第八章 九節「悪の胎動」
意識の表層が知っている声を拾い上げたような気がした。
しかし、それを確かめる前に、「ユウキ」とテクワが声を放った。テクワは後ろを気にしながらユウキへと質問する。
「……色々と聞きたいが、まずはどこに向かっているのか。それを教えてくれ」
テクワの中でも思うところはあるのだろう。ユウキは、「見知った場所ですよ」とテクワを連れて三十七番道路を下った。後ろから青と赤の光を棚引かせてKとマキシがついてくる。テクワは呟いた。
「お前、強くなったな」
不意打ち気味の声に、「僕がですか?」と聞き返す。
「ああ、俺の知っているお前からさらに強く。誰の助けもいらないと思えるほどに」
「僕は弱いですよ」
自分では何よりも分かっている。自分の弱さ、未熟さを。だからこそ、支えてくれる誰かが必要になるのだ。この半年間、それはレナであり、キーリであり、FやKでもあった。孤独を極めるだけの戦いの中で再び仲間と巡り合えた事は僥倖と言う他ない。
「どうして、僕らについてくる気になったんです?」
ユウキが逆に質問した。テクワは、「そうだな」と声を発する。
「あの人が俺のお袋に似ていたからかな」
「Kさんですか?」
「ケイ、って言うのか?」
「アルファベットのKです。本名は知りません」
テクワはKについて何かを知りたがっているようだったが、これから教えればいいと感じていた。間もなくユウキはアジトであるマンションの前に停車した。追ってきた青と赤の光が消え、Kとマキシが追従する。
ユウキはガレージ内のエレベーターに全員が乗ったのを確認して降下した。ユウキがヘルメットを脱いでいると、テクワがドラピオンを出した。その段になってようやく周囲の状況が掴めたかのようだった。サングラス越しの眼が蒼く光っているのを見て、ユウキは息を詰まらせる。
「テクワ。眼が……」
「ああ。視えていない。だがドラピオンを出せば視える。心配すんな。普段でも盲目だって事は他人に気取られない」
マキシへと視線を流すと、「本当だよ」と応じた。
「こいつは眼が視えていないのに視えている奴よりも物事をこなす」
テクワは観察の視線を注ぎながら口笛を鳴らす。
「すげぇなぁ。秘密基地みたいじゃんか」
「みたいじゃなくってそうです。半年間、僕らはここで生活していた」
「プライバシーはどうなっているんだ?」
「それはお互いの気の配り合いで」
テクワは何を想像しているのだろう。顎に手を添えて、「なるほどな」と納得したようだった。マキシは一言も発しない。それが気にかかってユウキは口を開いた。
「マキシ、お父さんは」
「親父は、きっと死んでいない。もう一度、帰ってくる。俺はそう信じている」
思っていたよりも心強い声に、マキシもまた誓ったのだと悟った。本当に戦うべき相手と戦って向き合い、己の弱さ強さを知った。誰かの意思を受け継ぐ事も。それを知った人間はこれから先、進むべき道を見つけ出す事をユウキは経験則から理解していた。
「そう、ですか」
ユウキの遠慮がちな声が響き切る前にエレベーターが下階層へと到達した。シャッターが開き、レナが出迎える。その瞳がテクワとマキシを見つけ見開かれた。奥に佇むキーリがディスプレイから視線を外さず、「遅かったわね」と冷静に返す。
「作戦遂行時間を四十秒過ぎているわ」
キーリは振り返り、テクワとマキシを視界に入れたがさして驚いている様子はない。むしろ、予定調和と言った態度だった。テクワがキーリを顎でしゃくり、「そこのガキンチョは?」と訊く。
「ガキンチョとはとんだ言い草ね。他人の母親に自分の母親を重ねたカッコ悪いお兄さん」
キーリの言葉にマキシと共にテクワへと視線を向ける。テクワは身体を震わせ、「何でそれを」と言葉を詰まらせた。
