリが、「面白いわね、あなた達」と頬杖をつきながら観察の視線を注ぐ。

「そうまで出来るなんて見上げた根性よ。私は根性論とかそういうの大嫌いだけど、不思議ね。あなた達を見ていると、何か、胸に熱いものが宿ったみたいになる」

 キーリが椅子から降りてユウキ達へと歩み寄った。ユウキが目を見開いていると、「意外?」とキーリが首を傾げた。

「ええ。あなただけは絶対Fに反抗しないと思っていましたから」

「反抗はしないわ。ただあなた達に賭けてみるのも面白いかなって思っただけ。パパ。この人達をただ俯瞰するのはもったいないわよ」

 キーリの言葉に、『一蓮托生、か』とFらしからぬ言葉が飛び出した。まるでそのような言葉を実感したような声音にユウキが、「どうなんです」と問い詰めた。

『ワタシは最初から言っている。君達を支援すると。ただ、それが今までは安全圏からの物言いだった。これからは違う』

 正面にあるウィンドウに浮かんでいるFのモノリスが消え去り、文字が浮かび上がった。

 ――ここから先は慎重に慎重を期す必要がある、と記述される。

 ユウキが頷くと次の言葉が続いた。

 ――秘密を守れる者のみ、この場に残るんだ。あとは好きにするといい。

 今さらここから逃げようという人間はいない。今さらの確認事項だ、とユウキは感じた。しばしの間流れた沈黙を是としたのか、『では』と再び電子音声が流れた。

『その方法を教えよう。この計画を潰し、カルマの野望を阻止する。そのための人々と考えていいかな』



オンドゥル大使 ( 2014/05/07(水) 21:53 )