ポケットモンスターHEXA BRAVE












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第八章 最終節「さよなら」
 胸にある熱が、決着をつけると決めている。

 カルマは瞠目したが、やがて調子を取り戻すように鼻を鳴らす。

「いい気になっているんじゃないぞ。ユウキ、貴様には死を感じる暇さえも、与えん!」

 デオキシスが前に出て紫色の残像を帯びる。形状がスピードフォルムに変化し、最速の中に身を浸す。

「サイコブースト! 加速の先に行けるのは俺だけだ!」

 デオキシスが残像を刻みながらユウキとテッカニンへと一瞬のうちに接近する。

 カルマは勝ちを確信した笑みを浮かべたが、その行く先を黄金の光が遮った。テッカニンの翅が何倍にも拡張し、黄金の光を帯びてデオキシスの前に出る。テッカニンとデオキシスがぶつかり合った。触手を薙いだデオキシスにテッカニンは交差した爪で応戦する。

「馬鹿な……。俺のデオキシスと同じ反応速度だと」

「カルマ。加速の先に行けるのは、あんただけじゃない」

 ユウキはデオキシスとカルマと同じ反応速度に至ってようやく、カルマとデオキシスの秘密を看破した。

「そうか。同調じゃない。あんた達は、どういう仕組みか知らないが肉体を共有していた。レナさんにメディカルチェックをさせていたのも全てそのため。自分の死と、デオキシスの死が等価だった」

 だからデオキシスを出す事を極端に恐れていた。デオキシスは体力が極端に少ない。一度でも落とされれば、それは自分の死だ。カルマは目を見開いたが、やがて、「ああ」と声を発した。ユウキは周囲を見やる。マキシもレナもキーリもいない。それどころか上下の感覚もない。常闇だけが広がっている。

「そうだ。俺は、デオキシスと初めて遭遇した時にお互いの肉体を共有する事でお互いの足りない部分を補完した。そうする事で生き永らえた。だが、その秘密を知ったからには生かしてはおけない」

 ユウキは闇の中で対峙するテッカニンとデオキシスを見やる。これが加速の先なのか。

 黄金のテッカニンは翅を広げてデオキシスと鍔迫り合いを繰り返す。それを操るカルマとユウキも加速の先に至っていた。既に思惟だけでポケモンを動かしている。カルマはどうやらこの世界に慣れているようだ。ユウキもいずれ訪れるであろうという予感はあったからか、狼狽はしなかった。

 カルマへと拳を放つ。カルマはユウキの拳を受け止めて掌底を腹部へと打ち込んだ。ユウキが後ずさったのと同時に、蹴りが横腹を打ち据えた。ユウキが押されたのを感じ取ったように、テッカニンが劣勢になる。デオキシスの攻撃に対してさばけなくなっていく。

「これで終わりだ! 帝王は俺だ!」

 ユウキへと拳と共にデオキシスの一撃が迫る。その瞬間、ユウキは声を感じた。

 ――お前独りで戦っているんじゃない。

 ランポの声にハッとしていると、重なる思惟があった。

 ――俺達も一緒だ。

 ――気負うなよ、ユウキ。お前はまだまだ新入りなんだ。

 ミツヤとエドガーの声が続き、ユウキは拳を手で受け止めた。デオキシスの攻撃を黄金のテッカニンが爪で弾く。デオキシスとカルマが同時に目を剥いた。ユウキは拳を振り上げて雄叫びを上げる。

「カルマ!」

 初めて他人に向かって振り上げた拳がカルマの頬を捉えた。カルマがよろめくのと、デオキシスにテッカニンの攻撃が打ち込まれるのは同時だった。デオキシスの身体の中央にある紫色のコアへと十字の線が刻み込まれる。亀裂が走り、デオキシスが眼窩の奥の眼を戦慄かせた。

「やめろ。これ以上は……」

 デオキシスからさらに紫色の残像が放たれ、加速を繰り返す。ユウキはテッカニンへとさらに加速させるように促した。黄金の翅が燃えるように広がり、輝きを灯す。カルマが、「いいのか?」と声を発した。

「戻れなくなるぞ」

 これ以上の加速は人間の認識を超えた領域だろう。それはユウキにも分かっている。しかし、カルマとデオキシスを逃がすわけにはいかない。カルマとデオキシスはユウキとテッカニンを下して元の世界に戻ろうとしている。それを許すわけにはいかない。

「最後の技だ。テッカニン、シザークロス!」

 テッカニンへと命じると、黄金の軌跡を描きながらテッカニンが爪から光を迸らせた。

 カルマが舌打ちを漏らし、「デオキシス!」と叫ぶ。

「ディフェンスフォルム!」

 デオキシスの手足が一瞬にして丸みを帯びてガムのように変形する。帯状の身体は速度を重視して守りを疎かにしていた時よりも強固に見えた。しかし、テッカニンの攻撃はその堅牢な守りの脆い部分へと打ち込まれた。それぞれが別々の軌道を描いて黄金の爪痕が空間を奔る。

「……馬鹿な。ディフェンスフォルムの守りを突き崩すなど」

「ランポのお陰だ」

 ユウキは口にしていた。ランポの、ドクロッグが残してくれた血の拳の痕。それはデオキシスの急所を示していた。ディフェンスフォルムを解いてデオキシスが仰け反って吹き飛ぶ。

 手足が元の形状に戻り、コアが剥き出しになった。ユウキは雄叫びを上げて、テッカニンと同期した腕を打ち下ろす。

 デオキシスのコアへと光を棚引かせる一撃が吸い込まれるように放たれた。その直後、デオキシスの全身に皹が入った。カルマも目を見開いて亀裂の走った自分の身体を眺めていた。

「ここまでか」

 デオキシスとカルマが闇の中を流れていく。このまま、加速の世界と現実の世界の狭間を、永遠に漂うのだろう。

「何故、ひとおもいに殺さなかった?」

 流れていくカルマが尋ねる。ユウキは、「その程度で、あんたの罪は消えない」と言った。

「死ぬ事よりも恐ろしい罰を味わうといい」

 生と死の狭間で、生きているわけでも死んでいるわけでもない状態を繰り返す。それがカルマに与えられた業だ。その言葉にカルマは高笑いを上げた。狂気の笑い声だ。加速の果てに達したカルマとデオキシスは誰にも発見される事はないだろう。そして、それは自分もまた同じなのだ。闇の中へと消えていくカルマとデオキシスを眺めながら、黄金の光を放つテッカニンに呟く。

「僕達も、戻れなくなってしまった」

 ユウキはテッカニンを撫でる。後悔はしていない。心が望んだ事だからだ。ユウキは黄金のテッカニンの光のみを寄る辺として、無辺の闇を漂った。もうこの喉を震わす事もないだろう。最後に言葉を投げておこうと思った。決して伝わらないと分かっていても。

「姉さん、おじさん。みんな、さよなら」

 ユウキは目を閉じた。



■筆者メッセージ

 エピローグ五篇、『運命のシシャ』へと続きます。
オンドゥル大使 ( 2014/06/21(土) 20:41 )