「馬鹿ね。戦闘時にはマイクの一つや二つがついているのが当然でしょう。データ取るんだから。ママのマイクにバッチリ録れているわよ。あなたのあられもない声が」
キーリがにやにやと笑いながらテクワを見つめる。どうやらテクワは早くも弱みを握られたらしい。「冗談は言いっこなしだぜ……」と頬を引きつらせている。
「あら? 冗談だと思っている? じゃあ、ここで再生ボタンを」
エンターキーへと手を伸ばしかけたキーリをテクワは、「ああ、分かったから!」と制した。
「やめてくれ。俺の沽券に関わる」
「そんなもの、元からあったのかしら?」
ここぞとばかりにレナも責め立てた。「にゃろう……」とテクワが渋い顔をする。当事者であるKは黙ってその場に立っていた。マキシが歩み出し、「ここで、半年間か」と呟いた。周囲を見渡す目にはユウキ達が辿った反抗の一端でも掴み取ろうとする意思がある。それはテクワも同じようで、「そうだな。こんな穴倉で」と首を巡らせた。
「少しくらいは同情してくれる?」
腕を組みながらレナが告げると、「まぁな」とテクワは頭の後ろに手をやって頷いた。
「まるでモグラだぜ」
「まさしく私達はモグラとしてウィルに追われていたわけなんだけどね」
レナが片手を振るってテクワの言葉をいなす。テクワは鼻を鳴らして、「半年経っても相変わらずだな」と言った。
「鼻持ちならねぇよ」
「お褒めに預かり光栄だわ」
レナの舌鋒も負けてはいない。この半年間、キーリくらいしか対等に話す相手がいなくてそれは衰えたかに思えたが、全くの杞憂だったらしい。テクワは、「可愛くねぇな」と口走る。
「嫌われるぜ」
「嫌われて結構、好かれちゃ困るってね」
ようやくレナはこの場に二人の仲間が揃った事を認め始めたようだ。すっかり異物感は失せたような声音になる。ユウキは本当のところ心配していた。かつての仲間とはいえ、この場所に二人ものウィル構成員を招いてよかったのかと。行きがかり上とはいえユウキの勝手だ。それをキーリやFが許すだろうかと思ったのだが、直後に響き渡った声がその不安を吹き飛ばした。
『賑やかになったじゃないか』
Fの声にテクワとマキシが身を硬くする。ユウキは、「心配しないでください、味方です」と告げた。ライフルを構えようとしたテクワは、「味方って」と口を開く。
「パトロンでもいるのか?」
「いなきゃどうやってユウキは半年間も逃げ続けて、あなた達の拠点を押さえたのかしら。そのくらい知恵は回るでしょう」
今度の言葉はキーリのものだった。テクワはキーリの声に鼻筋を擦って応じた。
「何だよ。似たようなのが二人もいやがる」
「「似ていない!」」と二人の声が相乗した。キーリとレナが顔を見合わせて歯噛みし、お互いに顔を背けた。どうやら同族嫌悪があるらしい。Fは、『テクワ君。君の考えている通りだ』と答える。
『ワタシはユウキ君達と共に成し遂げたい目的がある。そのために彼らの力を貸してもらっている。いわば共存関係』
「尻尾切りをしないっていう保障はあるのかよ」
テクワの言葉はもっともだったが、それならば最初の任務の時にでもすればいい。ユウキは説明した。
「Fと僕達はある目的の下、共に戦っています。Fはウィルδ部隊の人間です。キーリもその一員」
ユウキが視線を向けると、「δ部隊って……」とテクワは声を詰まらせた。
「あの秘密主義の部隊かよ。裏でこんな事を」
改めて基地内部を見渡す。感心しているのか、「ほお」と声が漏れた。
「俺達もδ部隊の事はほとんど知らない。まさかお前らと通じていたとはな」
マキシが口にすると、『我々は特殊だからね』とFが応じた。
『君達、ε部隊のような戦闘部隊には特に露見してはならない。戦闘能力に関してはワタシとて二等構成員レベルだ』
そのような事を言っていいのかとユウキは感じたが全ては二人からの信頼を授かるためなのだろう。Fとて危険な綱渡りをしようとしている。それが分かり、ユウキも緊張を走らせた。テクワとマキシは自分でもまだ理解の及んでいないFの事を信用するだろうか。固唾を呑んで見守っていると、「一ついいか?」とテクワが尋ねた。『何かな?』とFが冷静に対処する。
「この人、Kって人とあんたとの関係は?」
それは聞くべき事なのだろうか、とユウキは考えたがテクワにとっては重要な一事らしく眼差しは真剣だった。それを監視カメラで眺めていたのだろう、Fは少しの沈黙の後、『妻だ』と答えた。
『ワタシの愛する人だよ』
テクワは、「そうか」とだけ返した。テクワとFの間に今の一瞬で流れた何かがあったようだがユウキにはまるで分からなかった。これはポケモンといくら同調しても分かる事ではないのかもしれない。
「じゃあ、次にあんたらの目的だ」
テクワからしてみればそれが二の次だったらしい。本来ならばまずそれを訊くところだろうがKに関心があったようだ。ユウキはKをちらりと見やる。細身で小柄な身体は一児の母とは思えなかった。その視線を感じ取ったのかKがバイザー越しに視線を向けたのが感じられてユウキは思わず目を逸らす。考えてはいけない事を考えたような背徳感が胸を掠めた。
「ユウキ達を利用して何がしたい? ウィルでありながらウィルに喧嘩を吹っかけてどうする? あんたらδの考えが知りたい」
それはユウキも望んでいた質問だった。この際にはっきりとさせたい。Fが覗き込んでいるであろう監視カメラへと視線を流し、「それは僕らも訊きたい」と言った。
「F、あなたの真の目的は?」
重ねたユウキの質問にFは、『今回の任務は完了したかな』と見当違いの言葉を発した。
「え、ええ」
ユウキがうろたえながら答えると、『そのデータこそが答えになる』とFはデータの引き渡しを要求してきた。ユウキは逡巡の間を浮かべてレナへと目配せする。レナは眼鏡越しに肯定の眼差しを送った。Fは信じられる、なのか、それともFに決定権が渡る前に防げる、という意味なのか。どちらにせよ、ユウキ達がここで裏切られる心配はないとでもいうような眼だった。次いでキーリに目を向けると、「大丈夫よ」とキーリは口に出した。
「パパは裏切ったりしない」
「パパ? って事は、Kとあんたの娘がそこのガキンチョだって事か?」
テクワの質問にFは僅かに沈黙を挟んだ。ユウキは疑問を浮かべる。何故、即答しない? 先ほどKの事を訊かれた時にはすぐに答えたのに、これには迷いがあるような気がした。どうしてか、とユウキが勘繰る前に、『大事な一人娘だ』とFが応じた。
『ワタシにとって何者にも変えられない』
その言葉にキーリが僅かに顔を伏せたのが分かった。何故、喜ばないのか。ユウキが怪訝そうにしていたのが伝わったのか、「そういう事よ」とキーリは努めて真っ直ぐ口にする。何も恥じる事がないとでも言うように。
「そんな下賎な事を気にするもんじゃないわ」
キーリの声に、「確かに勘繰って悪い」とテクワは素直に返した。テクワの様子も気になったが、ユウキは話を戻す事にした。
「F、どうなんですか?」
『答えはそのデータだと言った。ユウキ君、渡して欲しい』
ユウキは抱えていたヘルメットからケーブルを伸ばした。キーリが促して端末に繋げる。レナとその際、視線を交わした。キーリを防げるのか、という問いを含んだ眼差しにレナは静かに首肯する。キーリがケーブルを繋ぐとヘルメットに蓄積されたデータが読み込まれた。その中にはユウキのデータも入っている。羅列されるデータの流れを見ながら、キーリはキーを打ち始めた。
「これね」とキーリがウィンドウの中央に呼び出したのは「RH計画」のデータだった。テクワが眉根を寄せて、「何だ? それ」と口にする。
「RH……、血液型か?」
「ボスが進めている計画です」
「ボスって、ウィルの?」
「いえ、リヴァイヴ団の」
ユウキの返答にテクワは鼻白んだ様子で、「わけが分からん」と言い放った。テクワからしてみればそうだろう。古巣であり、半年前に瓦解した組織の事だ。
「よく聞いてください。半年前、僕はリヴァイヴ団を裏切ろうとしました。レナさんを連れて、逃げ去ろうとしたんです」
その言葉に二人して瞠目した。さすがにそこまでは考えていなかったのだろう。
「俺は組織が勝手にお前を敵対者として作り上げたんだと思っていた」
テクワの言葉に半面は間違いではない、と頷く。
「それもありますが、僕は裏切った。ランポはその後処理を任されたのでしょう」
「任されたも何も、お前の抹殺指令を出したのはそのランポだぜ?」
テクワの言葉にユウキは息を呑んだ。Fへと視線を向けると、『君がショックを受けると思ったのだ』と隠されていた事が分かった。レナへと視線を向けると、「ボスとして号令しなくてはならなかったでしょうね」と諦観した様子で告げた。どうやら知らなかったのはユウキだけらしい。
『君の戦意を削いではならないと黙っていた。ワタシの落ち度だ、すまない』
「……いえ。確かに、僕もショックですけど。別に、僕は」
額を押さえてよろめくとマキシが、「大丈夫かよ」と口にした。ユウキは努めて笑顔で、「ええ」と頷いてみせるが、「嘘をつくな」とマキシが声に出す。
「俺と同じだ。ショックから抜けきろうと虚勢を張っている」
マキシは父親の事も言っているのだろう。カタセとの和解と決別はマキシにとって青天の霹靂だっただろう。突然に理解出来たと思ったら次の瞬間には手が届かない。親と子はそのようなものなのかもしれない。早くに死に別れた自分には、その気持ちがいまひとつ分からない。
「すいません。そうですね。倒れそうなほどに、ショックです」
正直に口にしてみると、『そうだろうと思っていた』とFは少しだけ憐憫を含んだ声を漏らした。
『君とランポは、特別な信頼関係にあったと見える。同じチームでも、ランポと君だけは違う思惑で動いていた。違うかな?』
「ええ、そうです。僕らは最初から、ボスを裏切るつもりだった」
キーリが目を瞠るが、Fはさして驚いている様子でもなかった。『そうか』と重々しく口にした後、『……似たような人を、重ねてしまうな』とこぼした。思わず、「えっ?」と聞き返す。
『何でもない。忘れてくれ』と告げたFはいつもの冷たい口調に戻っていた。
『ランポの事、黙っていたのは謝ろう。しかし、今はそのような場合ではない』
Fの言葉にユウキは首肯した。
「RH計画」
示し合わせたようなユウキとFの言葉に、「おいおい」と水を差したのはテクワだった。
「そっちだけで納得されても困るぜ。何だ? RH計画ってのは」
「ボスが進めていた計画です」
同じ言葉を繰り返すと、「それだよ」とテクワが指差した。
「それ、とは?」
「そのボスって言うの。だって今はリヴァイヴ団ってないんだぜ? ウィルが合併して吸収しちまった。かつてのボスって言うのも幹部ポストに収まっているんじゃないか」
『君の推測はもっともだ。ワタシ達も、その線で洗っている最中なのだから』
「俺はただ幹部になっているって言っているわけじゃないんだぜ?」
テクワはどこを指差せば分からなかったせいか、ディスプレイを指差して口にした。
「そいつがウィルからそのRH計画とやらを隠し通せるのがおかしい、って言ってんだ。幹部だってよ、そう自由じゃない。俺は所詮二等構成員だけどよ、カタセさんの右腕としてそれなりに有能だったつもりだ。隊長だって全然自由じゃない。その上のポストがゆるゆるだっていうのは根拠に欠ける。もし、だ。緩かったとしてもお互いに覇権争いをしている。監視しているだろ、互いの動向を。元々は違う組織、敵対していたって言うんならなおさらだ」
テクワの言葉は的を射ている。キーリが、「へぇ」と声を発した。
「何も入っていないマザコン馬鹿だと思っていたけれど、結構頭は回るのね」
「うっせぇよ、クソガキ。てめぇなんて親からまだ自立のじの字もねぇ年頃だろうが」
「ところが、私もあなたと同じ、立場では二等構成員よ。残念ね、見下せなくって」
キーリが足を組んで高圧的に微笑むとテクワは舌打ちを漏らしてから、「この程度、普通の推測さ」と肩を竦めた。
「で? 結局のところどうなのよ。その辺きちんと考慮してる?」
テクワが挑発的に尋ねると、キーリが、「失礼ね、パパは――」と答えようとするのをFが声で制した。
『いい、キーリ。彼にはワタシ自らが説明しなくては進まないだろう』
キーリが口を開けたまま目力でテクワを睨んだ。テクワは素知らぬ顔を貫いている。ドラピオンがいなくては盲目なのによくもまぁここまで出来るものだとユウキは感心すら覚える。
『まず一つ。リヴァイヴ団のボスは君達に一切、姿を見せなかった。声も男か女かも分かっていない。ここまでは共通認識として構わないかな』
「ああ。いいぜ。俺達も知らなかった」
テクワはあくまで情報を後出しで、なおかつ小出しにするつもりだ。Fの腹を探ろうとでも言うのだろう。テクワらしい考えだ。
『では第二に、リヴァイヴ団のボスが何を企んでいたのか。君達はその真の目的を全く知らなかった。これは第一の疑問を肯定したことから自然と導き出される』
テクワは言葉を重ねない。無言が肯定だった。
『次に第三。リヴァイヴ団のボスはランポではない』
「分かりきってんだろ?」
ユウキに視線を流す。ユウキが既に話している事は先ほどの様子から明らかになっていたのだろう。Fも、『その通りだ』と告げる。
『ランポは身代わりだ。リヴァイヴ団のボスが真の目的を果たすための。では、その真の目的とは? それがRH計画だと我々は考えている』
「だーかーら、あんたも分からねぇ人だな。もしリヴァイヴ団のボスが今も生き残っていてウィルに居座っているんだとしたら、そんな計画進めるのは無理なんだって。総帥であるコウガミ、こいつを含めたαからεまでの精鋭部隊、これと渡り合える戦力なんてどこにある? 勝てない喧嘩をやるような輩じゃねぇ事はランポを身代わりにした事からも明白だろう。こいつは相当に用意周到な奴だ。ウィルに勝とうなんて大それた夢を持っちゃいないんだよ」
『そこだな』
Fが差し挟んだ声にテクワは眉間に皺を寄せた。
「そこって何だよ。俺の今の言葉の中に何かおかしい事があったか?」
『それこそがリヴァイヴ団のボスの目的とする事なのだ。勝つことなど、考えていない』
Fの言葉にテクワは心底理解出来ないように、「はぁ?」と顔を歪めた。
「わけわからん。だったらその計画っていうのは何なんだよ? どうしてリヴァイヴ団のボスがウィルに立ち向かおうとした計画を――」
『誰も、立ち向かおうとした計画だとは言っていないだろう』
その言葉にテクワはハッとした。ユウキも何かを感じ取った。
「つまり、ボスは最初から勝つつもりなどなかった。リヴァイヴ団はウィルに勝つ必要性はなかった、と言いたいんですね」
それはつまり自分達や今まで戦ってきた人々の生死が全て無駄だったという事に繋がる。テクワは認めたくないのか、「そんなの……」と声を出そうとして、「そんなの!」と叫んだ声に掻き消された。マキシが俯いて拳を握り締めていた。
「あんまりだ! リヴァイヴ団のボスは最初から勝つつもりのない喧嘩に他人を巻き込んで、それで何をしようとしていた? 何のための戦いだったんだ!」
ユウキも問いかけたかった。マキシの怒りはもっともだ。父親を失ったかもしれないので余計に動揺しているのだろう。自分とて思うところはあった。リヴァイヴ団などなければサカガミとミヨコに別れを告げる必要もなかった。そもそもユウキはここまで来る事もなく、日々を食い潰していただろう。その裏にある犠牲を自覚しようともせずに。
『その答えがRH計画だ。リヴァイヴ団のボスは全てを計算に入れていたのかもしれない。ウィルへの吸収合併、緩やかな形での兵の増強』
「結果論だ。リヴァイヴ団そのものが瓦解する可能性があった」
テクワの声に、「でも、ボスはそれすらもプランの一つとして模索していたとしたら」と声を発した。テクワは瞠目して、「あるわけねぇだろ!」と声を張り上げた。
「うるさいわね」
キーリが耳に栓をしながら、「喚かないでよ」と口にする。
「でもよ、そんな二手も三手も先を読めるような奴がいて堪るかってんだ。そうだとしたら、命をそいつは弄んでいやがる」
『その通りだ』
Fが強い口調で肯定した。
『ボスは君達を含め多くの命を弄び、侮辱している。それは許されざる罪だ。だからこそ、暴かねばならない。その真意、正体を』
「あんたが正義の味方には、俺には思えないな」
テクワはやはりFに対して警戒を解いた様子はない。マキシに視線を送るがマキシもまた、厳しい眼差しを周囲に向けている。
『確かに、ワタシは正義の味方を気取るつもりはない。悪だとしても構わない』
Fの確固とした言葉に今度はテクワが気圧されたようだった。Fもまた覚悟を背負っている。ウィルδ部隊ならば何も言わなくとも事態は進んでいくだろう。それをただ静観出来ない。それだけの志は持っているのだ。ユウキは口を開いた。
「僕は、Fに託してもいいと思っています」
「正気か? ユウキ。こいつは顔だって見せないんだぜ? ボスと何が違う?」
そう言われれば確かにそうだ。Fを信用する材料は乏しい。しかし、節々に熱いものは感じられる。ユウキはそう判断した。
「F。あなたは僕らにここまで肩入れして、あなた自身のポストだって危ういはずだ。そうまでして投げ打てるのは何故です?」
ユウキの質問にFは、『似ているからだ』と応じた。
「似ている?」
『かつて、立ち向かった人々と。君達は同じ光を携えている』
「抽象表現だな」
テクワの突っ込みにFは、『理解はされないかもしれない』と答えた。
『だが、ワタシは信じたいのだ。いつだって未来を切り拓くのは君達のような人間だという事を』
「答えになってねぇ」というテクワへとユウキは視線を向けた。
「テクワ。僕が保障します。彼らを信じましょう。そうでなくては、僕らはどこに向かえばいいのかさえ分からない」
進むべき道を見失いえば今度こそ闇に呑まれる。半年前に無力感に苛まれたように。テクワとマキシにはその自覚があったのか、それ以上言葉を重ねようとはしなかった。ユウキがキーリへと声をかける。
「キーリ。今回のデータで分かった事は」
「結構あるわね」
キーリはキーを打つ手を休ませずにディスプレイに次々と表示されるウィンドウを処理した。ダミーのデータも含まれているのだろう。それらを的確にさばき、必要なデータのみを抽出する。レナも同時並行で作業を進めていたがレナにはキーリの監視という重責もある。もしキーリが自分達を見捨てようとした場合には即座に対抗出来るようなデータを残しておく。ある意味ではレナのほうに過大な負担を負わせている。キーリは、「RH計画は」と口を開いた。
「ようやく全貌が見えてきたってところかしら。まずはRHという名称の意味から」
「血液型じゃねぇの」
テクワがふざけて口にすると、「そうじゃなくって残念ね、マザコンさん」とキーリが冷ややかに返した。
「誰がマザコンだ!」といきり立って反発するテクワをユウキがなだめる。
「RHは――」
キーリが紡いだ言葉をその場にいる全員が固唾を呑んで見守っている。エンターキーを押すと、ディスプレイにそれが表示された。キーリが読み上げる。
「REVIVEとHEXAの略称。つまりRH計画とはこの文面から察するに、ヘキサ再興計画……」
口にしてキーリは目を戦慄かせた。